第65話「攻城戦 その4」

「クロスボウ兵を抑えろ!」


 団長の命令を受け、冒険者ギルドは敵歩兵隊の横をすり抜け両翼に展開するクロスボウ兵に襲いかかった。幸いにして装填作業中だった彼らから射撃を受ける事はなく一息に距離を詰める事が出来た。とはいえ、射撃兵であるにも関わらず兜にブリガンダインと装備は整っているクロスボウ兵はにとっては強敵だ。ならば。


「喰らえ!」

「ちいっ!」


 剣を抜いて近接戦に備えるクロスボウ兵に鍋で殴りかかり、剣を拘束する。そしてそのまま右に踏み込んで敵の身体を半回転させれば――――


「もらいーッ!」

「ぎゃあっ!?」


 僕の後に続いていたルルが敵兵の無防備な腋に槍を突き立てる。このように連携して倒せば良い。取り回しの悪い槍のために、取り回しだけは良い鍋でインファイトを挑んで隙を作る。盾が小さくなり機動力が上がった事でこの役割はさらにやりやすくなっていた。これで仕留めきれなければイリスが魔法を叩き込む。この連携が今の【鍋と炎】の最適戦術だ。


 僕たちがそうして1人を仕留めている間に、【ガッリカ】【ゲルマニカ】はローマ仕込みの連携でそれぞれ敵を1人ずつ仕留めていた。一方【鋼鉄の前線】は戦車の如く盾の壁を押し出して突っ込みながら敵兵を斬り殺し、援護しようとする敵を魔法使いが光の矢を放って仕留める。【サイネリア】はロングソード使いの集団で、鎧に防御を任せロングソードで敵を突き殺し、隙あらば大ぶりの斬撃でなで斬りにする。……この2パーティーだけで10人は殺しているのだから実力差を実感させられる。


 あっという間にクロスボウ兵は駆逐され、中央で戦っていた歩兵隊も退き始めた。


「追撃する!予備隊を呼び寄せろ!」


 団長は伝令を飛ばしつつ、統制を失っていたリンド市民兵隊をまとめ上げ隊列を整えさせた。その時、城壁の方でも歓声が上がった。味方が城壁を奪取したようだ。敵が城壁を降りて退いてゆくのが見える。街道にクロスボウ兵が展開しているのか、城壁の上の味方が射撃にさらされているが敵歩兵がいないためスムーズに城壁を確保している。


「……こりゃ組織的に退いてるな。橋あたりで次の防衛線築いてるか?」

「如何しますかい?」

「攻撃続行だ、とっとと戦闘に投入せにゃ先走って略奪を始める兵が出てくるだろ。リンド市民兵隊、前進せよ。後続が来るまで敵の頭を抑えろ!」


 団長はそう命令を下し、攻撃は続行された。道路をまっすぐ西進すると、向きを南西に変えた川にけられた橋が見えてきた。その前に展開する敵兵の集団も。対岸にクロスボウ兵や弓兵が構えている。


「今度は突撃するんじゃ無ェぞ、隊列を整えて進め。お前らは隊列整えて戦わにゃ損害がデカくなる、それこそ射撃の損害よりもな」

「はっ……」


 団長がリンド市民兵隊長にそう命令を下した。彼らは先程の突撃でバラバラに戦った結果、前線に立っていた兵達に大きな損害を出した。個人武勇に優れる冒険者でさえパーティーを組んで支援しながら戦うのだ、年に数度の訓練しかしない民兵隊が足並みを乱して戦うのは自殺行為に近い。彼らは今回は槍やハルバートを持った兵が前に出て槍を横に構えて、突撃を阻止しながら進んでいる。射撃でいくらか損害が出たが、今度は隊列を保ったまま戦闘に突入した。


 僕たちはその後ろで待機している(待機と言っても、たまに曲射で飛んでくる矢を警戒しながらだが)。背後を見やれば、予備に回されていた部隊――――指揮官を失い再編されていた傭兵隊や民兵隊、それに温存されていた下馬騎士隊――――が城門を越えてきたのが見えた。


「よォし、後少しで後続が到着するぞ!踏ん張れ!」


 団長がそう声をかけたその時、対岸の空に流星がきらめいた――――否、それが曲射された火矢だと気づいた頃には、それらは家々に突き立っていた。


「なっ――――」


 敵が自らの街に火を放った。驚いている間にも次々と飛んでくる火矢は川を挟んでこちら側の家々に突き立ち、火事を引き起こしていた。


「正気かよ……!?冒険者ギルド、消火作業にあたれ!住民にも声をかけて手伝わせろ、大急ぎでだ!」


「りょ、了解!クルトとルルはあの井戸から水汲んで!あたしは住民に声かけてくる!」

「「了解!」」


 僕とルルは近くにあった井戸に走って水をみ、火矢にそれをぶっかけて消火する。


「ルル、次!」

「やってますー!」


 井戸から水を汲むのは時間がかかる。釣瓶つるべを落としそれを滑車で引き上げてやっと桶一杯分の水が汲めるのだ。そうして苦労して汲んだ水も炎に一振りすれば失われてしまう。蛇口を捻ればさんさんと水が出る日本をこれほど恋しく思った事はない。……そうしている間にも火矢は飛来し続け、炎は延焼を始めていた。


 その間にイリスが、固く扉を閉ざした家々に声をかけて回る。


「ザルツフェルト伯が街に火を放ってるわ!消火作業手伝って!」

「信じられるものですか!そうやって私達をおびき出そうとしているのでしょう!」

「んなっ……違うわよ、実際燃えてるのよあなたの家!」

「自分で放火しておいて盗人ぬすっと猛々しい!家を出て兵士の慰み者になるくらいならここで焼け死んでやるわ!」


 住民達は略奪を恐れて家に閉じこもっている。こちらの言葉を信じる気配はない。30人程度の冒険者ギルドでは付近の家々の消火作業ですらまかない切れておらず、住民が協力しないとあらば圧倒的に人手が足りない。


「まずいな、後続の部隊にも消火手伝わせ―――――」


 そう命令を下そうとした団長が絶句した。



 略奪と放火は付き物だ。特に放火する意味など無い、それどころか火事で家財道具が焼けてしまっては自分たちの取り分が減る。それは誰もが理解している事だった。だが住民が固く閉ざした扉が破れない場合、腹いせに放火したり、そうでなくとも面白半分に火をつける兵は居るものだ。


 故に、後続の部隊は燃える家々を見てこう思った。


「略奪が始まったぞ!」


 を利用した、予備隊突入のタイミングを見計らっての火計。ザルツフェルト伯の作戦は見事に成功した。


「乗り遅れるな、奪え奪え!獲物が燃える前に奪い尽くせ!」


 かくして傭兵隊と民兵隊の統制は崩壊し、略奪が始まってしまった。



「クソ野郎があああああああああああああッ!」


 ゲッツは激昂げっこうし叫んだ。ザルツフェルト伯がすんなりと城壁を明け渡したのは守備兵が足りないからだと誤解していた。勿論それもあるだろうが、こんな手を打ってまで勝ちに来るとは思ってもいなかった。今や要塞攻略に投入されるべき予備隊は軒並み略奪に参加してしまい、使い物にならなくなった。統制を保ってここまでやって来たのは騎士隊だけである。リンド市民兵隊の損害が大きくなり始めたが、彼らを下がらせて自由にすれば略奪に走るのは目に見えていた。本来なら騎士隊と交代させるべきであるが、ゲッツは彼らをここですり潰す事を決めた。5千強の兵の秩序を守るために400の兵を切り捨てるという勘定である。


 しかしその時、リンド市民兵隊と戦っている敵から声が上がった。


「そちらの指揮官に告ぐ!我々はナッソー市民兵隊である、貴隊に降伏を申し入れたい!」

「何!?貴様ら、勝手な事を―――――ぐわっ!?何をする、やめ……あああああああ!?」


 敵の後方で悲鳴が上がり、やがて途絶えた。


「……ザルツフェルト伯の監視部隊を始末しました!自らの街に火を放つ君主に仕える義理はありません、降伏を受け入れて頂きたい。そして、我々は我々の街を守るために戦っておりますれば、消火作業に参加する許可を頂きたく……」


 リンド市民兵隊は敵の異変に気づき、攻撃を中止していた。ゲッツは一瞬、これは敵の策略なのではないかと疑った。しかし対岸に構えるクロスボウ兵達も射撃をやめてナッソー市民兵隊の後ろにやってきたのを見て、彼らを信じる事に決めた。


「貴隊の降伏を受け入れる。消火作業への参加も認めるが、武器は置いていけ」

「寛大な措置に感謝します、殿


 ナッソー市民兵隊は次々と武器を投げ捨て、リンド市民兵隊が開けた道を通って消火作業へと走っていった。


「ヴィル!ヴィルいるか!」

「はいはい」


 走ってきたヴィルヘルムに、ゲッツは命令を下す。


「俺は秩序を取り戻しに行く、ここは任せる。リンド市民兵隊はこのまま橋の監視と防御に置いていく……わかるな?」

「勿論ですとも」


 ヴィルヘルムは砕けた口調とは裏腹に神妙な顔で頷いた。――――暴力的措置を取っても構わないからリンド市民兵隊の秩序を保て――――ベテランであり頭も回る彼には言外にそう伝わったと確信し、ゲッツは騎士隊に命令を下す。


「騎士隊、10人で1ユニットを組め。そして市内を巡って部隊の秩序を回復させ、従う兵は東門の付近に整列させろ。最悪斬っても構わん」

「殿下、既に略奪は始まっておりタダで兵は収まらぬでしょう。エサが必要かと」


 そう言いながら手を挙げたのはアルバンだ。確かに彼の言う通りである。ゲッツはギリと歯を食いしばり、言葉を絞り出した。


「戦闘終結後、略奪許可を1週間に延長する。また従った兵には1人あたま銀貨5枚を与える……そう伝えろ」

「はっ」

「良し、行動開始せよ!ドーリス、大急ぎで主計官呼んでカネ持って来い!カエサル、【ガッリカ】と【ゲルマニカ】を集めてドーリスを護衛させろ!」

「承りました」「承知」


 ……略奪に熱中する部隊を攻撃せんと敵は橋に攻勢をかけてきたが、リンド市民兵隊と冒険者ギルドが防ぎきった。その間ゲッツは秩序回復のために走り回り、深夜になる頃に何とか秩序を回復する事に成功した。……その対価として多額の現金を失った。


「軍を維持出来るのはどう頑張ってもあと数日、借金すれば保ちますが……信用度的に利率は高額になるでしょう、今後十数年は借金返済で首が回らなくなるかと」


 主計官がそう報告するのをゲッツは額に手を当てて聞いた。

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