第110話「ある転生者の話」
神聖レムニア帝国南部の都市、インデアブルック。ある刀剣鍛冶屋の工房で、1人の男が喝采を上げていた。
「出来た……出来たぞーッ!」
男は棒状のものを掲げていた。銃である。1m近くの銃身を持つ、長銃であった。
彼の名はベンヤミン、本名を山本一夫と言った。日本からの転生者である。4ヶ月前であろうか、ドライブ中の彼はアクセルとブレーキを踏み間違え1人の少年を
前職は事務方であった彼には武器製作など出来る訳もなく、転生した旨を話した所「随分早いが
これでは第二の人生を得たというのにあんまりだ。苦しみ多き人生など真っ平御免。何か、何か成し遂げたい。この世界に何か爪痕を遺して名誉の回復を。――――そう思っていた所に、南方からやって来た商人が火薬を売っているのを見た。脳内に電撃が走り、妻の留守を良い事に家からカネをくすね(元はと言えば自分のものである。厳密にはベンヤミンのものであり山本のものでは無いが)、火薬を購入した。
「これはこの世界の戦争を、歴史を変えるぞ!火縄銃を作ろう、私は銃の発明者として名を残そう!」
「お客さん大丈夫かい……?」
「筒だ、まずは筒を作るのだ!」
ベンヤミンは火薬を抱え走って帰った。元々大河ドラマを好んで観ていた。そこから興味を持ち、火縄銃の製造方法も調べていた。何故もっと早く思い立たなかったのだろう、それだけが悔しかったが転生直後のゴタゴタでそれどころではなかったのだから仕方ない。ともあれ、彼は銃の製作を開始した。鉄の加工方法は、工房の隅っこで弟子たちの働きぶりを見ていたので何となくわかる。しかし初めて
「鋼鉄の加工は難しい」
彼は学んだ、鋼鉄を思い切りハンマーで叩くと割れる事を。これは鋼鉄より炭素が少ない、軟鉄を使用する事で解決した。力任せに叩いても曲がるだけなので初心者には都合が良い。
「やはりこの世界は遅れているな、鉄は熱いうちに打てと言う言葉も知らんのか」
彼は学んだ、鉄を熱しながら打つ事で速く変形させられる事を。熱い鉄を打つとスラグと呼ばれる不純物が出てくるのも気分が良い。結果的に炭素も抜け、軟鉄はさらに柔らかくなったが知る由もない。焼入れで硬化させる技術も知らなかった。
彼はこの時点で致命的なミスを犯していたが、銃が形になってくる楽しさはブレーキを踏むという行動を脳内から消し去っていた。アクセルをベタ踏みしたかのような勢いで銃は完成に近づいていった。
ところで彼は、この世界に2つの発明品をもたらした。1つは火縄。硝石を溶かした湯の中で縄を煮て作ったこれは、先端からゆっくりと長時間燃え続ける。
もう1つは締結ねじ。ねじ穴を切った部材同士を張り合わせ、ねじを締める事で2つの物を締結出来る。この世界で締結に使われる
彼は火縄銃の知識から、このねじを銃身の後端に取り付ける事を知っていた。こうすれば、ねじを取り外して銃身の奥の清掃が出来る。銃の開発史における革命であった。ねじ穴の製作は簡単だった。作ったねじに銃身を巻きつけ、叩いてねじの形に沿わせ変形させるだけだ。
細々した部品も何とか作り上げ、ついに銃が完成し冒頭に至る。早速彼は人々を集め、試射会を行う事にした。
ベンヤミンは標的として鉄板を起き、5m離れた。そして購入しておいた火薬、粉末状火薬を装填し、構えた。
「世紀の大発明だぞ!甲冑を撃ち抜くこの新兵器の威力を見せてやる!」
火縄には既に着火してある。火蓋も
◆
1人の武器職人の親方が死んだ、という話題は瞬く間にインデアブルックを駆け巡った。何でも「新兵器」とやらが爆発し、その破片が頭に突き刺さって死んだと――――話題に飢えていた市民にとってこの話は大変にウケた。その親方は最近耄碌していたらしい、という点も市民に好まれた。
というのも、近頃は親方の数がギルドによって制限され、親方になる事が適わないまま一生を終える職人が増えていたからだ。故に親方とは羨望の対象であり、
さてベンヤミンの弟子達であるが、破裂した銃身からねじをサルベージした。これは便利な発明であったので、模倣し工房で有効活用した。火縄は有効な使い道がわからず捨てられたが、ベンヤミンが作っている所を見ていた弟子によって製法だけは継承された。
銃本体は可能性に賭けて再現してみるか検討されたが、結局されなかった。ベンヤミンの死に様を見た弟子達は「これは駄作兵器だ」と見做したのだ。
彼らがはるか北方、ノルデン選定候領よりもたらされた新兵器、
こうして後世、銃は「突如として完成度の高い拳銃と長銃が同時に出現した」と歴史書に記される事になった。クルトとベンヤミンの名も添えて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます