第88話「黒い粉」

「さぁさぁ、遥か東方より伝来した品の数々だよ!」

「これポレンの品かい?」

「いんや、もっと東方の大国、紅明ホンミン帝国の品だ!」

「陸路で突破したのか!?」

「まさか!大航海時代サマサマさ、東回り航路よ」


 ……城壁の外で臨時に開かれた市場では、そんな会話が交わされていた。イリスに尋ねてみる。


「どういう事?」

「ポレン共和国のずーっと東に異教徒の帝国……紅明ほんみんっていう国があるらしいんだけど、陸路だとモンスターの支配領域を突っ切ることになるから、隊商を組んで傭兵を大量に雇って、それでも辿り着いて帰って来れるかは神に祈るしかない……ってものだったのよ」

「うへぇ」

「だから殆ど行く人は居なかったんだけど……航路が確立されたんならこれから交流が増えるかもね」

「いやいや嬢ちゃん、次があるかはわからねぇぞ」

「どういう事?」


 商人の1人が声をかけてきた。


「俺らはウェネクシア……まあノルデンから見りゃずっと南だな、そこで積み替えられたモンを運んできただけだが。実際に紅明ほんみんに言った船乗り達の言葉を聞くに、航路の確立にゃ程遠いみたいだな」

「漂流してたまたま辿り着いたとか?」

「いや、どうにも魚人どもの本拠地……ルルイエが近いらしくてな、魚人どもの攻撃を避けながらの航海になるらしい。戦闘の損害で、10隻で出発した船団が帰ってくる頃には3隻になっていたそうだ」

「うわぁ……」

「それにしたって高すぎるだろうこれは!」

「うるせえ、船乗りどもの卸値がクソ高いせいだよ!」


 市民の1人が文句をたらす。……値札を見ると、どんな品も金貨2枚は下らない。例えば売れ残ったのであろう、地味な中国風の衣装でさえ……中国風?


「ほ、紅明ほんみんって中国の事か!」

中国ヒーナ?」

「い、いや何でも無い……後で話すよ」


 人目を憚り一旦は言葉を飲み込むが、僕は興奮していた。この世界にも中国みたいな国がある。ということは日本みたいな国もあるのでは?あったとしても戦国時代かもしれないが……。


 物思いにふけっていると、見物に来ていた平民達は次々と帰っていき人だかりが減っていた。品物が高すぎたのだ。残っているのは商人と富裕層、それに貴族だけだ。


「うーん、私達も帰りましょうか。ド平民には場違いだったわ」

「ですねー……」


 イリスとルルもウィンドウショッピングに飽きてきたようだ。僕も目ぼしいものが無かったのでそろそろ帰ろうかと思っていたので丁度いい。だがそこで、1人の貴族と商人の会話が耳に入る。


「武器の類は無いかね?」

「申し訳ありません、目ぼしい武器はここに来るまでに大体売れてしまいまして……残っているのはこいつくらいのもんで」


 商人が取り出したのは、革袋に入った黒い粉だった。


「何だこれは?」

「火薬というものでございます。強い衝撃を与えたり火をつけると直撃したファイアボールの如く弾けます。しかもファイアボールと違って雷のような音が鳴ります」

「ほうほう。紅明ほんみんではどうやって使ってるんだね」

「大きな筒に詰めれば、石を飛ばすのに使えるとか。あとは小さな筒に詰めて歩兵の槍の穂先に付けると威嚇になるらしいですね。とにかく音が凄いので馬は驚いて使い物にならなくなるとか」

「威嚇か……」

「く、くださーい!!」


 貴族が渋っている中、僕は手を上げて商人に駆け寄った。イリスとルルが訝しみながらもついてくる。


「それ、いくらですか!あと製法わかりますか!」

「製法込で金貨1枚で良いよ」

「イリスー!ルルー!お金貸してー!」

「ええ……何に使うのよそれ。音の出るファイアボールが出せるようになるだけでしょ」

「あ、威嚇用ですか?確かに槍から火と音が出たらモンスターも驚きそうですね」

「違う、違うんだよ!さっき大きな筒に詰めれば石が飛ばせるって言ってたでしょ!そっち!」

「投石機で良くない?っていうか冒険者が何に使うのよ」

「それを小さくするんだってば!それで石じゃなくて鉛弾を飛ばすの!」

「……?クロスボウじゃダメなの?」

「威力が違うんだってば!ああもう、後で詳しく説明するからお金貸してー!」


 イリスとルルはめちゃくちゃ訝しんでいたが、贈与じゃなくて借金なら良いかとお金を貸してくれた。それを商人の所に持っていき、火薬を購入。製法を記したメモもついている。


「ありがとうございます!!」

「物好きだな兄ちゃん。これに目を付けるのは殆ど貴族だけだぞ?ああ、1人だけ居たな……兄ちゃんみたいにキラキラ目を輝かせて買っていったやつが……」

「へえ……ちなみにその人、なんて言って買っていきました?」

「何だったかな、ビュクセがどうこう、この世界の戦争が変わるだの何だの……そんな感じだった気がするよ」

「へ、へえー……」


 なんか猛烈に嫌な予感がするな。だがこれで僕も銃を作る準備が整った、早速火薬がこちらでも制作出来るか調べてみるとしよう。僕はイリスとルルと一旦別れ、錬金術屋に行くことにした。


 錬金術屋は蒸留酒を作ってるだけのように見えるが、実際薬品などの取扱もある。硫黄と硝石が無いか聞いてみると、すぐに出してくれた。


「なんだい、硝石欲しがるなんて……疫病発生地域にでも行くのかい冒険者さん」


 出来たての蒸留酒をかっ喰らっている女性錬金術師がそんな事を言う。


「疫病?そういう用途なんですか?」

「ペストが流行った時はね、そいつを庭先に撒いたらしいよ。……んじゃあんたは何に使うつもりでそれを?」

「ちょっとした実験を」

「はは、錬金術師志望かい?楽しいぞぉ、たまに聖典に相反する反応が見つかるからヒヤヒヤするけどさぁ」

「へ、へえー……。ちなみに硫黄の方は普通何に使うんですか?」

「んー、助燃剤かな。あとは火を通せば保存剤になったりもするけど……燃焼ガスは有毒だから気をつけなよ?」

「マジですか。ありがとうございます、気をつけます」


 めちゃくちゃ火をつける気マンマンだからこれは知っておいて良かった。一握りの硫黄と硝石だけで銀貨20枚が飛び、さらにすり鉢とすり棒も加えて銀貨25枚のお買い上げになった。お財布が大変な事になっているが仕方ない。


 帰りに日用品店で木炭を買って、これで買い物は終了。家に帰ると、イリスとルルが待っていたのでこれから作ろうとしている銃について説明した。


「へえー、甲冑を貫ける……ってそれ、クロスボウじゃダメなの?大型のものなら出来るわよね」

「そ、それはそうなんだけど……僕の世界だと、銃がクロスボウと弓を置き換えていったんだ。甲冑を纏った騎士も居なくなって、兵士は銃を抱えた歩兵が殆どになってる」

「全然想像付かないわね……」

「とにかく、銃が実用化出来ればピストル……包丁くらいの長さの筒で人が殺せるようになるんだ。暗殺にピッタリでしょ?しかもこの地域に銃はまだ無いから、誰も武器だとは思わない」

「なるほど、ウド対策ってわけね。撃ち出すのは鉛って言ってたわね?ならリッチーが魔力を装甲代わりにしてても貫けるはず……」

「でしょ。……そういえばさ、リッチーの"不死" ってどういう事?不老っぽいのはカエサルさんの話からわかるけど、殺せないもんなの?」

「殺しても復活するらしいのよ。だから行動不能にしてから封印するしか討伐方法は無いって言われてるわ。具体的な方法は知らないけど」

「ふーん……その辺もカエサルさんに聞いてみるか。何か知ってるかもしれないし」


 よし、なんとなく希望が見えてきたぞ。当分は銃を作りつつ、リッチーについて調べるとしよう。

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