第99話「実戦投入」

 【鍋と炎商会】は規格の統一のため、まず度量衡の統一から始めた。構造の中心となる銃身を作るヴィムの物差しが採用されこれを複製する事になり、それから各自がパーツを作る事になった。


 僕は試作品の2つを貸与され、実際の生産が始まるまでに試射を担当する事になった。火薬も鉛弾も高いのでお財布が痛いが、銃の販売が始まれば簡単に取り戻せるのでがんがん撃っていこう。


 郊外で試射を重ねたのだが、いくつか問題点が浮かび上がった。


 まず、命中精度がひどい。照準器はフーゴさんが銃身後部の台座に取り付けてくれた、2本の釘でちょっと解決したが。この2本の釘の間に銃身の先端が収まって見えるように構えれば、左右の照準はだいたい合う。問題は上下で、これは目測と手の感覚で何とかするしかない。銃口に何か突起を着ければ解決しそうなのでヴィムに相談してみるか。


 だがそれを以てしても銃本体の命中精度が悪い。10mの距離ですら銃身がブレるとまともに当たらない。発射薬の爆発、これがどうしようもなく銃が跳ね上がってブレる。それを抑え込むように腕に力を入れると、今度は引き金を引く時に銃がブレる。


 跳ね上がりを抑えるのは訓練すれば、あとは鎧を着込んで腕の重さを上げれば何とかなるかもしれないが、最も簡単な解決方法は。


「とにかく至近距離で撃つ」

「それしか無いわね……。ファイアボールだって50mは飛ぶのに、これは中々ひどいわね。訓練された魔法使いの方が優秀なんじゃない?」

「でも当たりさえすれば甲冑ぶち抜けるんだよぉ……」


 10m以内、欲を言えば5m以内で撃つように心がけよう。もしくは銃身と台座を伸ばして銃本体の重量を上げ……「長銃」とでも言うべきものが出来れば跳ね上がりは解決するかもしれないが。


 第2の問題点は信頼性の低さ。レギーナさん式(ホイールロック式と命名した)は事前評判通り、非常に壊れやすい。1発目は確実に撃てるとの事だが、まず発射準備の段階でゼンマイを巻きすぎると発射後にゼンマイが切れやすくなるし、そこに気をつけても高確率で発射の衝撃でどこかしらが壊れる。これも構造上どうしようもないので受け入れるしかない。


 逆にスナップロック式は、やはりこれも事前評判通り強風が吹いてると火花が火皿に入りづらいし、そうでなくとも火打石の削れ方次第で点火薬に火花が降りかからない事がある。というか火打ち石が割れたりする。これも構造上どうしようもないので受け入れるしかない。


「結局、確実に撃ちたい時はホイールロック式、そうでない時はスナップロック式で使い分けるしかないか……」


 そして両者に共通する問題も判明した。


「……あれっ、弾が入らない」


 20発ほど撃った後、急に弾が銃身の奥まで入らなくなったのだ。安全のため点火薬を捨てて、叩いて弾丸も取り出して確認してみる。


「ちょっと見せてみて。……あー、燃えカスが銃身の中にこびり付いてるわね。これに引っかかってるんだわ」

「定期的な清掃が必要かぁ……」


 銃身側面に付いている燃えカスは、布を巻きつけた棒(弾込めにも使う)で何とか拭き取れたのだが、銃身の最奥にあるものはどうしようもなかった。これではだんだん燃えカスが積み重なり、着火孔まで塞いでしまう。そういう訳でヴィムに相談しに行く事にした。


「銃身の底を開けて清掃出来るように出来ないかな」

「……密閉する必要があるって言ったのは君じゃないか」

「そうなんだけどさあ、このままじゃ数十発で撃てなくなっちゃうんだよ……」

「でも銃身の底に下手なフタを付けるとさ、フタが吹っ飛ぶ危険があるよね。かといって強力に閉めるには鍛接たんせつするしかないし。強力に密閉しつつ簡単に取り外せるフタなんて無いよ」

「なんてこった……」

「長いきりとかで底の汚れを削り落とすしかないんじゃないかな」

「て、手間だなぁ……」


 だが実際それ以外に方法が思い浮かばないので、仕方なくそうする事にした。銃を撃つ時は強力に密閉出来て、それでいて清掃する時は取り外せるフタの開発。この問題は後々考える事にしよう。


 次はフーゴさんの所に行った。


「弾込め用の棒なんですけど、これを収納出来る筒も銃に取り付けられません?一々別の袋から取り出すの面倒なんですけど」

「まあ、それくらいなら棒の形に曲げた鉄板貼り付ければ解決だわな」

「あと、火薬と弾丸を入れておく袋も……」

「それは革細工職人にでも頼め!」


 ごもっともだ。革細工職人の所に行く事にしたのだが。


「ちょっと待って、銃撃つのにいくつモノが必要になるの?」

「ええと、銃本体、点火薬を入れる袋、発射薬を入れる袋、それに弾丸を入れる袋……」

「面倒じゃない?」

「……確かに。全部腰のベルトに着けるとしても、4つは流石になぁ」

「点火薬は仕方ないとして、発射薬と弾丸はひとまとめに出来ない?」

「どういう事?」

「1発分の発射薬と弾丸を布とか紙でくるんでおけば良くない?使う時は端を切って流し込めばそれで装填終わりでしょ」

「なるほど!」


 そういう事になり、紙で弾丸と発射薬をくるみ、両端を溶かしたろうで固めて塞いだものを制作してみた。蝋も紙も高いが、これは思わぬ利点が生まれた。弾込めが速くなるのはもちろん、カラになった紙を銃口に詰めるとフタになるのだ。これで装填した状態で持ち運んでいる時に、弾がポロリと落ちる可能性は低くなった。


 結局、革細工職人には点火薬を入れる口がすぼまった袋と、紙でくるんだ弾丸を入れるバッグ、それに2丁の銃のホルスターの制作を依頼する事になった。構造が簡単なので1週間で完成した。これで問題無ければ、革細工職人も商会に抱き込んでセット販売してしまっても良いかもしれない。


「よぉし、これで実戦投入してみよう!」


 ともあれ一通り必要なものが揃った僕は、早速クエストで銃を使ってみる事にした。甲冑の上から腰辺りにベルトを巻き、そこにホルスター、点火薬入れ、弾薬入れをぶら下げてゴブリンの洞窟に突入した。折よくホブゴブリンが居たので、通常種を掃討した後銃を撃ってみる事にした。


「イリス、時間頂戴!」

「了解!」


 イリスがホブゴブリンの胸にファイアボールを放ってひるませると、その間に全員で後退しながら僕は銃を抜いた。ホイールロック式だ。


「Iiiiiiiiiiaaaaaaaaaaahhhhhhhhhhhhhgggggggggggggg!」


 胸を燃やされたホブゴブリンは激怒しイリスに突進してくる。僕は彼女の前に立ち、盾を構える。そして盾の上に銃口を置いて狙いを定める。仮に殺しきれなくても、続く攻撃を盾で受けられる構えだ。たとえ甲冑を着ていても盾でホブゴブリンの大きな棍棒を受けたいとは思わないが、無いよりはマシだろう。


 火蓋を開けてきって火打石を掴んだアームをセットし、突っ込んでくるホブゴブリンに狙いを定める。2本の釘の間に銃口が収まるように構え、その先にホブゴブリンの頭が来るように。残り9m、8m、7m……


 6m。今。引き金を引くとぎゃり、とゼンマイの力で銃内部の車輪が回り、火打ち石と擦れ合う音が響く。間髪入れずシュッという点火薬が燃える音。5m。


 ばん、と爆発音が鳴る。小手の重さで銃は押さえつけられ、銃口は殆ど跳ねない。硝煙が噴き出し視界が塞がれたので、反撃に備え身をかがめ盾を高く掲げる。何かが地面を削る音が聞こえ、つま先に何かがコツンと当たった。ホブゴブリンの棍棒だった。


「ヒューッ」


 ヨハンさんが口笛を吹いた。硝煙が晴れると、そこには突進の途中で力尽きて地面を滑ったのであろう、うつ伏せに倒れるホブゴブリンの姿があった。後頭部が破裂している。


「うへえ、銃で撃たれるとこうなるんだな……」


 死体をひっくり返してみると、ホブゴブリンの眉間には1cmほどの穴が開いていた。頭蓋骨はかなり分厚いようだが弾丸は難なく貫通し、後頭部から飛び出したようだ。


「甲冑をブチ抜けるなんて半信半疑だったが、こりゃ本当みたいだな……」

「射程は短いですけどね」

「それでもこのサイズでこの威力は破格だ。真面目な相談だ、これ売ってくれ」

「ええと、販売開始は1ヶ月後で、今撃ったのが金貨4枚と銀貨20枚。こっちのちょっと発射成功率が低い方が金貨1枚と銀貨10枚です」

「どっちにせよ高いな……だがこれは……」


 ヨハンさんは何かぶつぶつと言いながら考え込んでしまった。投げナイフの威力は低いので、銃の威力は魅力的に思えるのだろうか。毒でも仕込めば投げナイフの方が射程は長いし殺傷力もありそうなものだが。皮膚の固い相手でも想定しているのだろうか?


 ともあれ、銃が実戦に耐えうる事は証明出来たので良しとしよう。僕たちはブラウブルク市に帰り、思い思いに過ごす事になった。


 イリスとルルは風呂屋に直行。ヨハンさんも食事に行ってしまったので僕はひとり、城に向かっていた。カエサルさんに会うためだ。銃の売り込みと、彼には1つ頼み事があったからだ。

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