第86話「投げナイフと匂い消し」

 【鍋と炎】は急いで家に帰り、緊急の作戦会議をしていた。


「整理しましょう」


 イリスが指を立てて話し始める。


「分かった事を列挙しましょう。

 1つ、ウドはリッチーである。

 1つ、リッチーになる方法を教えたのは恐らくクルトである。

 1つ、鍋は用途不明ながら、魂を蓄え続けると破裂する。……こんな所かしらね」

「凄い、何一つ良い情報がない」

「まあバレたら普通に裁判モノよね。あはははは」


 イリスがからから笑う。もう笑うしかないといった感じだ。ルルは「んー」と顎に指を当てて考えた後、口を開いた。


「つまり、バレずに処理するしかないです?私達の手で」

「相手はリッチーよ?」

「いや待って、団長の話だと成り立てのリッチーはそんなに脅威度高くないって言ってなかった?」

「通説ではね。でも冷静に考えてみて、その鍋は多分、熱した状態で付呪を施したわけでしょ。つまりは冷めて反発力が元に戻らない短時間の内に、少なくとも折り込まれた128層はそうして付呪されたはず」

「……えっと、つまりウドさんは最低128発魔法を撃てる?」

「そういう事」


 僕とルルは顎に指を当てて考えた後、口を開いた。


「「無理かな!あはははは!」」


 思考放棄。


 いや実際無理でしょ、人類の限界値が6発、しかもその1発1発が油断ならない威力があるというのにそれが最低128発?冗談ではない。


「あっ、でも結局魔法の範疇を出ないなら連続使用にも限界があるんじゃ?」

「どういう事?」

「詠唱時間があるでしょ。その間に畳み掛けるとか……」

「うんうん、その間盾役になるのはアンタなんだけど、その覚悟ある?」

「……無いね!」


 詰みである。内容が内容だけに人に頼る事が出来ないのが辛い。3人で殺すしかないが、3人で倒せる相手ではないというどうしようも無い事態だ。


「でもとりあえず表立って危害を加えてくる感じじゃ無さそうだし、このままだんまり決め込むしかないか……」

「そうね……。でもこのままだとあんたの人生、そしてそれを匿った私の人生もウドの胸三寸でぶち壊れるから、打開策は考えておくべきよ」

「ううん……」


 もう一度3人で考えてみる。


「……暗殺はどうだろう」

「正面から殺れないなら不意打ちで、か……悪くはないと思うけど、暗殺者ギルドにツテなんて無いし……」

「そうだよねぇ……あっ」


 僕はぽんと手を打った。


「幽体の剃刀」

「……威力足りる?リッチーの魔力量だと相当に体組織も堅くなってるはずよ」

「だ、ダメか……幽体の剃刀、飛ばしてるの金属じゃないしなぁ。……いや待てよ?」

「何?」

「ならんだ。これを習った時はゴブリンの魂20個持っていかれたから、それくらい貯めてお願いしてみれば……」

「ねえ、自分が何言ってるかわかってる?」

「え?」

「外法の魔法を新たに覚えようって言ってるのよ、あんた」

「……ダメかな」

「…………まあ現状既に人にバレたら終わりな状態だし、これ以上外法に手を出しても同じか……」


 イリスは色々と諦めたようだった。なんかごめん。


「んー、じゃあ当面はモンスター狩り続けるしかないって事です?」

「そうなるね。つまりは日常生活を送るしかない、平静を装って」

「が、がんばりますー」


 ルルの頭が緩いことはわかっているが、口がどうなのかは今一掴みかねてる。とはいえ四六時中監視するわけにも行かないので、信じるしかない。


 こうして僕たちは、密かに打開策を探しつつモンスターを狩る生活を始めた。結局は日常生活だ。



「ヨハンさん、投げナイフって不意打ちに使えますよね。最初に見た時も殆どノーモーションで投げてましたし」

「そうだな」

「僕にも教えてくれません?暗殺……的な感じで敵の数を減らせたら便利だなって」


 ヨハンさんは何とも言えない顔で僕をじっと見た後、頷いた。


「…………うん、まあ……良いぞ。今度練習しよう」

「ありがとうございます!」


 凄く微妙な表情だったが承諾してもらえたので暇を見て投げナイフ術を教わる事になった。後日、的と練習用のナイフをギルドから借りて城壁の外に出た。


「投げナイフを教える前に、根本的な話をしよう」

「はい」

「投げナイフで人は殺すのは難しい」

「はい?」

「考えて見ろ、人に一撃で致命傷を与えるには脳みそを破壊するか動脈……その始点たる心臓を破壊するしかない」

「はい」

「だが脳みそは頭蓋骨で守られてるし、心臓は的が小さい上に肋骨が邪魔だ。首は比較的マシだがね。いずれにせよ、頭蓋骨か肋骨を割るには重いナイフを大威力で投げるしかない」

「それってモーション大きくなりそうですね」

「そうだ。そしてモーションが見えてると防がれやすくなる。だから小さいナイフを素早く投げた方が当たりやすいが、すると今度は骨を割れず、正確に首を狙うしかない」

「れ、練習するしか無さそうですね……」

「そういう事だ。もしくは……いや、良い。とりあえず実演してみよう」


 何かを言いかけたヨハンさんは、ナイフを持って的に相対した。距離は5mほど。


「投げ方は2つある。刃を握るか、柄を握るかだ。いずれにせよ、ナイフは回転しながら飛んでいく。回転させずに飛ばす方法もあるがそれは追々な」


 そう言ってヨハンさんは1本のナイフの柄を握って投げた。素早く2回転したナイフは的の真ん中に鋭く突き刺さった。


「お手本がこれだ。次は悪例」


 ヨハンさんは次のナイフを投げると、それは素早く2回転した後、的に柄が当たって明後日の方向に弾かれた。


「このように、回転数を制御しないとせっかく当たっても刺さらん」

「……回転させなければ良いのでは?」

「そう思うだろう。だがナイフというのは回転させずに飛ばすのに適した構造ではないんだ。それを押し切ってまっすぐ飛ばすとな、飛距離か威力が犠牲になる」

「ええ……」

「投射武器としては投げ槍や弓矢、それどころか投石の方が格段に優れてるぞ」

「じゃ、じゃあ何でヨハンさんは投げナイフを!?」

「…………」


 ヨハンさんは凄く微妙な顔で僕を見てきた。


「ナイフなら誰でも持ってるから一々警戒しないだろ。不意打ちのアドバンテージが大きいんだ、コイツは。あとは入手性も良いしな。最悪石器でも良い」

「な、なるほど……」

「まあお前さんも腰に差してる日用ナイフ、それが1発限りの槍になると考えれば良い。ありふれた物が瞬時に槍になる、それが投げナイフ術だ」

「槍……」


 鍋のリーチは「素手よりまし」程度だ。それが5mで必中を叩き出せれば実質「1発だけパイクが出せる」のに等しい。これは大きい。ちょっとやる気が出た僕はヨハンさんの指導のもと、投げナイフの練習に勤しんだ。



「肩が痛い……」

「お疲れ様」


 僕は風呂屋でエルゼさんに背中を流してもらっていた。筋肉痛で右腕を背中に回すのが辛いからだ。どうにも張り切って投げすぎたようだ。


「マッサージする?」

「……特別なサービスは無しで」

「あら残念」


 風呂を上がってからエルゼさんに右肩を中心にマッサージしてもらい、さらにペパーミントを煎じたお茶を貰った。筋肉痛に効くらしい。飲むだけでなく、布に浸してそれを患部に貼り付けても貰った。なるほど、中世の湿布か。ミントでひんやりして気持ち良い。


「ありがとうございます」

「良いのよ。それにこれは匂い消し」

「へ?」

「彼女さん、他の女の匂いさせて帰ってきたら怒るでしょ」

「…………マッサージ程度の接触でも?」

「女の嗅覚をナメちゃダメよ」


 くすくす笑うエルゼさんに見送られて帰った。嗅覚の差……怖いな。


「ただいまー」

「おかえり。……ん、良い匂いね」

「うん、ペパーミント。投げナイフのやりすぎで肩痛めちゃったから湿布したんだ」

「ふーん。あんまり酷かったら教会で回復魔法使いに診てもらいなさいよ。有料だけど」

「はーい」


 ……よし、バレてない。


 ……という事はエルゼさんと「一晩限りの夢」を見た時でもこれで誤魔化せるのでは????


「ところでその湿布誰に習ったの?」

「ふろやのひとだよ」

「……へえ」


 あぶねぇ、咄嗟にぼかせた自分を褒めたい。……イリスはそれ以上追求して来なかった。隠しきれたか?クソッ、距離が縮まってるはずなのに心が読めない!だがとりあえず、一晩の夢を見るリスクは当分冒さないようにしておこう、僕はそう心に決めた。

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