第91話「実家訪問」

 ご機嫌なイリスに連れられて、川沿いにある工房通りから1本外れた通りまでやって来てしまった。


「あのう、イリスさん。これってご両親への挨拶……だよね?」

「そうよ。パーティーメンバーの紹介って事で。もちろん……」


 イリスはそこで言葉を切り、僕を見る。そのまま何も言わない。試すような目つきだ。……『もちろん』何なんだ。「その気があるなら」か?「その気があるなら、恋人って紹介しても良い」なのか!?いや待て、酔った勢いでキスされた事はあるけどお互い「好き」の一言も交わした事が無いんだぞ。早まりすぎじゃないか、僕。……なら『もちろん』何だって言うんだ!


「……ま、それはともかく。私のお父さん、結構気性が荒いから気をつけてね」

「ねえねえ、それって男を連れ込んでも大丈夫な方の"気性が荒い" なの?」

「ダメね」

「イリスぅ!」


 それわかってる上で僕を連れ込むって事はやっぱりそういう事で良いのか!?くそう、心の距離は縮まったはずなのに何を考えているのかわからない!


「ともあれ、そこを銃の改良にまで話が持っていけないから、頑張ってね?」

「どう頑張れって言うのさ!」

「男でしょ、自分でどうにかしなさいよ。あ、ちなみにお父さんは私が冒険者になるのにも反対してたから、冒険者の印象は最悪よ。そこも勘案しなさいよね」

「イリスぅ!」


 頭を抱えていると、とうとうイリスの実家なのであろうクロスボウ工房まで来てしまった。どうしろって言うんだ!


「ただいまー、帰ったわよ」


 そんな僕の事は全く気にかけた様子もなく、イリスは工房の扉を開いてしまった。中年男性と、20代と思しき男性の2人が何やら作業中だった。


「……誰かと思えば」


 中年男性――――おそらくイリスパパなのだろう――――は眉間にシワを寄せ、工具を置いて立ち上がった。めちゃくちゃ顔が怖いし体格もたくまししい。若い男性の方はイリスと同じ色素の薄い金髪で、体格は逞しいが優しげだ。「おかえりー」と気楽に手を振っている。


「家出娘が一体何の用だ」


 イリスパパは顔を真っ赤にし、腕をぶるぶると震わせていた。こわい。


「たまには顔を見せようと思ってね」

「内戦の折にも顔を見せなかったお前が一体どういう風の吹き回しだ」

「だってあの時に会いに行ったら絶対に帰さなかったでしょ」

「当たり前だ!娘を戦争に行かせる親が一体どこに居ると言うんだ、ええっ!?」


 イリスパパはそう怒鳴ると、つかつかとイリスに詰め寄った。


「心配してくれるのはありがたいけど、私は私の生き方……お金を稼いで魔法の研究をするって決めたの。そのためには戦争にだって行く。冒険者ギルドの義務もあるしね」

「冒険者など認めぬと言っただろうが!半傭半賊に身を落としてま、ぐわーっ!?」


 突如、すこーんという良い音が鳴り響いたと思えばイリスパパが後頭部を抱えてしゃがみ込んだ。気づけば工房の奥の扉が開いており、色素の薄い金髪をなびかせる美しい中年女性が弓を構えていた。そのバストは豊満だ。


「大声が聞こえてきたと思ったらこれか。只の人間の人生は短いんだから好きにさせいと言ったじゃろうが。まーだグチグチ言っとるのか」

「あ、ひい婆ちゃんただいまー」

「おかえりー」


 ……そういえばひいお婆さんがエルフだって言ってたな!どう見ても40代にしか見えないが、確か400歳とか言ってなかったか?エルフってすごい。


「大婆様、いきなり弓はやめて頂けませんか!」

「うるさいよ、せっかくひ孫が帰ってきたのにそれを怒鳴りつけるとは一体どういう了見じゃ、ええっ!?それに怒鳴って威厳を保とうとするのはやめよといつも言っておろうが!たかだか4、50年しか生きてない者が威厳などと片腹痛いわ!」


 そう言いながらひいお婆さんは弓矢(やじりはつけてない)を速射し、イリスパパを滅多打ちにし始めた。


「痛い!痛いです!ごめんなさい!」

「わかったら少しは素直になったらどうなんだい!」

「……イリス」


 イリスパパは真顔になって立ち上がると、しかし顔を真っ赤にして腕を震わせたままイリスに近づいた。


「イリスよ……」

「何よ」

「イリ、いりちゅぅ!」


 イリスパパは突如イリスを抱きしめ、わんわんと泣き出した。ああ、ただの親バカなんだなと僕は直感した。


「怒鳴って御免よぉ!心配だったんだよぉ!」

「わ、わかったから泣かないでよ……」


 そう言って戸惑うイリスも涙ぐんでいた。経緯はひどいが感動の再会に僕まで目頭が熱くなってくる。


「で、そこに突っ立てる男は誰だイリス」


 さんざん泣いた後、イリスパパは僕を指差した。もうこのままこっそり帰ろうかと思っていたのだが、そうも行かないようだ。


「あー……冒険者ギルドで娘さんと一緒にパーティー組んでる、"鍋の" クルトです」

「男とパーティーを組んでいるのか!?」

「仕方ないでしょ、他に人が居なかったんだから!前衛が居ないと魔法使いの私は何も出来ないのよ、実際何度か命を救ってくれた立派な前衛よ!」

「……なるほど、事情は理解した」


 イリスパパは抱きしめていたイリスを解放すると、すっと立ち上がって僕に向き直った。理解してくれたようで何よりだ。


「ようこそ、クルト君。娘の命を救ってくれた事、深く感謝する」

「いえ、娘さんには僕も助けられてますので」

「謙虚で良い事だ。歓迎するよ、だが娘に近づいた事は許さん殺す。ここに来るべきじゃ無かったな……」


 イリスパパは壁に立てかけられていたクロスボウをつかむが、ひいお婆さんが弓を速射して滅多打ちにすると頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「馬鹿かお主は!」

「だって!イリスに悪い虫が!」

「過保護なんじゃよお主は!イリスももう16歳、成人じゃ。人付き合いくらい自由にさせい!」

「その相手が冒険者では看過出来ませんよ大婆様!いつ死ぬかもわからん奴らなんですよ、命のはかなさをダシにイリスに迫りでもしたらどうするのです!」

「エルフからしたらお主ら全員はかないわ!せめて好きに繁殖させてやれい!」

「繁殖!?イリスがどこの馬の骨とも知れん奴と……許せん!やはり羽虫は殺さねば痛い痛い痛い、大婆様痛いです!」


 弓で滅多打ちにされると、イリスパパは幾分落ち着いたようだ。


「……なんかごめんなさい」

「正直ここまでとは思ってなかったよ」


 申し訳無さそうな顔をするイリス。ともあれ、立ち話も何だという事になり、工房の奥の居住スペースで歓待を受ける事になった。



「粗ハーブ湯ですが」

「どうも」


 70代くらいに見えるお婆さんが銅のコップを出してくれた。僕はエルゼさんがれてくれた、ハーブをせんじたものを頭の中でハーブティーと呼んでいたが、そもそもお茶が無いからハーブ湯って呼ぶんだなこの地域の人達……と下らない事を考えながらそのハーブ湯を飲む。カモミールだろうか、心が落ち着く香り……なのだが、僕は全然落ち着かなかった。というのもイリス一家は大所帯で、僕はその中に放り込まれた異物だったからだ。

 父(人間ヒューム)、母(1/4エルフ)、兄(1/8エルフ)、兄嫁(人間ヒューム)、お爺さん(ハーフエルフ)、お婆さん(人間ヒューム)、ひいお婆さん(エルフ)、そしてイリス。8対1である。イリスはそんな事も気にした様子もなく、話を始める。


「で、今日は別に挨拶だけに来た訳じゃないの。クルトが新兵器を作っててね、その改良に力を貸して欲しいのよ」

「新兵器?」

「これなんですけども」


 僕は木の棒の先に銃身を括り付けた、銃モドキを出す。それを見た全員が首をかしげる。


「東方から伝わった火薬というものを使って、鉛玉を撃ち出す武器です。さっき試験したんですけど、甲冑用の鋼板を貫通しました」

「これがか!?」


 全員が信じられない、という顔をしていた。


「クロスボウで甲冑貫くとなると、民兵隊に納品してるようなデカい重クロスボウじゃないと無理だが……これが、それと同等の力があると?にわかには……」

「私がこの目で確認したわ。ディーターさんの息子のヴィムもね」

「なるほど……だが今度私にも見せてくれ、流石に信じ難い。まあそれは置いておくとして、コレのどこをどう改良したいんだね?」

「この武器、火薬と鉛玉を詰めて、ここにある着火孔に火種を突っ込まないと発射されないんですけど、現状火ばさみで持った木炭を突っ込んでいるんです。それをどうにかクロスボウみたいに引き金の操作で、片手で発射出来るように出来ないかなと」

「それなら簡単だ、木炭を掴ませた金具と引き金を連動させれば済む」

「ただそれだと、一々熱した木炭をその金具に挟んでからじゃないと使えないじゃないですか。冒険者としては戦場でそんな事やってる余裕はないので、どうにか他の着火機構に出来ないか、知恵を借りたいなぁと」

「ふぅむ」


 話を聞いたイリスパパ、兄、そしてお爺さんが3人でああだこうだと案を出し合い始めた。彼らは皆クロスボウ職人なのか。


「一番簡単そうなのは火打ち石を使う事だと思うが」

「あ、良いかもです」

「待って、火打ち石の火花は熱量も持続力も低いわ。本当に火薬に着火出来るか試してみましょ」

「ふむ、ならついでにその銃とやらの威力も実際見てみたいな」

「わかりました、ただ凄い音が出るので城壁の外でやりましょう」


 そういう事になり、早速実験する事になった。僕はヴィムから鋼板を借り、父、兄、お爺さん、それに何故かイリスがひいお婆さんも連れて行って城壁の外に出た。

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