第104話「暗殺作戦 その2」

「すみませーん、クルトですけど」


 ノックしてみるが、返答はない。地下室に閉じ籠もっているのだろうか。だとしたら声が届かない可能性があるが、と思ったらイリスが袖を引いてきた。


「記憶戻った事にするんでしょ?もっと悪そうにしなさいよ」

「ええ……」


 だが一理ある。記憶が戻ったのなら、クソ野郎と公言されるレベルの人格を装った方がそれらしく見えるだろう。僕はちょっと悪そうに振る舞ってみる。


「おい、クルトだ!開けろ!」


 ごんごんごん、と荒っぽくノックする。やはり返答はない。イリスは再び袖を引く。


「もっと」

「ええ……」


 これで足りないってクルトはどんなクソ野郎だったんだ?困惑しながらも、考える限りの悪っぽさをかもし出してみる。ええい、ままよ。


「おい!!開けろッつってんだろうが!無視こいてンじゃねェーぞコラァ!」


 ノックというよりは拳槌けんついでドアをぶっ叩く。返答は無いが、何だか楽しくなってきてしまった。イリスも親指を立てている。よし、もっとやるぞ。昔観た洋ドラでこんなシーンがあったな。扉を激しく叩く。


「手が痛えぞコラァ!反撃しやがったなこのクソ扉!積極的正当防衛!」


 調子に乗って扉を蹴ると、錠前が脆かったのかバキンと音がして扉が開いてしまった。ぎょっとして周辺住民が顔を出してくるが、やってしまった事は仕方ない。ずかずかと踏み入ると、部屋の中の地面が動き出し、階段が現れた。中からウドが姿を出す。


「何だ!?何をしている!?」

「俺だよ!記憶がちょっと戻ったから会いに来てやったンだよ、無視しやがって!」

「本当か!?いや、本当のようだな。良かろう、中に入れ。ああ、扉は適当に塞いでおいてくれ」


 薄ら寒い霊気と魔力の奔流ほんりゅうを感じぞっとするが、僕の言葉を聞くとウドは納得したようで、僕たちを階段へと導いた。……これで納得するって本当にクルトはどんなクソ野郎だったんだ?イリスも頷いているし。ルルが椅子で扉を塞ぐと、ウドは背を向けて階段を降りだした。僕はそれに続きながら、ルルに目配せする。彼女はこっそりと椅子をどかしてから後に続いた。


 階段を降りるウドの後頭部は無防備だ。今すぐにでも撃ちたくなるが、銃というのは抜いて、火蓋を開けきり、火打石を掴んだアームをセットし、それから構えて引き金を引く必要がある。階段を降りきる前にそれが出来るか、それまでにウドが振り向かないか。……いやそもそも、階段の幅が狭すぎる。頭をふっ飛ばした後は囲んで一気に無力化しなければならないのだ。もっと広い場所でやるべきだと判断し、黙って階段を降りきる。


 階段を降りきると、前と変わらぬ雑多な物がそこかしこに散乱する部屋に到達した。前回と違うのは壁に描かれた魔法陣のような不可思議な模様だ。それが何なのか質問を飛ばす前に、ウドが先に口を開いてしまう。


「適当に座ってくれ。それで、記憶が少し戻ったとはどういう事だ?」

「あ、ああ……俺は異世界からやって来たッて事を思い出したンだよ。この世界より進んだ技術を持った世界だ」

「異世界!なるほどな、それなら合点が行く。君は明確に外法……つまりはこの世界の法則から外れた知識を持っているようだったからな。リッチー化の手法もそうだ」

「……そこまでは思い出せてェが」


 いや本当にクルト、何者だったんだ。


 もしかして、と僕は思い当たる。ウドがそう納得したように、彼もまた僕と同じように異世界転生者だったのでは?そう考えれば16歳の若さで外法の知識や複数言語を使いこなす事も納得出来る。推測にふけりそうになるが、ウドが引き戻してくる。


「ところで、あれを見てくれ。式自体は合っていると思うのだがどうにも起動出来んのだ」


 そう言ってウドは壁に書かれた魔法陣のようなものを指差す。


「これは?」

だよ。神を呼び出すためのな!さらなる知識を得るために神から直接教えをたまわりたいが、いくら魔力を注ぎ込んでも起動しないのだ。これではリッチーになった意味がまるで無い!いや、無限の寿命でいくらでも研究は出来るのだがな、何ともまどろっこしい。君が何か思い出してアドバイスしてくれたらもしや、と思ったのだがね」


 知らねえよ!思わず叫びそうになるが必死に堪える。そして僕は悟った。この世界の事情に疎い僕でも悟れてしまったのだ、これは絶対に阻止しなければならない類のものだと。ちらとイリスとルルを見るが、2人とも顔を青ざめさせていた。僕と同程度に疎いと思われるルルでさえそうしている。いや、直感したのだろう。


「憶測としては要求されているリソースが違うのではないかと思うのだがね。つまりこの手の召喚儀式に必要なのは古式ゆかしく人間の命、すなわち魂なのではないか?だとすれば吸魂の魔法が必要だが、自分の身体に他人の魂を宿すのは。故に武器に吸魂の付呪を施し、そこに蓄えるのは慧眼けいがんとしか言いようがない、ディーターの死で再現不可能になったがね!ああ早く息子が再発見してくれないだろうか?いや、いっそのことその鍋を貸してくれないか?」


 ウドはとうとうと語り、その目を狂気を帯びてきた。その狂気にあてられたのか、自分の中で何かがガリガリと削れていくような感覚を覚える。ダメだ、これは。早く終わらせないと。僕は隙を作るべく話題を変える。


「これは使いでがあるからダメだ。その儀式についても有用な知識は思い出せェよ。……ところで、もう1つ思い出せない事があるンだが。ディーターの技術があったとしても、どうやって多層付呪を施したンだ?鉄板の熱なんてすぐに冷めるだろう?その間につちとノミで付呪を施せるとは思えねンだが」

「おお、実に簡単な事だよ!本来は門外不出の技術だが、君なら問題あるまい。こいつを使うのだ」


 そう言ってウドは雑多に積まれた物の中から、判子のようなものを取り出した。


「活版と名付けたが、鏡写しに文字を浮き彫りにした判子だ。これで一息に呪文を刻み込む。考えてみれば実に単純な事だが、これは革命的だぞ! 1つ作ってしまえば呪文を彫る手間が一息に省けるのだからな!」


 イリスが魔法書が高い理由に写本する手間を挙げていた気がする。これはそれのブレイクスルーになるのではないか、と思ったが今は良い。質問を続ける。


「なるほどな、じゃあこの鍋に付呪を施すのに使った活版もあるんだな?確か折返しで表から見えない所に、魂を蓄えるための付呪が施してあるンだったな。そっちが見てみたい。何か思い出せるかもしれないからな」

「もちろんだとも!さてどこにやったか……」


 ウドはしゃがみ込んで物を漁り始めた。チャンスだ。僕は夢中で活版を探すウドの背後に忍び寄り、ホルスターから銃を抜いた。ホイールロック式。左手で火蓋を開け、火打石を掴んだアームを降ろして火皿に隣接した、溝を切った車輪に押し当てる。まどろっこしい。心臓が早鐘を打つが、冷静に動作を行いウドの後頭部に銃口を突きつける。


「ああ、あったぞ!」

「そりゃどうも」


 引き金を引いた。車輪が回り火打ち石と擦れ合って火花が散ると、次の瞬間に爆発音と共に銃口が小さく跳ねる。


「かっ」


 硝煙が邪魔だが、血が飛び散りウドの身体が前のめりに倒れるのが見えた。すかさず銃を捨て、鍋を抜く。1秒。


「ルル!」

「はい!」


 ルルが剣を抜きながら駆け寄る。2秒。血がウドの弾けた前頭部へと映像の逆再生のように戻るのが見える。


「このッ!」


 左手でウドの髪を掴んで引き起こし、その喉にルルが剣を突き込んだ。3秒。ウドの銃創はほとんど塞がりかけている。その手がピクリと動いた。ドタドタと階段を降りる足音が聞こえる。


「もう一撃!」


 鍋を振るってウドの前頭部を殴りつける。何かが割れる感触が手に伝わるが、途中で押し留められてしまう。高密度の魔力か。4秒。ウドの目の焦点が合い、脚に力が入り自立した。


「離れて!」


 咄嗟とっさに飛び退くと同時、イリスが放ったファイアボールがウドの頭を直撃する。爆発が起き、よろめいた彼は背後の壁に激突する。だが彼は剣に右手をやり、引き抜こうとしている。5秒。炎上し傷は見えないが完全に思考が可能な状態まで回復しているはずだ。


「化け物め…!」


 その手をはたき落とすべく距離を詰め、鍋を振り上げる。同時、駆け込んで来たヴィルヘルムさんの矢が横からウドの喉を貫いた。だがウドは気にした様子もなく、強引に首を掻き斬りながら剣を引き抜き、投げ捨てた。ファイアボールの爆発で千切れかけたチュニックの肩部分が燃え落ち、彼の上半身が露わになる。胸に呪文を刻んだ木板が埋め込まれていた。呪文が赤熱する。


「まずっ……」


 恐らく呪文はファイアボール。だが何発分の魔力が込められている?発射されたらこの部屋全体が炎で埋め尽くされるのでは?そうだとしたら鍋で弾き返しても意味がない!


 幽体ゆうたい剃刀かみそりで首を切り落とすか?それで止まるか?一瞬迷っている間に、ヴィルヘルムさんの2射目がウドの頭を貫いた。だが木板に刻まれた呪文はなおも赤熱し、火球が胸からせり出してきた。――――脳を破壊しても止まらない!破壊すべきは木板の方か!?


 鍋は既に振り下ろすモーションに入っている。ウドの身体まであと30cm。直撃まで一瞬だが、その一瞬が足りないと直感する。迷った一瞬のせいだ。悔いるがもう遅い。幽体の剃刀の発動も今や間に合わない。


 詰みだ。

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