第98話「筒」

 1週間後。クエストをこなしながら順調に、しかし微々たるペースでお金を貯めているとフーゴさんから連絡があった。どうやら試作拳銃が完成したようだ。早速実物を確認しにイリスと一緒に彼の工房に行く事になった。ヴィムと細工師にも来てもらう事にした。


「こいつが試作品だ」


 フーゴさんがそう言ってテーブルの上に置いたのは2つの拳銃。どちらも火打石を挟んだアームが付いているが、どう違うのだろうか。


「どちらも僕が作った改良銃身が使われている。軽量化出来たから総重量は両方とも1.5kg程度に抑えられた」

「点火機構込みでそれなら十分だね。片手で保持出来る」

「んじゃまずウチで作ったもんから紹介するぞ」


 フーゴさんは片方の拳銃を取り、説明を始める。


「前も言ったが、火皿っつー点火薬を入れるための構造物を取り付けたのは両方とも同じだ。だがウチのは銃身の横にせり出すように取り付けてある」


 そう言って彼は拳銃の右横に張り出した小さな箱を叩く。アームに付いたI字型の金具をどけ、火皿のカバー――――火蓋を開けると点火薬を入れるための溝が顔を見せ、その溝は着火孔へと伸びている。


「撃つためにはここに点火薬を入れ、次に当たり金をセットする。んで火打石を装着したアームを起こしてやれば発射準備完了だ」


 フーゴさんは当たり金がついたアームを開放した火皿の所まで降ろすと、次に火打石を着けたアームを引いて起こす。


「そんで引き金を引けば、こうだ」


 引き金を引くと、火打石を着けたアームがバネの力で当たり金にぶち当たり、その衝撃当り金が跳ね上げられながら火皿の前からどき、火花が火皿の中に降り注いだ。


「おおー……」

「欠点としては、発射時に火皿が開放されてるから今一火の着きが悪い。それに強い風が吹いていると火花が吹っ飛んじまう」

「悪天候だと使いづらいって事ですか」

「あとは騎乗戦闘の時だな。馬で風切って走ってる時はダメだろうな」

「でも徒歩の冒険者の僕には関係ないですね。ありがとうございます、十分実用品ですよこれは!」

「うむ。それに何より構造が簡単だから安い。一方――――」


 フーゴさんは細工師に目をやった。20代くらいの女性だ。


「はじめまして、細工師の"溝切り" レギーナです。私が担当したのは、フーゴさんが言おうとしたようにかなりお高い品物になりました。何せ時計の機構を応用しましたからね」

「時計……」


 いつだか街歩きをした時、時計が金貨10枚以上の値段で売られていたのを見た事がある。


「その代わり着火の確実性は抜群です。何せ火皿を銃の内部に組み込みましたので、フーゴさんのと違い火花が閉じ込められます!」


 そう言ってレギーナさんは、銃身の後ろに設けられた天板をスライドさせると、その中にある火皿とすぐ近くにある無数の溝を切った車輪を露出させた。


「この車輪と火打石を擦り合わせて火花を発生させる仕組みです。まずゼンマイを巻いて、次に火打ち石を掴んだアームをセットし……このアーム自体が火皿のフタになります。このように火皿を軽く塞ぐので、行き場を失った点火薬の火は着火孔に直行です。風の影響も受けません」


 レギーナさんは拳銃側面の穴に鍵を差し込み、キリキリとゼンマイを巻き上げるとアームを降ろし、車輪に火打石が当たるようにした。


「あとは引き金を引くだけで、ゼンマイの力で車輪が回ります」


 引き金を引くと、ぎゃり、と音がして銃の内部で火打ち石と車輪が擦れ合う音がした。


「……こっちの方が優れてません?」

「そうでしょうそうでしょう!火花の量もこちらの方が多いので確実に火が着きます!」

「値段がバカ高いんだよ!それに信頼性がクソだ」

「信頼性?」


 その単語を口にすると、レギーナさんは眉間にシワを寄せた。


「……ゼンマイ周辺の機構が精密かつ複雑で、発射の衝撃で狂いやすいのです。2発目以降の発射は保証出来ません」

「ダメじゃないですか!」

「でも1発目は確実に発射出来ます!これは凄い事ですよ、どんな悪天候でも引き金を引けば1度は騎士の鎧をブチ抜ける!騎士のランスだって突撃1回で折れますが甲冑は貫けませんので、これはまさに技術の勝利です!」

「その技術が火薬の衝撃に負けてるんだよ……で、値段言ってみろ」

「なんと時計に近い機構を組み込んだのにたったの金貨3枚の格安価格です!」

「「「高いわ!」」」


 総ツッコミが入るとレギーナさんは憤慨した。


「私の技術が金貨3枚に値しないという侮辱ぶじょくですか!?」

「そうとは言ってないですけど、買える値段かどうかは別なんですよぉ……」

「まあ馬上でも1発は撃てるだろうからな、ランスの代わりにと金持ちの貴族なら買うかもしれんがよ……高いし故障しやすいし普及しねえだろこれは」


 ともあれ、まともに使える銃が完成したのは喜ばしい。これでリッチーであるウド討伐に目処が立ったし、何より。僕は話を切り出す。


「で、皆さんに相談があるんですけど。これ絶対売れますよね」

「このサイズで騎士の鎧ブチ抜けるんだ、軍人なら誰もが欲しがるだろうよ」

「ですよね。なのでこれを販売したいんですけど」


 ヴィム、フーゴさん、レギーナさんが互いに視線を交わす。


「僕たちで会社を作りませんか?」

「カイシャ?」

「ええと、商会みたいなものです。銃を作って売り、そのお金を分配するための組織です」

「確かに現状、3人の技師……ウチの作品ならヴィムと俺だけで済むが、それでも2つの他業種が絡む。まとめ役が必要だな」

「そのまとめ役を僕が引き受けます」

「……お前冒険者として街を留守にしがちだろうが」

「ウッ……まあ実務は他の誰かにお任せするとして、揉め事が起きた時の責任は僕が引き受けます。少なくとも裁判吹っかけ辛い人間だとは思うんですよ、僕」


 そう言うとフーゴさんは苦い顔をした。裁判で負けた張本人だからだ。


「……まあ武力とバックの組織の怖さは、この中では一番だろうな」


 体格の不利を覆してフーゴさんに勝った実力、そして何かあれば参審員――――決闘を挑まれる可能性がある――――に冒険者を呼べるという立場。さらに冒険者の背後には殿下の影。進んで揉めたい相手ではないはずだ。内部で誰かが出し抜こうとしたりするのを抑えられるし、外部からいちゃもんを付けられても安心だ。


「それに僕、城に自由に出入りする権利持ってるんですよ」

「はあ!?」

「本当よ、まあ実態は近衛隊長に自由に合うために付与された権利だけど。でも冒険者ギルドのツテで摂政殿下にも顔が効くわ」

「十分過ぎる、近衛隊と殿下に売り込めるんなら……」


 カエサルさんに合うために付与された入城権をダシに説得にかかる。本来の使い方ではないので若干カエサルさんと殿下に申し訳なく思うが、彼らにとっても新兵器の情報は悪いものではないはずだ。何より僕の安定収入のため使えるものは何でも使わせてもらおう、結納金のために!


「……常駐の責任者を置いてくれるんなら俺としては文句無い」

「僕も」

「私も異論なし」


 ……よし、折れてくれた!


「じゃあそういう事で。常駐責任者は……」

「お爺ちゃんか兄さんで良いんじゃない?」

「2人はクロスボウ職人だぞ」

「銃が普及してクロスボウ売れると思う?転職よ転職」

「…………」


 フーゴさんは泣きそうな顔になった。職人としてのプライドがあるのだろう。


「ま、まあその辺は2人に意志を聞くとして。とりあえず、取り分を決めましょう。まずそれぞれが負っている業務を確認しましょうか」

「僕は銃身の鍛造。これが無いと話にならないよね。取り分の半分は要求したい」

「ウチは銃身を取り付ける木製台座と発射機構だ。当然これが無いと発射出来ん、ウチも半分は欲しい」


 足して10割じゃないか。ダメだこの人達。


「……レギーナさんのは無理だけど、フーゴさんのは僕だけでも作れそうだね。簡単だし」

「何だとぅ!?そりゃ金属部分はそうだろうさ、だが木製部分はどうだ?木の目を読んで台座の形に削れるのか?素人だって形は真似出来るだろうが、すぐに歪んで使い物にならなくなるだろうよ」


 ヴィムとフーゴさんがにらみ合う。険悪な雰囲気になってきたので仲裁に入る。


「ヴィム、火皿とかまで作り出したら手間でしょ、生産効率が落ちる。それに木製部分もクロスボウ制作でノウハウのあるフーゴさんに任せるべきだと思う」

「むう……」

「そもそも売値を分割するのがいけないと思うんだ、それぞれ材料費プラス工賃を要求する形にしない?そこに僕と常駐責任者の取り分を足した物が銃の売値。そうすればレギーナさんが絡んでも問題ない」

「チッ……それが穏当か。構わん」

「私もそれなら異論無いわね」


 そういう事になり、一先ず取り分の問題は解決した。フーゴさん式の売値は金貨1枚と銀貨10枚、レギーナさん式は金貨3枚と銀貨20枚になった。レギーナさん式は生産効率がものすごく悪い上に高価なので、数が売れない事を見越して僕と常駐責任者の取り分は銀貨20枚、フーゴさん式は銀貨10枚が取り分という事になった。


「これで売値は決まったな。あとは名前だ」

「会社の名前です?」

「それもあるが、重要なのはコイツの名前だろ」


 そう言ってフーゴさんは銃を指差した。


「お前はガンとか拳銃ピストルとか呼んでるが、正直意味がわからん。もっと素直な名前にすべきだろ」

「あー……」


 ガンとかピストルって名称はこの世界にまだ存在しないから違和感があるのか。ならどういう物が良いんだろうか。この地域の命名規則がわからないので、ここは現地人に任せてみる事にしよう。


「何か良い案あります?」

「煙吐き」


 とヴィム。硝煙を吐き出す様を表しているのだろう。


「火槍は?」


 これはイリスの発案。火を吹いて槍のように貫く、との事だ。やや中二病臭いがこれがしっくりくる気がする。


「長いんだよ、シンプルに筒で良いだろうが」


 とフーゴさん。筒は端的だがあんまりじゃないか……と思ったのだが。


「まあ実際筒よね」

「筒だね」

「筒ね。良いんじゃない?」


 全員納得したようだ。良いのそれで!?プリューシュ人の命名センスが良くわからない。


「えー……じゃあ"ビュクセ" で。ビュクセビュクセビュクセ……。まあ良いのかなぁ」


 何となくモヤモヤするが、全員が納得しているのに水を差すのもはばかられるのでこれで決定とした。


「じゃあ最後に社名ですけど」

「【紅蓮ぐれんの炎商会】」

「「「ダサい、却下」」」

「何でよ!」


 イリス案を即座に却下する。何でこの娘は命名になると一々中二病臭いんだ。


「組織名っつーのは端的で、ナメられないのが重要だ。【鍋と炎商会】で良いんじゃねえか。一発で"の組織だ" ってわかるだろ。それに炎は何か銃っぽい」

「ええ……」


 そもそも【鍋と炎】の名前も妥協に妥協を重ねた産物だし、ダサいので勘弁願いたいのだが。


「【鍋と炎】の名前は少なくともこの市じゃ知れ渡ってるし、良いんじゃない?」

「ちょっと待って下さい、そんなに有名なんですか僕ら」


 レギーナさんに問いただしてみるが。


「新人パーティーながらウーランと騎士を撃破した上に、貴方イリスちゃんめとったでしょ。最近酒場とか広場行ってないの?吟遊詩人に歌われてるわよ、"記憶を失いし鍋の勇者、鍋を棍棒に持ち替え娘を強奪せり。血で満たすべき鍋は無く、娘を守らんとする父親の血で大地を満たせり" ……って」

「なんてこったい……」


 クソ野郎時代の噂と最近の噂が悪魔合体しとんでもない歌が出来上がってる事実に頭を抱えるが、その悪名があれば裁判を吹っかけられ辛くなるのは事実だろう。


「……大変不本意ですが、【鍋と炎商会】にしましょう」

「「「異議なし」」」


 そういう事になり、常駐責任者はイリスのお爺さんが引き受ける事も決まって【鍋と炎商会】が発足してしまった。どうしてこうなった。

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