第66話「攻城戦 その5」

「ナッソー市民兵隊の一部と、オストイース農兵隊が降伏した模様」

「そうか。ナッソー市民兵隊の残りとヒューズ農兵隊を投入し橋に攻撃をかけさせろ。突破出来れば略奪中の敵の背中を叩ける」


 護衛の騎士が上げる報告に対応するザルツフェルト伯の声はどこか投げやりだ。今や忠誠心の高い直轄領の部隊(クーデターで精鋭の多くを失ったせいで練度は低いが)は軒並み要塞に収容し、市内に残してある部隊は捨て駒だ。要塞に収容出来る兵はせいぜい300人程度であろう、食料も有限なのであまり多くの兵を収容しては逆に都合が悪い。


 よって今動かした兵が勝とうが負けようが知ったことでは無いし、ナッソー市民兵隊に至っては火計によって今や反乱者予備軍だ。この要塞から遠ざけておくに越した事はない。


 火計。自らの領地に火をかけるとは統治の面、そして民衆を保護するという貴族の務めから見ればおよそ常道ではないが、これによって一度略奪が始まれば数日は止まるまい。その後数日耐える。仮にゲッツが軍の統制を取り戻せたとしても失う物は大きいはずだ。それがザルツフェルト伯の目論見であった。


 手持ちの兵では城壁を守り切る事は不可能、であればそこで全軍をすり潰すより市内の橋(捨て駒だ)と要塞に焦点を絞る他ない。そこで耐えてゲッツの金庫がカラになるのを待つ。彼の持ち金がいくらかは知りようもないが、傭兵隊の少なさから余裕が無い事は見て取れる。


 しかし部下はこの策の意図を理解していなかったようだ。敵が混乱している隙に逃げるべきだと進言してくる。


「……我が君主。お言葉ですが、ここは御身1つでも逃げて亡命すべきでは?」

「ハ!皇帝陛下の直臣ならともかく、私は陪臣ばいしんだぞ。亡命してもせいぜい小さな騎士領を伯爵領と称して与えられるか、十中八九は無領で食客になるのが関の山だろう。あり得ん」


 陪臣とはいえ大貴族としてのプライドがザルツフェルト伯にはあった。ここで勝てば、講和条件で領土を取られるのは避けられずともまだ大貴族を名乗るに足るだけの領土は残るはずだ。最上なら白紙講和で停戦に持ち込める。全てを失う亡命とでは天秤が釣り合わなかった。


「私は寝る、何かあれば伝えよ」


 真っ赤な夕日に劣らず燃え盛るナッソーの下町を一瞥いちべつしてからザルツフェルト伯は寝室へと向かった。



 翌日、何とか秩序を取り戻し梯子はしごや破城ついを市内に持ち込んだゲッツ派軍は最終攻撃に備えていた。銀貨を手渡されたとはいえ、略奪におあずけを食らった兵達の戦意は下がっている。財布事情的にも士気的にも短期決戦を挑まざるを得ない。


「――――以上だ、諸君らの奮戦力闘に期待する」


 作戦を伝え終えたゲッツは、即座に軍に行動を開始させた。


 市内にかかる2つの橋(小さいものは全て落とされていた)を攻撃すべくクロスボウ兵に支援された歩兵隊が前進する。戦闘開始の直前に降伏勧告を行ったところ、対峙する部隊はすんなりと降伏した。未だ燃え盛る下町の消火作業に兵を取られている上、捕虜を収容するために兵を割かねばならず実働兵力がさらに下がる事になるが、そもそも要塞とは大兵力で包囲しても意味が無いように作られているので大した問題ではない。


 切り立った丘の上に建てられたそれは、梯子をかけられる場所もかなり限られている上に門も1つしか無い。城壁をコンパクトにまとめたようなそれは、防御側が局所的に人数の優位を確保出来るように作られている。少兵力で大兵力を受け止める事に特化した存在、それが要塞だ。


「攻撃開始せよ」


 要塞を包囲し終えたゲッツ派軍はゆるりと攻撃を開始した。最初から全力攻撃を仕掛ける気はない。とにかく敵を休ませず、疲弊ひへいさせる事が目的だ。……結局要塞攻略戦1日目は何の成果も上げられなかったが、攻撃は夜通し続けられた。2日目の昼も同様だった。……一方、冒険者ギルドは休息を充てられていた。



「夜襲でカタをつける」


 団長はそう言った。夜間攻撃は昨夜もしていたが、それとは何か違うのだろうか。


「梯子が掛けられん丘、あそこから侵入する。ロープを投げ入れてそれを伝って城壁を駆け登り、そこから門を奪取しに行く」

「危険極まりないですねぇ」

「百も承知だ、だが明日までに決着をつけにゃ講和せざるを得なくなる。……今までの努力も戦死者も全て無駄になるッて事だ。心してかかれよ」

「「「了解ウィース」」」


 戦死者。クーデターの日に散っていったギルド団員。会戦で殺された人たち。市の城壁や城門で無残に殺された人たち。そして今この瞬間も要塞で死んでゆく人たち。彼らの死が無駄になる。責任の重さは感じるが、それ以上にザルツフェルト伯とアデーレへの怒りが勝っていた。自分に手を貸した街に火を放つクソ野郎共に負けるのは屈辱だ。一発殴ってやらねば気が済まない。


「で、仮にザルツフェルト伯とアデーレを見つけたらどうするんで?」

「ザルツフェルト伯は殺しても構わんが、降伏するなら受け入れろ。アデーレは捕縛だ」

「あいあい」


 ヴィルヘルムさんの質問に団長が答えると、それ以上の質問は出なかった。各パーティーから盗賊役割クラスがかき集められ、彼らを先鋒にして作戦が展開される事になった。



「撃ち方始めー!」


 その日の夜、総攻撃が始まった。要塞に火矢が撃ち込まれ、消火に人手を取らせている間に梯子と破城槌を操る部隊が前進を開始する。団長は攻城部隊の指揮を執っているため、僕たち冒険者ギルドの指揮官はヴィルヘルムさんだ。


「……始まったな。こっちもやるぞ。射撃隊いくぞ……3、2、1……」


 0は発音せず、無言の中幾本の矢が一斉に放たれた。城壁の上で警戒していた兵士達がばたばたと倒れる。


それに続いてヴィルヘルムさんが合図すると、盗賊達がかぎのついたロープ(全員の初心者セットに含まれるロープを繋ぎ合わせたものだ)を城壁に投げる。城壁は切り立った丘の上にあり、確かにこれでは梯子が届かない。フチにがっちりと鈎が食いついたのを確かめると、彼らはそれを音もなく登り始める。


「おい、これは――――」


 城壁の上から声が聴こえたが、登りきった盗賊が仕留めたのか途絶えた。彼らの1人が手を振って安全を知らせた。


「よし、行くぞ」


 そしてベテランパーティーから順番にロープを伝って城壁を登り始める。僕も装備の重量に難儀しながらも何とか登りきった。イリスとルルに手を貸して引き上げる。


「全員登り切りました」

「よし、俺たち【鷹の目】と【サイネリア】、【鋼鉄の前線】で城門を奪取するぞ。他は援護だ、増援を受け止めてくれ」


 全員が無言で頷き、行動を開始した。城門へ行く以外のパーティーは各パーティーリーダーの指示に従い、独自判断で城門を攻撃出来そうな場所へと散っていく。これは兵隊と違う、冒険者ギルドの強みだ。3人から5人に1人指揮官が居て、独立して戦闘が出来る。団長がこういう隠密作戦に投入した理由がわかった。


「私達はあっちに行きましょ」


 イリスが指差したのは要塞本体の側面にある扉。……良く見れば近くに穴が掘られていた。兵士用のトイレか?城壁を降りて扉の横で待機していると、中から声が聞こえてきた。


「う~~トイレトイレ」


「「「…………」」」


 3人は無言で頷き、ルルが扉の正面、僕とイリスは扉の背後に移動した。それと同時に扉が開く。


「ウホッ、先客……うっ」


 飛び出してきた兵士の後頭部を鍋で叩き、同時にルルが首元に槍を突き込んで仕留める。その間にイリスが素早く閉めた。


「良し」


 3人は頷き、死体をトイレ穴に放り込んだ。装備をがしたい所だったがそんな時間は無い。ワンクリックで一瞬で装備を剥がせるゲームが恋しい。


「いやはや、迂闊うかつにトイレに行くとこういう事もあるんですねぇ……」

「僕も気をつけるよ……」

「本当勘弁してよね」


 3人は冗談めかして笑うが、その声は少し硬かった。失敗していたら増援を呼ばれ、囲まれていたかもしれないのだから。ザルツフェルト伯とアデーレはぶん殴りたいが、その前に死んでしまっては元も子もない。


 その時、城門の方が騒がしくなった。


「城門奪取!」


 微かにウィンチが巻き上げられる音が聴こえた。城門を制圧したベテランパーティー達が落とし格子を引き上げているのだろう。


「冒険者ギルド、要塞内に突入!後続の露払いをしてやれ!」


 ヴィルヘルムさんの命令が聞こえると、近くに【死の救済】がやって来た。マルティナさんが声をかけてくる。


「怪我はないですね?私達はこちらから突入しましょうか」

「はい、行きましょう」

「では私達に続いて下さい、後ろと横の警戒は任せます」


 そう言って先行するマルティナさんが持つメイスは既に血でべっとり濡れていた。もう何人か殺しているのだろう。彼女達が先行してくれるのは頼もしい。


 扉の先は狭い通路になっていた。どう頑張っても2人以上は横に並べない。扉のそばにはこれを塞ぐためだったのだろう、レンガや机などが積まれていた。さっきの兵はこれを使って扉を塞ぐ前に用を足そうとしていたのだろうか。城門が破られたというのに不用心極まりない。……もしかして練度が低い?


「門が破られたぞ!玄関に集結しろ!」「クソッ、死にたくねぇよ……!」


 通路の交差点をドタドタと兵士が駆けてゆくのが見えた。切羽詰まっているようでこちらには気づかなかったようだ。【死の救済】の戦士は交差点まで進んで、兵士が向かった先を偵察する。


「……玄関に30は下らん兵がいるな。逆方向に階段がある」

「奇襲をかけるにしても数が多いですね……おそらく敵は玄関から階段に向かってゆっくり退いてゆくつもりでしょう、先に私達で押さえてしまいましょう」

「この人数でです?」

「要塞や城の階段は少人数で守れるようになっています、大丈夫でしょう」


 そういう事になり、斧などで扉が破壊されてゆくのを眺めている兵士達の後ろをすり抜け、僕たちは階段を上った。……なるほど階段は時計回りに回転しながら上ってゆく螺旋らせん構造になっていた。これだと階段を上る右利きの兵士は螺旋階段の柱側に右手が来る事になり、非常に武器が振りづらい。逆に下る兵は自由に右手を動かせる。しかも階段の幅は人1人分しか無いため数でゴリ押しするのも無理だ。良く出来ているなぁ……。


「ここじゃ槍が使えないですー……」


 狭さは長柄武器の使用も難しくしていた。ルルは槍を左胸に抱えて右手に剣を抜いた。


「あー……ここではルルちゃんはちょっと不利ですね。私達は下を監視しているので、上を確認して来て頂いてよろしいですか?」

「わかりました」


 そういう訳で【鍋と炎】は2階を確認しに行く事になった。階段を上り切ると廊下が広がっていた。……弓兵やクロスボウ兵の死体が転がっており、2人の弓兵が窓の下で身を潜めていた。


「あっ」

「「「あっ」」」


 そして目が合ってしまった。


「敵襲、敵襲ーッ!」

「ええい、やるわよ!突撃!」

「「了解!」」


 僕とルルが並び立って駆け出す。敵は矢をつがえようとするが遅い。イリスが放ったファイアボールが1人を火だるまにし、もう1人を僕がシールドバッシュでよろめかせ、そこをルルが槍で突いて殺した。やはり練度が低く瞬殺だ。


 廊下には扉が3つある。一際大きなものがザルツフェルト伯とアデーレの居室だろうか。突入するか迷っていると、【死の救済】が階段を上ってやって来た。


「あれっ、下は良いんです?」

「私達が通ってきた通路から他の部隊が侵入してきて、今や玄関は挟撃状態です。私達で先にザルツフェルト伯とアデーレを捕らえてしまいましょう、大金星ですよ」


 確かに階段の下からは激しい戦闘音が聴こえて来ている。納得した僕達は一番大きな扉に踏み込む事になった。


 ついに、決戦だ。

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