第118話「遠征開始」*
行き先が決まったのでエンリコさんにそれを伝え、僕たちは「遠征」に出かける事になった。結局ほぼ全パーティーが参加希望を出したのだが、万一の備えとして、それに山のパトロールのために3割ほどのパーティーを残して行く事になった。加えてカエサルさんが訓練中の新人達も居るので、最低限の戦力は市に残る事になる。
「はいはーい、じゃあ出発しますよー」
そう音頭を取るのは馬に
因みに今回は馬車も1台付随している。先の内戦で得られたもので、1頭立ての小型馬車ながら20~30人程度の
「今回は戦時と違って移動を補助してくれる部隊が居ないからな、全部俺たちでやるぞ。訓練も兼ねてな」
との事で、各パーティーから盗賊や弓使いが抽出されて前後左右に展開し、周辺を警戒しながらの移動になる。今はヨハンさんも偵察に出払っている。
「そっか、今までは騎兵隊がやっててくれたけど居ないとこうなるんだね」
「この辺は治安良いけど、少し外れると野盗や山賊が怖いからね。特に今は戦後で冒険者団や傭兵隊がうろついてるだろうし」
戦時中は頼もしい(何せ訓練された軍人というのは貴族以外だと貴重だ)彼らだが、平時は治安を悪化させる厄介者扱いになるとは。今回の遠征はそれを改善させる目的もあるので、状況が変わってくれる事を願いたい。
休憩を挟みつつ夕方まで行軍し、村の近くで野営する事になった。村の泉で水を補給し、お金のあるパーティーは副食を購入したりしながら野営地を設営する。
内戦参加者にとっては手慣れた作業だ。ナイフや剣、あれば
さらに今回僕達はテントがあるのでそれも設営する。テントと言っても物凄く簡易的なものだ。内容物は1m20cmほどの木の棒2本、杭2本、天幕1枚。
まず木の棒2本を天幕の幅に合わせて地面に打ち込み、その根本に天幕の端を紐で縛る。次に木の棒の上に天幕を被せて地面に向け斜めに引っ張り、ピンと張ったあたりに杭を打ち込み、その根本に天幕の端を紐で縛る。これで完成である。直角三角形型の、1人用のテントだ。頭と足側が空いているが、天幕から三角形の布が伸びているので、これを木の棒に括れば塞ぐ事も可能だ(緊急時すぐに飛び出せるように片方空けておくが)。天幕さえ持っていけば、森や林で拾った木の枝でも設営出来るという簡便さも良い。マントに包まって寝るのも慣れたが、雨除け風除けになる天幕があるというのは快適さが違うだろう。
今回は村の周辺という事で木が自由に採れない(薪は有料だし、付近の森は領主の持ち物なので木の採取はやっぱり有料だ)ので共同での焚き火は無し。持ってきたパンをもそもそと
「炭でも持ってくれば良かったね。スープくらいは欲しい」
「贅沢に慣れすぎよ。まあ副食が欲しいのは事実だけど」
そこに村人が大きな鍋を抱えてやって来た。
「皆さん、スープは如何ですか!一杯小銅貨5枚!」
……この村人、中々わかってるな。焚き火しない事を見越して作ったのか。
「……どうしようか」
「……買いましょうか」
結局、食欲に駆られた冒険者達全員がスープを購入した。商売上手というのはどこにでも居るものだなぁ。今までは
今回テントを買った分(報酬の余りで形成したパーティーの共有資産から出し、足りない分は共同出資)だけ食費を切り詰めた結果、パンはライ麦粉で作ったパンになっていた。ライ麦パンは安いが酸っぱいし不味い。スープなど副食が無ければ1日の必要量(およそ1.5kg)を食べるのが割と厳しいのだ。ちなみに現在は比較的温暖な気候らしいが、寒冷な時期はライ麦が主流になるらしい。特にノルデン選定候領は比較的寒冷かつ土地が痩せているので、本来はライ麦の栽培が主流との事だ。『食文化も衛生面もさほど現代ヨーロッパと
ともあれ多少の出費はあれど文明的な食事を終え、床についた。見張りは交代で行われ、【鍋と炎】は今日は当番が無いのでぐっすり眠れる。僕はテントは頭側を空けておく事にした。ミント香付き石鹸で洗った服を吊るして簡易暖簾にしておく。虫除け効果がどれだけあるか見ものだ。
なお枕は嵩張るので持ってきていない。荷物から見繕って何か代用品を作ってみよう。
「これでどうかな」
腕鎧の前腕部にタオルを被せてみた。寝てみると、やや高いし固いので不適合だとわかった。着替えを重ねて枕にするのが安牌だろうが、寝汗で服が汚れるのが嫌なので何とかタオルとその他で代用したい所だ。
「もう少し低いもの……」
鎧を詰めた頭陀袋を開き、適切そうなものを探す。胴鎧の背側、高さは丁度良いが広すぎる。足鎧、高すぎる。脛当てもやっぱり高い。肩鎧……これは丁度良さそうである。タオルを2枚折にして表側に被せて寝てみたが、今度は狭すぎて頭がすぐ落ちてしまった。中々上手くいかないな。
「ん?もしや……」
左右の肩鎧を重ね(ヴィムの腕が良いのだろう、綺麗に重なった)、その裏側に2枚折にしたタオルを敷いて寝転がってみるとこれは丁度良かった。肩鎧の裏は緩いお椀型なので、後頭部がすっぽり収まって気持ちが良い。
「まさか甲冑を枕に寝る日が来るとはね……」
現代日本では甲冑持ってる奇人以外は体験出来ない事である。妙な楽しさを覚えながら、持ってきていたシーツを被って眠りに落ちた。
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