第64話「攻城戦 その3」

「前進、前進ーッ!」


 傭兵達が土の壁の裏に運び込んだ梯子はしごを持って走り、城壁にそれを掛ける。あとはそれを伝って城壁を登り、そこに陣取る敵兵を倒すだけなのだが……


「ぎゃあっ!?」

「畜生、クロスボウ兵は何してやがる!しっかり援護射撃よこせ!」


 城壁から顔を出した敵兵が熱湯やレンガを投げつけ、梯子を登る傭兵を叩き落とす。さらには火炎魔法を梯子に当てて炎上させ、使えなくする。


 攻撃側はそうして城壁から顔を出す敵兵をクロスボウや弓で狙撃し、或いは上級の無属性魔法使いが逆Uの字を描くように光の矢を放ち、敵兵が居そうな場所を潰してゆく。さらには岩石魔法使いが土の壁の裏から穴を掘り進め、城壁の下に侵入しようとしている。


 僕たち冒険者ギルドはそれらを横目に眺め、目前の破城つい部隊がゆっくりと前進するのを待っている(破城槌はその重量からか、10人がかりで押しても中々進まない)。


「……ねえ、あんな風に城壁の下を掘らなくてもさ、ドーリスさんが僕たちの家の床に穴を開けたみたいに、城壁のレンガを岩石魔法でどかせば良くない?」

「城壁のレンガはばっちり魔法対策されてるのよ、鉄粉とか鉄片を混ぜ込んで魔力の通りが悪くなるようにしてるの。あと掘ってる穴も、大抵城壁の基礎には魔法対策で鉄杭が埋め込まれてるから途中で停滞すると思うわ」

「あ、ああー……異世界ならではだなぁ」

「異世界?」

「いや何でもないよ」


 ルルが首を傾げる。彼女には僕が異世界転生者だという事は伝えていないし、頭が緩いのではないかと疑っているので目下伝える気もない。うっかり僕が邪教徒扱いされるのは避けたい。


 そうこうしている内に破城槌がついに城門に前まで到達したのだが。


「ああああああああ!?」


 城門の天井から突如として灰のようなものが落ちてきて、下にいた兵士達がそれをもろに被った。咳き込んで、或いは目を押さえてのたうち回っている。城門の上には殺人孔といって、下に物を落とすための穴があるらしい。


「うわっ……」


 イリスが口に手を当てて顔をしかめた。


「あの灰、ただの灰じゃない……?」

「多分消石灰ね、目に入ると失明するわ……可哀想に」

「うへぇ……」


 しかし兵士達はめげずに次の部隊を投入し負傷兵を下がらせつつ、クロスボウ兵に殺人孔を警戒させながら破城槌を操作する。さらに、岩石魔法使いが城門の手前側の両脇に盛り土を形成する。あれは何だろう?


 そんな疑問をよそに兵士達は破城槌についた丸太を大きく引き、勢いをつけて城門に叩きつける。それを数度繰り返すと、木製の城門がひしゃげて吹き飛んだ!ついに僕たちの出番かと思ったその時、破られた城門の奥に鉄で補強された木製の格子が落ちてきた。そのさらに奥にはクロスボウ兵や槍兵。


「あっ……」


 僕が声を上げると同時、クロスボウが放たれ破城槌を操作していた兵士が倒れる。さらに破城槌の後ろ側、つまりは城門の僕たちに近い方にも格子が落ちて来るが、これは先程岩石魔法使いが形成した盛り土に受け止められて城門を塞ぐには至らない。あの盛り土が無ければ、破城槌部隊は2つの格子の間に閉じ込められなぶり殺しにされていただろう。


「な、なるほどなぁ……」


 僕は感心しながらも、城門というものの殺意の高さに戦慄せんりつしていた。ブラウブルク市の城門は何度もくぐっていたが、こんな仕組みになっているとは知らなかった。殺人装置の下を日々潜っていたとは……。自分の街のものなら頼もしいが、これから僕たちがくぐるのは敵対する城門だ。無事に通り抜けられるよう祈る他ない。


 兵士達は盾を持った兵を前に押し出して槍やクロスボウを防ぎながら再び破城槌を操作して格子を破壊しようとするが、殺人孔からの攻撃で次々と倒されてゆく。そうして兵士が減ってくると次の部隊が投入され後を引き継ぐ。酷い消耗戦だ。


 その時、城壁の方で声が上がった。


Bブルーノ中隊、城壁に一番乗り!」


 見れば、梯子を登りきった部隊が城壁の上に展開を始めていた。


「やった!彼らが城門を内側から奪取してくれれば……」


 その時、B中隊の兵士がバタバタと城壁から落ちてきた。身体のどこかしらに矢が突き立っている。


「畜生、奴ら城壁の裏にクロスボウ兵を温存してやがった!盾持ちよこせ盾……ぐわっ!?」


 そう叫んでいた声が途切れた。そして敵が反撃に歩兵を投入したのか、B中隊はあっという間に城壁から文字通り追い落とされてしまった。城壁から飛び降り脚を折った兵が回収されてゆく。


「「「…………」」」


 【鍋と炎】は絶句してそれを眺める事しか出来なかった。城門も城壁もこのような消耗戦が繰り広げられている。どちらも、地獄だ。これが攻城戦。


「なるほどな……」


 僕は完全に理解してしまった。確かにこれは兵士達が略奪したくなる気持ちもわかる。を支払わせたくなるのは当然だ。連日の、大した死傷者の出ない土の壁作りで「こんなものか」と攻城戦をナメていた。現実は、これだ。


 無論、非武装市民を攻撃する事は未だ強い抵抗感がある。だがああして戦っている敵兵への慈悲だとか同情だとかいう気持ちはすっかり失せていた。今までのように降伏してくる兵士を、冷静に捕縛出来る気がしなかった。がり、と自分の中で何かが削れるような感覚を覚える。


 どれくらい時間が経っただろうか。幾度となくゲッツ派軍は攻撃を仕掛け、前線に投入された部隊の指揮官級が軒並み戦死か負傷しては新しい部隊が投入され、という消耗戦を繰り返していたところ、城門から声が上がった。


「もう少しで落とし格子が破れるぞ!」


 見れば、鉄で補強された木製の格子が破壊されかけていた。木製部分は粉々になり、鉄の補強金具もひしゃげている。あと1撃かそこらで完全に破壊されるだろう。団長をそれを認めたのか号令をかける。


「リンド市民兵隊、突入準備!突入後は正面を抑え込め!冒険者ギルドはその後に続いて突入、隙を見て街道を西進だ。俺が直率する」

「「「了解ウィース!」」」


 僕は声をあげながら、自分の装備を点検する。


 兜の緒を締める。首鎧の取付部が緩んでいないか確かめる。肩鎧もちゃんと接続されており、腕の動きを妨げない。革の胸鎧の肩ベルト、脇腹のベルトにも緩みはない。ギャンベゾンに吊った脚鎧もしっかり太もも、膝裏のベルトで脚に巻きつけられている。脛当ても良し。盾は二の腕のベルトで腕に固定され、ハンドルを握れば自由に操作出来る。最後に手を開閉して小手の調子を確認し、鍋を抜く。これで全部だ。


 随分と点検箇所が増えたものだと感慨深さを感じつつ、ルルの装備も点検する。彼女の装備も問題なし。イリスは杖に魔力を通して確認を終え、頷いた。冒険者ギルドの各パーティーはそれぞれ隊列を組み、リンド市民兵隊の後ろに並ぶ。


「リンド市民兵隊429名、整列完了!」

「冒険者ギルド、いつでも戦闘いけますよ」


 リンド市民兵隊の隊長とヴィルヘルムさんがそれぞれ報告を上げるのを聞くと団長は頷いた。


「前進開始せよ」


 冒険者ギルドは民兵隊に続いて城門へ向け前進を開始した。城門の上から矢が飛んできて民兵隊の1人が倒れるが、即座にヴィルヘルムさんが反撃し射手を仕留めた。さらに既に展開しているクロスボウ兵隊が城門や付近の城壁に矢を射掛け、顔を出せないように抑え込む。


 彼らに援護されながら前進する中、ついに落とし格子が破城槌によって破壊された。その奥には家具などでバリケードを築いた敵歩兵隊(200かそこらか)、さらにクロスボウ兵。すかさず温存されていたブラウブルク市民兵隊が左右に飛び出し、それらと撃ち合いを始める。しかし敵の狙いはあくまでリンド市民兵隊だった。次々と兵士が倒れていくと、彼らの間に動揺が走った。そして動揺が恐怖に、恐怖が怒りに変化していくのを僕は感じ取った。これは……


「隊列乱すな!落ち着いて前進しろ!」

「野郎、ヤンを殺しやがった!ぶっ殺してやる!」「あいつらを殺せば略奪し放題だぞ!進めーッ!」


 団長が声をかけるが無駄だった。第2射がリンド市民兵隊を襲うと、彼らは一斉に突撃を開始してしまった。隊列を保って前進するのは難しい。敵から射撃されていれば尚更だ、撃たれる時間を少しでも短くしようと突撃し距離を詰めたくなる。


「クソッ……まァ勢いがあるのは良い事だ。冒険者ギルド、続くぞ!駆け足!」

「はいはい皆々様、我々は秩序を保って走りますよ!駆けあーし、ひだり!」

「「「リンクスリンクスリンクスリンクス!」」」


 ヴィルヘルムさんの号令で、冒険者ギルドは歩調を合わせながら走る。といってもジョギングの速度な上、掛け声のせいで運動部のウォームアップのような間抜けさだが、秩序を保って城門の前までやって来れた。目前では数に勝り勢いのあるリンド市民兵隊が敵を押し込み(代わりに損害も大きいようだが)、左右に隙間を作る事に成功していた。


「【鋼鉄の前線】、【サイネリア】、【ガッリカ】、【ゲルマニカ】、それに【鍋と炎】は左に展開、残りは右だ!行くぞ!」

「「「了解ヤヴォール!」」」


冒険者ギルドは左右の隙間に突っ込んでゆく。僕にとって初めての攻城戦が始まった。

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