第89話「着火試験」

 銃を作る事になったが、問題は銃身だ。内戦中に鍛冶屋に聞いた話では鉄の筒を作る技術がそもそも存在しないとの事なので、まずはここから始める必要がある。相談相手は当然ヴィムだ。


「と、いう訳なんだけど」

「へぇ……」


 銃についての説明をしてみたが、無表情ながら何だか怒っている気がする。


「甲冑を貫けるんだ。ふーん」


 ……ああ、甲冑師としてのプライドを刺激してしまったか。どうしよう、他に頼れる人が居ないんだけど……。だが僕が悩んでいるとヴィムは首肯した。


「良いよ、協力する」

「あ、良いんだ、ありがとう。それでお金の事なんだけど……」

「試作段階ならタダでいいよ」

「マジで!?」

「ただし、出来上がったものが甲冑を貫けなかったら費用は全額君が持ってね」

「……賭けって事?」

「正確には決闘かな。君は思いつきで甲冑師が3000年積み上げたものに喧嘩売ったから、甲冑師としてその喧嘩を買ってあげる」

「……やっぱり怒ってる?」

「それなりに。でも実現したら確実に甲冑師界隈に革命が起こるから、投資半分かな。実際君のアイデアがモノになったら、僕が真っ先にそれを売って稼げるし、勝っても負けても僕は損しない」

「なるほど、わかった。じゃあその条件で。……あっ、試作品は僕に譲って貰えると嬉しいんだけど」

「良いよ、モノになったらね」


 そういう事になり、銃身制作の問題は一先ず解決した。僕がヴィムに出したオーダーは以下の通り。


に耐えられる鉄、もしくは鋼鉄の筒である事

・筒は片方の開口部と着火孔以外は密閉されている事

・筒の長さは15cm程度

・銃身のお尻の側面に着火用の小さな穴を開ける事


 問題は内圧だ。実測出来ないそれに耐えるために闇雲に厚みを持たせるしかないが、とりあえず「どんなに厚くなっても片手で持てる重さに留めて」と伝えておいた。



 1週間後、試作品が出来上がったので着火試験を行うことになった。僕とイリス、それにヴィムを加えた3人は城壁を出て2kmほど歩いた所にある荒野に来ていた。ブラウブルク市から距離を取ったのは騒音対策だ。ほぼ間違いなくこの世界の人たちが聞いたことがない轟音ごうおんが鳴り響く事になるので、それでやれ邪教の儀式だ何だと言われてはたまらないからこうするしかない。


「はい、これ試作品ね」


 ヴィムは1つの筒を取り出した。


「鋼鉄製、鍛造たんぞう。鉄芯に鋼板を何重にも巻きつけて造った。要求される強度がわからないからとりあえず片手で持てるギリギリまで厚くしたよ」

「結構重い……」


 ヴィムが寄越した試作銃身は1kgは超えているように思える。たった15cm、つまりは包丁の刃渡りと同じくらいの長さだというのにこの重さだ。ちなみに刃渡り60cm程度の片手剣の平均的な重量は1kg程度らしい。まあ片手武器として考えると許容範囲内だ。


 試作銃身の口径は1.5cmだ。そして試作弾丸は鉛製、1.3cm。「銃身は完全に綺麗な円筒には出来ない」との事で、口径ぴったりの弾丸は詰まるためやや小さくした形だ。


「よし、じゃあ装填するよ……」


 僕はとりあえず、商人から買ったの火薬を1つめの銃身にサラサラと詰める。適切な分量がわからないので、とりあえず弾丸よりちょっとだけ体積が少ないくらいの量を詰めてみる。試験で暴発なんてシャレにならないので初回はこれくらいの量で良いだろう。次に弾丸を詰め、予め作っておいた木の棒でコツコツと突き固める。これも加減がわからないが、弾丸がぽろりと落ちると困るので強めに突いた。


 装填が終わった試作銃身を、着火穴が上を向くようにして地面に起いて離れる。


「イリスさんお願いします!」

「はいはい……」


 僕は今日まで「火縄」を作ろうと試みたが全部失敗した。ロープに火を着けると、火勢が弱いとすぐに火が消えるし火勢が強いと全体に火が回って使い物にならなかった。蝋燭ろうそくを参考にして油を染み込ませると、単純に火勢が強くなっただけだった。


「これならもしや!」


 と思って火薬を紙で巻いたものも制作したが、火を着けた先端からシューッという音と共に急速に燃えていく代物が出来上がった。導火線だ。これはこれで使いでがありそうだが、銃への着火具にはなりそうもない。


 時代劇で火縄銃は良く見るが、こうして考えてみると作り方がわからない物は多い。仕方ないので当面は熱した木炭を突っ込むしか無いという結論になったのだが、初回試験でそれをやるのは暴発リスクが怖かったのでイリスを頼る事にした。ファイアボールを遠くから撃ち込んで貰えば安全だ。


「ま、ようは騎士の兜の中にファイアボール突っ込むのと同じよね」

「あ、でも着火孔に思いっきりファイアボールが入ると試験にならないから、火の粉だけ入れられないかな」

「注文が難しいわね!爆発させて、炎のフチがあの銃身を舐めるようにすれば良いわね?火の粉レベルだと鉄に魔力が弾かれるから無理よ」

「じゃあそれで」


 僕たちは念の為30mほど離れた岩陰に身を隠し、銃身を見守る。同じ様に岩陰に隠れたイリスが狙いをつけ、ファイアボールの詠唱を始める。


 頼む、成功してくれ。これが成功すればリッチー討伐の強力な武器になるし、クエストも大物狩りに手を出せるようになるかもしれないんだ。僕は祈りながら、イリスが放ったファイアボールを目で追った。


 銃身の近くで爆発を起こしたファイアボールは、拡散した炎で以て銃身表面を舐めた。恐らく炎は着火孔内部にも入り込んだのだろう、次の瞬間耳をつんざくような爆音が鳴り響き、白い煙が銃身の回りに生成されその姿を覆った。


「やったか!?」

「なんかそのセリフ良くない気がするわ。それにしても凄い音だったわね……」


 僕は期待一杯で岩陰から飛び出し、銃身に駆け寄った。風が煙を吹きさらうと、そこには……


「あれぇ!?」


 無残にも破裂した銃身が転がっていた。内側からひしゃげて裂け、力尽きたイカめいて四方八方にひん曲がった鉄の脚を投げ出す無残な物体、それが銃身の成れの果てだった。


「だ、ダメかー……」


 がっくりと項垂れる僕は、火薬の量がいけなかったのか、あるいは突き込み方がいけなかったのかなと原因を考える。しかし破裂した銃身を見たヴィムは、ひどく興奮し始めた。


「す、凄いよこれ!鋼鉄が!破裂してる!」

「え、うん。だから失敗だね……」

「鋼鉄が!!!!破裂してるんだよ!!!!」

「ちょ、ちょっと何何ナニナニ!?」


 ヴィムは目を爛々らんらんと輝かせながら僕の肩を揺さぶった。


「火薬って凄いね!ウォーピックで甲冑ぶち抜いてもこうはならないよ!しかもこの銃身、甲冑の数倍は厚いんだよ!?」

「そ、そうなんだ?」

「わかったよクルト、君のやろうとしてる事が!つまり、つまり君は……この銃身を破裂させたエネルギーを、鉛弾に伝えて飛ばそうって言うんだね!?この目で見て理解したよ、そりゃ甲冑も抜けるよ!成功すれば!」

「そ、そうだね?でも破裂しちゃったんじゃ意味が……」

「もっと銃身を厚くしよう!それで設置型武器にすれば城壁だって抜けるんじゃないかな!いや、技術者として鋼鉄をもっと薄くて硬くする方法を研究するべきかな!?」

「前者だと冒険者は使えないから後者にして!」


 ヴィムは普段からは考えられないほどの笑顔になり、物思いにふけりながら辺りをぐるぐると歩き回り始めた。ああ、技術オタクタイプなんだな……。


 一方、イリスはあごに手を当てて何かを考えている様子だった。


「……ねえクルト、さっき詰めた量と同じ量の火薬をここに出してくれる?」

「うん?いいけど……」


 言われるがまま、イリスが杖の石突で掘った穴に目分量で大体さっきと同じ量の火薬を出した。イリスがそれを木の棒で突いて固める。


「全員、ちょっと離れて。燃える所が見たい」


 イリスが真剣な顔でそう言うので、僕は興奮してるヴィムを引っ張って再び岩陰に隠れた。するとイリスは着火魔法を火薬に向かって放ち、それが爆発する様をじっと見守った。


 着火魔法が着弾すると、爆音と共に白い煙に混ざった鋭い炎が一瞬あがり衝撃波が地面をめ、幾らかの土塊が飛ぶ。……それだけだ。僕には特に何も興味深い点は無かったように思えるが、イリスは意味深に頷いてヴィムに話しかけた。


「ねえヴィム、鋼鉄って急激に強い力を加えるとどうなるの?」

「割れるね。ハンマーで思い切り叩くと割れちゃうから、鋼鉄の形を変えたい時は小さな力で何度も何度もハンマーを振り下ろして鋼鉄を突き固めながら、ゆっくり曲げていく。こうすると水車に接続したハンマーでないと割れなくなるけど、逆に言えばそれくらいの力で叩くと割れる。……ああ、なるほど?」


 それを聞いたイリスは、にんまり笑って平坦なバストを張った。ヴィムも何か納得したようだ。どういう事?


「何となく、銃身が破裂した理由がわかったわよ」

「火薬量が多すぎたんじゃなくて?」

「それもあるかもしれないけど、もっと根本的な理由よ。火薬はのよ」

「うん?」

「さっきの爆発を見た感じ、使のファイアボールの爆発より、火薬はもっと燃焼速度が早かったわ。衝撃波まで見えたしね。そう考えると恐ろしい代物だけど……そこで今のヴィムの話よ。火薬の燃焼速度が早すぎて、鋼鉄に思いっきりハンマーをぶち当てたような感じになって破裂したんじゃない?」

「なるほど……?でもそれってどうやって解決すれば良いのさ」

「ちょっと思考実験してみましょう。着火魔法を使わずに薪に火を着けるにはどうする?」

「ええと、まず木の粉に火をつけて、そこから小さな枝に火を移して、さらに大きな枝にって繰り返して最後には薪に……」

「そう。じゃあ木の粉と薪の燃え方の違いは?」


 ……何となくイリスが言いたいことが分かってきたぞ。


「木の粉は素早く燃える、薪はゆっくり燃える」

「それが答えね」

「……つまり今使った火薬は木の粉なわけだ。薪まではいかなくても、火薬の粒を大きくすれば燃焼速度が遅くなる?」

「可能性としてはね。実は私のような!熟練火炎魔法使いも!(平坦なバストをさらに張った)同じような事やってるのよ。私のファイアボールって飛んでる間は火の玉だけど、着弾すると爆発するでしょ?あれは飛んでる間はすぐ燃え尽きないように魔力の密度を高くして、着弾したら疎にして急激に燃えるように定義してるの」

「なるほど?」


 僕は試しにファイアボールを放ってみる。岩にぶち当たったそれは、イリスのそれのように爆発はせず岩にまとわりついてメラメラと、比較的ゆっくり燃える。


「相変わらずね」

「でも銃に必要なのはむしろ、この火の方が近いんだ。ありがとうイリス!」


 礼を聞くと平坦なバストを張ってドヤ顔をするイリスが可愛らしいが、解決策が見えてきたなら早速実行だ。僕は火薬の粒を大きくする実験を始めるため、急いで帰宅した。

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