第69話「信頼」

 戦争が終わり、さぁブラウブルク市に帰るぞ!と僕は晴れやかな気持ちで荷造りしていたのだが。


「ブラウブルク市民兵隊と騎士隊、それに冒険者ギルドはこのままザルツフェルト伯爵領を遍歴するぞ」


 と団長が言うのでがっくりしてしまった。何でも、各都市との講和と「武威を示す」ために領内を練り歩く必要があるらしい。移動宮廷の延長だ。まあブラウブルク市に戻ったらその近辺を殆ど出る事が無い訳なので、旅行の機会だと考えれば悪くはないか。続々と各々の故郷に帰っていく民兵隊や農民達を見ると羨ましく思わない訳ではないが……。


 そして出発の前に、略奪の結果についてドーリスさんから通達があった。他の部隊が軒並み個々人が略奪したものを自らの懐に納めているのに対し、冒険者ギルドは略奪した物を1箇所に集積していた。実に馬車2台ぶんの「戦利品」が集まった。


「従来ですと、集積した戦利品の中から個々人が3つずつ獲得し、残りをギルドの倉庫に納める形式を取っていましたが……今回は量が多いことから不満が出るだろうと団長が慈悲を下さったため、これらは全て換金され、そこから3割をギルドが手数料として引き――――その残りを皆さんに等分する形式に致します。遍歴の最中に売りさばく予定ですので続報をお待ち下さい。……見込みではありますが、1人あたま金貨2枚は固いかと」

「「「Fooooooooooooo!」」」


 金貨2枚、日本円でおよそ100万円。一般高校生だった僕には想像もつかない金額だ。略奪って本当に儲かるんだなぁ……。見れば、幾人かの財布が心無しか膨らんでいる気がした。大なり小なりネコババした人も居るのだろう。【鍋と炎】も略奪に参加していればもっと総額は膨らみ、取り分も増えたのかもしれないなと考えたところで、このカネを受け取るか否か選ばねばならないという問題が残っている事を思い出す。


 僕は略奪を拒否しギルドの収入を減らし、間接的にイリスとルルの財布にも打撃を与えた。恐らくイリスが最初に感じた不満はそこだろう。だがそれは『気にするな』と言われ、金銭で埋め合わせをしようとしたらぶん殴られた。この第二の不満が一体何なのか。


 【死の救済】はマルティナさんは略奪を拒否したものの他のメンバーは参加し、それで関係に亀裂が入っているように見えない。お互いの信仰の深さの違いについて理解があり、信頼しているからだろう。……僕が埋め合わせをしようとした事で裏切ってしまったのはそこだろうか。カネで信頼を繋ぎ止めようとした事が、むしろイリスと僕の信頼関係を踏みにじる事になったのか?


『でも、あんたの感傷も理解出来なくはないから。今回は付き合ってあげる』


 彼女はそう言った。僕の"無辜むこの市民から略奪したくない" という気持ちを理解し、無償で付き合ってくれた。カネの問題を呑んで。その厚意を再びカネの問題におとしめて信頼と厚意を踏みにじってしまったのだ、僕は。であれば僕がすべき事は。


「イリス。僕はあの戦利品が換金されても受け取らない事にするよ」

「そう。でも私は受け取るわよ、あんたの感傷に付き合うのは"略奪に直接加担しない" 、そこまでよ」

「理解するよ。でも1つだけお願いがあるんだ」

「……何よ」

「僕は昨日、君の信頼と厚意を理解出来ず嫌な思いをさせた。本当に申し訳ないと思ってる。だから……」

「…………」


 イリスは僕の目をじっと見ていた。どうかこれが正解であってくれと願いながら、僕は言葉を続ける。


「だから、君のことをもっと理解する機会を与えて欲しい。君は僕の事を理解してくれたのに、僕は出来なかった。それがどうしようもなく悔しいし、理解して信頼に応えたいと思う。これからも一緒に居て、その機会を与えてくれないかな」


 それが唯一僕に出来る埋め合わせで、すべき事だと思った。イリスが片眉を上げたのを見て不安が募った。違ったのだろうか。彼女の答えは――――


「もしかして口説いてる????」

「えっ。……あっ」


 自分が吐いた言葉を反芻はんすうする。……プロポーズじゃねえかこれ!!


「ち、違う!そういう意味で言ったんじゃなくて!」

、ばーか」


 そう言ってイリスは笑い、背筋を伸ばした。僕もそれに応えて背筋を伸ばす。頭1つぶん以上身長差があるが、彼女が僕を見つめる空色の瞳は力強かった。


「いいわ、たっぷり機会を与えてあげる。これからもよろしく、クルト」

「ありがとう。こちらこそよろしく、イリス」


 僕が手を差し出すと彼女は握り返して来た。小さく柔らかい手がしっかりと僕の手を掴む。それは一方的な慈悲を与えて来るものでも、僕が一方的に守るだけでもない、対等な人間の手だった。絆のようなものを感じ、自然と頬が緩む。イリスも笑い、頬を薄く染めていた。


 ……ぴゅう、と誰かが口笛を吹いた。


 見れば、ギルド団員全員が僕たちを見ていた。全員顔がにやけている。中心に立つ団長が一歩進み、僕とイリスを交互に見てこう言った。


「こんやは おたのしみ ですか?」


 僕とイリスは同時に団長にりを入れた。

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