第68話「略奪」

 のたうち回って苦しむイグナーツを押さえつけ、ルルが左腋にもう一度剣を突き込んだ。深々と刺さった剣は心臓に到達したのか、イグナーツはびくりと身体をひと跳ねさせると動かなくなった。【死の救済】の方を見やれば既に2人の騎士は倒れ、彼らはアデーレを支えていた騎士と戦っていた。


「婦人、お早く!」


 そう叫ぶ騎士。アデーレは――――


「……ッ!」


 自らの首に短剣を突き立てていた。


「阻止しろ!」


 ザルツフェルト伯を仕留めた団長が駆け出す。【死の救済】の弓使いは騎士に射線を切られている。イリスは杖にストックしていたファイアボールを使い切り、再詠唱中。僕とルルの武器のリーチでは当然ながら届かない。


虜囚りょしゅうとなりはずかしめを受ける位なら!名誉とはこういう事よ!」


 アデーレが首筋にナイフの刃を当て、ぞり、と音がした。


 アデーレの右手とそこに握られたナイフがぼとりと落ちた。


「させるかよ……!」


 僕の鍋が光っていた。幽体の剃刀かみそり。不可視の刃を飛ばすこの世界に存在しない魔法。一瞬何が起きたのか理解出来なかったアデーレはしかし、遅れてやって来た激痛に右手首を押さえてうずくまった。


「人の生活を奪おうとしておいて名誉だなんてふざけるなよ……!ザルツフェルト伯もお前も、好き勝手しやがって……!」


 僕はつかつかとアデーレに歩み寄って髪を掴んで立たせ、鍋を振りかぶり――――力なくそれを戻した。殺しちゃダメだ。下された命令は捕縛。ぶん殴るのも、手首を斬り落とした事で良しとしよう。


「……確保しました」

「……ご苦労。おい、誰か回復魔法使い呼んで来い」


 その時、ぐしゃりと音がした。【死の救済】の戦士達が騎士を抑え込み、開けたヴァイザーの中にマルティナさんがメイスを叩き込んでいた。そして彼女は顔を上げた。


「ここに」

「アデーレの治療を頼む」

「承知しました」


 マルティナさんが駆け寄って来て、アデーレに回復魔法をかけた。右手首からどくどくと流れていた血が止まる。それを確認した団長が、固唾を呑んで見守っていた兵士達に向き直る。


「……諸君、ナッソー攻略戦の終結を宣言する」


 歓声が上がる中、団長は一瞬歯を食いしばり言葉を絞り出す。


「今この瞬間から7日間、略奪を許可する」


 さらなる大歓声があがり、兵士達は競うように城下町へと駆け出していった。広間に残ったのは団長とアデーレ、【死の救済】、そして【鍋と炎】だけになった。


「お前達も行っていいぞ。アデーレを本営に連れていくだけなら俺1人で十分だ」

「私は結構」


 そう首を振ったのはマルティナさんだ。しかし【死の救済】の他のメンツは要塞を後にした。


「僕も……いいです」


 カネが欲しくないと言えば嘘になる。しかしアデーレを罵倒した事で、ここで略奪に参加したら僕はこいつら――――ザルツフェルト伯とアデーレ――――と同列になってしまう気がした。もちろん、この世界で攻城戦における略奪は合法だ。だがやりたくなかった。これは完全に僕のなわけで、イリスとルルが略奪に参加したとしても軽蔑けいべつしたりはしない。


「2人は行っておいでよ。僕の事は気にしなくて良いから」

「気にしないと思う?ばか」


 イリスは僕をにらむ。


「でも、あんたの感傷も理解出来なくはないから。今回は付き合ってあげる」

「……ありがとう」

「ふん。気にしないでよね」


 そう言って彼女は僕を軽く小突いて、笑った。


 ルルは窓辺に寄り、略奪を始める兵士たちを眺めていた。


「……うーん、懐かしい光景ですねぇ」


 そう言って目を細めた。彼女の故郷は僭称せんしょう皇帝軍に略奪され、焼け出されたんだったか。


「あたしもいいです。上手く言えないですけど、あれに参加するのは何だか嫌ですね」

「……そっか」

「でもお金は欲しいですね」

「そっかぁ……」


 綺麗事でお腹が膨れないのは事実なので、僕は頭を抱える。実際、戦争中は当然ながらクエスト収入はないので僕達は基本給だけで生活している。食料こそ供給されど、戦争中だって服は擦り切れていくし行軍すれば靴も壊れる。ルルに至っては槍を破壊され(予備があるとはいえ)、それを勘案すると最終的な収支はマイナスに転じるだろう。


「お前らとんだ変わり者だな。嫌いじゃェがもっと上手に生きた方が良いぞ」

「お優しい摂政殿下に言われたくはないですね?略奪許可、本当は出したくなかったのでしょう」

「うるせェー」


 マルティナさんが揶揄やゆすると団長はばつの悪そうな顔をした。


「……ま、それはともかく生きるのが下手くそなお前らに慈悲をくれてやる。自分たちで倒した騎士の装備は全部懐に入れて良いぞ。ギルドのプールに入れる必要は無ェ」

「本当ですか!?」


 イリスとルルが目を輝かせる。僕も驚いて団長を見た。


「俺とザルツフェルト伯の決闘を自力救済フェーデと捉えれば、そいつらはザルツフェルト伯の郎党として俺個人の問題に関わってきたヤツらだ。んでお前らは俺の郎党ッて事になり……少なくともこのフェーデにギルドは関係ェわな。文句垂らすヤツが居たら俺が黙らせてやるから気にせず装備げ」


 自力救済フェーデとは、己の権利を侵害された時に武力で以て解決しても良いという伝統的な権利だ。提訴者本人だけでなく郎党を動員しても良い事になっている。野蛮だし治安が悪化するとの事で皇帝によって禁止されているが、あまり守られていないらしい。


「じゃあ、お言葉に甘えようかしら」

「やったー!」


 イリスとルルは早速イグナーツの装備を剥がしにかかる。僕も団長に一礼してからそれに加わった。これはもう、感謝するしかない。


「あ、でも僕の取り分はいらないから売却益は2人で分けて」


 埋め合わせにならないかなと手を止めてそう言うと、イリスに思い切り頬をグーで殴られた。彼女は笑顔だったが額に青筋を浮かべていた。相当キレていらっしゃる。


「気にしないでって言ったでしょ?」

「……ごめんなさい」

「よろしい。あ、でも剥いだ物は全部あんたが持ってよね」

「はい……」


 やっぱり下手な事言うべきじゃなかったな。イリスの感情を読みきれなかった申し訳無さと反省でしょんぼりしながら、僕はせっせと装備を剥いだ。……あれっ、そういえばこれとは別に冒険者ギルドの掟だとプールした戦利品の中から3つ好きな物を貰う権利があるよな。それは当然市民から略奪したものな訳だが、そこで僕はどう振る舞うべきなんだろう。悩みの種が増えてしまった。



 略奪はきっかり7日間続いた。降伏し消火にあたっていたナッソー市民兵隊の努力をあざ笑うかのように再び誰かが放火し、7日間ナッソー市は昼も夜もなく明るかった。


 ナッソー市民兵隊と略奪に参加した兵士の間で散発的な戦闘が起きたが、前者は武装解除されていた事から一方的な結果に終わった。しかしそれはナッソー市民兵隊が各々の家族を市外に逃がす際に発生したものであり、団長がご丁寧に全ての城門を開放しておいた事から少なくない数の市民が逃げ出す事に成功した。


 だが逃げ遅れた者の運命は悲惨だった。面白半分に殺される者、強姦される者……野営地に戻る途中、僕はそれを見てしまった。だがそれをやる兵士達を軽蔑する気持ちは全く湧き上がらなかった。この世界では完全に合法な上、彼らは多くの仲間を殺されたはずだ。怒りのはけ口が必要なのだ。アデーレにそれをぶつけ満足し、おまけに仲間たちの厚意で財貨も手に入れた僕がとがめるべき事ではなかった。


 ……略奪が続く中、団長は過労死するのではないかという勢いで戦後処理をしていた。頭目であるザルツフェルト伯本人が戦死したためその家族と連絡を取り、さらに各領主や都市と個別に講和を進めた。頭目とその大義名分であったアデーレが捕らえられ、さらに領地の流通の要衝ナッソーを押さえられた事でそれはすんなりと片付いた。


 略奪が終わってから団長は勝利を宣言し、軍は解散された。


 内戦が終わったのだ。

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