第94話「裁判説明」

 喧嘩けんか――――というかじゃれ合いが済んでから、3人で夕食を摂りながらイリスから裁判手続きの説明を受ける事になった。


「まず、今回みたいに未婚娘に手を出した場合は姦通かんつうとか痴漢ちかん事件になるわ」

「ふ、不名誉だなぁ……」

「でもそれは娘が父親に支配されている場合の話。私は冒険者ギルドの規範きはんに服してて、その指揮権は冒険者ギルド団長にあるから無効――――っていうのが私達が主張しようとしてる事。こうするとお父さんの父権と冒険者ギルドの指揮権、どっちが上かって話になるから姦通事件からは外れるはずよ」

「ちなみに姦通だとどういう裁判になるの?」

「姦通してない事を証明する事になるわね」

「……どうやって?」


 現代日本のように組織片から特定したりは出来ないだろうし、どうやって"証明" 出来るというんだ?


「煮えた湯が入ったたるに何か物を入れて、目隠ししたあんたがそれを探し当てて引っ張り上げる。それで突っ込んだ腕が火傷してなければ証明完了」

「は?ごめん、意味がわからない」

「本当にあんたが姦通してなければ、神が力を貸してくれて素早く物が見つかって引っ張り上げられるだろうから火傷はしないだろうって事よ」

「……本気で言ってる?」

「本気よ。日本だとどうするの?」

「証拠を提出する。例えば僕の細胞……身体の一部がどこかに残ってないかとか、2人きりで居た場面が無いとか、そういう状況証拠を証明していく……あれっ、姦通で日本の制度だと僕有罪になるな?」

「そうね……ま、今回は姦通……まではいかなくとも私とあんたが同棲とキスしたのは事実と認めた上で裁判を進めるから関係ないけど」


 なんだろう、中世の制度に救われてる気がする。


「話を戻すわね。論点を父権と指揮権に絞ると、どちらの権利が上かって事が争点になるわ。こうなると原告と被告、両者が参審員を連れてきてする事になる」

「その参審員ってのは弁護士みたいなもんかな。自分の主張を弁護してくれる人」

「半分そう。それに加えて、いざという時の武力行使要員としての性格もあるわ」

「待って待って、何で裁判で武力が必要になるのさ!」

「被告も原告も、相手の参審員の提案が気に入らなかったらそいつに決闘を挑んで覆す権利があるのよ」

「ええ……」


 相手の弁護士や検事に決闘挑んで良いとか理解の範疇はんちゅうを超えている。めちゃくちゃだ。


「それまともな裁判になるの?武力行使しちゃったら強い人の意見が無理筋でもまかり通っちゃうじゃん」

「勿論、やった事が明らかな殺人とかならそういう権利は認められないわ。でも今回みたいに権力、それに権威とか名誉を賭けた裁判なら認められる。そういうのって実力で勝ち取る物だし、何より自分の権力・権威・名誉が神に認められてれば勝たせて貰えるはずだから」

「本気でそれ信じてる?神が勝たせてくれるって?」

「……そりゃ私だっておかしいとは思うわよ、でもこれは信仰と社会制度、身分制度の根幹だからどうしようもないのよ」

「身分制度の?」

「そ。例えば平民も貴族に対して裁判起こせるけど、貴族はそれをなのよ。貴族が戦闘訓練積むのはそういう事。裁判で勝つ武力があるから貴族、だから権力・権威・名誉がある」

「日本に帰りたくなってきたな」


 戦闘民族か何かかプリューシュ人は。それがまかり通るから中世なのかもしれないけど。


「ただ、参審員の提案は気に食わないけど戦闘が怖いから嫌、そういう場合はもっと上に上訴出来るわ。選定候とか皇帝とかにね。彼らは持ってる武力が大きいから、自分が下した判決を強制させる事が出来る……場合がある」

「どういう事?」

「例えば貴族と農民が裁判したとして、農民の勝訴を認めるのが嫌で貴族が決闘を挑もうとしても、"予の判決に不満があるのか?" って武力でにらみを効かせて黙らせたり」

「け、結局武力かぁ……」

「あたしの村でもありましたねえ、領主が昔農民に売り渡した農地を理由もなく召し上げようとしたんですけど、農民が選定侯様に上訴して黙らせたり」

「一応機能してるんだねぇ」

「話を戻しましょう。そもそも、裁判っていうのはお互いの妥協点を見出すために行われるのよ。今回なら父権に基づいて賠償金支払いとあんたの追放を主張するお父さんと、冒険者ギルドの指揮権に基づいて無効だと主張するあんたの間で、妥協出来るラインを探るの」

「無理では?」

「そ。それで参審員に決闘仕掛けるのが目に見えてるでしょ。だから原告と被告の決闘で決着を着ける。こうすると被害は当事者だけで済むわよね。昔は裁判でも一族郎党で殺し合ってたんだけど、流石に被害が大きいからこういう形に落ち着いたの」

「進歩してるんだね一応……」


 で、その決闘は正しい方を神が勝たせてくれるから倫理的にも問題ナシと。いや問題ありすぎる気がするのだが、権威と名誉を賭けた戦いなら決闘というのはシンプルでわかりやすい気もする。


「ともあれ、決闘するにも参審員は必要だから探さないとね。いくら決闘で勝っても、自分の主張を弁護してくれる人が居ないとその勝利に権威が生まれないから」

「アテはあるの?」

「勿論。私とあんたの所属、忘れたの?」

「冒険者ギルドか」

「そ。団長のヴィルヘルムさんと、あとは教会の弁護も欲しいからマルティナさんかしらね。後はルル、あんたにもお願いするわ」

「あたしですか?」

「少なくとも内戦中と、あんたがこの家に住んでから、私達が婚前交渉してないって証言して欲しいの。清いお付き合いだって事を主張するために」

「なるほど、それならお安いご用です!ようは嬌声とか水音が聞こえなかったって言えば良いんですよね!」

「「生々しいわ!」」


 ともあれ、そういう事になり翌日ヴィルヘルムさんとマルティナさんに頭を下げに行く事になった。2人は祝福しながら承諾してくれた。そしてその日の夕方、役人がやってきて裁判の日取りと場所が書かれた紙を渡された。


「原告、"血まみれ" フーゴ。……これイリスのお父さんだよね。めちゃくちゃ物騒な二つ名ついてるけど」

「お父さん、元々は街のチンピラだったんだけど喧嘩めちゃくちゃ強かったんですって。それに昔の戦役で、乱戦の時に拳で敵兵を撲殺ぼくさつして回って返り血で身体が染まったからその二つ名がついたらしいわよ」


 なるほど、だから決闘裁判を提案されてすんなり受けたのか。決闘中に僕を合法的に撲殺出来る可能性もあるし。だが。


「イリスさん?」

「何?」

「僕に勝算あると踏んで裁判挑んでるんだよね?そんな人に勝てるのかな僕」

「愛の力とかそういうのでどうにかしなさい」

「イリスぅ!」

「少なくともお父さんは正規の戦闘員じゃなくて喧嘩殺法の使い手で、対するあんたはちゃんと訓練受けて4ヶ月戦場に身を置いてたんだから大丈夫でしょ!」

「皮算用過ぎないかなぁ!?4ヶ月って相当短いぞ!あと体格差考えてよ体格差!頭1つ分お父さんの方が大きいでしょうが!……いや、鎧と盾があるから大丈夫か。ホブゴブリンと思えば楽勝かも」

「決闘裁判はブラウブルク市では防具禁止、武器は棍棒こんぼうだけよ」

「イリスぅ!!」


 こうして裁判までの2週間、僕は文字通り死ぬ気で訓練する事になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る