第100話「説教」

「すみませーん、"鍋の" クルトです」

「ああはい、どうぞ」


 冒険者ギルドの認識票を掲げながら衛兵に会釈すると、簡単に城に入れた。謁見えっけん待ちなのだろうか、門の前で列を作ってる市民からの視線が痛いが気にしない。


「カエサルさんってどこに居るかわかります?」

「案内しますよ」


 城内を歩いていた衛兵に案内され、「近衛隊長執務室」と書かれた部屋の前までやって来た。ノックして入ると、カエサルさんが笑顔で迎えてくれた。


「ご無沙汰してます」

「本当にそうだ、内戦が終わって1ヶ月以上会いに来ないのだからな!」

「いや本当に色々ありまして……」

「聞いたぞ、裁判でイリスをめとったのだとな。ゲッツ殿も何故呼ばなかったとお冠だったぞ」

「領主呼んじゃったら絶対別の揉め事に発展するじゃないですか。ともあれ、今日は殿下に通したい話があって来たんです」

「転生者同士、雑談しに来た訳ではないと?」

「半分くらいは転生に関係ある事なんですけどね。これです」


 僕はテーブルに2丁の銃を置いた。


「これは?」

「僕の居た世界で使われていた武器、その原始的なものです。東方から火薬が伝わってきたので作れるようになりました」

「これが武器?棍棒では無いな、だが別段何かを撃ち出すための動力も無いようだが……」

「さっき言った火薬を使うんです、爆発力を使って鉛弾を撃ち出します」


 僕は機能と威力の説明をする。


「……こちらの世界の鎧は固い。それを貫通出来ると?」

「はい、甲冑師が認めました。まともに当たる射程は10m程度ですけど」

「にわかには信じ難いが……本当なら戦争を変えるだろうな。ゲッツ殿に通したい話とはそういう事か」

「ええ、今量産準備中なので買い取って頂けないかなと」

「恐らく食いつくだろうな、何せこの世界の騎士はランス突撃の衝撃で落馬させて中身を戦闘不能にするか、組討で仕留めるか、大きなクロスボウで撃ち抜くかしなければ殺せないからな。それがこの小型武器で殺せるとあらば垂涎ものだろう。宜しい、話は通しておこう」

「ありがとうございます!」


 これで売り込みの準備は良し。僕はもう1つの課題を話す事にする。どちらかと言えばこちらが本命だ。


「もう1つ、これはカエサルさん個人への頼み事なんですが」

「何だね?」

「この鍋のルーツを探っているうちに、リッチーに出会っちゃいまして。銃も半分はその討伐のために作ったんですけど」

「……詳しく聞かせ給え」


 鍋の製作者をあたっていたらウドに出会った事。彼がリッチーだった事。そして彼にリッチーになる方法を教えたのが、どうやらクルトだった事を話す。


「頭が痛いな」

「僕もです。下手に露見すると間違いなく宗教裁判になるので」

「であろうな。何せ私がリッチーである事は、未だにゲッツ殿と冒険者ギルド以外には伏せられている。私の場合は、かくまった方が利益が大きいと判断されたが故にこの待遇だが……それでも近衛隊長の役職を与えられながらその実務からは切り離され、実質参謀としてしか使われておらん。祝宴しゅくえんにすら参加禁止だ。実際腫れ物扱いだな」

「苦労してますね……」

「まあ私の目的のためには必要なプロセスだ、仕方あるまい。……して、そのウゴとやらは抱き込めんのか。何かゲッツ殿にとって利益になるものは無いのか?」

「この鍋みたいに100層を超える付呪を施せる事くらいじゃないですかね。でもそれはヴィムの技術サルベージ待ちです」

「歴史を変えそうな要素ではあるが。付呪を施した甲冑に銃は撃ってみたか?」

「いえ」

「仮に付呪を施した甲冑が銃を弾くとしたら、それを制作出来る技術者を抱き込む事はメリットになるだろうな」

「なるほど……」


 正直、自分の身可愛さに秘密裏に暗殺する事しか考えていなかった。


「まあ、抱き込んでしまえば良いというのは我々転生者、余所者の感覚かもしれんがね。この世界の人々がリッチーに抱く恐怖は想像を絶する」

「そんなにヤバいものなんですかね、リッチー」

「自由の身になってから色々と調べてみたが、単体で1軍を相手に出来るようだな。過去の討伐例は暗殺しか存在しない。野戦に及んだ場合、人間側が必ず負けている」

「そんなに……」

「魔力量が根本的に違うのだ、100発分の魔力を込めたファイアボール1つを敵本営に撃ち込むだけで戦局が変わってしまう。それを複数回撃ってくるとあらば……」


 人間の魔力量の限界が6発という世界だ、100発分の魔力を込めたそれの威力は大砲を撃ち込むようなものではないか?そしてファイアボールなら詠唱時間は数秒だ。数秒間隔でそれが飛んでくる。


「人外ですね」

まさしく。おまけに不老不死と来た」

「あ、その点についてなんですけど、不老不死って具体的にどういう事なんです?過去の討伐者はどうやって討伐したんです?」

「負傷させても即座に再生するのだ。私も試しに手首を切ってみたが、時間を巻き戻すように再生したよ。故に実質的な討伐は不可能だ、封印措置を取る」

「封印?」

「結局魔法というものは口頭で呪文を唱えねばならぬからな、まず頭を砕いて身体の自由を奪う。その隙に頭、喉、心臓に杭を打ち込み、再生しても身体が動かぬようにする。あとは石棺に入れて地下深くに放置だ」

「……カエサルさんの転生前の身体もそうされていたんですよね?どうやって動けるようになったんですかね」

「マルティナ曰く、当時使われていたのが鉄か木の杭だったのではないかとの事だ。再生し続ける血で杭が朽ち果てたのではないか、と」

「それマズくないですか!?同じような措置取られてたリッチーが復活しません!?」

「後世に朽ちない銀の杭に打ち替える作業があったようだが、私の場合はその作業リストから漏れていたようだな。或いは古すぎて歴史に残っていなかったのか」


 そう言ってカエサルさんは空笑いする。同じ様に忘却され、杭の打ち替え作業が行われなかったリッチーが存在する可能性は否定しきれないのだろう。笑い事ではないが笑うしかない。全ての土地を掘り返して調べるなど不可能だからだ。


「ともあれ、討伐……封印が可能な事はわかりました。何とかしないと……」

「……待て、君たちだけで事を済ませようとしているのか?ゲッツ殿に相談もせず?」

「はい」


 殿下の力を借りるためにウドの事を話すという事は、この鍋の異常性を話す事にも直結する。最悪宗教裁判ものだろう。それを避けるためにはカエサルさんと同じような異世界転生者だという事も話さねばならない。それでも許されるかは不明だが。


「なるほど」


 カエサルさんは立ち上がった。顔が険しい。


「バカ者が」

「えっ」

「リッチーの危険性は説明したであろうが。私がするのも滑稽こっけいな話だがな。仮に君たちが失敗したとして、その後どうなるか考えたか?」

「あっ……」


 僕たちが失敗すれば、おそらくは死という結末を迎えるだろう。だがこの世界はそこで終わりではないのだ。ウドがどう動くかわからない。仮に街に出て暴れ出しでもしたら。1軍を滅ぼせる人外が何の予告もなく解き放たれたら。


に私に相談しに来て正解だったな。君たちが失敗して失踪扱いになり、その情報が我々まで届くのにどれくらいかかる?その間にウドはどう動く?危険に晒される人々はどれ程になる?」

「すみません、考えていませんでした……」

「若いな。誰しも若い頃はバカなものだが……だがそれは引き起こされた事態に対して何の言い訳にもならん」

「反論のしようもありません」

「君は16歳だ、日本ではどうか知らんが成人だ。あらゆる責任を負う義務がある。大人になれクルト、自分の行動がどのような結果を招くか考えろ。……我々は転生者だ、この世界の人々にとって余所者だ。だが人の中で生きる以上、自分の行動に常に責任が伴うと覚えておけ」

「はい……」


 自分の認識の甘さを痛感すると共に、それが恥ずかしい事に思えてきた。自分が生き残るために必死で周りが見えていなかった。だがそれは巻き込まれる人たちにとっては何の言い訳にもならない。


 16歳で異世界に放り込まれた身でそこまで考えろと言われて、正直反感を覚えないでもない。だがこの世界では16歳は大人と見做され、大人として振る舞わねばならないのだ。カエサルさんはそれに気づかせてくれた。


「責任を運と実力で誤魔化し続け、最後には死という形で取るハメになった男の言葉は効いたか?」

「かなり。……ありがとうございます」

「ウドが暴れだしたら私の立場まで危うくなるからな。打算半分だ、感謝されるいわれはない。……さて、ゲッツ殿に相談しに行くとしよう。安心したまえ、君が処刑される様な事は無かろうよ」


 何せ身内から出して良い類の醜聞ではないからな、とカエサルさんは呟きながら、僕を殿下の執務室まで案内してくれた。

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