第92話「火種」

 まずは発射実演だ。装填し、焚き火で熱した木炭を火ばさみでつかむ。距離は再び5m、狙いは岩に立て掛けた鋼板。


「いきますよ、凄い音がするので気をつけて下さい」


 言いながら僕も右肩をすくめて右耳を塞ぐ。こうしないと耳が痛くなる。


「3、2、1……」


 強烈な破裂音と共に硝煙が噴き出した。イリスの家族は一様に音に驚いていたが、硝煙が晴れて鋼板が見えると感嘆の声を上げた。鋼板は前回同様、しっかり貫通されていた。


「凄いなこれは……近距離で甲冑と同等の鋼板を貫通したぞ」

「ええ、でもまだこれ以上の距離は試してなくて」

「そうなのか?だが貫いたのだ、大したもんだ」

「……?」


 何か話が噛み合っていないような気がしたので尋ねてみる。


「ああ、クロスボウや弓というのはね、弾道が安定するまである程度飛距離が必要なんだ。あまりに目標が近いとブレて斜めに当たり、甲冑に弾かれてしまう」

「そうだったとは……」


 なるほど、では銃は「近距離で撃てる」事もクロスボウや弓に対して優位に働くのか。想像以上に革命的な武器なのかもしれない。


「ね、威力はわかったでしょ?これが実用化されたら凄いと思わない?」

「……まあ少なくとも、クロスボウは消えるかもな」


 イリス家の男性陣は複雑そうな顔をしていた。職人のプライドを刺激してしまったか。


「良いではないか、実用化したらお主ら全員銃職人に転向せい」

「そりゃあんまりですよ大婆様……」

「はん、弓より貧弱で連射も利かんし、弓より強力なものは馬鹿デカい、そんなモンにこだわるでない。……いやこの銃とやらも見るからに連射利きそうにないのう、やはり弓が最強じゃ。お主ら全員弓職人に転向せい。弓をあがめよ」

「そりゃ無いですよ大婆様……」

「男ならコンポジットボウをざっと100年は訓練すれば甲冑も貫ける!弓をあがめよ!」


 どうやらお婆さんは弓信奉者らしい。面倒くさいなこの家族!


「はいはいひい婆ちゃんはあっちで的当てしてましょうねー」


 お兄さんが小石を遠くに投げるとひいお婆さんはそれに弓矢を当てる遊びを始め、話が再開する。


「で、着火試験ですね」


 僕は地面にゴマ粒大の火薬を少し出し、遠くから着火魔法で火をつけ、その爆発が脅威でない事を確認してから火打ち石を取り出す。


「いきますよ……」


 火打ち石と鋼鉄片を打ち合わせ、火花を地面に出した火薬に振りかける、が……


「あ、あれ?」


 火がつかない。明らかに火花は火薬に当たっているというのに、爆発が起きない。


「……うーん。ねえクルト、粉末状の火薬ある?そっちで試してみて」

「わかった」


 言われるがまま、粉末状の火薬を出して同じ様に火花を振りかける。すると爆発……とまでは行かなかったが、一瞬で大きな火が出て燃え上がった。


「やっぱり。結局は木の粉と薪の話と同じよ、粒が大きくなると火が着きづらくなるんだわ」

「マジかー……じゃあ火打ち石作戦はダメか……」

「いや、粉末の方は火打ち石で火が着くんなら利用出来ない?着火孔にそれを詰めてみましょ。粉末火薬の火を粒状火薬に伝えるのよ」

「なるほど」


 そういう事になり、装填後に着火孔に粉末火薬を詰めようとしたのだが、サラサラとこぼれてしまい詰める事が出来なかった。


「だ、ダメかー……」

「ふうむ、なら粉末火薬を受け止める専用の皿を作るか。そこに盛れば良い」

「それだと動作や風で吹き飛ばされるな、密閉機構にしよう」


 何やらイリスパパとお爺さんがああでもないこうでもないと話し合い始めた。そこにひいお婆さんが戻ってきた。


「どうじゃ、モノになりそうか?」

「ええ、今話しあってくれてます」

「そうかそうか、クロスボウは気に入らんが奴らの職人としての腕は確かじゃ、何かしら思いつくじゃろ。……で、少年。1つ聞きたい事があるんじゃが」

「何でしょう」

「お主らどこまで行ったんじゃ?」

「ど、どこまでとは」

「手は繋いだか?接吻せっぷんは?もしや婚前交渉まで行ったか?んん?」

「ん"ん"っ」

「ひい婆ちゃん?」

「ふひひ、すまぬ。だが実際どうなんじゃ、ええ?」

「ええと、そのう、まだそういう関係では……」


 そう言うと、イリスが睨んできた。何だその目は、なのか?そういう事で良いのか!?


「……いえ、すみません。パーティーメンバーと一緒とはいえ同棲どうせいしてますし、キスもしました」

「ほほーっ!いのういのう!お主ら人間ヒュームの命は短い、とっとと繁殖せい繁殖!」

「繁殖!?」

「ひい婆ちゃん?」

「ふひひ、すまぬ。だが応援しておるぞ……」


 なんだか照れくさいが、ひいお婆さんは味方になってくれるようだ。イリスも満足げな顔をしていた。どうやら正解だったようだ。つまりこれは……お付き合い、結婚を前提にお付き合いしている、そういう認識で良いのだろうか。そう思うと急に顔が熱くなってきた。ま、まだ「好き」とも言い合ってないのに良いのか?良いんだな!?


 ……僕の興奮はしかし、ずいと割り込んできたイリスパパによって急激に冷めた。赤鬼の如きめちゃくちゃ怖い顔で見下ろしている。


「今、とても破廉恥はれんちな言葉が聞こえた」

「き、聞こえてましたか……そのう……」

「なるほど同棲どうせい。なるほどキス。うむ、正式な男女の付き合いとしては普通だな」

「は、はい……」

「だが父親たる俺が認めていない以上、それは正式ではなくだ。嫁入り前の娘を傷つけたに等しい……」

「えっと……?」

「単刀直入に言えば殺す」


 ひいお婆さんが弓を連射するが、イリスパパは今度ばかりはめげず僕を睨み降ろし続ける。


「……殺すかはともかく。俺は娘を傷つけられた1人の親として君を訴訟そしょうする」

訴訟そしょう!?」


 つまりそれは裁判だ。なんてこったい。


「やめよ、2人は好き合っておるのだぞ。それを引き裂くような真似は許されん。人間ヒュームの命は短い、好きにさせてやれい」

「大婆様、これはです。……この下郎は人間の秩序に、俺のに喧嘩を売った。そのけじめをつける必要があります。クルト君、君には賠償金の支払いとイリスへの接触禁止、それを履行するためにブラウブルク市からの追放を要求する」

「追放!?」

「やめんか!」


 止めようとするひいお婆さんを、何故かイリスが押し留めた。そして耳元で何かをささやく。


「……ははーん。良かろう、その訴訟そしょうを認めようぞ。ただし2つ条件がある」

「条件?」

「ああ。裁判の形式は決闘裁判を要求せよ」

「ほう」

「決闘!?」


 驚く僕をよそに、ひいお婆さんは話を続ける。


「確かにお主に父権はあるが、イリスは既に冒険者。その身柄とあらゆる指揮権は冒険者ギルドにある。父権と冒険者ギルドの権利、どちらが優越しているかを争う事になろう……お互いのを賭けてな」

「なるほど、それで決闘裁判と」

「うむ。そして2つめの条件じゃ、お主が裁判に負けた場合はイリスとクルトの婚約を認めよ」

「婚約!?」

「大婆様、それは……」

「構わんじゃろ、など良くある事じゃろ?お主が勝てば……」

「なるほど、そういう事ですか。……イリス、クルト君が死んでも恨んでくれるなよ」

「冒険者めてるわね?万一にもあり得ないけど、恨まないと宣誓するわ」

「ふん。……ではそう言う事だ、クルト君。明日訴状を当局に提出する。……逃げるなよ。逃げてもどこまでも追いかけてクロスボウで射殺すからな」


 そう言い残すと、イリスパパは肩を怒らせて帰っていってしまった。お兄さんとお爺さんは「銃の改良だが、幾つかアイデアがあるから試作してみる。……出来上がるまで生き残ってくれよ!」と言い残してイリスパパの後に続いた。気分的には銃どころでは無いんだけど!


「どうしてこんな事に……」


 いえーい、とイリスとひいお婆さんがハイタッチする中、僕は項垂うなだれた。

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