第109話「銃販売会」

「製造が間に合いません」


 レギーナさんがげっそりした顔で言った。彼女はホイールロック式拳銃の機構を担当しているが、部品点数と工作工程が多すぎて注文量に対して製造が間に合っていないのだ。


「月産3丁が限界ね。私も弟子達も慣れればいくらか増やせるかもしれないけど」

「そうですか……仕方ありません、一先ずデモンストレーションでは僕が今持ってるのを使うとして、ホイールロック式は店頭で出来合いのを販売する事は諦めて注文だけ受けましょう」

「下手すると半年、いや1年先まで予約が埋まりそうね……嬉しい悲鳴だけど」


 ホイールロック式はその機構の複雑さから来る故障頻度で、然程注文が来ないと踏んでいた。だが既に殿下が試験用に5丁、教会がリッチー討伐用に5丁注文した事で最初からキャパオーバーに陥っていた。因みに教会にはスナップロック式も勧めたが、「恩寵受けし者ギフテッドが使ったという事実と、最初の1発の確実性を重視したい」との事でホイールロック式を選んだ。確かにリッチー相手に不発という事態は避けたいので妥当だ。


「スナップロック式はどうです?」

「引き金回りの製造がネックだが3人で手分けして作ってるからな、順調だぞ。月産10丁は超える見込みだ。習熟すれば倍はいけるかもな」

「むしろ銃身の製造が追いつかないかも。鋼鉄を幾重にも巻きつける作業は、手間」


 何故かひどくやつれた顔でヴィムがそう言う。


「……大丈夫?」

「大丈夫、別件……いや銃に関する事ではあるけど。それで仕事が増えてるだけだから、気にしないで」

「そ、そう?」


 銃に関する仕事?ともあれ目下、合計で月産13丁くらいが限界か。だが利益は高いので問題ない。それだけ作って売れれば上等だ、皆平時で武器も鎧も然程売れないので良い収入源になると喜んでいる。


「外注……というか"絶対売れるからこういうの作って一緒に売って!" って懇願こんがんしてたホルスターとか火薬も問題無さそうです。なので来週月曜日の販売に合わせて生産の方、引き続き宜しくお願いします」


 来週月曜日が銃の販売開始だ。殿下と衛兵隊、それに参事会に許可を取り、城壁の外で販売会をやる事になっていた。吟遊詩人に多少の金を握らせ、その告知もさせた。どれくらい売れるか楽しみだ。



 そして来る月曜日。冒険者ギルドのミーティングを済ませた僕達は城壁の外で会場設営をしていた。ちなみにミーティングではフリーデさんの入団儀式も行われ、彼女は正式に冒険者となり、冒険者ギルドの指揮下に入った。これで突飛な行動が少しは収まると良いんだけど。


 17時。真夏の日中は暑くて誰も来ないだろうという事で販売会の時間帯はここに設定した(日本人の僕からすれば大した暑さに感じないが、皆日中やる気が無い)。仕事を終えてビール片手に客が続々と集まってきた。……客かな?どうも戦闘とは無縁かつお金持って無さそうな人達が多い気がする。ちょっとしたイベントだからお祭り気分で見物に来たのだろうか。だが賑やかしは多い方が良い。


「ビールは如何!」「串焼きもあるよ!」


 銃の販売会場から少し離れた所にみやれば、抜け目ない店主達が出店を出していた。客たちがそれを買うため列を作っている。……うん、やっぱりお祭り気分なんだこれ。


 そうした一般市民に混じって、身なりの良い人達もちらほら来た。商人に、帯剣してる人――――貴族も居る。吟遊詩人には「甲冑を貫ける」と喧伝させていたので興味を持って来てくれたか。メインターゲット層は彼らなのでありがたい。


「はーい、貴族の方々はこちらへどうぞー」


 イリスが貴族用に設定したエリア(杭とロープで区切ってある)に貴族達を案内する。そこからやや離れた所に、テーブルに置かれた甲冑がある。彼らには甲冑が貫かれる様を間近で見てもらいたいとの目論見からこのようにした。というかこうしないと、前に行こうとする貴族とさせまいとする平民とでいさかいが起きそうな気がしたのだ。


 そして、17時の鐘が鳴った。それが鳴り止むのと同時、僕は前に出る。見物人達の目が向く。社長……商会長として司会進行するのは僕の役目だ。敵兵やモンスターの群れが迫ってきても然程恐怖は感じないようになって来たが、これは緊張するな。


「えー、紳士淑女の皆さん、本日はお集まり頂きありがとうございます。【鍋と炎商会】の長、"鍋の" クルトです」


 「あれが噂の新人パーティーの?」「"鍋の勇者" か」「力ずくで嫁をめとったとかいう……」「覚えてろよクルトーッ!」という声が聞こえる。……思ってたのと違う反応だが【鍋と炎】の知名度はあるようだ。


「本日皆さんにご紹介するのは、ビュクセという武器です。この小ささで、騎士が身に纏う甲冑を貫通します」


 そう言いながら僕はホイールロック式拳銃を掲げてみせる。見物人の反応は一様に「信じられない」といったものだ。何せ同サイズのクロスボウでは5mかそこらで生身の人間に突き刺さるかどうかというレベルなのだから。ヴィムに目配せすると、彼は試射用の胸鎧を貴族用の席に持っていった。


「試射に使う甲冑です。お確かめ下さい」

「……ふむ、厚みも製法も普通の、当世風の騎士鎧に見えるな」


 胸鎧を手渡された貴族達はそれを検分する。こんこんと叩いて全面の厚みが均一な事を確かめて、それから側面の処理を見ている。ヴィムに教えてもらったが、側面の処理の仕方で強度が段違いになるらしい。古いプレートアーマーでは表側に一度折り返すだけだが、当世風のものは表側に折り返したものを、Ω型になるようもう一度裏側に折り返す。こうすると甲冑表面に張力がかかり、強度が増す。


 貴族全員が納得すると、ヴィムはその胸鎧を岩に立て掛けた。


「では早速になりますが、実際に射撃してみます。装填作業から始めますね」


 僕は火薬の事を説明しながら、銃の装填を進める。まずゼンマイを巻く。次に発射薬と弾丸を銃口から流し込み、包紙でフタをして木の棒――――槊杖さくじょうで軽く突く。火皿に点火薬を入れる。最後に火打ち石を取り付けたアームを降ろして車輪に押し当てる。


「これで準備完了です」

「工程は多いが時間は機械式クロスボウと同じくらいか。熟練すればそれより速くなりそうだが」


 そんな声が聞こえた。実際、装填の速さは銃の利点だ。甲冑にダメージを与えうる大型のクロスボウでは、ハンドルの付いたウィンチで弦を巻き上げる作業が必要だ。それに比べると随分と速い(それでも矢に工夫し、さらに当たりどころが良くないと甲冑を貫通しない)。


「では撃ちます。雷のような大きな音がしますので、皆様どうかお覚悟を!」


 そう言いながら5m先に設置した胸鎧に狙いを定める。ざわめきが収まり、視線が集中するのを感じてから、引き金を引いた。


 爆発音。見物人から悲鳴が上がる中、ヴィムが胸鎧を回収し、掲げた。ばっちり貫通していた。


「ほ、本当に貫通したぞ!」


 貴族達が驚く。当然だ、甲冑とはウォーピックで思い切り叩く(隙が大きい)か、弓やクロスボウで矢に工夫して当たりどころが良ければ貫ける、という「完全な防具」だったのだから。それがいとも簡単に貫通したのだから革命的だろう。この世界で「革命」という単語があるのかは知らないけど。


「皆々様、ご覧の通り銃とは、戦争を変えうる一大発明、新兵器です!しかも本日が初お披露目、今日購入された方が時代の先駆者!持っているだけで圧倒的優位に立てる――――」


 僕は畳み掛けにかかるが、ヴィムがそれを制した。


「ヴィム?」

「この銃と同時に皆様にご紹介したいものが御座います。こちらです」


 そう言いながらヴィムは1つの胸鎧を取り出した。中心に峰があり、そこを起点に緩やかに山型に折れ曲がった胸部を持ったものだ。見たことないぞ、こんなタイプの鎧。


「銃逸らしの甲冑です。試射しますね」

「ヴィム??」


 ヴィムは僕を見て一瞬目礼しながら銃を装填し、その新作甲冑に向けてぶっ放した。……銃弾は貫通せず、着弾した痕が凹んでいた。


「胸の厚みを増し、さらに山型の形状をつける事で正面からの銃弾は斜めに鉄板に当たり、弾かれます。重量増加分、背中は薄くする必要がありますが、真の男である皆様は敵に背を向ける事は無いので問題無いでしょう。どうぞ、こちらも銃と併せてご購入下さいませ」


 銃に関する仕事ってこれかよ!いつの間にこんな物考案して開発してたんだ!ヴィムは小さく舌を出した。……くそっ、商魂たくましい。それに銃器対策を思いついてすぐに作れるなんて、思ってたよりヴィムは凄い奴なのでは?


 ともあれ、銃も甲冑も注文が殺到した。値段が値段なので即決は少なかったが、それでも20丁の契約が決まり、前金が支払われた。大半は商人によるものだ。恐らく別の地域に売りに行くのだろう。これにより銃の普及が早まり、模倣される事で「発明した」事による優位が早期に失せる事になるが、その分今のうちにガンガン売って稼いでおこう。そもそも他の地域に販路を持たない僕たちにとっては独占販売なんて出来ないんだし。


 なお、予想外だったのは機構の複雑さからくる故障の多さ、という難点を抱えるホイールロック式が多く売れた事だ。これは貴族に人気だった。確実に1発は撃てる事、さらにが人気の理由のようだ。複雑、つまり絡繰り――――この時代では超高等技術だ――――が組み込まれていると言う事は、それだけで資産価値があるからでは、とイリスが言っていた。実際、装飾を施せないか聞いてきた貴族も居た(外注で対応したが)。商売って難しい、何がヒットするかわからないもんだなぁ。


 嬉しい悲鳴を上げていたのはホイールロック式担当のレギーナさんだが、ともあれ銃の初動販売は大盛況に終わり、【鍋と炎商会】は盛大な打ち上げを敢行した。

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