第63話「攻城戦 その2」

 壁を作ってはそこを拠点に前進、また壁を作る……という作業が繰り返さる事、実に1週間。ついに城壁の手前まで安全に前進出来るように土の壁が作り上げられた。敵からの射撃は、もはやクロスボウ兵や弓兵、魔法兵が消耗し尽くしたのか非常にまばらだ。


 そして梯子はしごと破城ついも完成した。破城槌というのは車輪つきの台座に、お寺の鐘のような丸太がぶら下がった支柱が乗ったものだ。この丸太で城門を叩いて破壊するらしい。


「いよいよかな」

「流石に緊張してきたわね……上から攻撃されながら進まないといけないから注意してよね」

「頑張る」

「破城槌の方についていきたいですね、梯子の方じゃ槍が使えないですし」


 ルルはそう言いながらも、獲得した剣をくるくるともてあそんでいる。刃渡り70cmほどの両刃の片手剣で、カエサルさんに習った「グラディウス」の使い方で何とかするそうだ。盾の使用が前提の剣術のはずだが、今の彼女は上半身を完全に鎧っているので最悪左腕を盾にして戦うのだろう。


 朝食を終えて鎧を身に着けていると、団長がやって来て今日の作戦を伝えた。


「おはよう諸君!」

「「「おはようございますはざーす!」」」

「ついに決戦の時が来た!最後の降伏勧告を行い、突っぱねられた場合正午きっかりに突入作戦を行う。現在我が軍は3つに別れているが、東門と南門を中心に攻撃を行う。お前達は東門、破城槌に続いて突入する部隊だ。攻城梯子を伝って城壁を駆け上がる傭兵隊がお前達を援護する」


 僕はほっとする。梯子を登って城壁を攻撃するのは、どう考えても危険な任務だ。梯子を登っている間に撃たれ放題だからだ。傭兵隊は気の毒だが……。


「お前達は突入後、街の中の道をまっすぐ進んでもらう。途中で橋にぶち当たると思うが、そこを確保するのがお前らの任務だ。橋を超えてさらにまっすぐ西進すると要塞がある。……おそらくそこにアデーレが居るはずだ、ヤツを捕縛するための部隊が通る道を確保しろ」

「「「了解ウィース!」」」

「なお、戦闘中は略奪禁止だ。全ての作戦が終わった後、3日間の略奪を許可する。それまでおあずけだ」

「ちょ、ちょっと待って下さい団長!」


 僕は思わず手を挙げた。……わかっているのだ、彼らの心情的には略奪は正当化されると。だが論理で止められないか、確かめずにはいられなかった。


「僕が気にする事じゃないですけど、略奪を許可しちゃったら戦後、ナッソーの人たちに恨まれませんか?統治に影響が出るんじゃ……」

「俺だって好き好んで略奪許可なんて出したくェよ、クルト。それにお前が言う通り、お前が気にする問題じゃェ。これは貴族の論理だ」

「……どういう事です?」

なんだよ。反乱に加担して貴族に兵を、カネを、手を使わせておいて謝ってお終い、とはいかねンだ。"逆らったらこうなるぞ" っつー見せしめが必要だ」

「な、なら戦後に賠償金でも支払わせれば……」

「それは


 僕は愕然がくぜんとした。略奪して家財道具を奪っておいて、さらに賠償金も請求するなんて苛烈すぎやしないだろうか。……だが周囲を見渡せば、全員が団長の言葉に追従するように頷いていた。これを肯定せざるを得ないくらい、国の統治基盤というか権力って弱いのか。いや違う、国民と権力者が信頼し合えて無いのか?


「……ああ、それにな。お前は記憶喪失だから知らんだろうが、騎士や民兵の従軍日数には期限がある。標準で年間40日だ。……そしてこれは僭称せんしょう皇帝軍との戦いでとっくに消費されている。それを超えて従軍させるには対価が必要なんだ」

「それが……略奪?」

「そういう事だ。勿論俺だってカネは支払ってるさ、だが到底足りんし、それを受け取るのは貴族や市参事会だ。ピンハネで末端の兵には行き渡らず、殆どの兵が手弁当で従軍している。略奪でまかなわなにゃ破産するのは彼らだ。反乱兵の破産と味方の兵の破産、どっちがマシかと問われたら俺は前者と答えるね」


 僕はもう何も言い返せなかった。心情面だけではなく、論理面でも略奪は肯定されてしまったからだ。そもそも僕も冒険者ギルドからの給料だけでは足りず、略奪で散々に良い思いをしてきたのだ。それは戦闘員から奪ったものであるが、攻城戦の論理では「市民は反乱軍を匿った時点で反乱軍と同列とみなされる」。つまるところ非武装であっても実質的に戦闘員とみなされる。少なくともこの世界の論理では、僕が今までやってきた略奪とこれから行われる略奪に、道徳的な差は存在しない。


 団長も苦虫を噛み潰したような顔をしていた。平民で新参者の僕を気にかけるような人だ、思う所が無いわけが無いのだ。……尚更、何も言えなくなってしまった。


 団長は細かな通達事項を伝えた後、去っていった。



 ザルツフェルト伯はナッソー市内の要塞で、ゲッツ派の紋章官から降伏勧告を聞いていた。


「拒否する」

「承知致しました。……他に何かお伝えする事は御座いますか?」

「我が軍は最後の一兵まで戦い抜くと伝えよ」


 それを聞いた紋章官は去っていった。


 ザルツフェルト伯に残された兵はおよそ2千。想定より多くの兵がナッソーの街に逃げ込まず脱走した。市参事会からは「最早我々の士気は持ち直し難い」と降伏するよう要請されたが突っぱね、ナッソー市民兵の背後に自分の手勢を置いて監視させている。負ければザルツフェルト伯は良くても国外追放、悪ければ――――十中八九――――斬首刑なのだ。形振り構っていられなかった。


 状況は非常に厳しい。そもそも籠城戦というのは本来、援軍のアテがある時に行うものだ。しかしゲッツ派のプロパガンダで従軍拒否する村や街が多く、限界まで傭兵で自軍を賄っていた彼にとって援軍、あるいは徴兵のアテなどどこにも無かった。そもそも包囲されていては各地域や傭兵隊に使者を送る事すら出来ない。


 そもそもナッソーはザルツフェルト伯領における交通の結節点だ。市を通る川は選定候直轄領と隣国ブルグを繋ぎ、さらに別の川へと繋がる陸路も交差している。岩塩の輸出とその対価で食料を買い込んでいるザルツフェルト伯領における心臓に等しい。それが故にナッソー近郊で決戦を挑まざるを得ず、そこで敗北してしまい市を包囲された時点で物流は止まり、税収はだだ下がりだ(無論徴税する方法も今となっては存在しないが)。借金して傭兵を雇おうにも、もはや自分にカネを貸す商人も諸侯も存在しないだろう。


 1つだけ助けになるものがあるとすれば、それは時間だ。ゲッツの台所事情は芳しくあるまい、そう長くは軍を維持出来ないはずだ。時間だけが奴の軍勢を破滅に追い込める。それしか勝ち目はない。例え勝ったとしても取り上げられる領地や賠償金はとんでもない物になるだろうが、追放や斬首よりはマシだ。


「勝てるのでしょうね」


 不安そうにしているアデーレの声がしゃくに障る。元はと言えばお前にもう少し人望があればこんな事態にはならなかったのに。泥舟に乗った自分の判断ミスを棚上げにし、さりとてここで不興を買えば勝った後に暗い未来がさらに暗くなる。殴りつけたくなる衝動を拳から椅子にぶつけ、荒々しく立ち上がる。


「やれるだけやりますとも」

「マクシミリアンを取り戻せるかどうかは貴方にかかっているのです、必ずや――――」

「私は陣頭指揮がありますのでこれで」


 アデーレの話を遮り、ザルツフェルト伯は市に繰り出した。

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