第67話「決戦」

「失礼!」


 マルティナさんが扉を破るとそこは広間になっており、無骨な要塞に似合わぬ豪奢ごうしゃな椅子にザルツフェルト伯がどっかりと座っていた。アデーレと護衛であろう騎士も3人居る。


「……来たか」


 ザルツフェルト伯はその身の破滅が近いというのに落ち着き払っていた。諦めているのだろうか?


「伯爵、既に要塞は階段まで制圧されており、これ以上の抵抗は無意味です。ご投降召されよ」

「無意味?ああ、確かに平民にとってはそうであろうな。だが私は陪臣ばいしんといえど貴族の身だ、せめて戦って死なねば先祖に顔向け出来んよ」

「……殿下は慈悲深い御方です、投降なされば貴族としてを執り行われるかと思いますが」

「馬鹿にしてくれるなよ、平民。絞首刑を恐れて抵抗していると思うてか!」


 この世界の処刑方法は平民は絞首刑、貴族は斬首が一般的らしい。後者の方が苦痛が少ないからという理由だ。


「私は貴族の名誉、そして私自身のエゴのために戦って死ぬと決めたのだ」

「自らの民草を火にかけておいて何が貴族の名誉か!あなたも新教徒のはずです、それが何故――――」

「貴族が真面目に、平民と貴族の平等をうたう新教を信じていると思っているのか?教主庁の支配に嫌気が差してくら替えした者が殆どであろうよ。……であれば、平民を切り捨てる事に信仰上の問題など無いと理解出来るな、平民?さんざん貴様らが喧伝けんでんしてきたであるのだからな」

「貴様……」

「さて無駄話は終わりだ。実を言うと人を待っていたのだ、早々に襲いかかって来なかった知性だけはめて遣わせる」

「何を……」


 その時、どたどたと広間に騎士や兵士達が入り込んできた。下階を制圧し終えたのだろう。その先頭に居るのは団長だ。彼は何事か言おうとしたが、がつんと兜に小手が当たって遮られた。ザルツフェルト伯が投げつけたのだ。


「殿下、受ける必要はありませぬ!事ここに至って決闘など!」


 騎士の一人がそう言うが、団長は無言で小手を拾い上げ、ザルツフェルト伯に投げ返した。どうやら今の小手を投げつけるやり取りは決闘の申し込みだったようだ。


「感謝するぞ、ゴッドフリート殿。華々しく散らせてくれ」

「俺の剣術に華なんてェ。せいぜい野良猫のように無様に転げ回って死ね」

「口を開いたと思えばこれか!……さてアデーレ婦人、そういう訳で私は死なせて頂く。後はご自由になされよ」

「な、何を勝手な!」

「勝手だと?ふざけるなよ、!元はと言えば貴様が為政者として己のエゴを殺しきれなかったで引き起こされた内戦だぞ!……ほとほと愛想が尽きた」


 アデーレは絶句しよろめいた。それを騎士の1人が支える。それを無視し、ザルツフェルト伯は残った2人の騎士に声をかける


「ああ、貴様らは自由にして良いぞ。長年の忠義大変ご苦労であったが、ここから先は私個人の問題だ。付き合う必要はない」

陪々臣ばいばいしんの身なれど、貴族の身でありますれば」

「同じく」

「……勝手にしろ。さて待たせたなゴッドフリート殿。始めようか」

「ああ。……おい、お前らはアデーレを捕らえろ」


 団長は僕たちや兵士達にそう命じザルツフェルト伯と決闘を始めるが、僕たちとアデーレとの間にザルツフェルト伯の騎士2人が立ち塞がった。


「では最後に敵将の命令を妨害して果てるとしようか」

「まあ悪くはないな」


 そう言うと彼らは剣を構えてこちらに突っ込んできた。最前列に居るのは僕たち【鍋と炎】と【死の救済】だ。なし崩し的に死出の戦に巻き込まれてしまったが、やるしかない。彼らを倒してアデーレを捕らえる。そして戦争を終わらせるんだ。


 決戦が始まった。



 ザルツフェルト伯の騎士2人はそれぞれ【鍋と炎】と【死の救済】に突っ込んできた。【鍋と炎】に向かってきた騎士が名乗りを上げる。


「我が名はイグナーツ・フォン・フォスター!何人斬れるか試して死ぬとしよう!」

「1人も斬らせるか!」


 そう叫びながら僕は前に立つが、たったの2合で完全に抑え込まれてしまった。顔面に突きこまれるロングソードを、ルルが槍で跳ね上げて逸らす。その間に僕は飛び離れて体勢を立て直す。


「ムリムリムリ、練度が違いすぎる!」

「弱音吐かない!魔法でどうにかするから抑え込んで!」

「畜生ー!」


 イリスはそう言って長々と詠唱を始めるが、敵は頭の天辺からつま先まで(股間もだ!)完全にプレートアーマーで覆っており、面頬のスリットも槍の穂先が入り込まない程度に細く狭い。鎧の弱点は腋や尻、太ももの裏だが、イグナーツはロングソードの刃の根本(革が巻いてある)を握って槍の如く構え、腋を締めている。つまるところ尻や太ももの裏を狙うしかないが、そこは鍋で有効打を与えられる場所ではない。ルルに攻撃の機会を与えるように立ち回るしかないか。


 そういう訳で攻撃に耐えながら敵の身体を回転させるべくこちらから踏み込んだのだが。


 今度は1合で抑え込まれロングソードで腕を絡め取られそうになった所を、ルルが側面に回り込んで阻止する。腕を絡めるために柄を上げようとすれば腋が空くからだ。僕は飛び離れて体勢を整える。


「ムリムリムリ、練度が違いすぎる!」

「弱音吐かないで下さいー!もう一度行きますよ!」

「畜生ー!」


 今回はルルの立ち位置的に囲む形になった。僕とルルが同時に挑みかかると、僕の方が脅威度が低いとみなしたのかイグナーツは僕に背を向けてルルに対応した。効果は薄いとわかっているが頭を叩いて視界を揺らすべきだ。そう考えた僕は鍋を振り上げたのだが。


「ぐっ!?」


 イグナーツは僕に背を向けたまま、ロングソードを思い切り後ろに引いた。鋼鉄の柄頭が顔面に向かってくるのを何とか盾で受ける。イグナーツは腋に向かって突き出される槍を肘鎧で逸しながら、僕を殴った反動でルルに向かって踏み込み彼女の両腕の間にロングソードを差し込んだ。そのままロングソードの刃をルルの胴鎧に押し当てながら身体を右に捻れば、彼女の身体は振り回されてしまう。


「うわーっ!?」

「ルル!」


即座に援護に入ろうとするが、イグナーツは振り回したルルの身体を蹴飛ばして僕にぶつけてきた。彼女を受け止めて体勢を復帰させるが、その間にイグナーツは護衛者の居なくなったイリスへ向かって踏み込んだ。まずい。


「まず1人」

「気が早い!」


 イリスは長い詠唱を終え、それを解き放った。魔力の波が床を撫ぜ、踏み込んだイグナーツの右足の下で発動する。そこから天井まで届くほどの火柱が立ち上がり、イグナーツの右脚を焼いた。イリスが新しく買った魔法書で学んだ対騎士用の魔法だ。ファイアボール2発分の魔力を消費するが奇襲効果は絶大だ。


「ぐうっ!」


 右脚を焼かれたイグナーツが片膝をつく。騎士が履く鉄靴サバトンは足の甲しか覆わず(そうでないと歩行に支障が出るからだ)靴底は革になっており、その弱点を突いた形だ。靴底をぶち抜き鉄靴と脛当ての中で乱反射した火炎魔法は、その中の足を深くまで焼いた事だろう。最早立てないはずだ。僕とルルは畳み掛けにかかるが。


「これしき!」


 イグナーツは左手でロングソードを杖にして立ち上がり、腰の片手剣を抜いた。まだ戦えるのかと戦慄するが、相手は片腕片足を失ったも同然だ。やってやる!



 ゲッツは革の裏に鉄をつづったブリガンダインに片手剣と盾という出で立ちだ。対するザルツフェルト伯は全身プレートアーマーだ。彼は両腰に吊った剣を抜き、二刀流で対峙する。


「ザルツフェルト伯爵領が領主、エトヴィン・フォン・バウ。故あって申し上げる」

「ノルデン選定候マクシミリアン陛下が摂政、ゴッドフリート・フォン・ブラウブルク。……叩き斬る」


 窓から吹き込んだ、未だくすぶる城下町の煙が混じった夜風が燭台しょくだいの炎を揺らした。それを合図にしたかのように2人は同時に踏み込んだ。


 ひと息に3合の剣が交わされた。時間差で繰り出されるザルツフェルト伯の両手の剣をゲッツは矢継ぎ早に盾と剣で弾き、反撃に左腋に1突き入れる。ザルツフェルト伯はそれを右の剣で受けて絡め、復帰した左の剣でゲッツの右肘を内側から斬りつける。ゲッツは盾でザルツフェルト伯の右腕を殴りつけながら右に身体を捻り、強引に攻撃を阻止する。


 冒険者として機動性を重視した結果ゲッツの鎧には隙間が多く、対するザルツフェルト伯は純粋な騎士として限界まで隙間を小さくしている。装備の差と二刀流の手数の多さからザルツフェルト伯は積極的に攻撃を仕掛ける。彼の攻撃は素早く鋭い。対するゲッツは剣速は遅いが力強い。しかしザルツフェルト伯は余裕があるのかゲッツに語りかける。


「こんな時に何だが、どうやって要塞の門を突破した?城門以上に硬いと踏んでいたのだが」

「丘側から冒険者を忍び込ませた」

「ハ!小娘が追放しようとした者共に破られるとはな!因果とは面白いものよ」

「火計も面白かったか?」

「そう思うかね?平民に情などないが、彼らの命も街もだぞ。それを燃やして面白がる精神は持ち合わせておらん」


 そう言いながらザルツフェルト伯は連続で突きを繰り出し、兜のスリットや肘の内側を狙う。さらに隙あらば足をひっかけ転倒を誘う。ゲッツはそれらを盾や身のこなしで受け流し、時折反撃するが剣が遅い。ザルツフェルト伯が簡単にいなすのを見ると、下手な攻撃は無駄と悟ったのか右手の剣を極力温存し始めた。ザルツフェルト伯は剣速では自分が優位と判断し、このまま押し切る事に決める。


「物のついでに聞かせろ、貴様の軍は実際あと何日った?」

「火計のせいで明日までだ」

「それはそれは!存外私は用兵の才能があったようだな」

「会戦で負けておいて見上げた自尊心だ」

「よもや騎士が負けるとは思わんだろう!ま、そう言う訳で騎士にあるまじき計略を打たせてもらった。意趣返しだよ、ハッハハハハハ!」


 ザルツフェルト伯はこの内戦が始まって初めて心の底から笑った。最後に一矢報いたという事実は彼を高揚させた。最早悔いはなし。剣がどんどん速くなってゆく。


 足払い、右、左、左の剣を切り返す、右の剣を盾の内側に潜り込ませる、左、右。矢継ぎ早に繰り出される攻撃をゲッツは盾で防ぐが、最後に繰り出された右の剣を、ついに温存していた右手の剣で切り払った。ザルツフェルト伯の右腕は内側に振り切られ、ゲッツの右腕は外側に振り切られ腋が開いた状態だ。しかしザルツフェルト伯にはまだ左の剣があった。


「貰った!」


ザルツフェルト伯はがら空きのゲッツの右腋に左の剣を突き込んだ。



 僕は左から、ルルは右から一気呵成かせいにイグナーツに襲いかかる。彼の左手はロングソードを杖にしているため使えない。僕とルル、どちらかを選んで対処しなければならない。――――彼が選んだのは僕だった。右手の剣で斬りかかってくるのを盾で受ける。その間にルルが左腋に槍を突き込む。これで決着――――とはならなかった。イグナーツは片足立ちになり左手だけでロングソードを振り上げた。


「騎士をナメるなよ、平民!」

「うそぉ!?」


 ルルの槍の柄が切断され、その穂先は腋を捉えたものの鎖帷子メイルを貫く前に威力を失ってしまった。両手で扱うべきロングソードを片手で振るう膂力りょりょくを隠した奇襲!だが杖を失った事には変わらない。


「平民をナメるなよ、騎士!」

「ぐっ……!」


 僕は全体重をかけシールドバッシュを仕掛け、イグナーツをついに床に引き倒した。



 きん、とザルツフェルト伯の左の剣が弾き飛ばされた。剣が宙を舞う。外側に振り切られていたはずのゲッツの右腕は、今や内側に振り抜かれていた。神速の1撃。


たばかっておったか!」


 ゲッツは剣の速さを隠していた。遅いが力強い、ただそれだけの剣だと。戦闘中に醸成じょうせいされた思い込みを利用した奇襲!しかしザルツフェルト伯は動じず体勢を立て直そうと後退しようとするが、出来なかった。いつの間にかゲッツに鉄靴を踏まれていた。ゲッツはそのまま盾で痛烈に殴りつけ、片足をい留められたザルツフェルト伯は為す術なく仰向けに倒される。


「ぬうっ!」


 兜のスリット越しでは殆ど視認不可能な速度で剣が振られ、なおも抵抗しようとするザルツフェルト伯の右手の剣も弾き飛ばされる。盾を捨てたゲッツはザルツフェルト伯に馬乗りになるや、彼の兜のヴァイザーを乱暴に上げた。最早ザルツフェルト伯は抵抗しなかった。彼は笑っていた。



 引き倒したイグナーツの右腕に盾を押し当て、僕は鍋を振り上げる。彼がなおも左手で短剣を抜こうとするのを、ルルが手に入れたばかりの剣を抜いて左腋に突き込んで阻止する。鎖帷子メイルを貫いたが命を奪うには浅い。


「イリス!」


 彼女の方を振り向き、目が合う。それだけで意図が伝わり、彼女はファイアボールを放つ。鍋の内側でそれを受け。


「これで!」


 中でぐるぐるとファイアボールが回る鍋を、イグナーツの兜のスリットめがけ振り下ろす。


「これで」


 ゲッツは剣を逆手に持って振り上げ、一気に突き下ろす。


「「終わりだ!」」


 鍋と剣が、同時に相手の顔に叩き込まれた。


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