第97話「日常業務復帰」

 冒険者ギルドの飲み食いは凄まじく、銀貨15枚ほどが吹っ飛んだがイリスとの結婚のための必要経費と思えば安いものだろう。ヴィルヘルムさんが裁判で提案してた賠償金ですら金貨2枚、日本円でおよそ100万円なのだから銀貨15枚、15万円なら相当に値切った方だ。


 酔っ払ってフラフラになりながら酔いつぶれたルルを部屋に放り込み、そんな話をしているとイリスが微妙な顔で呟く。


「まあ、まだまだお金はかかるけどね」

「どういう事?」

「結納金」

「ああー……そういうの必要なんだ」

「本来は1人家族が抜けるぶんの補填って意味だけど。私、家を飛び出して何も実家の家事やってないから必要無いっちゃ無いんだけどね。ただ世間体もあるし、何よりお父さんが文句言うでしょ」

「なるほどねぇ。ちなみに相場は?」

「金貨2枚出しておけば文句は言われないわ」

「結構するなぁ。2週間クエストほったらかしてたし、これから稼がないとね」

「ちなみに私からは出せないからね、あんたの取り分から捻出してよね」

「マジか。いやそれもそうか……」

「即結婚じゃなくて婚約にしたのはそういう事。甲冑買ってたし、あんた今出せないでしょ?」

「ごもっとも」


 通常のクエストの報酬が銀貨15枚程度、それを1/4すると銀貨3枚と銅貨が21枚。結婚への道は長い。それにリッチー討伐という難事も抱えているのだから頭が痛くなってくる。


「ともあれ、今日はお疲れ様。ありがと、私のために戦ってくれて」

「僕のためでもあったしね」

「そうだとしても礼は必要でしょ。あとこれはサービス」


 イリスが唇を重ねてくる。


「……お父さんも死なないで良かった」

「それも感謝してるわよ。はい」


 もう一度。……もっとねだりたかったが酔っ払った頭では良い口実が思い浮かばない。名残惜しさを感じていると、イリスがいたずらっぽく笑う。


「……これ以上の事は結婚したらね」


 そう言ってイリスは自室へ入っていった。……婚前交渉してた方が得だったのではという勘定が一瞬よぎるが、考えない事にした。何としても生き残って稼いで結婚しよう、そう決意した。



 翌日、僕たちはギルド本部でクエストを吟味ぎんみしていた。ヨハンさんも居る。彼は2週間ほったらかしというのも悪いので他のパーティーで研修の続きをしてもらっていたのだが、どのパーティーも「ウチは後衛足りてるからなぁ」と微妙な反応だったようで、再び戻ってきてくれた。


「新人達が訓練終わったらそのパーティーに入るのはどうです?」

「おり役になっちまうからなぁ。それに前衛として信用ならんよ、あれは」


 一応気遣ってそんな提案をしてみたが、答えはこれだ。確かに実力差がありすぎるし、新人達は防具なし、手付金で買えるのは棍棒がせいぜいとあれば言いたい事はわかる。ヨハンさんは近接戦闘も出来るようだが、革の胸当てだけで前線を担うのは厳しいだろう。あくまで緊急時だけにしたいはずだ。


 そういう訳でヨハンさんは【鍋と炎】に身を寄せ続ける事に決めたようだ。実際後衛は足りてないのでありがたい。僕たちは4人でクエストに出かける事になった。



 あいも変わらずゴブリン退治。規模不明との事だったが、少し大きな群れだったようでヨハンさんが声を上げる。


「恐らく横穴、あそこだ。数は3かな」

「私が防ぐわ、撃ち漏らしはヨハンさんお願い」

「あいあい」


 僕とルルが前線を維持している間にゴブリン達は横穴から奇襲を仕掛けてきたが、事前に察知出来たおかげでイリスがファイアボールで出鼻を挫き、残りはヨハンさんが投げナイフで仕留めた。優秀な盗賊の存在は本当にありがたい。


「よいしょっ!」

「Ia!?」


 盾のフチで殴って1体の首を砕き、隣の1体を続けて繰り出した鍋で撲殺。最後に盾のグリップから離した手でゴブリンの腕を掴んで引き倒し、安全に鍋で撲殺。盾が小さくなった事、そしてパンクラチオンを覚えた事でこういう芸当が出来るようになっていた。


 対するルルは連続の突きで立て続けに死体を量産し、槍の間合いの内側に踏み込んできたゴブリンは甲冑で防御しつつ隙を見て石突で薙ぎ払う、というストロングスタイルだ。最初に買った短槍の取り回しと甲冑の合せ技。あっという間に襲撃してきたゴブリンは全滅した。


「これで最後ですかねー」

「一応奥まで探索しましょ」


 全員で装具を点検(ヨハンさんはナイフを拾っていた)した後、最奥まで進むと1体のゴブリンが震えていた。大概のゴブリンは勇猛に突進してくるものだが、こういう個体も居るのか。


「んじゃあたしがサクッと……」

「あ、ちょっと待って」


 僕はルルを引き止め、持ってきていた試作銃モドキを取り出した。既に装填は終わっており、イリスから松明を受け取る。最悪、松明を着火孔に押し当てれば発砲可能だという判断で持ってきた。


「威力を試す時だ……」


 僕は小脇に挟んだ柄を操作し、10mほど離れたゴブリンに狙いをつける。……いや恐ろしくやりづらい。小脇に挟んでいると視線と銃口が一致しないし、何より照準器が無いので本当に目測だけで頑張るしかない。まあこれくらいだろう、と思った所で松明を着火孔に押し当てる。


 爆発音とともに硝煙が噴き出し、ゴブリンに悲鳴が続いた……が、ゴブリンは無事だった。音に驚いただけのようだ。


「あ、あれぇ……」


 吐き出された弾丸はゴブリンの背後の土壁に埋まっていた。


「命中精度に難ありかぁ……。ごめんルル、お願い」

「はいはーい」


 予備の火薬は持ってきていなかったのでルルに頼むと、彼女はさっくりとゴブリンを刺殺し、クエストは終わった。ううむ、10mじゃ当てるのも難しいか。これは案外練習が必要なのかもしれない。拳銃型になったら改善されるのかもしれないが。


 しょんぼりしながらブラウブルク市に帰って報酬を受取り、僕とイリスは彼女の実家に行く事にした。進捗の確認と、今日の話をするためだ。


「こんにちはー」

「……チッ!」


 フーゴさんに睨まれたが笑顔を崩さない。


「お義父さん、進捗如何です?」

「お義父さんって呼ぶんじゃねぇ!まだ婚約段階だろうが!……あんまり上手くは行ってない」

「というと?」

「点火薬を入れるための……仮に火皿と呼ぼうか、そういう構造物は作ってみたんだがな、これに上手く着火出来ねえんだわ。息子とおやじさんが実験してみたんだが、火薬っつーのは密閉状態だと火が着くんだが開放されてると緩やかに燃えるだけで、上手く着火孔まで強い火が伝わらんのだな」

「そんな性質が……」

「まあ開放されてると点火薬が溢れやすいからな、いずれにせよ密閉ないし半密閉にせにゃならんのだが……その構造がな。クロスボウの引き金に使うバネの応用でどうにかならんかと思ったんだが、今はその設計段階だ」

「なるほど」

「おやじさんは細工師に協力を仰ぎにいったんで、実質2パターンで制作してる。まあそう遠くないうちに試作品が出来るだろうよ」


 細工師……時計を作ったりする人だ。どんな物が出来るんだろうとわくわくしたが、重要な事に気がついた。


「……他に協力仰いだ人っています?」

「居ないが?」

「良かった。出来れば、これ以上関わる人を増やしたくなくて」

「何ぃ?……ああ、販売か」

「はい」

「はん、まだ形にもなってねえのに良い心がけじゃねえか。わかってるよ、必要以上に人に教えたりはしてねえし、これからもしない」

「ありがとうございます」

「だが販売する段階になったらウチの利益が大きくなるように配慮しろよな?わかってるんだろうな、ええっ!?」

「お父さん?」

「いりちゅぅ……そんな目で睨まないでくれよぉ……」

「ど、努力しますよ……」


 僕はぼんやりとだが、ヴィムとイリスの実家で会社を作ってしまおうかと考えていた。現状、銃を作るのに複数業種の力が必要なのでそれを取りまとめて形にした方が効率が良いと思ったからだ。そして僕は発案者兼社長として上前をちょろっと頂くという寸法だ。


 照準の難しさをフーゴさんに伝え終わると、僕とイリスは帰宅した。

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