第120話「山賊」*

 行軍3日目、事件は起きた。前方偵察に行っていたヨハンさんが、ペアを組んでいた盗賊を伝令に寄越したのだ。


「山賊と思われる偵察兵を発見」

「ご苦労。各偵察班を呼び戻し、お前はそいつらを伴ってヨハンと合流しろ。些細なことでも情報が増えたら伝令を寄越せ」

「了解」


 山賊。何度か話題に登った事はあるが、本当に居るんだなぁ。道は平坦で、付近に10cmも幅のない小川が流れている。その小川は前方の森――――丘程度の起伏がある――――から流れてきている。恐らく山賊はあの中に居るのか。


「全隊停止。2種戦闘準備」

「「「了解」」」


 ヴィルヘルムさんの命令で行軍が停止し、各人が馬車から防具を取り出す。今回から導入されたシステムの中の1つに、予想される戦闘発生の公算に応じて武装を整えていくシステムがあった。平常態勢は全ての防具を馬車に預けた状態、2種戦闘準備はギャンベゾンなど「最低限の防具」を身に着けた状態(弓使いはこの時点で弓に弦を張る)、そして1種戦闘準備は完全武装を整え戦闘に備える状態だ。なお偵察隊は最初から完全武装なので、武装するのは平服で行軍していた残りのメンバーだけだ。


 2種戦闘準備との事なので、僕はギャンベゾンを羽織って盾を持った。これで最低限は戦える。そうこうしている間に、再び伝令がやって来た。


「ヨハンより通達、賊の野営地を発見。規模からして20人程度の小集団の模様、罠等は見当たりません。既にこちらに気づいているようで武装を始めていますが、装備はお粗末との事」

「ご苦労、あまり深入りしないよう伝えろ」

「了解」

「……さてどうしたもんかね。迂回うかいするには引き返すしかないが、旅程は3日は遅れるな。数ではこちらが優勢の見込みと」


 今回遠征に参加したのは8パーティー、30人だ。山賊よりは数で勝っている。


「どうせ帰りでも通る道ですし、討伐してしまっても良いのでは?」

「タダ働きになるなぁ。懸賞金でもかかってれば良いんだが」

「周辺領主に恩を売るには丁度良いのでは?今回の遠征の趣旨にも適っています」


 ヴィルヘルムさんと、事務方として付随して来たドーリスさんが協議している。


「"冒険者を定住化させておけば賊に身をやつす奴も減りますよ" ってか……。だけど無駄な交戦は避けたいね、罠が無いとはいえ相手の縄張りだ。楽勝とは行かないだろうなぁ。……総員1種戦闘準備、武装して威圧しながら森を通り抜けるぞ」


 ヴィルヘルムさんはそう決めたようで、自身も武装を始めた。僕たちもそれに倣い完全武装を整える。やがてヨハンさんが戻ってきた。


「規模が判明しましたよ、歩兵15、クロスボウ兵3、傭兵崩れですかね。道の方も確認しましたが、1箇所カーブがきつくなる所で道が狭くなっています。襲撃してくるならそこかと」

「厄介だねぇ。襲撃予測地点より前から敵に近づく事は可能か?」

「可能ですね。地形上問題ありませんし、何より奴ら偵察がお粗末だ」

「まあ野営地まで浸透許してる時点で無能極まりない事はわかる。……よしこうしよう、襲撃予測地点付近まで敵が進出してくるようならこちらから襲撃をかける。完全武装の冒険者30人は相手からも見えてるだろ、それでも近づいてくるんなら相当に舐め腐ってるか余裕が無いかのどちらかだ。ヨハン、アロイス(ベテランの盗賊だ)に伝えろ。"偵察隊の指揮を任せる、敵の動向を見通せ、かつ襲撃をかけやすい場所に展開しろ。敵が襲撃予測地点に展開するようならこちらから先に仕掛ける"」

「了解」


 さて18人かそこらで完全武装の冒険者30人に戦闘を仕掛けるなんて正気の沙汰とは思えないが、どうなるか。僕らは緊張しながらも行軍を再開し、森に入った。しばらく歩くと道がゆるくカーブを描き始めた。そこで再びヨハンさんが戻って来た。


「相手さん、展開始めてますね」

「お舐め遊ばされているな。よし襲撃決行だ、【ガッリカ】【ゲルマニカ】は馬車を護衛しながら行軍続行、クロスボウには気をつけろよ。それ以外は襲撃だ。ヨハン、道案内頼む」

「了解」


 そういう事になり、僕たちは道を外れて山を登る事になった。息を殺しながらの隠密行動だ。タセットが脚鎧とぶつかるが、裏に消音用の革パッドが張られているので殆ど音は立たない。問題は腋や肘の鎖帷子メイルだ。極力これらを動かさないように気をつけて歩く。……暫くすると、山賊達の真横50mほどの位置についた。


「絶好の位置だな。こんな場所に偵察兵を置かないなんざ本当の素人だな。本隊から捨てられた"使えない" 奴らかな?」


 ヴィルヘルムさんがそうぼやく。冒険者ギルドは各所に偵察隊が散っており、奇襲を警戒している。練度の差がひどい。


「まあ楽に勝てるならそれに越した事はない。全隊、俺の嚆矢こうしで戦闘開始な」


 ヴィルヘルムさんはそう言い、矢を番えた。僕は鍋をしまい、スナップロック式拳銃を抜く。……視界の左下方に馬車と護衛の【ガッリカ】【ゲルマニカ】が見えてきた。カーブの頂点まであと20m。山賊たちが舌なめずりし、しかし冒険者の数が減っている事に気づいた。瞬間。


 ぴゅう、と笛を吹いたような音がした。ヴィルヘルムさんが嚆矢を放ったのだ。それは風切り音を立てるためのやじりで、あまり殺傷には向かないはずだが、狙い違わず山賊の1人の首筋に突き立った。それに合わせ射撃兵が矢を射掛け、前衛が突撃を開始する。


「何だ今の音は!?」「敵襲、敵襲ーッ!」


 山賊達がどよめき立つが、その間に冒険者ギルドは一気に距離を詰める。混乱から立ち直るのが遅い。隊列の正面を馬車からこちらに向ける事もしていないし、撤退するには既に距離が詰まりすぎている。本当に素人だ。僕は槍を持った山賊を正面に捉えて駆ける。ギャンベゾンに胸だけプレートアーマーをまとっている男だ。


 僕は木の根を飛び越え、滞空中に引き金を引いた。銃声が鳴り響き、男の右腕から血飛沫が散った。


「チッ!胸を狙ったのに……」


 引き金を引いた瞬間の狙いは良かったはずだ。だが点火薬が燃え、発射薬に火が伝わるまで1瞬のタイムラグがある。結果、飛んで身体が安定している間に銃は発射されず、着地で身体がブレた瞬間に発射されてしまった。これは練習が要るな。ともあれ男は槍を取り落した。銃をホルスターに叩き込んで鍋を抜き、一気に肉薄する。


「よいしょッ!」

「ぐわっ!?」


 横面を鍋で叩いて引き倒し、そいつの身体を飛び越え、奥であたふたしている山賊に襲いかかる。背後でフリーデさんのメイスが骨を砕く音が聞こえる。


 僕の右横を走っていたルルは槍を構えて突撃し、反撃で突き出される槍を鎧で受け止めながら強引に自身の槍を山賊の首に突き込んだ。


「クロスボウ!」


 イリスが警告を上げながらルルの背後に隠れる。フリーデさんも僕の後ろにつき、僕は盾を掲げる。


「あいたっ」


 ルルが気の抜けた声を上げる。放たれたクロスボウはルルの胴鎧に弾かれ明後日の方向に跳ね返っていった。小型クロスボウだったようで、その程度ではプレートアーマーは貫通出来ないのだ。


「あいつは無視!目の前の敵を倒して!」

「「「了解!」」」


 クロスボウの装填は長い。小型でも熟練していなければ10秒以上はかかる。その間に近接兵を片付ける作戦だ。なお今回は山火事が怖いのでイリスは緊急時以外魔法を使わない。


「畜生、こんなの聞いてねえ!」

「知るか!」


 僕と相対する山賊が剣を抜いて襲いかかってくるのを盾でいなし、反撃で鍋を叩きつける。相手は兜だけの軽装だ、頭以外どこに当たってもダメージが通る。山賊は剣で鍋を受けるが、刃筋を立てておらず剣の腹で受けてしまったせいか、剣がぽっきりと折れた。


「あっ!?」


 まともな受け流しも出来ないとは、もはや哀れになる程練度が低い。だが手加減してやる理由にはならないので詰める。


「終わりだ!」


 鍋を切り返し、内側から外に振り抜いて山賊の膝を砕く。声にならない悲鳴を上げつつ倒れたそいつの背中を踏みつけ、状況確認。ルルが2人目の山賊を仕留め、周囲のパーティーも概ね相対した敵を倒していた。


 フリーデさんが僕が踏みつけている山賊の頭を兜ごとメイスで砕く音をBGMに、さらに周囲を見れば残余の山賊は1箇所に固まり円陣を組んでいた。はて何故逃げないのだろう、と思ったが彼らの背後に偵察隊が回り込んでいた。木に隠れながら投げナイフや矢を放って逃げようとする者を殺し、その間に暇をしていた【ガッリカ】が進出してきて退路を完全に塞いだ。クロスボウ兵はいつの間にか全滅していた。完全包囲、詰みだ。


「やめてくれ!投降する!」


 山賊の1人が剣を捨て、両手を挙げた。彼らの戦意は完全に折れたようで、5人の生き残り達もそれに倣った。ヴィルヘルムさんは各パーティーの前衛で包囲するように命じ、絶対に逃げられないようにしてから話を始めた。


「リーダーは生きてるか?」

「死んだよ!」

「じゃあお前に聞く、他に戦力はあるか?」

「ここには無い!俺たちは【鉄猪傭兵団】の分遣隊だ!他の奴らは別の所で山賊してるよ!」

「よろしい、そいつらの居場所を吐け」

「教えるから命だけは……!」

「良いだろう」


 山賊は他の部隊の居場所をすんなり吐いた。【鉄猪傭兵団】は総勢100名程度だが、今は各地に散っているらしい。


「口糊しのぐために分派して山賊業か、典型的だなぁ。んで何で俺らを襲った?完全武装なのは見えてただろ?」

「もう食料が尽きそうだったんだ、それであんたら襲って食料を手に入れたら、追手が掛かる前に他の場所に移動しようと……」

「なるほどな。で、今までに何組何人襲った?痕跡調べればわかるからな、嘘はつくなよ。無駄な手間を取らせたとわかったら殺す」

「2組だ、人数は最初が4人連れの家族、次が2人組みの行商人だ……!」

「そいつらはどうした?」

「ど、どうだったかな……忘れちまった」

「殺したな。ここに来るまでの村で山賊の出没情報は無かったからな、生き残って情報を伝えた奴はゼロって事だ」

「す、すまないとは思ってるんだ!だが俺たちも生きていかにゃならん、仕方なかったんだ!」


 ……身勝手な言い分だが、この世界では市民権や農村への居場所が無いと犯罪に手を染める以外に生きる道がない。わからなくもない、わからなくもないが。それで殺された人達はたまったものではない。特に家族連れには女子供が居たのか気がかりだ。もし居たとしたら、妻子を殺されるとは一体どんな気分なのだろう。――――だめだ、許せないな。理由があったとしても仕方ないですね、とはならない。


「まあ言い分はわかるよ。俺たち冒険者だって本来はそういうもんだ」

「だろ?だから許してくれ、見逃してくれないか……!」

「まだ誰も手にかけてなけりゃ救済出来たんだがなぁ、ちと遅かったな。人を殺しちまったんならダメだ」

「そんな……なあわかるだろ、このまま領主なりに突き出されたら縛り首だ、どうかお慈悲を……!」

「見逃したら本隊と合流するだろ?流石にそれは見逃せん。あと俺たちは次の村なり街なりにつくまでお前達を養う準備も無い、悪いが死んでくれ」

「さっき命だけは助けるって約束しただろ!?」

「全員とは言ってない。君だけは情報吐いた礼に生かしてやるよ」

「やめ……」

「こいつ以外全員殺せ」


 僕は目の前の山賊に鍋を振り下ろし、頭蓋を砕いた。躊躇いは無かったが、少し心が摩耗した気がした。他の山賊も武器を拾う前に剣や槍で刺し抜かれ絶命した。残ったのはヴィルヘルムさんと話していた1人だけだ。


「こいつは足の腱切って縛っておけ。死体を野営地に集めろ、使えそうなものはいでおけよ。火葬して今日はここで野営だ」

「「「了解ウィース」」」


 その後は指示通り装備を剥いだ死体を火葬し、集めた略奪品を分配した。僕はギャンベゾンを獲得した。いらないが、いくらかカネになるだろう。


「いやはや、本当に居るんだね山賊」

「今回は小規模で良かったけどね。大規模だと隊商組んでも危ないから交通が遮断されちゃう」


 人が焼ける嫌な臭いを発する焚き火を見ながら、僕とイリスは話していた。


「……こういう事に身をやつす人が減ると良いね」

「暇してる傭兵や冒険者全てを常雇にするのは難しいでしょうけどね。でもいくらか市が養えれば、少しは減るでしょ」


 常備軍。それが増えれば、平時に仕事を失った傭兵や冒険者が山賊になる事も減るだろう。そうすれば罪なき人が死ぬ事も減る。今回の遠征でそれが理解されると良いんだけどな。


 夕食を摂り、微妙な後味の悪さを感じながら寝た。

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