第117話「狩り尽くし」*

 やる事が決まれば後は早い、いつも通りクエストをこなしつつ、ヨハンさんとフリーデさんから教育を受けるだけだ。商会からの収入的に、日々を暮らしていくだけなら当分働かなくても良いのだが、稼げる時に稼いでおきたいという思いがあった。ヨハンさんの語学レッスンは明らかに冒険者の仕事から外れるので、パーティーメンバーとはいえタダという訳にはいかないし(フリーデさんは報酬貰っても全額教会に寄付するとの事だが)、それに生活費は自分で稼いでおきたい。商会の資本を食いつぶして、いざという時にお金が無いという事態は避けたい。


 それに僕が抜けるとルルとヨハンさんはクエスト収入がゼロになってしまうし。仲間に迷惑をかけるのは避けたい……という訳でクエストボードを見に来たのだが、クエストは綺麗にゼロだった。


「こんな事ってあるんだ」

「まともに冒険者ギルドが稼働するとこうなりますね。先の内戦で、領主層が略奪で得た資金を治安維持に回せるようになったのも大きいでしょう」


 そうドーリスさんが言う。


「特に、ブラウブルク市冒険者ギルドは依頼額が安く済みますからね。領主に財布を開く余裕があれば、積極的にモンスター討伐に資金が回され……が起きます」

「僕らの依頼額って安いんですか」

「半公営ですからね。選定候家と市参事会から運営資金を援助されているので、依頼額は低くしてあります。もっとも、今まではそれでも依頼数が少なくて赤字になっていましたが。それも内戦で周辺領主の財布が潤ったので解決という訳です」


 略奪で財布が潤ったという事は、略奪された地域は真逆な状況な訳なので複雑な気分である。しかし困ったな、これでは稼げないぞ。


「参ったね、ナイフ新調しちまったから稼いでおきたかったんだが」

「あたしも毎日美味しい食事食べるために稼ぎたいですー」


 ヨハンさんとルルが不満を漏らす。彼らは冒険者ギルドからの収入しか無いので、クエストの枯渇は死活問題である。基本給はあるとはいえ、それだけでは本当に貧相な暮らししか出来ないし。


「こういう時のためにカネは貯めておくんだよぉ」


 からからと笑いながらそう言うのはヴィルヘルムさん。隣に娼婦っぽい女性を侍らせている。……いや貴方もお金貯めてるイメージは無いんですけど。


「まあ、団員に貧相な生活させるのは団長として看過し難いからな。手は打とう」

「お金くれるんですか?」

「あげないよぉ、自分で稼げ。……でもしようかね」

「遠征?」

「冒険者団や傭兵団の空白地を狙って、そこに赴いて仕事を受けるのさ。仮に既に冒険者団やらが居てもこっちの方が依頼額は安いからね、仕事は奪える」

「……恨まれそうですね」

「恨まれるだろうなぁ。んで仕事を失った冒険者団やらは仕方なく山賊に身をやつす、と」

「ダメじゃないですか」

「まあ確実に治安は悪化するわな。……だから意味がある。この遠征は半分、各市に"ブラウブルク市みたく冒険者を定住化させろ" って布教する意味もある」


 随分と強引なやり方だが、確かにブラウブルク市方式を広めるのは良い事だと思う。聞けば他の地域では冒険者というのは、放浪しながらクエストをこなし、行く先々で揉め事を起こす厄介者だと聞く。そしてクエストが無くなれば山賊化する。


 そうさせないために定住化させ生活を保証し、市への忠誠を誓わせるというのは治安維持に一役買うのではないか。


「まあ予算が潤沢な市しか出来ないだろうからね、今回は1つか2つ裕福な市を狙って遠征して、1ヶ月かそこらで帰ってくる小遠征になるかな。9月末の祭りには帰って来たいしな」

「祭り?」

「ああ知らないか、この辺じゃ9月末にはビールの醸造始めを祝って祭りをやるのさ。もう少し暖かい南方だと10月にやるから10月の祭りオクトーバーフェストなんて言うけどな。こっちじゃ単純に"ビール祭り" って呼んでる」


 オクトーバーフェスト。日本でも聞いた事があるな。ドイツ風の衣装をまとった給仕が居て、ドイツビールやソーセージが出てくるイベントだ。


「楽しいわよ。一緒に回りましょ?」


 とイリスが微笑む。……お祭りデート!凄い恋人っぽくて良いなそれ。いや婚約してるから実質もう夫婦だけど。ともあれ心が弾んできたぞ。


「ともあれ、祭りに間に合わせるためにとっととやるかぁ。おーい皆、3日後に遠征行くぞ!希望するパーティーは受付に申請しておけ!今ここに居ない奴らにも伝えておけよー」

「急過ぎませんか?まだ告示用紙すら出来てませんが」

「じゃあ今から考えて作ろう」

「……前団長より人使いが荒い事に、抗議せざるを得ませんね」


 そう言いながらもドーリスさんはヴィルヘルムさんと告示文の作成に入った。さて、僕たちはどうするべきか。


「あたしは行きたいですねー」

「俺も」


ルルとヨハンさんは行きたいとの回答。フリーデさんは僕に着いてくるだろうから、問題は僕とイリスと言うことになる。


「1ヶ月か。商会の方は空けても大丈夫なの?」

「エンリコさんがほぼ全て実務やってくれてるから大丈夫だと思う」

「んー、じゃあ行きましょうか。私も新しい魔法書と杖欲しいし」


 イリスはこの前服こそねだったが、魔法書や杖など高価なものは要求してこない。というのも、どうやらこの地域だと「私有財産」の概念があり、夫婦と言えど相手の財産に手を付ける事は出来ないようだ。奪えば立派な犯罪になるらしい。なのでイリスは生活に必要なものこそ共同出資で(たまにねだってくるが)支払うが、完全な私物は自費で払おうとする。……良い嫁だ。たまに僕のお金の使い方に文句言うけど。


「じゃ、僕エンリコさんに事情話してくるよ」

「ならルルとヨハンさんは私と買い出しに行きましょうか。軍役と違って食料も寝床も自弁でしょうし、本格的な野営具揃えちゃいましょ」


 そういう事になり、それぞれが動き出した。なおフリーデさんは何も言わずとも僕に着いてくるのでイリスは言及しない。



「というわけで、1ヶ月くらい空けても大丈夫ですか?」

「問題ない、というか現状ワシ1人で処理してるだろ」

「本当にありがたい事で」

「まあ責任取るのは君だからな、気楽なもんだよ」


 中々の言いようだが、エンリコさんが自発的に問題を起こすとも思えないので軽い冗談なのだろう。


「まあ、何か問題があれば伝令送って下さい。行き先が決まったらもう一度知らせに来ますね」

「うむ、気をつけてな」

「はーい」


 商会の方はこれで問題無さそうだ。9月に入ると銃の普及作業も始まって忙しくなりそうだが、元より僕は銃の製作技術を何一つ持っていないので不在でも問題ない。……それで商会長ってどうなんだ?でも日本だって製造業の社長が実際に製品作れるかと言えば、そうとも限らないだろうし。僕に求められているのは方針の決定と顔つなぎ、あとは責任を取る事だろう。多分。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る