第90話「ビスケット」
「だ、ダメだこりゃ……」
家に帰った僕は火薬の粉末を指でひねって粒を作ろうとしてみたが、そうして形成された粒は脆くてすぐに崩れてしまう。そもそも火薬は、すり鉢の中で材料をすり潰しながら混ぜて作るので、最初から粉末として形成されるのだ。これをどう大きな粒に形成し直すのか頭を悩ませる。
「大変そうですねー」
そう言うルルは呑気な声をあげながら、暖炉の中にフライパンを突っ込んで何かを焼いていた。小麦が焼ける良い匂いが漂ってくる。
「何作ってるの?」
「暇なので、おやつにビスケット焼いてたんですよ。……ん、そろそろ良いですねー」
フライパンを取り出したルルは、ヘラで丸いビスケットをいくつも剥がしてテーブルに置いた。
「はいどうぞ。
「ありがとう」
3人でルルが焼いたビスケットを食べながらおやつタイムになった。全粒粉ではなくちゃんと精製した小麦粉を使っているようで、変な酸味ももそもそした食感も無いおいしいビスケットだった。塩味なのでクラッカーのような味わいだ。
「うん、おいしいね。っていうかルルって料理出来たんだね」
「獣を焼くだけの女だと思わないで下さいよー、狩猟に持っていく携行食料は一通り作れますよ!」
「あ、ビスケットって携行食料なんだ」
「そうですよー、パンよりかさばらないので重宝します。内戦中は殿下が気を遣ってくれたのか食料は全部パンでしたけど、味はともかく持ち運びには断然ビスケットですよー」
「確かにあのどっさりのパンは重かったね……」
そんな話をしつつイリスを見てみると、彼女は小動物めいてビスケットを齧っていた。たまに欠片がぽろぽろと落ちるのが可愛らしい。だが次の瞬間、閃いてしまった。
「これだよ!!」
「うわっ、何よ急に大声出して」
「火薬の粒!!これ!!ねえルル、ビスケットってどうやって作るの!原材料は小麦粉でしょ!?」
「ええ、小麦粉を水で溶いてペーストにして、あとはあればバターかオリーブオイルを混ぜて焼くだけですけど……?」
「それー!それだよ!」
僕は早速、日用品の鍋に火薬を入れて水を足し、ヘラで溶いてペースト状にした。そして鍋を窓の近くに置いて放置。
「これで固まった火薬を砕けば粒の大きい火薬が出来るんじゃないかな!?」
「……火薬って水に溶いて性質変化しないの?」
「あっ…………」
そこまで考えてなかった。どうしよう、高価な火薬を無駄にしたかもしれない。イリスがジト目で見てくるのが痛いが、もう取り返しがつかない。
「い、祈ろう……」
「はぁ……」
◆
「いけるじゃん!乾いたら普通に爆発する!」
2日後、城壁の外で乾いた火薬片に着火してみた所、ちゃんと爆発した。火薬って便利だなぁ。僕はナイフの柄で突いてビスケット状の火薬を砕いて、そうして形成された粒を大きさ別にわけた。手作業だと疲れるので、そのうち
後日、こうして粒の大きさ別にわけられた火薬を使い、ヴィムが作り直した銃身で再び着火実験を行う事になった。まずは一番粒が大きいものからだ。
「イリス先生、お願いします!」
「はいはい」
岩陰に隠れてファイアボールを射出。爆発した炎が銃身を
「やったか!?」
「そのセリフ聞くとなんかダメになる気がするわ」
そう言いながら銃身に駆け寄ると、今度は完全な形で銃身が地面に鎮座していた。
「や、やったー!」
「「おおー……」」
ヴィムとイリスがぱちぱちと拍手した。僕は歓喜しながら、次の火薬粒を装填する。
……こうして実験を繰り返してみた所、ゴマ粒の半分大の粒が限界値だという事が判明した。これより小さな粒を詰めた所、銃身が破裂した。
「イリスの理屈は合ってたんだ……!ありがとうイリス!」
「火炎のエキスパートをナメないでよね」
ふふんと平坦な胸を張るイリスが可愛らしい。これで、火薬の粒の大きさをいじれば燃焼速度が変わり、銃身が破裂しなくなる事は判明した。次はどの粒の大きさが適切なのかを調べる必要がある。
後日、再び作り直した銃身を木の棒の先端に括り付けて発射する実験をする事になった。ついに威力を確かめる時が来たのだ。最初は岩に向けて撃とうと思っていたのだが、ヴィムは鋼板を持ってきた。
「良いの?鋼板、穴が空いちゃったら使い物にならなくなるでしょ」
「これは甲冑の失敗作だから良いよ。切り分けてブリガンダインの材料にはなるけど、それは穴が開いた部分を除いてやれば良いし」
「ってことはそれ、甲冑と同等の防御力がある鋼板ってこと?」
「そういう事。楽しみだね」
そういうヴィムは無表情ながら目を輝かせていた。この実験はヴィムとの決闘も兼ねているのだが、もうそんな事はどうでも良いようだ。技術革新が起きる瞬間を心待ちにしている。
「わかった。じゃあ始めるよ……」
まずは一番大きい粒を詰める。次に弾丸を詰め、木の棒で軽く突く。突きすぎると密度が上がってまた破裂する可能性があるので、軽めに。そしてイリスが
僕は今、銃身を括り付けた棒を左の小脇に抱え、右手に持った火ばさみで恐る恐る木炭を着火孔に近づけている。自衛隊の人たちが使うような銃とは構え方からして違うが、構造が違うので仕方ない。
「行くよー、3、2、1……」
えいやっと木炭を着火孔に突っ込んだ。直後、爆音と共に衝撃で木の棒が少し上に跳ね、白い煙が吹き上がる。
「……どうかな?」
「抜けてないね」
ヴィムが鋼板に駆け寄ると、恐らく着弾したのであろう場所を指差した。小さな凹みが出来ている。そして地面には平たく変形した弾丸が落ちていた。
「ダメかー……」
「粒が大きすぎて燃焼速度が遅すぎたのかしらね。あんまり遅いと銃弾を押す力も弱いでしょうから……いや、ゆっくり燃えて吹き出すんなら爆炎を受け止める銃身の長さが足りないのかしら?とにかく次いってみましょ」
「……?そうだね、次いこう」
なんだかイリスの方が銃への理解度が高い気がするが、流石は火炎魔法使いという事だろうか。
ともあれ次は1段階粒が小さいものを詰め、発射。やはり鋼板は抜けなかった。だが心無しか鋼板の凹みが大きくなっている気がする。
「……いけるのでは?」
だんだん粒を小さくしながら実験していくと、凹みは目に見えて大きくなっていった。だが貫通出来ない。次はゴマ粒大の大きさの粒を詰める事になった。これより下はゴマ粒の半分大しか無いので、そろそろ成功して欲しい。
「じゃ、行くよ……」
ヴィムとイリスが唾を飲んで見守る中、僕は木炭を着火孔に突っ込んだ。鋭い衝撃が走り、今までで一番大きく木の棒が跳ねる。吹き出た煙が鋼板にかかる中、3人は鋼板に駆け寄って風が煙をさらうのを待った。……煙が、晴れた。
「……君の勝ちだね」
「や、やったー!」
鋼板には大きな穴が開いていた。バツ印に切れ込みを入れ、それを無理やり押し広げたかのような穴が。弾丸は背後の岩にめり込んで止まっていた。
「ありがとうヴィム!それにイリスも!」
僕は歓喜のあまりヴィムと抱き合い、それからイリスを抱きしめた。
「わかっ、わかったから離れなさいよ」
「あ、ごめん」
赤面するイリスから身を離し、すぐさまこれからどうするべきかに頭を巡らせる。ヴィムも何か考えているようで、少し
「2番めに小さい粒の衝撃に耐えられれば良いなら、次の銃身はもう1段薄くしても良いかもね」
「あー、良いかもね。軽量化してくれるとありがたい」
「わかった、試作してみる」
「頼んだ。よし……ここまで来れば、あとは着火機構の洗練と、銃身を乗せる台の制作かな。こう、クロスボウみたいに引き金をつけて片手で操作出来ると嬉しいんだけど」
「んー、それは流石に僕の専門から外れるかな。クロスボウ職人か細工師に頼んだ方が良いと思う」
「クロスボウ職人かぁ……」
「あら、ツテがあるわよ」
「本当に?」
「だって私の実家、クロスボウ職人だもの」
……そういえばそんな事言ってたな。ならイリスの実家を頼ることになるが……
「あのう、それって」
「挨拶がてら相談に行きましょ」
イリスは僕の腕を取り、ニコニコしながら歩き出した。
「ちょ、ちょっと待って。心の準備が。ねえヴィム、君も」
「あ、僕は銃身が改良出来ないか帰って研究するから。行ってらっしゃい」
「ヴィムぅ!」
ヴィムはそそくさと帰ってしまい、僕は心の準備もままならぬ内にイリスの実家を訪問する事になった。それってお父さんとも会うって事だよね。どうしよう、娘はやらんとか言われたら。いや待て、まだ正式に付き合っている訳ではないんだからそんな事を考えても仕方ないのでは?……イリスは何でこんなにご機嫌なんだ!?
ぐるぐると思考が巡る中、あっという間にイリスの実家に辿り着いてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます