第106話「異端審問」

 城はもう21時を回ったというのに明るい。城壁は篝火かがりびを焚いているし、城内はランプで照らされている。流石に廊下のランプは獣脂を使ったもので、すすと悪臭が鼻を衝くが僕達が通された会議室は蜜蝋みつろうが使われ、甘い香りに包まれていた。財政基盤が違うなぁと感心するが、会議室に詰める面子を見るとそんな感慨は吹っ飛んでしまった。殿下が居るのは当然だが、教会の重鎮と思われる質素な、しかし仕立ての良い僧服の人たちが多数詰めていたからだ。これは、もしや。


「これよりリッチー討伐の報告と、を始める」


 殿下がそう宣言する。やっぱり。血の気が引いていくのを感じる。僕が異世界転生者だという事は【たかの目】と共にウドの部屋に潜んでいた【い寄る霧】の人達にも聴かれていただろうし、不死身たるリッチーを殺害した事で外法の手段を使った事は明白だ。ここで切り捨てられるのか――――そう思ったのだが、殿下は淡々としていた。酷薄とは違う雰囲気だ。


「速報としてリッチーを殺した事は聞いているが、詳しく説明して貰おうか」

「は、はい……」


 僕は戦闘に至るまでの経緯、ウドの計画、戦闘の経過――――ナイアーラトテップから魔法を授かった事を話す。途中ヴィルヘルムさんや【這い寄る霧】の人が補足を入れる。


「率直に言えば、俺の判断ミスです。2射目で頭を撃ち抜いたのは明確に目標を誤りました。付呪を施した木板の方を狙うべきでしたね。クルトが何らかの外法の手段を用いざるを得なくなったのは俺のせいだ。その点鑑みて頂きたいですねぇ」


 ヴィルヘルムさんはそう弁護してくれた。


土壇場どたんばで正しい判断をするのはベテランでも難しい。だが外法を用いた事への言い訳にはならんし――――何より外法かどうかはこれから決める事だ」


 殿下はそう言った。外法かどうかはこれから決める?どういう事だろう。僧服の1人が手を挙げる。確か、教会のお偉いさん――――長老だ。


「クルト君、君が会ったという神は確かにナイアーラトテップと名乗り、君を恩寵受けし者ギフテッドと言ったのだね?」

「はい、確かにそう言いました」

「だが証人は君しか居ない、それはわかるね?」

「はい……」


 人の内心を暴くというのは難しい。日本も昔、仏像をキリストだとかマリアだとかに見立ててあがめていたんだっけか。それと同じで、僕がナイアーラトテップの恩寵受けし者ギフテッドと言いつつ他の神に力を賜った可能性は、僕以外に証明出来ない。……僕以外に?自白?あれ、自白強要されたりする?


「あのう……もしかして異端審問って拷問ごうもんあったりします?」

「過去に例はあるし、君はリッチー討伐という偉業、真に偉業だ――――を成し遂げたのだ、そのような措置は取らないよ。……ああ、君の世界の異端審問とはそういうイメージなのかね?」

「はい……魔女狩りとか、そういう」

「なるほど、中々厳しい世界のようだ。だが安心したまえ、この世界には便利な魔法がある」


 そう長老が言うと、【這い寄る霧】の1人が水盤を持ってきた。水の中に時計の文字盤状に奇妙な模様が彫ってあり、中央に針が突き出している。


「どの神性の恩寵受けし者ギフテッドかを明らかにする道具だ。中央の針で指を突いて水の中に血を垂らしてくれたまえ」


 全員が立ち上がり、水盤に注目した。一瞬躊躇ためらう。この水盤が本当に正しく機能するのか、恐怖心がある。何せ湯の中に腕を突っ込んで火傷する前に物を引き上げられたら神が認められただとか、決闘で勝った方が神に認めたと判定する世界だ。……だがやるしかない。意を決して、針に親指を押し当てた。


「ッ……」


 痛痒つうよう。親指から血が流れ、水の中に垂れる。全員が注目する中、その血は水に溶けながらするするとすすられるように模様の1つに吸い込まれていった。口のついた毛根のような模様の中にだ。


「……ナイアーラトテップ様だな。おめでとう、ノルデン教会連は君をナイアーラトテップ様の恩寵受けし者ギフテッドと認める。疑った非礼を詫びよう」

「あのう、これってどういう仕組なんで?」


 【這い寄る霧】が親指に回復魔法をかけてくれる中、そんな質問をしてみる。


恩寵受けし者ギフテッドが死後、その血肉と魂を持っていかれる事は知っているだろう?それを部分的に再現するものだ。ナイアーラトテップ様は君の血を求められた」


 ……それって、僕が死んだら血肉を奪われ白骨化し、魂はナイアーラトテップの元に行くという事じゃないか!あの意地悪な神の元に!異端審問をくぐり抜けた安堵あんど感より、そちらの恐怖の方が勝ってしまい全く喜べない。しかし長老は喜んだ様子で話を続ける。


「これより君はナイアーラトテップ様の恩寵受けし者ギフテッド、つまりはをもたらす者として自由の身となる。教会も領主も基本的には君の行動に制限はかけないし、君が恩寵受けし者ギフテッドだという事も伏せられる。どうか人の世に良き混沌、変革をもたらして欲しい」


 長老がそう言って頭を下げると、全員がそれにならった。殿下どころかイリスやルルまでもがだ。非常に居心地が悪い。


「さて、先程行動に制限はかけぬと言ったが……リッチーを殺す技術を持っているのはこの世界で今、君しか居ない。もし良ければ封印措置を施してあるリッチー共を殺してもらいたいのだが」

「嫌です」

「は?」

「……すみません、率直過ぎました。でも嫌なんです、あれをやるには怖いものを見ないといけなくて。正直、次見たら正気でいられるかわかりませんので、嫌です」


 リッチーの魂を捕らえるには魂を見る必要がある。その結果、恐らく過去に死んだのであろう者達の魂をも見る事になる。あんなおぞましい光景、二度と見たくない。思い出したら脚が震えてきた。


「そ、そうか……残念だ。だが無理強いはしない、気が向いたら声をかけて欲しい。それと、リッチー討伐に使った銃とやらだが、あれを教会に売ってはくれないか?聞けば、小型かつリッチーに有効な高威力の武器だとか。是非、今後のリッチーへの備えとして【這い寄る霧】の制式装備にしたい」

「それなら是非」


 その場で、ホイールロック式5丁の購入契約が決まった。思わぬ副産物だ。


「それと、だ。もし君が良ければだが、教会から1人護衛をつけたいのだが如何かね?」

「護衛?」

「基本不干渉とはいえ、教会としては恩寵受けし者ギフテッドが無闇に命を落とす事は避けたいのだ。故に護衛をつけたい。勿論君の冒険者としての職務は尊重する、パーティーメンバーとして自由に使って貰って構わない」


 イリスと顔を見合わせる。人数が増えるとクエストの分前が減る。ヨハンさんを加えてある程度パーティーとして完成しつつある【鍋と炎】にとって、無闇に人数を増やす事は増強される戦力と収入が見合わなくなる可能性がある。……そんな考えを察したのか、長老が補足する。


「護衛者の生活は教会で保証する、冒険者ギルドからの給与もクエストの分前も必要としない」

「それなら……」


 受けて良いんじゃないか、イリスがそう言おうとするのをヴィルヘルムさんが制した。殿下も頷いている。


「冒険者ギルドとしては、基本給だけでも受け取って頂きたい。そしてそれに伴いギルド団長の指揮下に、法的に加わる事も必須だ」


 なるほど、ヴィルヘルムさんと殿下は教会の介入力を制限しようとしているのか。確かに指揮を受けない異物が我が物顔で冒険者ギルドに出入りするのは問題がありそうだ。


「構いませんよ」


 そう言って【這い寄る霧】の1人がフードを脱いだ。年若い――――18歳くらいだろうか?――――少女だ。りんとした表情から大人っぽく見える。背の高い、赤毛の綺麗なお姉さんだ。そのバストは平均的だ。彼女が護衛役だろうか。


「基本給は受け取りましょう。全て教会に寄付しますが」

「冒険者ギルドの指揮下に入る事は?」

「それが教会の教えに反しない限りは」

「……元より冒険者ギルドは教会の教えに反するような事はしませんからねぇ、そういう事なら構いませんが」


 ヴィルヘルムさんは不承不承といった感じで頷く。そして僕たちの方を見た。


「団長としては問題無いと認める。あとは君たちの問題だよぉ」

「どうする?受けて良いと思うんだけど」

「あたしも良いと思いますー。女性なら安心ですし」

「……私は女性だから心配なんだけど」


 イリスはじとっと僕を見てくる。ああ、浮気を疑ってる??


「君だけが僕の嫁だよ」


 本心からそう言ってみるのだが、イリスはルルのバストに目をやってから僕の目を見た。


「……さっき見てたでしょ」


 僕が発狂しかけた時、イリスの顔とルルのバストを見て心を落ち着けた事を思い出す。やっべ。


「ミテナイヨ」

「……次は蹴るからね」


 いつもスケベ心覗かせると暴力に訴えて来る癖に。そう思ったが言わない事にした。というか案外嫉妬しっと深いなこの娘。まあそれだけ好いてくれていると解釈しよう、うん。


「【鍋と炎】としては異存ありません」

「では、よろしくお願い致します。"赤き拳の" フリーデです」


 フリーデさんは頭を下げた。僕たちも頭を下げる。


 彼女による護衛開始は明日からとなり、異端審問会は終わった。長い1日が、やっと終わる。



 異端審問会が解散し、北地区の教会で長老とフリーデが向かい合っていた。


「わかっておるな」

「はい」

「君の任務は恩寵受けし者ギフテッドの護衛……そして監視だ。恩寵受けし者ギフテッドは良き混沌をもたらす。既にリッチー討伐という功績と、リッチー無力化に有効な武器を我々にもたらした。だが恩寵受けし者ギフテッドは最期には発狂し、世を乱すと相場が決まっておる。何としてもそれを阻止せよ」

「はい」


 長老はフリーデの顔を、次にバストを見やる。


「……お主の見目はうるわしい、だがあの婚約者には1歩劣る。そしてパーティーメンバーの少女には肉感で劣る。歳も彼より2つ上だ」

「セクハラと侮辱で訴えますよ」

「やめい!そういう意味で言ったのではないわ!……とにかく、不利は否めないがを用いて彼を人の道に留めよ。市井のうわさでは彼は性格難の色欲魔だ、色仕掛けは有効打となる可能性が高い。わかるな?」

「はい。例えこの身けがれようとも……いえ、これは恩寵受けし者ギフテッドと主に失礼でしたね。とにかく、私の心は主に捧げておりますれば、この身がどうなろうとも躊躇ちゅうちょはありません」

「……正直な所、うら若き女性に辛い任務を与える事に良心が痛む。だが人の世の安寧あんねいのためには必要なのだ。頼んだぞ」

「仰せのままに」


 フリーデは1礼し、去っていった。

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