第101話「説教と処罰」

「責任どう取るつもりなんだアイツは」


 執務室でゲッツは頭を抱えていた。城の侍女13名中、実に7名がカエサルに口説かれ恋仲になり、内3名が股を開いたと侍従長から苦情があったのだ。


 リッチーである以上、霊気は隠しきれない。故に近衛隊長の席は与えたものの実務からは切り離し隔離していたのだが、これでは何の意味もない。肌を重ねれば確実にバレる。侍従長はカエサルがリッチーだという事は知らず、それに関する疑念も呈さないので肌を重ねた侍女は完全にカエサルに抱き込まれているのだろうが。


 リッチーは恐ろしい。単体で1軍を滅ぼす化け物だ。しかしゲッツは、カエサルの人間性を信じる事にしていた。あれは人として話の通じる奴だ。――――皮肉にも今回の7人口説き・3人姦通事件はその「人間性」をいびつな形で補強する事になっていた。


 だからといって許せる話ではない。奴は領主がリッチーを抱え込む事のリスク、それを理解していないフシがある。これは説教が必要だと思っていると、折よくカエサルが訪ねてきた。何故かクルトも一緒にだ。まずはそちらの用事から聞いてやろう、説教はその後だ。そう思い入室を許可し、人払いをした。


 カエサルとクルトの報告を聞いたゲッツはキレた。



「すみません……」

「人から色恋を奪って何を楽しみとしろと!?」


 しょぼくれて頭を下げる僕とは対照的に、カエサルさんは胸を張って抗弁していた。頼むから神経逆撫でするような真似はよしてほしい。リッチーの身で7人口説いて3人抱くのはアウトでしょ。


「リスクを考えろ!1人でも裏切ったら俺もお前もお終いなんだぞ!?」

「こちらから突き放さん限り裏切りはせんわ!私の恋愛スキルをめるなよ!」

「信じられるかーッ!」


 殿下は激怒している。当たり前である。


「お前一人で責任取れる問題じゃねンだぞ!?嫁が欲しけりゃ俺に言え!見境なしに手ェ出してそれを隠しやがって、事が起きてから気づいてたらマジで手遅れなンだぞ!?」

「むう……」


 カエサルさんは僕を見るとバツの悪そうな顔をした。そりゃそうでしょうね、ウドの事を隠してた僕に責任がどうとか散々説教した後ですもんね!


「……ヤッちまったモンは仕方ねえ。全力でたぶらかしてお前がリッチーだッて事は隠し通させろ」

「承知」

「一応聞いておくが、お前がリッチーだッて気づいたのは抱いた3人だけだな?」

「うむ。彼女らはそれを織り込み済みで私を愛すると言ってくれたぞ」

「死ぬほどムカつくが、それなら良い。ただし残りの4人はもう手出しすんなよ」

「……名残惜しいが仕方あるまい」


 名残惜しいじゃないんですよ、とツッコミを入れようとしたがその前に殿下の視線が僕に向いた。今度は僕の番だ。


「で、お前は何で異世界転生者だッて事隠してた。鍋の事もな」

「宗教裁判にかけられると思って……」

「その可能性は組織人として捨てェが、それなりに信頼して相談しやすいよう配慮してたと自負してる」

「実際信頼してました、でも言い出すタイミングが無くて……」

「そンで、バレたら俺にとって致命傷になるまで隠してたと……チッ!気持ちはわかるが最悪手だ。俺からの信頼を取り戻すのは相当に苦労すると覚えておけ」

「すみません……努力で応えます……」


 団長はため息1つつき、僕が腰に吊っている鍋に視線をやった。


「その鍋だが。外法の産物であるのは間違いない、本来なら取り上げる所だが……その鍋を使って自在に姿を変える神から魔法をたまわったんだよな?」

「はい、ゴブリンの魂を捧げてその対価に」

「一応教会に伺いは立ててみるが、それまではお前が持っていろ」

「良いんですか?ありがたいですけど」

「お前の言葉が本当だとして、だ。恐らくお前が会った神は我らが主神ナイアーラトテップ様その人だ。であるならその鍋は祭具で、お前は恩寵受けし者ギフテッドという事になる」

恩寵受けし者ギフテッドって、あのゴブリンマザーと同じって事じゃ……」

「広義ではな。だがまっとうな人間がナイアーラトテップ様から力を賜った場合は別だ。をもたらすために力を賜ったと解釈し、にされる」

「つまり?」

「おとがめなしだ。お前が恩寵受けし者ギフテッドである事は伏せられ、領主も教会もその行動に制限をかけない。利害が対立しない限りは、だがな」

「よ、良かったぁ……」


 ほっとするのもつかの間、殿下は表情を険しくした。


「で、ウドとやらの件は俺と利害が対立するンで制限かける。ふざけんじゃェぞ、単独でリッチー討伐とか舐めてンのか?」

「すみません……」

「抱き込むのは無理だ。信頼してたカエサルですらコレだ、自ら望んでリッチーになる様な奴を進んで懐に置けェ。討伐する」


 カエサルさぁん!……いや、冷静に考えるとカエサルさんの事件が無くともリスクが大きいのだろう。ウドは自ら望んでリッチーになり、そうするための知識をクルトから引き出したのだ。


「どいつもこいつも好き勝手しやがって……」

「本当にすみません」

「謝って済む問題じゃねンだよ。お前ら2人には処罰を加える」


 処罰。その言葉に僕は青くなる。この世界では軽度犯罪でも片手斬り落としたりするんだっけ。いや、やらかした内容が内容だ、はりつけか?火炙ひあぶりか?恐ろしい想像が脳内を駆け巡る。


「まずクルト、お前にはウド討伐の先鋒を申し付ける」

「えっ」

「お前の当初の計画だろ、驚くなよ。リッチー暗殺の先鋒、それは最も死亡率が高い役割だ。隙を見てウドを行動不能にしろ。それを以てお前と、お前に加担したイリスとルルへの罰とする。ああ、当然だがヨハンは使うな」

「わ、わかりました」


 僕が異世界転生者だという事を説明していないルルまでとばっちりを喰らうのは彼女に申し訳無いが、説明して頭を下げるしかないだろう。


 そしてウドは僕の再来を期待していた。記憶を取り戻した状態でだが。しかしそれを利用すれば簡単に近づく事が出来るだろう。そこに銃を頭に当てれば終わりだ。


「んでカエサル、お前には実験台を申し付ける」

「実験台?」

「この銃とやらのだ。クルト、お前ウド討伐に銃使うつもりなんだろ。銃がリッチーの魔力量による防御、それを貫通する威力があるか確かめたい。そういう訳でカエサル、お前は銃で撃たれろ」

「死ねと言うのか!?」

「死なねえだろリッチー野郎が!再生する時にどんな苦痛があるのかは知らんが、それを以て罰とする。異論は」

「…………無い」

「良し。んじゃ早速行くぞ」


 そういう事になり、殿下は侍従に武器庫から余っている鎧を持ってこさせてから郊外に出発した。



 護衛を付けるべきという侍従の言葉を「近衛隊長で十分」と振り切り、僕たちは郊外にやってきた。その近衛隊長が銃の実験台なんですが。


「じゃ、使い方を説明しますね」


 僕は説明を加えながら銃を装填し、5m先に置いた鎧に狙いを定めた。


「手間は手間だが、重クロスボウよりは速いな。これで甲冑が抜ければ大したもんだが……」

「実際見て頂くのが早いですね。大きな音がするので注意して下さい」


 僕は左手で耳を塞ぎ、右耳は肩をすくめて塞いでから引き金を引いた。今回使うのはスナップロック式だ。火打石を掴んだアームが火打金に当たり火花が散ると、点火薬が燃え、次の瞬間爆発音が鳴り響いた。


「どうです」


 胸を張る僕の視線の先には、穴を穿たれた鎧が鎮座していた。


「……驚いたな、本当に貫通しやがった。重クロスボウどころかウォーピックぶち当てたみてェだ」


 殿下は鎧に駆け寄り、その貫通穴を腫れ物でも触るかのように撫ぜた。


「なるほど、確かにこれは戦争を変えるだろうよ。射程距離の問題はあるが……騎士に持たせるランスよりは優秀かもしれん」

「じゃあ、お買い上げ頂けます?」

「まずは実験と訓練用にホイールロック式とスナップロック式それぞれ5丁ずつ買おう」

「ありがとうございます!」


 売り込み完了!これだけで僕の儲けは金貨1枚と銀貨2枚になる。


「んで、本命だ」

「本当にやるのか?」

「やる」


 殿下はカエサルさんをにらみつける。実際、免職しても面倒な事になるし罰金を与えても「この額を支払えば良いのか」と考えて罰にならないだろう。何せ不老不死なので気長に稼げば良いのだから。そういう訳で、カエサルさんには悪いが「痛み」という罰を与えるのは適切に思えた。


 僕は再装填し、カエサルさんに銃口を向けた。


「……申し訳ないですけど、いきますよ?」

「ひと思いにやってくれ……」


 カエサルさんは観念したようで、目をつむった。


「わかりました。じゃあ……」


 引き金を引いた。爆発音が響き、カエサルさんの眉間に穴が開くと同時に後頭部が弾けた。


「かっ」


 カエサルさんは悲鳴らしきものを上げながら仰向けに倒れた。しかしすぐに飛び散った血と脳らしき肉片がスライムのように傷口に集まりだした。


「……ぬあああああああッ!痛いわ!」


 そしてすぐに頭を抱えて地面を転げ回り始めた。


「……再生完了まで5秒って所か。マジで人外だな」

「ようはこの5秒の間に、呪文を詠唱出来ないようにすれば良いんですよね」

「そういうこった。だが魔力密度が高かろうが関係無く頭割れる事はわかったな。上出来だ」

「貴様ら、少しは私の心配をせんか!」

「不老不死に何を心配しろッてんだ。おいクルト、もう1発だ」

「えっ」

「カエサル、今度は頭に魔力集中しろ。あと喋り続けろ、何秒で呪文詠唱可能になるか調べる」

「正気か!?それに2度はあんまりだろう!」

「俺は回数は指定しなかった、そしてお前は1度それで受け入れた」

「ぬうううううううううううッ!」


 カエサルさんが哀れだが、助け舟を出す理由がない。実際、直前にウゴが銃の危険性に気づいて頭に魔力を集中させたらどうなるか知っておくべきだし、何秒で魔法が飛んでくるのかも知りたい。


「いきますよー」

「悪鬼どもめ……ええい、やれい!――――あれはアレシアの戦いの時であった、私は宿敵ウェルキンゲトリクスめを街に閉じ込め――――」


 カエサルさんが頭に魔力を集中させ、演説らしきものを始めたのを確認すると僕は引き金を引いた。再びカエサルさんの眉間に穴が空いた。しかし後頭部は破裂しない。


「―――――二重包囲いいいい痛い痛い痛い痛いわ!」

「3秒。流石に鉛弾でも圧倒的な密度だと受け止められるか……それに傷が浅いと再生も早いな」

「発射したらすぐ喉をナイフで突く必要がありますね」

「だから貴様ら私の心配をしろッ!!」


 抗議するカエサルさんをいなし、殿下は帰りながら暗殺作戦を練り始めた。決まり次第連絡をくれるという事だ。


 今日は色々あったが、成長の機会を貰えたしウド討伐に目処も立ったし、何だかんだ良い1日だったなぁ。カエサルさんはご愁傷さまだけど。

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