第106話「異端審問」
城はもう21時を回ったというのに明るい。城壁は
「これよりリッチー討伐の報告と、異端審問を始める」
殿下がそう宣言する。やっぱり。血の気が引いていくのを感じる。僕が異世界転生者だという事は【
「速報としてリッチーを殺した事は聞いているが、詳しく説明して貰おうか」
「は、はい……」
僕は戦闘に至るまでの経緯、ウドの計画、戦闘の経過――――ナイアーラトテップから魔法を授かった事を話す。途中ヴィルヘルムさんや【這い寄る霧】の人が補足を入れる。
「率直に言えば、俺の判断ミスです。2射目で頭を撃ち抜いたのは明確に目標を誤りました。付呪を施した木板の方を狙うべきでしたね。クルトが何らかの外法の手段を用いざるを得なくなったのは俺のせいだ。その点鑑みて頂きたいですねぇ」
ヴィルヘルムさんはそう弁護してくれた。
「
殿下はそう言った。外法かどうかはこれから決める?どういう事だろう。僧服の1人が手を挙げる。確か、教会のお偉いさん――――長老だ。
「クルト君、君が会ったという神は確かにナイアーラトテップと名乗り、君を
「はい、確かにそう言いました」
「だが証人は君しか居ない、それはわかるね?」
「はい……」
人の内心を暴くというのは難しい。日本も昔、仏像をキリストだとかマリアだとかに見立てて
「あのう……もしかして異端審問って
「過去に例はあるし必要があればするが、君はリッチー討伐という偉業、真に偉業だ――――を成し遂げたのだ、そのような措置は取らないよ。……ああ、君の世界の異端審問とはそういうイメージなのかね?」
「はい……魔女狩りとか、そういう」
「なるほど、中々厳しい世界のようだ。だが安心したまえ、この世界には便利な魔法がある」
そう長老が言うと、【這い寄る霧】の1人が水盤を持ってきた。水の中に時計の文字盤状に奇妙な模様が彫ってあり、中央に針が突き出している。
「どの神性の
全員が立ち上がり、水盤に注目した。一瞬
「ッ……」
「……ナイアーラトテップ様だな。おめでとう、ノルデン教会連は君をナイアーラトテップ様の
「あのう、これってどういう仕組なんで?」
【這い寄る霧】が親指に回復魔法をかけてくれる中、そんな質問をしてみる。
「
……それって、僕が死んだら血肉を奪われ白骨化し、魂はナイアーラトテップの元に行くという事じゃないか!あの意地悪な神の元に!異端審問をくぐり抜けた
「これより君はナイアーラトテップ様の
長老がそう言って頭を下げると、全員がそれに
「さて、先程行動に制限はかけぬと言ったが……リッチーを殺す技術を持っているのはこの世界で今、君しか居ない。もし良ければ封印措置を施してあるリッチー共を殺してもらいたいのだが」
「嫌です」
「は?」
「……すみません、率直過ぎました。でも嫌なんです、あれをやるには怖いものを見ないといけなくて。正直、次見たら正気でいられるかわかりませんので、嫌です」
リッチーの魂を捕らえるには魂を見る必要がある。その結果、恐らく過去に死んだのであろう者達の魂をも見る事になる。あんなおぞましい光景、二度と見たくない。思い出したら脚が震えてきた。
「そ、そうか……残念だ。だが無理強いはしない、気が向いたら声をかけて欲しい。それと、リッチー討伐に使った銃とやらだが、あれを教会に売ってはくれないか?聞けば、小型かつリッチーに有効な高威力の武器だとか。是非、今後のリッチーへの備えとして【這い寄る霧】の制式装備にしたい」
「それなら是非」
その場で、ホイールロック式5丁の購入契約が決まった。思わぬ副産物だ。
「それと、だ。もし君が良ければだが、教会から1人護衛をつけたいのだが如何かね?」
「護衛?」
「基本不干渉とはいえ、教会としては
イリスと顔を見合わせる。人数が増えるとクエストの分前が減る。ヨハンさんを加えてある程度パーティーとして完成しつつある【鍋と炎】にとって、無闇に人数を増やす事は増強される戦力と収入が見合わなくなる可能性がある。……そんな考えを察したのか、長老が補足する。
「護衛者の生活は教会で保証する、冒険者ギルドからの給与もクエストの分前も必要としない」
「それなら……」
受けて良いんじゃないか、イリスがそう言おうとするのをヴィルヘルムさんが制した。殿下も頷いている。
「冒険者ギルドとしては、基本給だけでも受け取って頂きたい。そしてそれに伴いギルド団長の指揮下に、法的に加わる事も必須だ」
なるほど、ヴィルヘルムさんと殿下は教会の介入力を制限しようとしているのか。確かに指揮を受けない異物が我が物顔で冒険者ギルドに出入りするのは問題がありそうだ。
「構いませんよ」
そう言って【這い寄る霧】の1人がフードを脱いだ。年若い――――18歳くらいだろうか?――――少女だ。
「基本給は受け取りましょう。全て教会に寄付しますが」
「冒険者ギルドの指揮下に入る事は?」
「それが教会の教えに反しない限りは」
「……元より冒険者ギルドは教会の教えに反するような事はしませんからねぇ、そういう事なら構いませんが」
ヴィルヘルムさんは不承不承といった感じで頷く。そして僕たちの方を見た。
「団長としては問題無いと認める。あとは君たちの問題だよぉ」
「どうする?受けて良いと思うんだけど」
「あたしも良いと思いますー。女性なら安心ですし」
「……私は女性だから心配なんだけど」
イリスはじとっと僕を見てくる。ああ、浮気を疑ってる??
「君だけが僕の嫁だよ」
本心からそう言ってみるのだが、イリスはルルのバストに目をやってから僕の目を見た。
「……さっき見てたでしょ」
僕が発狂しかけた時、イリスの顔とルルのバストを見て心を落ち着けた事を思い出す。やっべ。
「ミテナイヨ」
「……次は蹴るからね」
いつもスケベ心覗かせると暴力に訴えて来る癖に。そう思ったが言わない事にした。というか案外
「【鍋と炎】としては異存ありません」
「では、よろしくお願い致します。"赤き拳の" フリーデです」
フリーデさんは頭を下げた。僕たちも頭を下げる。
彼女による護衛開始は明日からとなり、異端審問会は終わった。長い1日が、やっと終わる。
◆
異端審問会が解散し、北地区の教会で長老とフリーデが向かい合っていた。
「わかっておるな」
「はい」
「君の任務は
「はい」
長老はフリーデの顔を、次にバストを見やる。
「……お主の見目は
「セクハラと侮辱で訴えますよ」
「やめい!そういう意味で言ったのではないわ!……とにかく、不利は否めないがあらゆる手段を用いて彼を人の道に留めよ。市井の
「はい。例えこの身
「……正直な所、うら若き女性に辛い任務を与える事に良心が痛む。だが人の世の
「仰せのままに」
フリーデは1礼し、去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます