第83話「バイアクヘー退治」

 見習いのヨハンさんを加えた【鍋と炎】はクエストに出かけていた。飛行系のモンスター「バイアクヘー」が討伐対象だ。


 ドーリスさん曰く、鳥型のモンスターで鉤爪と吸血による物理攻撃に加え、夜間においては外法の魔法を使うらしい。その魔法を喰らうと全身に火膨れが出来て大変な苦痛に襲われるとの事だ。なので狙うなら昼だ。


 依頼者の居る村に到着した頃には夕方になっていたので、村に泊まって朝から行動を開始する事にした。村長さんの家で食事を摂っていると、家の外で豚の悲鳴が聞こえた。


「ああ、また来た……」

「バイアクヘーの仕業?」


 イリスが急いで杖を取るが、村長さんに止められた。


「おやめなされ、もう夜だ。……牛を殺されて怒り狂った村人が夜に戦いを挑んだ事があるのですが、魔法で火膨れだらけになった挙げ句に血を吸われ……」


 村長さんは首を振った。……バイアクヘー怖い。すぐ近くで被害が出ているというのに傍観するしかないのは歯がゆいが、その魔法への対処方法は無いとの事なので諦めるしかない。朝になったら絶対に仕留めよう。



 朝、僕たちは村の傍の森を捜索する事にした。領主のための狩場らしいが、いつの間にかバイアクヘーが住み着いて野生動物を絶滅させ、村の家畜にまで手を出し始めたらしい。領主による討伐も検討されたが、兵士として動員される領民に被害が出る事をいとって冒険者ギルドに依頼したようだ。


「あ、猪の死体」


 目ざとくそれを見つけたルルが指差す。そこにはカラカラに干からびた猪の死体があった。時間が経って乾燥したのもあるのだろうが、ミイラの如く乾ききっているのは血を吸われたせいだろうか。


「ああはなりたくないねぇ」


 そうぼやくヨハンさんは、油断なく耳をそばだてている。森に入ってからの彼の動きは熟練者のそれで、全く隙がない。


 やがて木々が込み入った所に入ると、ルルが声をあげた。


「足跡がありますね。大きいし……うへぇ、鉤爪で土が抉れてる」


 彼女が指差した所から森の奥へと足跡が続いていた。それは人の足よりも大きい足跡だった。こんな足を持つ生き物の羽だ、相当に大きいのだろう。こうして木々が込み入った所を飛ぶのは難しいのか。


 僕たちは足跡を追跡すると、再び木々が開けた所にそれは居た。2mを超す巨体に、蝙蝠こうもりのような翼。頭はありのようで触角が伸びており、その目は人間のものに似ている。口回りは爬虫類のようで、チロチロと覗く舌が不気味だ。そして何より恐ろしげなのは両手両足の先についた鉤爪だ。僕とルルはほぼ全身を甲冑で覆っているから良いが、イリスとヨハンさんにとっては1撃で致命傷になるだろう。


「戦闘態勢。クルトとルルは私とヨハンさんを守る事を最優先に」

「「「了解」」」


 バイアクヘーもこちらに気づいたようで、翼を広げ威嚇してきた。僕たちはイリスの指示に従って距離を保ちながら移動し、大きな木を背にする形で構えた。これなら飛び回られても攻撃される方向が限られる。


「仕掛けてこないわね……なら挑発しましょう。ヨハンさん、お願い」

「はいよ」


 ヨハンさんは革の手袋でナイフの刃を持つと、それを投げつけた。遠投用の投げ方なのだろう、回転しながら飛んでいったナイフはバイアクヘーの目に当たるかと思われたが、鉤爪で弾かれた。そして滑空を開始し、こちらに向かってきた!


「クルト!」

「了解!」


 僕はその飛行機動の前に立ち塞がる。バイアクヘーは地表を舐めるように飛び、急上昇しながら鉤爪ですくい上げるようにして攻撃して来た。


「うわーっ!?」


鉤爪は盾で受ける事に成功したが、あまりの威力に後ろにふっ飛ばされてしまう。バイアクヘーはそのまま垂直に飛び上がり、中空で鋭く頭の上下を入れ替えると急降下してきた。狙いは……イリスか!


「燃えろ!」


 イリスがファイアボールを放つが、バイアクヘーは錐揉み回転しながら翼で頭を覆った。ファイアボールが直撃するが、バイアクヘーはその瞬間に翼を開き、炎を後方に起きざるようにして落下を続ける。ノーダメージか!


「私が!」


 ルルがイリスのカバーに入り、槍を上空に突き上げるようにして構える。対騎兵戦の要領だ、速度に乗って槍に突っ込むのは自殺行為。バイアクヘーはそれを理解しているのか落下軌道をヨハンさんの方へと修正する。


「させるか!」


 体勢復帰した僕がヨハンさんの前に立ち、盾を上空に掲げる。


「一瞬盾下げろ!一瞬な!」

「は、はい!」


 言われるがまま盾を一瞬降ろすと、バイアクヘーとの距離は10mも無いように見えた。急いで盾を上げ直す。

 直後、盾の端を何かが掠めて体勢を崩されるが、同時に凄まじい衝突音が響いた。そちらを見ると、バイアクヘーが右目を押さえてのたうち回っていた。ナイフが突き立っている。


「あの一瞬で当てたんですか!?」

「ああ!」

「話は後、畳み掛けるわよ!」


 イリスの指示で僕とルルが苦しむバイアクヘーに襲いかかる。衝突の際にぶつけたのか、左腕と左翼があらぬ方向に曲がっている。チャンスだ。


「こっちだ!」


 僕はバイアクヘーの左手側へと回り込み、距離を詰める。バイアクヘーが無事な左脚で蹴ってくるが、落下の衝撃が抜けきっていないのか精彩を欠いていた。僕は盾でそれを受け流し、さらに踏み込む。


「AAAAAAAAAAAAHHHHHHHHGGGGGGGGG!」


 突撃したルルがバイアクヘーの右脇腹に槍を深々と突き立てていた。僕が狙っていたのはこれだ。僕が左手側に回り込めば、バイアクヘーの視力を失った右目がルルの方を向く。こうすればルルは視界外から最高威力の攻撃が出来る。


「うっ!?」


 バイアクヘーは右手を振るいルルを薙ぎ払う。鉤爪が鎧を引っ掻く不快な音が響くが、中身は無事だろう。僕はその隙にさらに踏み込み、鍋の距離に入った。バイアクヘーは右脇腹を穿たれた事で右に身体を傾け――――右足重心になっている。僕は思い切り右膝に鍋を叩きつけると、軽石が砕けるような感覚が鍋から手に伝わってきた。それと同時、バイアクヘーが地面に倒れ伏す。


「こいつ、本質は鳥だ!飛ぶために骨が軽くて脆い!」


 僕は喜々として叫びながら、倒れるバイアクヘーの股の下を潜って下敷きになる事を回避し、その背中を踏みつける。バイアクヘーはもがくが、復帰したルルが剣で右腕を斬り落とし、僕が背骨を鍋で砕くと脚も硬直し痙攣し始め、全ての四肢の機能を失った。


 とんとん、と立て続けにバイアクヘーの目と右翼にナイフが突き立ち、ついにバイアクヘーは口以外のあらゆる攻撃手段を失う。その口は苦しげに開かれているが、それは火炎魔法使いであるイリスに対して最大の弱点はいを晒す事を意味する。


 イリスがファイアボールを口の中に放り込むと、バイアクヘーは顔面のあらゆる穴から炎、続いて煙を噴き出して沈黙した。



「いや凄いですねヨハンさん。あの一瞬で目を狙い撃ちするなんて」

「何、ちょっとした芸だよ。それより君たちの連携も凄かったね、道理で――――いや、何でも無い」

「?」


 ヨハンさんは何かを言いかけて、やめた。何となくだが、何かを隠しているフシがあるなこの人。ともあれ実力は一級品なので手放すのは惜しい人材だ。僕とイリスとルルはこそこそ話し、帰ってから歓迎会を開く事にした。ヨハンさんの参加費はタダで。他のパーティーに行きたいなどと言われては損だからだ。


 そういう訳で、ブラウブルク市に帰った僕達は微妙に引き気味のヨハンさんと一緒に酒を飲んで一夜を明かした。今後もあらゆる手を使って彼をパーティーに引き止めなければ!

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