第62話「攻城戦 その1」

 ナッソーの戦い


 ゲッツ派軍 戦闘員6400名(負傷者約200名、死者84名、捕虜2名)

 アデーレ派軍 戦闘員5800名(死者256名、捕虜514名)


 ……紋章官が発表したのはこのような内容だった。これで「圧勝」らしい。与えた損害が少ないなと思ったが、死者の約3倍の負傷者が出ていると見ていいらしい。つまり相手は700名ほどの負傷者を出し、さらにナッソーの街に逃げ込まず逃亡した者が生存者の半分はいるだろうとの事だ。つまり敵は6割以上の損害を負った事になる。なるほど確かにそれは圧勝と評して良さそうだ。


「これで終わるかな」

「どうかしらね。このまま降伏してくれると楽なんだけど」


 僕たちはすっかり暗くなった頃にナッソーの街の周りに宿営地を築いた。クロスボウや弓矢が飛んでこないように500mは距離を開けているが、ナッソーの城壁が松明で煌々こうこうと照らされているのが見えた。アデーレとザルツフェルト伯が籠城しているらしい。明日の朝、紋章官が送り込まれて降伏勧告するとの事だ。それまでの間、ナッソーを脱出しようとする者、または入ろうとする者が居ないように包囲しておく必要がある。


 ナッソーの東西南の3つの門は3分割されたゲッツ派軍に包囲され、街に流れ込む川は輸送船を繋ぎ合わせて封鎖されている。ブラウブルクの戦いでこちらが負けていたら、僭称せんしょう皇帝軍にこのようにして包囲されたのだろうか。これでは街に食料を運び込む事も出来ないだろう。


「食料価格とかどうなるんだろうねぇ」

「酷い事になるでしょうね。兵隊は配給されるとは思うけど、市民は……」


 やはり真っ先に戦争で迷惑を被るのは市民だ。早く降伏して日常生活を取り戻して欲しいなと思ってしまう。


「ま、今は考えても仕方ないわね。とっとと食事して仮眠しましょ。団長の護衛があるんだから」

「そうしよっか」

「はーい」


 僕たちは夜中の間、団長の護衛につく事になっていた。手早くパンとスープをかきこんで寝て、月が真上に昇る頃に起こされて護衛についた。団長は大きな天幕の中に居を構え、遅くまでカエサルさんや貴族達と何事か話し合っていた。一軍の指揮官になると大変なんだなぁ。



 翌朝、降伏勧告を携えた紋章官がナッソーに送り込まれた。条件は以下の通り。


『本日正午までにアデーレの身柄を引き渡す事。その場合ザルツフェルト伯とその指揮下の部隊は武装したままナッソーを退去する事が許される。またナッソー市民も同様である。以上を拒否した場合、我が軍は直ちにナッソーを攻撃する用意がある』


 これは「寛大な降伏条件」らしい。だが拒否される見込みが高いとの事で、全軍が朝から戦列を敷いていた。大工の心得のある兵は林の木を切り出して梯子はしごや破城ついを作り始めていた。……全員の戦意は旺盛のように見える。正直な所僕はさっさと戦争を終えて帰りたい気持ちで一杯なのだが、どうにも兵士達は攻城戦をしたがっているような様子だ。


「ねえ、なんで皆こんなにやる気まんまんなの?」

「そりゃこっちが勝ってるし、略奪したいからじゃないの?」

「は?略奪?」

「城壁を乗り越えたらその市のは軍の正当な獲物よ」

「ちょっと待って、一切ってどういう事?市民の家財道具も含めるの?」

「そうよ。……私だってやりたくないけど、攻城戦の最中なら市民を殺してその持ち物を奪っても罪には問われないわ。降伏勧告をはねた時点で敵対……今回はね。反乱者として一切の法律の庇護ひごも受けられなくなるから」

「非武装の市民も!?」

「そうよ、アデーレとザルツフェルト伯をかくまったとみなされるから。……まあそれは建前で、街の略奪は軍の正当な権利っていうのが伝統ね。苦痛に満ちた攻城戦の対価って事で」


 ドン引きである。例えば日本で隣の家の人と喧嘩けんかになったとして、法に問われないから住人を殺害して家財道具を奪って良いと言われて喜べるかと言うとそうではないはずだ。少なくとも建前上は。だがゲッツ派軍は乗り気で攻城戦を準備している。


「……の市民でしょ?抵抗とか無いの?」


 そう聞いてみると、イリスもルルも困惑の表情を浮かべた。


「そりゃ同じ国……同じ君主は仰いではいるけど。の市民じゃない」

「私も、私の村じゃないですし」


 勿論非武装の市民を攻撃するのは倫理的に嫌だけど、と2人は付け加えた。……そうか、自分の住んでいる街や村だけが「仲間」の範囲で、そこから出てしまうと途端に「よそ者」になってしまうんだな。


 日本とは違う。同じ言葉を話し、同じ義務教育を受け、同じニュースを見て、大人なら同じ選挙に行く……という「同じ」がこの世界の市民には無いのだ。だから普段生活する「同じ街」「同じ村」だけが仲間意識の範囲になるんだ。誰も自分をノルデン選定候国民だとか、神聖レムニア帝国民だなんて考えていない。


 だから殺人それ自体には抵抗があっても、他市他村の略奪には抵抗が無いんだ。よそ者の、しかも敵対する奴らの物だから。


 わからない、と拒否したかった。だが僕は理解してしまった。クーデターの日「自分の生活を守るため」戦うと誓ったが、その生活とはブラウブルク市でのものだ。職場である冒険者ギルドがあって、親しんだ風呂屋やパン屋があって、友達がいて……イリスとルルが住んでいる。その範囲だけなのだ、守りたかったのは。


 ではが来たら、僕は略奪に参加するだろうか。正直な所、わからなかった。



 降伏勧告は拒否された。


 即座に攻城戦が始まった。まだ梯子は出来ていなかったため、射撃兵と魔法使いによる攻撃だけが行われる事になった。


「駆け足、駆けあーし!」


 クロスボウ兵達が置き盾を持って走り、城壁を射程範囲に収めるとそれを設置する。城壁の上から撃ち下ろす防御側の方が射程が長いため、この間に幾人かが矢に倒れる。しかしその射撃はまばらだ。元々射撃戦力ではこちらが有利だったというし、昨日の会戦でさらにその差が大きくなったのだろうか。あっという間に射撃戦はこちら側が圧倒し始めた。


「よォし、魔法兵前進せよ!」


 団長の号令で魔法使い達が護衛兵と共に前進する。彼らを撃たせないためにクロスボウ兵に加えて弓兵が援護射撃を加える。


 盾持ちの護衛兵に守られて城壁の30m程手前に接近した魔法使い達は、一斉に魔法を発動した。岩石魔法で土の壁が作り出され、それを何度も魔法を重ねがけして厚くしてゆく。


「ぎゃあっ!」

「やりやがったな!撃ち返せ!」


 光の矢が飛んできて、まだ厚みが十分ではなかった土の壁が撃ち抜かれ死傷者が出る。反撃で光の矢やファイアボール、氷の槍が飛んでゆくが城壁にはばまれ効果は薄い。


僕たちは戦いの様子を本営で見ていた。


「【鋼鉄の前線】の人も使ってたけど、あの光の矢ってどういう魔法?」

「無属性。単純に魔力を固めて実体化させて高速で撃ち出すだけなんだけど、貫通力は実力次第だからああやって土の壁くらいなら貫いてくるものもあるわ。飛行軌道も事前に決められる」

「金属に弾かれるのは同じ?」

「そうよ、だからあんまり一般的じゃないけど、こういう戦いの時は重宝するわね」

「多分あれ、木の盾は貫かれるよね。僕が昨日まで使ってた木の盾とか、クロスボウ兵の人達が使ってる置き盾も木製だよね。火炎魔法にも弱いだろうし、何かメリットあるの?」

「安い」

「……そうですか」


 僕は今まで火炎魔法使いや無属性魔法使いに集中攻撃される事が無かった事を感謝した。


「よォしよし、魔法兵撤退!」


 魔法を使い切った彼らが下がって、今日の戦闘は終わった。平均的な魔法使いは1日3回程度しか魔法を使えないらしいので、攻城戦はこのように岩石魔法を使って壁を作りながら城壁に近づいていく形になるとの事だ。長いとこの作業だけで1ヶ月は吹っ飛ぶらしいが、今回は敵の射撃が甘いためかなり順調との事だ。


 1時間程度で戦闘が終わってしまったので、残りの時間は城門から敵が出撃してこないか監視しながら過ぎていった。


「ひ、暇だ……」


 攻撃に参加しない部隊は暇なんだなぁ。激戦になるよりは断然マシだけど。

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