第103話「暗殺作戦 その1」
殿下から連絡が来たのは、8月も2週目に突入した時だった。
『平服にて今夜20時に下記の場所に集合すべし』
時間と場所だけ記した手紙が衛兵から手渡された。選定候の蝋印(イリスが教えてくれた)で閉じられた封筒に入っていたので、それだけで伝わった。詳細は現地で伝えるという事だろう。
「秘密作戦って感じだねぇ。これだけじゃ何が行われるかわからないや」
「仮に手紙が奪われても大丈夫なようにでしょうね。本当に機密なら暗号使ったんでしょうけど、私達わからないし」
平服指定という事は、僕たちはウドと会談を行うふりをして接近する事を期待されているのだろう。僕は鍋と銃を持っていくにせよ、イリスはいつもの魔法装束は使えないしルルも槍を持っていては怪しまれるので剣1本のみで行く事にした。
夕飯を軽く済ませ、夜19時頃に家を出発した。この地域の夏はこの時間でもまだ明るい。居酒屋の喧騒――――いつもより静かな気がする――――を傍目に見ながら集合場所へ向かう。
集合場所は木造の小さな一軒家だった。ヴィルヘルムさん率いる【鷹の目】が居て、中に案内してくれた。家はあまり使われていないようで、所々に
「さぁて、行こうか。殿下がお待ちだ」
「あ、ここに殿下が来るんじゃないんですね」
「殿下は別の家から来るさ」
どういう意味だろうと質問しようとしていると【鷹の目】のメンバーがタンスをどかし始め、その直下に階段が姿を現した。さらにタンスの中から大きな団扇を取り出すと、階段の中に空気を送り込む。
「こんな感じで、街の中にはいくつか隠し通路があるのさ。……恐らくは城からの脱出用なんだろうが、この通路は城と繋がっていない"孤立した" 通路だ。飛び石みたいに利用するつもりだったのかもしれんが真相はわからん。俺も団長になって初めて教えてもらった」
「本当に秘密作戦みたいだ……」
「そりゃそうさぁ、街の中にモンスターが居るなんて許されないからね!事後に公表するのは居たって情報だけさ。何が起こっているか市民に感づかれないようにこうして分散して集合するのさ」
「なるほど……」
ヴィルヘルムさんに続いて階段を降りると、土むき出しの通路が伸びていた。松明で照らすと、染みてきた水が所々でぽたぽたと垂れているのが見える。
「しかしまあ、リッチーとはね」
「すみません、隠してて……」
「殿下あたりにこっぴどく怒られたんだろ?だから俺からはもう怒らないさぁ、むしろ討伐しようって考えた事を褒めてやりたいよ。全てを放り投げて遠くまで逃げちまえば仮にウドが君たちの事をバラしても、俺たちは追手をかけるどころの話じゃなくなるからねぇ」
そういう手もあったのか。この市での生活を守ることが大前提だったから思いつきもしなかった。思いついていたら「その後どうなるか」まで考えが及んだのかもしれないが。
「……思いつきもしなかった、って顔だな。やっぱり冒険者を街の中に住まわせるのは正解なのかもしれないね」
「どういう事です?」
「半傭半賊の根無し草だったら十中八九逃げるでしょ、リッチー出現なんて危険事案。でも街に住んでいればどうにかしようと考える。土地とそこでの生活で縛られてるのさ、無意識のうちにね」
「確かに」
「その分フットワークは重くなるけどね……さて着いたぞ」
目前に階段が現れた。ヴィルヘルムさんはその上にある天板を叩きながら声をかける。
「【鷹の目】と【鍋と炎】が来ましたよ」
「……今開ける」
何かを引きずるような音が響き、天板がどかされた。階段を登るとやはり小さな一軒家のようで、さほど広くない広間に殿下、【死の救済】、そして数人の黒装束の人たちが詰めていた。
「何か丁付が合ったほうが良いなこれは」
「それは追々考えましょう。こんな通路を使う事態は想定したく無いですけどねぇ」
殿下とヴィルヘルムさんがそんな話をしている間に全員階段を登りきり、ベッドを動かして階段を塞いだ。
「さて揃ったな。ここに居るのがリッチー討伐作戦要員、その全員だ」
「少ないですねぇ」
「やることは暗殺だ、大人数はいらんよ。失敗した場合に備えて民兵隊には"夜間訓練" と称して招集をかけてあるがね」
なるほど、居酒屋の喧騒が静かだったのはそのせいか。
「具体的な作戦を説明しよう。先鋒は【鍋と炎】、お前たちがウドに平和を装って接近し、頭に銃をぶち込んで無力化しろ。後続が来るまで頭を叩いて潰し続けるか、喉に剣刺して呪文を詠唱させないようにしておけ」
「「「はい」」」
「後続は【鷹の目】だ。銃声が聞こえたら突入して無力化を引き継げ。【鍋と炎】が失敗している可能性も考えておけよ」
「そこで俺って訳ですかい」
「そうだ。ファイアボールが飛んでくるより速く矢継ぎ早に頭なり喉なりに矢を叩き込めるのはお前しかいねェ」
「一応団長なんですけどねぇ、死んだらどうするんです?」
「そのために副団長が居るンだろ。ヴィルが失敗した場合は主席副団長たるマルティナが任務を引き継ぎ、
「この手でリッチーをぶん殴りたい所ですが……」
「待つのも指揮官の仕事だ」
マルティナさんが不服そうにしているが、納得したようだ。
「……で、無力化が成功したら彼らが封印処置を取る」
殿下が手で示すと、黒装束の人たちがフードを外した。屈強そうな男性2名に、年若い女性が1人。男性の1人が口を開く。
「教会の戦闘的牧師集団、【這い寄る霧】の者です」
「彼らが銀の杭で封印措置を取る。【鍋と炎】と【鷹の目】は彼らが突入するまでウドの無力化を続けろ」
戦闘的牧師集団、そういうのもあるのか。そういえばマルティナさんも教会から派遣されているらしいが、そこで戦闘技術を学んだのだろうか――――そう思っていると、【這い寄る霧】とマルティナさんは互いに顔を合わせ笑顔で小さく頷いていた。どうやらそのようだ。
「俺は総指揮を執るために一旦城に戻る。近衛と衛兵、それに幾らかの騎士は理由をつけて招集してあるが、彼らが出張る事態にならん事を祈る。……死んでくれるなよ」
全員が頷き、作戦開始となった。この隠れ家はウドの家のある街区からほど近い所にあるようだ。まだ日が落ちきっていないため市民が出歩いていたが、僕たちはそれを無言で押しのけて進む。
「狼煙石、見えるかな。あんまり暗くなってくるとマズいよね」
「ドーリスさんはドワーフだから夜目が効くでしょ。……それに狼煙石が使われる事態、私達が考えるのはやめましょ」
「それもそうだね……」
「あたし達が死んだ時ですもんねー」
今や「自分たちが失敗した後どうなるか」を考えなくて良い態勢になっているのは何だか皮肉な気がする。まあ自分のせいで、それを大人が救ってくれた結果なので文句はないが。
「それで、どうやって近づくの?また閉じこもってたら……」
「記憶を取り戻した、そう言ってみよう。地下室に籠もってたら」
「俺が解錠するさ。本職の盗賊には敵わないけどね、多少の心得がある」
ヴィルヘルムさんは何やら金具を取り出して指で
そうこうしている内に、衛兵が道を塞いでいる所に出くわした。彼らは僕達を認めると無言で通す。……その先の道は無人だった。遠くで「物取りである!この先は一時立ち入り禁止だ!」という声が聞こえる。野次馬防止のために殿下が手配したのか。だが近隣住民達は家の扉から外を覗いているので、完全な秘密作戦とはいかないようだ。だが下手な混乱は避けられるだろう。
しばらく歩くと、ウドのアパートに到着した。全員で顔を見合わせ頷くと、僕はウドの部屋の扉を叩いた。
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