第102話「適正価格と資金調達」
「と、言う訳なんだけど……ごめんルル、隠してて」
「なるほど……」
夕食後、僕はルルに事情を説明し謝罪した。ルルは
「つまりクルトさんは異邦人だと」
「邦というか、世界だね」
「なるほど……」
ルルは
「つまり、それって異邦人とどう違うんです?」
ダメだ、理解していない。……いや、案外彼女の反応が普通なのかもしれない。異世界と言われて想像がつくイリスや殿下の方がおかしいのかもしれない。イリスに聞いてみよう。
「この世界だと異世界って概念は一般的じゃない?」
「
「農村だとあんまりそういうのは無いですねー。子供の頃に読み聞かせられたお話、大抵農耕とか森に関するおとぎ話ばっかりなので」
「そっかぁ……」
教育レベルとか文化の違いは大きいようだ。
「まあ僕の事は異邦人って事で良いよ。いずれにせよ、隠し事してて迷惑かけちゃった事は変わらないから。本当にごめん」
「私も同罪だから謝るわ。ごめんなさい」
イリスも一緒に頭を下げてくれるが、ルルは困惑しているようだった。
「んー、鎧融通してもらった借りがあるんで良いんですけどね。それで死ぬ可能性は結構減ってると思いますし」
「でも直接死地に送り込むのとは話が別だよ」
「じゃあ、今度食事
はてそれで釣り合いが取れるのかと気になったが、彼女が納得しているなら良いか。いや、性格が素朴過ぎて損得勘定が上手く出来ていない気がするな。今度護身用に銃の1丁でもプレゼントしよう。
◆
翌日、僕は【鍋と炎商会】を招集して会議をしていた。ひとまず10丁の納品先が決まった事を報告するためだ。これは市場に売り出すのとは別枠で数を確保しておく必要がある。
「と、いう訳なので生産よろしくお願いします」
「一先ず、で10丁とは中々気前が良いな。こりゃ忙しくなりそうだ」
【鍋と炎商会】の反応は上々だ。ヴィムとフーゴさんは戦争が終わり、仕事が減っているのでこの稼ぎは嬉しいのだろう。だがイリスのお爺さん、エンリコさんは喜びつつも反応が薄い。彼は挙手した。
「納品先が決まったのは大変喜ばしい事だが、提案がある」
「何でしょう?」
「賃上げを要求する」
賃上げ。エンリコさんは常駐責任者で、僕と銃に上乗せした料金を分け合う立場にある。
「率直に言うが、この取り分の設定は安すぎるのではないかと思う」
スナップロック式では僕とエンリコさんの取り分は銀貨10枚、分け合って銀貨5枚だ。10丁売れればそれで1人銀貨25枚になるので、生活するのに困らないと思うのだが……。そんな僕の困惑を見透かしたように、エンリコさんは続ける。
「確かに生活するのには困らないだろう、今はな。そして生活するのに困らない、それだけなんだよ」
「どういう事です?」
「まず武器というものは平時は然程売れない。革新的な武器だからな、最初は良かろう。だがある程度数が出回り、
なるほど、ヴィムと手回し式洗濯機を作った時と同じだ。特許が存在しないので模造品の流通は止められない。
「そして我々の取り分は新作の試作、必要なら設備投資のために積み立てておく必要がある。もちろん、いつかあるかもしれない裁判費用のためにもな。それには今の取り分はあまりにも低い。生活費だけで消えてしまうからな」
「あー……」
「お前達、工賃の算出ってそうしてるだろう?」
エンリコさんがヴィム、フーゴさん、レギーナさんに視線をやると一様に頷いた。
「……フーゴ、お前は何故それを理解していながら助言しなかった」
「若者に現実を教えてやろうと」
「クルト君はイリスの婿だろうが!彼の商業的失敗はイリスを苦しめる事になるんだぞ!」
「うっ……イリスが……」
「うちの婿共は揃って視野狭窄か?教育が必要だな……」
「「すみません……」」
僕とフーゴさんはしょぼくれて頭を下げた。フーゴさんはまあ無限に怒られ続けて欲しいが、僕も考えが浅はかだった事を恥じるしかない。バイトすらしたことが無かったのでこういう勘定はサッパリだ。最初から意見を聞いておけば良かった。
「じゃあ、適正な取り分ってどれくらいにすれば良いです?」
「スナップロック式で銀貨30枚、ホイールロック式で金貨1枚で良かろう。売れなくなってきたら下げる必要はあるが、最初はこれでがっつり稼いでおこう」
分け合うとスナップロック式1丁で銀貨15枚、ホイールロック式で銀貨24枚!正直、僕は生産に直接関わらないのでこんなに貰って良いのかという感覚はあるが、エンリコさんの言った通り新作の試作や設備投資を考えるとこれくらいは必要なのだろう。そもそもスナップロック式でさえ1丁作るのに取り分を除いても金貨1枚必要なのだ。新作の試作をするとして、職人にタダでやらせる訳にはいかない。今までは厚意でやってくれていたが。
「わかりました、そうしましょう。……それで、銃の付属品についてなんですけど。火薬とかホルスター、火薬入れの類も一緒に売っちゃいません?流石に自家生産は厳しいので錬金術師とか革細工師も商会に加える必要があると思いますけど」
「うーん、私は商会に加えるのは不賛成かなぁ。意思決定が煩雑になるし」
「同意だ、ただでさえクロスボウ職人、甲冑師、細工師の寄り合い所帯なんだぞ?お前がまとめるって言っても面倒が起きるのは目に見えてる」
そ、そういうもんかぁ。日本だと1つの会社の中に色々な専門家や部署があるのは普通だと思ったが……。いや、そもそも彼らは職人だ。1人1人が社長のようなものか?だとしたらフーゴさんの言いたいことは何となくわかる気がする。まとまるわけがない。
「外注で良いんじゃない?火薬もホルスターとかも、銃が出回れば勝手に作る人が出てくるでしょ」
ヴィムも同意見のようだ。彼らは商業における先輩だ、従う事にしよう。
「わかりました、じゃあそれらは外注で」
そういう方向で話がまとまった。これで議題は終わりかと思ったのだが、異議が上がった。
「で、初期生産分の資金はどうするんだ?」
「へ?」
「へ?じゃねえよ、今までは可能性に賭けてタダで試作してやってたが、販売の目処がついた以上、最低限材料費は必要だろうが。もちろん前払いで」
「あ、ああー……」
厚意は試作までのようだ。考えてみれば当然だ、10丁銃を作るには10丁ぶんの材料費が必要なのだ。厚意で呑める金額では無くなってくるのだろう。
「考えてなかったな?道理で言い出さないわけだ……。前金は売れなかった時の最低限の保証でもあるんだ、貰わん事には仕事しねーぞ俺らは」
「調達してきます!」
僕は城に走り、殿下から代金を頂きに行った。彼が発注した10丁の前金だけでは店頭販売用の材料費が賄えないので、ダメ元で全額要求してみたら通った。相手が領主という大金持ちで良かった。
これに加えてイリスとルルからお金を借りて(黒色火薬ぶんと合わせて金貨4枚!)、何とか初期生産分の前金を用立てる事が出来た。これが無かったら金貸しから借りる(利子が物凄いらしい)しか無かったので、人脈に感謝するしかない。
「最近は学びが多いな……」
僕が物知らずなだけなのかもしれないけど。社会で生きていくのって楽じゃない……。
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