第93話「好意の理由」
とりあえず、家に帰って来た。色々とイリスに問い正さねばならないことがある。昼寝しているルルをよそに2人でテーブルにつき、向かい合う。
「色々と説明して欲しい事があるんだけど」
「でしょうね。まずは裁判制度から教えましょう」
「違うよぉ!」
そういう事ではない。いやそれも知らなければならないが!
「もっと前提的な事!……そのう、婚約って」
「嫌だった?」
イリスは不安そうな顔をする。そういう事ではない。
「嫌じゃないけど……何というか、色々とすっ飛ばし過ぎでは?」
「具体的には?」
「そりゃ同棲もしてるしキスだってしてもらったけどさ。まだお互い好きの1言も交わしてないわけで」
「好きよ」
「好きです。……違う!いや違わないけど、そういう事じゃないでしょ!何で急に素直になったのさ!……そもそも、僕のどこを好きになったの?正直それがわからない」
「急に素直になった理由ね……正直焦れったかったのよ。一向に襲ってこないし」
「……襲って良かったの??」
「婚前交渉になるから、その時点でお父さんにタレ込んで裁判は早まってたわね」
「イリスさん??何で裁判前提なんですか??」
「裁判でもしなけりゃお父さん納得しないもの」
結局そこに行き着くのか。どうなってるんだあの家庭は。いや問題はイリスパパだけなんだろうけど。
「……それで、僕のどこを好きになったのさ。自分で言うのも何だけど、そこまで良い所見せられた気がしないんだけど」
「まあ女性好みの英雄とは程遠いわね、男らしくないし顔も
「うるさいよ」
「……お父さんがあの調子でしょ。私、ずーっと男から遠ざけられて来たのよね。だから家族を除けば、あんたが初めての身近な男だったのよ」
「うん……うん?」
「冷静に考えると、卵から
「イリスさん??じゃあ僕への好意は勘違いだと?」
「最初はね。でも何度か2人で命の危機を乗り越えて、助けてもらって……気づいたら好きになってた」
吊橋効果じゃねえか。僕が初めての身近な男だった事、一緒に命の危機を体験した事。状況で恋心を錯覚しただけなんじゃないかこの娘。
正直、その好かれ方は嫌だ。だってイリスは僕じゃなくて僕との思い出しか見てないのだから。
いやいや勘違いでも籍を入れちまえば勝ちだぞ、と脳内で悪魔が
「イリス、君のためを思って言うけど、多分君は僕の事が好きなんじゃないぞ。僕との思い出に酔ってるだけだ。色々と考え直して欲しい」
「そういう所よ」
イリスは僕を指差した。
「あんた、私の事を良く考えてくれてるわよね。歩く時だって歩調合わせるし、私が何考えてるか頭巡らせながら言葉を吐いてる。……この世界ね、新教地域では平民は男女同権が進みつつあるけど、それでもまだ"男は女を支配すべし" って考えが根強いのよ」
「君のお父さんとひいお婆さんを見るとそうは思えないんだけど?」
「お父さんは入婿だから権威が弱いのよ、年齢差もあるしね。……ともかく、心の底から男女同権を信じてるのは相当珍しい。そして私には、それが心地良い」
「ううーん、それは半分日本のお陰かな。少なくとも大っぴらに男尊女卑をやらかしたら批判される。だからそれに順応しただけ……いや、今言われるまで深く考えたことも無かったけどさ。何となく生きてたらそうなってただけだよ」
「じゃあそのスタンスはあんたの個性じゃなくて、出自由来なんだ」
「半分は」
「じゃあ、その出自も含めて好きよ」
顔が熱くなるのを感じる。異世界転生して、日本出身という事を隠さざるを得ない僕。それを含めて好きという事は殆ど全肯定に等しい。
「だから、何でさ。何でそこまで肯定してくれるのさ。そこがわからないんだ」
「さぁ?」
「さぁ、って」
「今話しながら考えてみたけど、一緒に居て居心地が良い、以外に明確な理由はわからないわよ。でも、だからこそ思うのよ。もっと知りたいって」
「それは……」
「あんたの言葉を借りるならこうなるわね。"あんたのことをもっと理解する機会を与えて欲しい。これからも一緒に居て、その機会を与えてくれないかしら"」
「イリスぅ……」
嬉しさと恥ずかしさのあまり顔を覆う。きっとみっともない顔になっているだろう。
「……でもさ、それってお付き合いの段階の話じゃないかな。いきなり婚約って」
「そりゃ性急な気がするけど、手頃な尻に敷けそうな物件、早くツバつけておきたいじゃない」
「イリス?」
「私、冒険者でこの身体つきよ。怒ったら魔法ぶっ放して来かねない、それでいて
「イリス??」
「私の事を考えてくれる上にこの世界の常識にも法律にも疎いと来た、これはもう尻に
「イリスぅ!」
イリスはくすくすと笑っていた。冗談なのだろう。……いや少なくない量の本音が混ざってる気はするが。
「お察しの通り冗談よ。でもちょっと悪かったとは思ってるわ、あんたの気持ちをはっきり聞かないまま話を進めちゃった事はね。……私との結婚は嫌?」
「嫌じゃない。可愛いし、記憶喪失
「胸が平坦な事は?あんた大きい方が好きでしょ」
そう言ってイリスは自身の平坦なバストを押さえる。ここは気の利いた事を言わなければ。
「好きな人の胸なら大きさは関係ないのではないかという事が、最近わかって来つつある」
「うんうん、巨乳に未練はあるのね」
「ナイヨ」
「あるのね。……で、そこまで読めてそれで良しとする女を嫁にするのは嫌?」
「嫌じゃないです。君が良いです」
「よろしい」
……あれっ、なんか良い感じにまとめられたけどイニシアチブ握られっぱなしじゃないかな。尻に敷かれる事確定してない?何となく腹が立ってきた僕は立ち上がり、イリスの手首を掴んで立たせる。
「イリス」
「何よ」
彼女の空色の目を見つめると、ほんのりと頬に朱が差す。もうちょっとどぎまぎさせてやろう。肩に手を回す。軽く身をよじるが振り解こうとしない。……うん?何だか思ってた反応と違うぞ。蹴られると思ってたんだけど。あれっ、これ行ける所まで行けちゃうやつ?そういえば婚前交渉狙ってたような事言ってたな。マジで?
「……僕は今、狼になろうとしている」
「ダメよ」
そう言う彼女の身体を抱きしめるが、やはり抵抗しない。口ではああ言ってるがいけるのでは?下半身が元気よく「準備OKです!」と挙手している。狼になって良いやつ??いやいや、コンセンサスは大事だ。コミュニケーションを取ってアグリーを得て結果にコミットしなければならない。僕は紳士的に説得にかかる。
「ルルは寝てるよ。多少の事じゃ起きないよ」
「それでもダメよ……」
「何でさ。君も最初は狙ってたんでしょ」
「冷静に考えたら婚前交渉したら裁判で不利になるわ。教会にも援護射撃して貰えなくなるし、裁判官だって世の父親の意見も
それはアグリー出来ない。下半身が素早く手を降ろした。僕の胸の中で、イリスがくつくつと笑う。
「……わかってて抵抗しなかったね?」
「そうよ、このスケベ」
イリスは素早く身を
「ルルー!狼が出たわよ!」
「なんですって!?」
飛び起きるルルを尻目に、僕は叫んだ。
「……
この女だけはいつかわからせてやる、僕はそう心に誓った。
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