第108話「試験官」
平日。クエスト受注のためギルド本部に向かってみると、何やら受付に列が出来ていた。並んでいるのはギルドメンバーではない一般人で、男性と女性が半々くらいか。……カップルっぽいのが多い気がするな?
「依頼かな?何かあったのかな」
「君のせいだよぉ」
「えっ」
そう言って声をかけてきたのはヴィルヘルムさんだ。……何かしたっけ。リッチー討伐はしたけど、それでモンスターが増える様な事態――――大量の血が流れるような事態を引き起こしたとは思えない。だが何か見落としがあるのかもしれない、僕はまだこの世界の事情に疎いのだから。
「えっと……僕何かしちゃいました?」
「しちゃってたねぇ、君とイリスは」
「私も?」
「決闘裁判で結婚もぎ取っただろ、アレだよ。冒険者ギルドの
「ええ……」
「後は父親の支配から逃れようとする女の子かな。とにかく、あの1件で冒険者ギルドを駆け落ちの受け皿か何かと勘違いして入団希望する奴らが押し寄せてる」
それはまあ、確かに僕とイリスのせいと言えなくもないが。
「でも入団希望者が増えるのは良い事なんじゃ?」
「農村から弾き出された奴らならな?彼らは農作業である程度身体が出来てるけどさぁ、今回押し寄せてるのは都市民が中心なんだよね。率直に言うと使い物にならない」
「おおう……」
「ギルドの収入は増えたとはいえ全員養うカネは無いし、面倒事を抱え込む暇も無い。なんで選抜試験を行う事になった」
「試験?」
「そ。近接職希望は模擬戦で叩きのめして才能有りそうな奴だけ選抜、遠隔職希望は技能見て採用って形にするんだけど……君に模擬戦の相手を任せたい」
「何で僕が!?」
「君のせいって言っただろう?責任取ってくれよぉ」
「……若干腑に落ちないですが!それは置いておいて、叩きのめすんなら僕よりベテランの人達の方が適任じゃないです?」
「ベテラン使ったら"あ、新入団員採る気無いんだ" って尻込みするだろ?それじゃ今後の募集に影響が出るが……君なら丁度良い、入団から半年と経ってないから意図が透けづらい」
「僕、そんなに戦闘技能は高くないと自負してるんですけど、負ける可能性ありますよ?」
「別に良いよ。むしろまぐれ当たりでベテランが負けると面子が立たないからねえ、その点君が負けても"ああ、新入りだしなぁ" で済む!」
「僕の面子は!?」
「……負けなければ良いのさ!さぁこれは団長命令だ、粛々と服したまえ平団員!」
「畜生ー!」
こうして僕は何故か試験官にされてしまった。完全武装で城壁の外に集まる事になり、別に見に来なくても良いのに【鍋と炎】の他の面子も集まっていた。ただしビール片手に。……これは恨んでも良いのでは?
「クルトさんが負けそうになったら乱入して良いですか?」
「ダメよ」
フリーデさんの乱入はイリスに封じられてしまった。本当に1人でやるしかない。
近接職希望者は約20人。下は14歳かそこら、上は20代半ばくらいまで。全員男性だ。さらに、見物なのか恋人なのかわからない男女らが押しかけ、輪を作っている。この輪の中がフィールドだ。
「はいはーい、それじゃ試験を始めますよー。ルールは簡単、この入団半年と経っていないクルトから1本取ったら勝ち。ただしクルトはこの通り全身完全武装、これをホブゴブリンの筋肉の鎧に見立てます。なので頭、心臓、腋とかの弱点以外への攻撃は無効としまーす」
僕ホブゴブリン役かよ。鍋の代わりに木の棍棒持たされてるからそれっぽいけどさぁ。
「というわけでちゃっちゃと始めよう、我こそはと思う者は?」
「「「はい!」」」
複数人の男が手を上げる。ヴィルヘルムさんは無作為に1人選んだ。
「選ばれた人は名乗って、好きな武器取って適当に戦い始めて良いよぉ」
ヴィルヘルムさんの足元には木製の模造武器がいくつも置かれている。選ばれた男性は剣と盾を取り、僕と対峙した。
「"毛抜の" アンスガー、我が愛のためにいざ!」
「頑張ってアンスガー!」
恋人なのだろう、女性の声援を受けるとアンスガーは突進してきた。
「……ふむ?」
頭上に構えた剣は肘を開きすぎ、盾の遮蔽からはみ出ている。その盾も構えが低すぎて顔面がら空き。素人だ。
「やああああああああああーッ!」
「ほい」
「あああああああああああーッ!」
剣のリーチから一歩踏み込んで振るタイミングを失わせながら、横
「痛い!痛いよ我が愛!」
「うわ……ダサッ」
恋人らしき女性はそう言い捨てると、すたすたと帰っていってしまった。つ、冷たい!
「そんな!待ってよぉ……お、覚えてろよクルトォーッ!」
アンスガーはそう言い残して女性の後を追って去っていった。何だか悪いことをした気分である。でもその女と付き合うのは考え直した方が良さそうだぞ。
「はい次の人ー」
「"長い親指の" ベンノ、行きます!」
「ベンノ、負けないでー!」
お前も恋人連れかよ。気乗りしないが、下手に入団されて決闘裁判沙汰になるとヴィルヘルムさんに恨まれそうなので叩きのめすとしよう。ベンノは槍を手に取った。
「行くぞ!」
ベンノは腰だめに槍を構えて突進してきた。リーチ差がある、どう仕留めようか。取り敢えず盾で受けつつ様子見するか……と2、3発いなしていたのだが、適切に盾を構えていると一瞬の隙を突いて顔面を抜くか、無防備な足を狙うしか僕から1本取る方法は無いと気づいた。あるいは盾を振らせて腋なり何なりを空けるかだが、ベンノは顔面狙いの1点張りだ。こいつも素人か。しかも突きの引き戻しが遅い。
「ほい」
「あっ!?」
棍棒で槍を払って踏み込む。ベンノは槍を引き戻そうとするが遅い。ルルならここで石突の方を振り上げて来そうなものだが、それも無し。逆袈裟に振った棍棒で
「おごごごご……」
「うわ……ダサッ」
顎を押さえてのたうち回るベンノを見捨て、恋人らしき女性は去っていった。冷たい!
「待ってくれよぉ!……覚えてろよクルトォーッ!」
ベンノはそう言い残して女性の後を追って去っていった。いや恨まれても困るが。というか女性陣冷たくない?と思って周囲を見渡してみると、ベンノの背中を見る見物人達の目は一様に
「見ろ、泣きついてやがる。男らしくねぇ」「負けてダサい、泣きついてダサいで2重に救えねえな」「男なら殴って従わせろよ」
そんな声が聞こえた。……もしかして、だが。この地域の価値観、「強い=男らしい」とかそんな感じなのだろうか。殴って従わせろとか言ってたし、腕力にモノを言わせるのが男らしい、そう感じるのか?
「や、野蛮ー……」
ヤンキー相手にしてる気分である。価値観が違う!ともあれ、これはマズい事態だぞ。勝つと恨まれるし、負けると名誉が失われる。どっちにしろ地獄じゃないか!
「はい次ー」
「"腹下しの" ディルク、いざ……ちょっと待ってくれ、トイレ行って良いか?腹が痛い」
「ええ……」
「戦場で敵は待ってくれませーん、クルト、やれ」
「はーい」
腹が痛いのか腰が引けてるディルクの剣を盾で抑え込み、顔面に一撃。ディルクは顔と尻を押さえながら去っていった。
「覚えてろよクルトォーッ!」
まず腹治してこい。……なるほどな、確かに使い物にならないのが混じってる。というか僕も転生直後は全く使い物になってないが、本当に運が良かったんだな。逆に言えば運が悪ければ死んでいた訳で、ここで実力の無い人を叩き返しておくのはむしろ命を救う善行に思えてきた。というかそう思ってないとこの勝っても負けてもろくでもない勝負、やってられない。
「はい次ー」
「"三日月目の" ケヴィン、行くぞ……フィリーネたん見ててね!ここで勝って、君の両親が何と言おうと結婚するんだ!」
「お兄ちゃん頑張れー!」
犯罪臭がしたので容赦なく叩きのめし、ケヴィンは衛兵に引き渡した。
◆
「つ、疲れた……」
「お疲れ様」
イリスがタオルと水を差し出してくれる。休憩挟みつつとはいえ流石に20連戦は疲れた。よく冷えた水が胃に落ちる感覚が心地よい。
結局、近接職志望者は全員僕に負けた。1人獰猛な戦い方で追い詰めて来た人が居たが、その人だけはヴィルヘルムさんにリクルートされた。恋人連れではなかったのもポイントだ。
「まあ疲れたは疲れたけど、良い経験になったよ」
「殆ど圧勝だったのに?」
「全員素人っぽかったけどさ、セオリーから外れた思いも寄らない攻撃してくる人も居たんだよね。そういうのを見て覚えられたから」
実際、1本にこそならなかったが予想外の攻撃を食らった事が幾度かあった。その全てが見たことの無い技――――技というよりは偶然の産物なのだろうが――――だった。そういったものを見て記憶しておけば、今後相手の攻撃を予測する時に役立つだろう。何せ、戦場で一番怖いのは「初見殺し」だ。命はやり直しが効かないので、初見殺し技はそれを知らない相手にとっては文字通り必殺技になる。
「そういう訳だから、ベテランに稽古付けて貰う以外に自分より経験無い奴と戦う訓練もした方が良いよぉ」
そう言って近づいて来たのはヴィルヘルムさんだ。
「今回の試験官役はそういう意図もあったのさ」
「嘘ですよね」
「嘘さぁ」
「……遠隔職希望者はどうなったんです?」
「殆どが女の子だったんだけど、弓と魔法使える子1人ずつを除いて全員不採用。彼女ら以外全員示し合わせたように投石しか出来なかったのは笑っちゃったよぉ」
「おおう……」
「戦争なら数を揃えれば役立つんだけどねぇ。それでも男より遠くには飛ばせないし、投石紐も訓練必要だしねぇ。女の子は弓か魔法使えないとダメだね。近接職も力では男に敵わないし」
「……そう考えるとルルとかフリーデさんって」
「経験と技量で男に並んでくるタイプだね、彼女らは」
そう考えるとあの2人はかなり高度人材なのではないか。思ってたよりパーティーメンバーに恵まれていたようだ。
「取り敢えず今日はお疲れさん。はい、これは今日の拘束料ね、パーティーメンバーで飲みにでも行きな」
ヴィルヘルムさんは銀貨を数枚渡して去っていった。振り返れば、【鍋と炎】の面子がニコニコ顔で待っていた。特に必要もないのに見物に来てたのは「パーティーメンバー1人が拘束されてクエストに行けませんよ」という事を示すためだったのだろうか。逞しいな!
「じゃ、飲みに行きますか!」
「「「おー!」」」
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