第111話「計画」

 うだるような暑さの中、ゲッツは先日クルト(暑そうにしていない)が納品してきた銃を眺めていた。既に販売開始から2週間が経過し、売れ行きは好調との事だ。それを示すように、ブラウブルク市の関税収入は上がっていた。


「なるほど、銃の材料たる鉄、木材、さらに燃料たる炭の輸入が増えているのか」


 報告書を読みながらカエサルが言う。こいつも暑そうにしていない。転生者というのは暑さに強いのか、と思いながら話を続ける。


「それに硝石と硫黄もな。硝石は当面は農村からの輸入でまかなえるだろうが、需要が増えれば遠方からの輸入も増えるだろうよ」


 硝石は家畜小屋の、家畜の糞尿が長年染み込んだ土壁から生産している。或いは鉱石からだが、これはノルデン選定侯領内からは産出しないので海を渡った北方から輸入しなければならない。仮に銃が全軍に行き渡るような事態になればその様に輸入する必要があるが、そのためには北方の海に跋扈ばっこする魚人や海賊を始末し、安定した海路を構築しなければならない。無論、10年単位で先の話になるであろうが。


「このままブラウブルク市が銃の生産地になれば、住民も増えるであろうな」

「少し先の話になりそうだがなァ。銃職人が増え、それを遠路販売する商人が商館を築き、そこで働く奴らが定住する……食料確保が問題になるな。食料価格の高騰こうとうは避けたい所だ。おい、ローマは大都市だったンだろ。食料確保どうしてたンだ」


 聞けば、都市ローマとはゆうに50万人以上の人口を抱える大都市であったと言う。からすれば信じられない事である。ブラウブルク市は人口1万人に達するかどうか、西方の王国の首都でさえ20万人程度なのだから。


「属州から輸入する」

「相変わらず参考にならねェー……」

「まあ本格的に人口が増える前に輸入経路だけは確保しておけ。食料価格の高騰は致し方ないにせよ、食料不足におちいれば反乱が起きるぞ」

「わかってるよ。だが交易路か……」

「そもそも、何故この世界はこんなに道路が貧弱なのだ?交易はもちろん、先の内戦では小規模ゆえ問題にならなかったが、大軍の機動には難儀するだろう?」


 カエサルはそう疑問を呈する。この世界、特にこの地域における道路事情は劣悪であった。そもそも商業・交易が発達したのがここ100年か200年、しかも徐々にという話なのでそれに追いついていないという事情はあるが。


「うむ。つまり敵も貧弱な道路のせいで機動に難儀するという事だ」

「……は?」

「道路が劣悪だから大軍を養えず分割する必要がある。そして道路の結節点には城なり砦なりがあるからそこに籠もって敵を拘束する。んでその間に援軍をかき集め、分割され包囲戦中の敵を各個撃破する。これが基本戦略だ」

「効率が悪すぎやしないかね!?最初から太い道路を使い、大軍で一撃のもと野戦でケリを付けた方が早いだろう!」

「この世界の制度を忘れたか?


 タオベ伯がそうしたように、様子見を決め込む者が存在する。太い道路があってもそこを通る軍隊がすぐに来ないのだ。むしろ太い道路は敵の機動を助け、こちらの援軍が集まるより先に奥深くに侵攻されてしまう。故に細くて良い。そういう理屈であった。封建制度の限界である。……何より、国家内に国家を抱える封建制では、画一的な道路の建設すら難しかった。選定候の直轄領でさえ飛び地だらけなのだ、間にある諸侯領に「道路を作らせてくれ」と頼んでもはいそうですか、とすんなり行かないのだ。エサが必要だ。


「……本当に中央集権化が課題だな」

「それは同意するよ。ともあれ、当面はブラウブルク市周辺の道路だけでも拡張するかァ」

「そうしておけ、そうすればその道路に接続する諸侯領も勝手に見習うだろうよ。商人が多く通行するならそれだけカネを落として行くからな。……それと、だ。人口が増えるなら水道も作っておけ」

「またカネのかかる話だなァ」

「既に治安の悪い路地裏は打ち捨てられた糞尿でひどい有様だぞ、人口が増えて大通りまでああなったら目も当てられん。疫病が蔓延はびこっても知らんぞ」


 上下水道という概念はこの世界、この時代にも存在する。かつて存在した大帝国が遺したものを補修して使っているが、ノルデン選定候領はその大帝国の範囲から外れていたため上下水道は存在しなかった。1から作る必要がある。


「ま、リーゼとの結婚後の話だな。タオベ伯にカネをせびらにゃならん」

「建設は時間がかかる、必要になってから造るのでは遅い。借金してでも今のうちに始めておけ」


 必要な場所に投入するのではなく、必要になりそうな場所に資金をつぎ込む。善政の大前提ではあるが、動かすカネが巨大なだけに決裁者は渋る。なるほど領主も楽ではないなと、実力で領主の座に就いたゲッツは唸った。……そこで、執務室の扉が勢いよく開けられた。


「御機嫌よう!暇だから遊びに来ましたわ!」


 リーゼロッテであった。彼女との結婚は1月の公現祭の前後を予定していたが、待てずに遊びに来たらしい。彼女はどさりと袋をテーブルに置いた。金属が擦れる音。


「あ、これお祖父様からのお土産です。まあ率直に言えば"資金援助する意図はあるから結婚後は権利面で優遇しろ" って事ですわ」

「お嬢様ァ!率直過ぎます!」

「うっせーですわ!」


 お付きの騎士が遅れて飛び込んで来て平謝りするのをゲッツはなだめ、カエサルを退出させ(リッチー露見防止だ)リーゼロッテとお付きの騎士を交えて道路建設計画を練る事にした。この手の作業はカエサルより現地人、それも大貴族の娘であるリーゼロッテが強いし、何より彼女自身こういった政務を楽しむタイプだ。こうして初めての共同作業が始まった。



 殿下に銃を納品してから2週間、それを貸与された近衛兵から早速フィードバックが来たのでそれをフーゴさんに伝える。「装填作業中に火打ち石を掴んだアームが邪魔だし、途中で落ちてくると危ない」との苦情が入った。それを防ぐために完全にアームを起こコックして固定してしまうと、それはそれで不意に引き金に触れた時に暴発するので危険だ。改善する必要がある。


「んじゃあ、引き金が作動しない位置でアームが固定されるよう金具をいじるか」

「お願いします」


 こうして銃に半分だけアームを起こすハーフコック機構の試作が始まった。当然、その試作費用は僕の取り分から供出される。エンリコさんの助言に従って取り分を多めにしておいた事が早速活きた。そうでなければまた借金するハメになっていただろう。


 僕は今回の販売分の利益でイリスやルルへの借金を返済していたが、それでも金貨10枚ほどの利益が残る。さらに連日注文が来るので金額は膨れ上がっていった。まあ大半は実際に銃を納品し、全額代金を回収してから手に入るものだが。だがいずれにせよ、イリスとの結婚にかかる結納金――――金貨2枚――――を支払うには十分な金額だ。それがわかっているのか、銃が売れてもフーゴさんの表情は微妙なものだ。


「……そろそろ式の日取り決めないとですね?」

「うるせえ、あっち行け!」


 追い出されてしまったので、お母さんとひいお婆さんに話を通しておいた。へっへっへ、フーゴさんが何と言おうとこれで逆らえまい。



「結婚式は来年なのですね」


 家に帰りながら、フリーデさんがそう聞いてくる。四六時中影のように着いてくる居心地の悪さはもう慣れた。


「ええ、2月頃にしようかなと」

「祭りの時期ですね」

「めでたい時期ですし丁度良いかと」


 2月には謝肉祭カーニバルというものがあり、それに合わせるのが良いのではないかとイリスと相談していた。因みにイリスは決闘裁判直後から花嫁衣装を注文――――ひいお婆さんにだが――――していたようで、製作に半年はかかるようなので、そういう意味でもその時期が適切と思われた。個人的には早く結婚して新婚生活を始めたい所だが、イリスの花嫁衣装も見たいのでぐっと我慢だ。


 フリーデさんは何か考えているようだったが、僕はイリスの花嫁衣装の妄想にふけりながら帰宅した。

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