第121話「到着」*

 山賊の野営地跡で1日過ごした後、行軍が再開した。ちなみに山賊達が持っていたお金や物資は集められて馬車に積み込まれた。お金は全員に分配され、1人頭銀貨2枚になった。はてこのお金は受け取って良いものか。悩んでいると、イリスが声をかけてきた。


「山賊の元々の持ち金なのか、略奪したものなのか、それともそれらが混ざったものなのかわからないから悩んでる?」

「……その通りです」

「変に潔癖よね。まあ一番良いのは遺族に返す事だけど、探してる手間も暇も無いのはわかるわよね?」

「うん」

「なら街で教会に寄付しちゃいなさい。心ある牧師なら遺族を見つけ出して渡してくれるでしょうし、そうでなくとも貧民の炊き出しに使うでしょ。それで少しは気が楽になるんじゃない?」

「……ありがとう、そうするよ。このお金で美味しいもの食べたりするのはちょっと気が引けるから」


 イリスは仕方ない、と言った風に笑った。僕の感性を理解してくれて、極力ストレスがかからないように気遣ってくれるのは有り難い。恩返しをしてあげたい所だ、何か考えておこう。


 それから1日半かけたところに、目的の街「ヴィースシュタイン」に着いた。草原のヴィースシュタインの名の通り、石ころや岩棚が点在する草原の中にぽつんと城壁が見えた。


「どんな街なんだろう?」


 「遠征」の目的地になるくらいだから、そこそこ裕福な街のはずだが。周辺はこの有様で農業向きとは思えないし(石が多いし水源が無い)、何か他に産業があるのだろうか。


「石材の輸出が主要産業だったと思うわ。ああ、あれ石切場じゃない?」


 イリスが指差す遠方に、大きめの岩棚の上で働く人達が見えてきた。


「石材かぁ。……重そうだけど、どうやって運ぶの?」

「馬車じゃ効率悪そうだし、水路なんじゃない?ブラウブルク市と直接繋がる川は無いから、別の地域に輸出してるのかもだけど」


 そういえば内戦の時、水上輸送の方が効率が良いって言ってたな。確かに重い石材を馬車で運ぼうとするとどれだけ馬と飼葉が必要になるかわからない。


「……うん?それだともしかして、ブラウブルク市とはあんまり交流無い?」

「ブラウブルク市からクロスボウとか染料を輸出する事はあっても、向こうから輸入する物はあんまり無いみたい。だから一方通行の交流しか無いわね」

「良く知ってるねえ」

「調べたのよ、商会長の妻として」


 ああそうか、本来ならこれは僕がやるべき事だ。商売に手を出すなら周辺の交通・交流情報は調べておかないと。今回はイリスのお陰だが、ヴィースシュタインがクロスボウを輸入しているなら、それを銃に置き換える事は出来そうだとわかった。これは収穫だ。


「出来た嫁を貰えて幸せだよ」

「そりゃ旦那の稼ぎに見合った働きくらいはするわよ」


 そう言ってイリスは微笑んだ。僕の収入に甘えようとしないのは彼女の性格だろうか。なら僕はその性格に甘えず勉強しつつ、精一杯良い生活をさせてあげよう。そう心に決めた。


 城門に辿り着き、ヴィルヘルムさんが衛兵に声をかける。


「ブラウブルク市冒険者ギルドの者だ。摂政殿下より親書を預かっている、加えて付近で展開する山賊の情報を掴んだ。領主殿にお目通り願いたい。それとノルデン選定候領の習わしにより我々の武装状態での入城を求める」


 殿下からの親書?ああそうか、まだヴィルヘルムさんは平民だ、「遠征」の目的を説いても突っぱねられる可能性が高いから殿下が手を打ったのか。そういう根回しも学んでおこう。ともあれ、衛兵が伝令を飛ばすとすぐに入城許可が降りた。


「領主様は要塞でお待ちです、どうぞ」

「よぉし、お前らはその辺で待機!ドーリスさん、悪いが宿の手配頼む。俺は領主様と会ってくるわ」

「「「了解ウィース」」」


 そういう事になり、僕たちはとりあえずその辺の食堂で食事を摂る事にした。行軍食はパンと少ない副食だけだったので、久々に文明的な食事とビールに預かるとしよう!



 要塞に通されたヴィルヘルムは領主と会談していた。既に親書は渡してあるが、彼がそれを開く前に話を続ける。


「こちらは火急の要件なので先にお伝えしますが、道中山賊に出くわしました。1人の捕虜を除いて殲滅せんめつしましたが、どうやら傭兵団の分派らしく。本隊や他の分派の情報をお伝えしますね」

「おお、それは助かる」


 捕虜から聞き出した情報を伝えると、領主は唸った。


「……頭の回る連中だな、主要街道から外れた細い道路を占拠している。道理で露見が遅れたわけだ、だが君が知らせてくれたことで早めに対策が打てる。協力に感謝する」

「非才の身ながらご助力申し上げられた事、幸運に思います」


 ヴィルヘルムは頭を下げ、にっこにこの顔で領主を見た。領主もにこにこである。無言の圧力。……だが領主が先に折れた。


「……褒美として金貨2枚を取らせる」

「ありがたき幸せ。ところで戦闘が起きたのでモンスターが血の臭いに惹かれやってくると思われますが、はて帰路はどうしたものか……」

「……追加で銀貨30枚出す、帰路で件の森をパトロールしてくれ」

「御意に」

「殿下によろしく伝えてくれよ」

「それは勿論。民の安寧のため惜しみなく資金を投じる名君であると伝えますとも」

「大変結構。下がって良いぞ」


 ヴィルヘルムは1礼してから去った。背後で領主が各地への伝令と軍の招集を命じる声が聞こえる。これで山賊は討伐されるだろう。捕虜は既に衛兵に引き渡してあるので、明日あたりにでも処刑されるはずだ。山賊の件はこれで一件落着、後はこの地で「市に養われたが故に規律が良く、依頼料も低い冒険者」の威力を見せつけるだけだ。


「まあその前に娼館だよな~!」


 ヴィルヘルムは娼館へと繰り出した。



 僕たちは教会が運営する宿に泊まる事になり、荷物を置きに行った。宿と言っても広間にずらりとベッドを並べただけのものだったが、ベッドが清潔なので問題ない。野営よりは十分文明的な寝床だ。


 まあ唯一不満があるとすれば、1ベッドに2、3人で寝る必要があるのだが、その同衾どうきん相手がヨハンさんという事だろうか。本当はイリスと寝たいけど、こうすると【鍋と炎】は男女別に分かれて寝る事になるので間違いは起きず、合理的ではある。本当はイリスと寝たいけど!


「私がそちらのベッドに行きましょうか」

「いえ結構です!」


 フリーデさんがとんでもない事を言うがお断り申し上げる。イリスの隣のベッドで妻以外の女性と寝るとか冗談ではない、嫉妬で殺されてしまう。本当はフリーデさんと寝たいけど!……いや違う、本当はイリスと寝たいけど!


 色々とご無沙汰過ぎて性欲に支配されつつあるな、何とかしないと。そんな事を思いながら僕は布団を被った。

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