第107話「殴り聖職者」

「おはようございます」


 ごんごんごん、とドアがノックされる音で目が覚めた。はて寝過ごしたか、昨日はハードだったからなと思ったが、少し開けてある窓から差し込む光は薄い。まだ5時の鐘も鳴っていないのではないかと思うのだが。


「はいはい……」


 ならこんな早朝に一体何だ、と若干機嫌悪くベッドから身を起こす。壮絶な寝相で玄関の前で転がっているルルをどかし、扉を開けると。


「おはようございます」


 来客はフリーデさんであった。丁度、5時の鐘が鳴った。


「おはようございます。ええと、こんな早朝に一体何の御用で……」

「護衛開始は今日からですので」

「……早くないですか?」

「既に0時から護衛は開始しておりますが、流石に深夜に叩き起こすのは非常識かと思いまして」

「0時から!?ずっと家の前に居たんですか!?」

「はい。家の周囲に鳴り子を張り巡らせ、私は扉の前で寝ておりましたが」

「真夏とはいえ野宿したんです!?そういう事なら早く言って下さいよ!」


 律儀というか生真面目というか、変な人だなと思いながら彼女を家にあげる。フリーデさんは頭陀ずだ袋を引っさげて入ってきた。


「……ん?っていうか護衛ってクエストの最中だけじゃないんです?もしかして……」

「はい、24時間護衛致します」

「ま、マジですか……」

「マジです。ですのでこの家に住まわせて下さると助かるのですが」


 イリスとルルが起きてきたので事情を話した。イリスはめちゃくちゃ渋い顔をしていた。眠いせいではないのだろう。恐らくだ。


「……住むんですか?」

「はい、その方が効率的ですので」

「どうしよう、空き部屋が……いや僕の部屋の下に地下室はあるか……」


 カエサルさんが封印されていた地下室はある。物置になっているが。だが気乗りしない。というのも、僕とイリスが正式に結婚したらルルには出ていってもらって2人で住もうという事になっていたからだ。2人っきりの新婚生活。甘い夜。……甘い夜!それが台無しになってしまう。


「……あのー、護衛をクエストの時だけに絞るのは出来ませんかね」

「承知致しかねます、貴方が恩寵受けし者ギフテッドと知られれば街の中ですら危険ですので」

「そうですか……」


 どうしたものか。追い出して家の前で寝泊まりされるのも困る。大変に困る。パーティーメンバー、それも女の子を家の前で寝泊まりさせるなんて外聞が悪すぎる。僕とイリスは顔を見合わせ、力なく頷いた。


「……地下室をお使い下さい」

「ありがとうございます」


 こうして我が家に住人が増えた。どうしてこうなった。



 住人が増えるというイベントこそあったが、結局は1日のルーティーンは変わらない。身支度を整えるために風呂屋に行ったのだが。


「ちょっと待った!まさか風呂の中まで着いてくるつもりですか!?」

「そのつもりですが?入浴中は無防備でしょう」

「ダメですよ!」


 脱衣所にまでフリーデさんが着いてこようとしたので閉口してしまう。


「風呂は男女別です!」

「女性も男湯に入っているようですが」


 そう言ってフリーデさんが指差すは、背中流し女達の姿。


「……あれはああいう職業ですから」

「では背中流しとして登録してくれば問題ありませんね。行ってきます」

「待ったー!ダメ!それだけはダメ!」


 背中流し女は娼婦しょうふを兼ねる場合が多い。パーティーメンバーを背中流し女にしたとか噂が立ったらたまらない。しかも相手は教会の人間である。醜聞どころの話ではない!


「とにかく風呂の中くらい1人にさせて下さい、良いですね!?」

「承りかねます」

「ちょっと耳貸して下さい!」


 フリーデさんを引っ張って隅の方に行き、耳打ちする。


「僕が恩寵受けし者ギフテッドって事は伏せられてるんですよね?なら風呂の中にまで護衛つけてたら逆に"あいつ何かあるぞ" って感づかれますよね?」

「む。確かに」

「そういう事です。だから風呂の護衛は結構です」

「……承知しました」


 何とか彼女を納得させる事に成功し、彼女はイリスとルルに連れられて女湯に入っていった。そうして僕はやっと風呂に入れた。早朝だと言うのに既に疲れた。



 朝食を摂り、エンリコさんに銃の追加発注を伝えてからギルド本部へと向かった。ヨハンさんと落ち合い、昨夜あった事を全て話した。流石にパーティーメンバーに隠し続けるのは無理だと判断したからだ。特にフリーデさんの事を説明しきれないし。


 ヨハンさんは渋い顔をしたが、フリーデさんは報酬を必要としないので取り分は変わらない事を告げると承諾してくれた。


「しかしまあ、君が恩寵受けし者ギフテッドとはねぇ……」

「面倒な事になるので、口外はしないで下さいね?」

「大丈夫だ、俺は口の固い方だよ。たりしない」


 実際、ヨハンさんは誠実……というか契約事にきっちりした人に見えるので問題無さそうだ。僕は安心する。


「そういえば、フリーデさんって役割クラス何なんです?どんな戦い方するのか教えて下さい」


 護衛と言うからには戦闘能力はあるのだろうが、パーティーメンバーとして起用する以上これは知っておかなければならない。その情報を元に陣形を組み、パーティーとしての戦闘方法を確立しなければならないからだ。


「冒険者ギルドのそれに照らし合わせれば牧師になるかと。回復魔法は使えますし、杖術、メイス、パンクラチオンは戦闘牧師として人並み以上にこなせるかと。普段はメイスを使いますが」


 めちゃくちゃ高度人材じゃん。だが問題は装備である。


「防具の類は?」

「鉢金、ガントレットとバックラー。それに僧服の下に革鎧を着込んでいます」


 フリーデさんは僧服をワンピースのごとくたくし上げ、中の革鎧を見せてくれた。肌は全く見えないが何となく扇情的な光景である。イリスが僕の脛をつま先で小突きながら言う。


「うーん、前衛にするには防具が少ないし、中衛に配置しようかしらね。矢が飛んで来そうな間は前衛に守ってもらって、危険を排除したら白兵戦に加わる形で」

「承知しました」


 そういう事になり、肩慣らしとしてゴブリン退治――――最近は減ってきたが――――に赴く事になった。



「弓使い2!」


 突入した巣穴は小規模だったが、ゴブリン達の装備は充実していた。前衛の全員が槍を装備している上に弓使いまで居る。


「クルトは防御に専念!ルルを中心に突き崩して行くわ!ヨハンさん私と一緒に弓使いの始末お願い!」

「わかったがちと遠いぞ!」


 僕とルルが前衛を受け止め、ルルが槍のリーチ差で数を減らしつつ後衛の2人が敵後衛を始末する作戦だ。だが敵弓兵の距離は遠く、ファイアボールも投げナイフも弾道を見てから避けられてしまう。僕は飛んでくる矢を盾や身体で弾きながら、前衛がすり抜けようとするのを阻止するという困難な任務に直面する。僕の兜の顔面は空いているので、それを鍋で守りながら矢を弾く必要がある。身体にゴブリン達の槍が当たり、しかし鎧で弾くがあまり気分が良いとは言えない。特に足は無防備なので、そこを狙った槍を避けるべく踊っているような有様になる。


「クルトさんが危険です。戦闘参加の許可を」

「弓が危ないからダメ!」

「大丈夫です、見えていますので」


 イリスが引き止めるのを無視し、フリーデさんは僕とルルの間に滑り込むようにして前衛に立ってしまった。


「ちょっと!?危な――――」


 ぐちゃり。


 メイスが振り下ろされ、ゴブリンの1体がミンチになった。それを皮切りにフリーデさんは虐殺を始め、縦横無尽にメイスを振るいながらゴブリンの群れに斬り込んで行った。突き出される槍や矢はバックラーで受け流し、或いはメイスでへし折ってどんどん進んでいく。確かに僕にかかる圧力は減ったが、今度は突出したフリーデさんが囲まれ出した。


「ああもう、全員突撃!フリーデさん援護して!」

「「「了解!」」」


 ヤケクソになったイリスが突撃命令を出し、ゴブリンの隊列に斬り込んでゆく。僕たちの陣形はフリーデさんを先端にしたくさび形になり、フリーデさんがゴブリンの前衛を抜けた。弓兵が彼女に矢を放つが。


「見えてる」


 バックラーで弾き、そのまま突進を開始。メイスを投げつけてひるませると、右手のガントレットも脱ぎ捨てた。その拳が、魔法を使ったのか光り輝く。あれは!


「改宗パンチ!」


 矢の如く弓兵に襲いかかったフリーデさんの拳が、弓ゴブリンの顔面を撃ち抜いた。同僚の死に驚きながらも矢を番えるもう1体を、イリスがファイアボールで始末。フリーデさんは会釈するときびすを返し、残るゴブリン前衛の背中に襲いかかった。



「命令は!聞いて!」

「ですがクルトさんが危険に晒されていましたので」

「わかった、前衛としてクルトを援護する事は認めるわ。でも命令無視、勝手な突撃はやめて」

「わかりました」


 戦闘終了後、フリーデさんはイリスに説教されていた。結果的に勝ったが、パーティーとしてリーダーの命令無視は頂けない。パーティーは様々な役割クラスを寄せ集めた最小の戦闘単位で、足並みが乱れると一気に瓦解する恐れがある。特に近接職が勝手に抜けると危険にさらされるのは後衛なのだから、怒られて当然である。


「……個人技が凄いのは分かったけどね。でも冒険者の戦い方に合わせて欲しいわ」

「善処します」

「っていうか、マルティナさんもそうだけど戦闘牧師って前衛に立つのが普通なの?彼女も良く前衛やってるけど」

「はい。古来、異教徒との戦闘で怖気づく騎士達の前に立って突撃し、のが役割ですので」

「こっわ……でも全員生きて帰るのが冒険者の大前提だから。ちゃんと命令は守って、死なない事。良いですね?」

「はい」


 冒険者の前身は傭兵団で、生きて帰る事を最優先する文化がある。ブラウブルク市冒険者ギルドは市への帰属意識が強く、市のためには(僕を含めて)命を投げ捨てる覚悟があるが、それでも無闇に死にに行ったりしない。殿下とヴィルヘルムさんがフリーデさんが入る事を渋っていた理由の一端はこれかと納得する。文化が違うのだ。足並みが揃わない。


 フリーデさんがマルティナさんのように適合してくれる事を祈るしかない。返り血で真っ赤に染まった拳を拭くフリーデさんを見ながら、僕は肩を落とした。

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