第58話「戦闘準備」

 1つのベッドで女の子2人と寝るなんてなんて贅沢だろう。


 僕もそう思っていた時期がありました。


 確かに寝入りは最高である。なんかいい匂いするし、こそこそと話すのは修学旅行めいていて楽しい。しかし同衾どうきん者の寝相が最悪であった場合はどうか。寝返りを打った女の子の頭が顔の近くに来るとかそういう甘さはなく、腹への頭突きであったり、りであったりといった苛烈さであったら。それはもはや睡眠妨害、安らかな眠りに対する攻撃である。主にルルによるものなのだが。


今やルルはカタカナの「キ」の字の縦棒のように僕とイリスにのしかかり、2人に質量攻撃を行っている。豊満なバストが押し付けられるのであればまだラッキーと言えようが、彼女は仰向けなので僕が感じるのは背骨の硬さだけである。イリスは豊満なヒップに腹を押しつぶされ寝苦しそうにしている。


「……起きてルル。朝だよ」


 ルルの肩をべしべしと叩いて起こす。


「ふあ……おはようございます」

「おはよう」

「ぐえっ」


 ルルが上半身を起こした事で、彼女の全体重がイリスの腹にかかり潰れたカエルめいた悲鳴が上がる。


 野営中はここまでひどくは無かったので、ルルがリラックスして寝ている証拠でもあるのだろうが。しかし対照的に僕とイリスは慢性的な寝不足に陥っている。


「風呂がたけたぞーッ!」


 ガンガンと打物を鳴らして風呂屋が宣伝を始めている。とりあえず風呂でを癒やしてくるとしよう……。



 ノイマルク市に来てから早くも2週間が経っていた。全軍が滞りなく集結(相当珍しい事らしい)したのでそろそろ行軍再開か、と噂が立っていた。


 現時点で集まった軍勢は以下の通り。


騎士500騎(これとは別に非戦闘員の従者が約2倍から3倍居る)

傭歩兵1000人(各諸侯が雇った兵の合算)

歩兵(市民兵・農兵)3800人

クロスボウ兵(市民兵)500人

弓兵(市民兵・農兵)300人

魔法兵300人(市民兵200、傭兵100)


総勢6400人。義勇農兵が多数含まれており、これが当初の予測より総兵力を押し上げてしまったので団長は食料調達に苦労しているらしい。例え内戦であっても食料は現地徴発が基本らしいが、団長の方針により徴発は基本ナシとの事で、全て合法的に買い上げた食料で全軍を賄うらしい。おかげで輸送隊は毎日忙しそうだ。


「破産する前にとっととケリをつけるぞ」


 と団長は言い(やっぱり食料を全てお金でまかなうのは厳しいようだ)、午前9時には行軍が再開された。騎士100騎とロートヴァルト伯軍1200が先行する事になり、いくらか猶予があるので【鍋と炎】はお世話になった宿屋に挨拶に行く事にした。


「それは、それは。寂しくなりますなぁ」

「ええ、もっと居たかったんですけど……」

「軍務とあらば仕方ありますまい。また機会があれば是非立ち寄って下さい」

「はい、また……シチューを楽しみにしてます」


 老主人と奥さんに見送られながら【鍋と炎】は宿屋を後にし、行軍の列に加わった。内戦が終われば帰路もまたノイマルク市を通るかもしれない。生きて帰って、またシチューを食べに来よう。



 馬の背に揺られながら、ゲッツとカエサルは雑談していた。


「お前馬乗れたのな。もっと早く言えば貸したッつーのに」

「貴族のたしなみだ。いや、貴公が乗っているのを見たことがなかったものでな」

「まァ冒険者は徒歩が基本だしな。実際世話は使用人に任せっぱなしで殆ど乗らんが……軍役中くらいは乗らんと流石に示しがつかん」


 ゲッツがぽんぽんと馬を叩くと、馬は満足そうに鼻を鳴らした。カエサルに貸し与えた馬は兄が遺した替え馬で、やはり人を乗せるのは久しぶりなのかどこか楽しげだ。


「しかしこのあぶみというのは便利なものだな。全く脚に負担がかからんし踏ん張りが効く」

「ローマには無かったのか?」

「無い。ローマどころか世界のどこにも無かったぞ。おかげで馬に乗っていると体重で脚が圧迫されてな、それで随分と脚をダメにする騎士エクィテスも多かった」

「裸馬に乗る騎士の武勇伝なんてのはあるが、お前らの世界……時代か?じゃそれが標準だったとはなァ……恐れ入るよ」

「踏ん張りが効かんので、ランス突撃なぞ相当に訓練を積まねば出来ないものだったがね。素晴らしい発明だよこれは」


 そこに伝令の兵が馬に乗って駆けてきた。


「"草" より伝令!ザルツフェルト伯領内で伯への反感が高まり、主に農民が従軍拒否しているとの事。これによりおよそ2000人は削れる見込みとの事。ですが……」

「が?」

「伯はこれを見越して傭兵を雇い入れたとの事。内訳はブルグ(西の隣国だ)傭歩兵1500、レムニア傭騎兵500。既に全軍が集結し、こちらに向けて行軍しているとの事」

「ご苦労」


 伝令は一礼すると去っていった。"草" とは盗賊ギルドが放ったスパイの事だ。


「ますます下馬騎士隊の重要度が上がったな」

「全くだ。しかしまァ、こちらに進軍中とは都合が良い」

「敵にも後がないと見える」

「大義はこちらにあり、時間をかければかける程不利になるのはあちらだしな。金にモノを言わせて短期決戦という訳だ。こちらも破産寸前だしな、ケツに火が着いてるのはお互い様だ。とっととケリをつけよう」



 それから2日後。


「先遣隊より伝令!行軍中の敵軍と接触、小競り合いが発生したとの事!」


 その連絡を受け、僕たちは戦場に急行する事になったのだが――――


「え、退いちゃったの敵」

「みたいね」


 僕たちが戦場に着いた頃には小競り合いは終結し、敵は退却した後だった。傭騎兵2騎を討ち取り、こちらは騎士3名が負傷したとの事だ。


「……その程度の損害で退いちゃうんだ」

「戦争ってのはねぇ」


 口を挟んできたのはヴィルヘルムさんだ。


「お互いが"やるぞ"って気にならんと会戦は起きないんだ。ほれ、見てみろ」


 彼が指差す先は戦場跡。手前に小さな丘があり、その向こうはずっと平原が続いている。その平原の中に馬の死体がいくつか転がっていた。


「こちらの騎士さん達は見事に丘の前で敵を食い止めたワケだ。するとどうだ、後続の兵は丘に布陣出来て有利になるだろ?対する敵さんは平原に布陣せざるを得ず、地形的有利は一切ない。"こりゃあ不利だ" と判断して退いたワケさ」

「なるほど……えっと、じゃあこの行軍と小競り合いって両者が"こちらが有利だ、やるぞ" って決心するまで続くんです?」

「そういう事」

「うへぇ……」


 それはつまり、こちらの部隊が有利な位置を占めるが、敵もまた有利な位置を手に入れた時しか会戦が起きないという事だ。会戦が起きたとしても楽勝とはいかないだろう。


「ま、団長とカエサルの戦術眼に期待かねぇ」



 それから数日間行軍は続き、ヴィルヘルムさんの言葉の通り両者ともに中々決心がつかないのか会戦は起きなかった。こちらが退いた時もあったので、敵が完全に優位についた場面もあったようだ。


 しかしついに今日、両軍の行軍が止まった。


 遠くにナッソーという街が見えるところで両軍が対峙した。こちらは川を北側に見て、最北端に丘がある。そこから南に平原が続き、南端に林がある。対する敵は川から少し離れたところに小さな丘があり、それが南側までずっと伸びている。


 敵は丘、丘、平原、川。

 こちらは林、平原、丘、川。



 川を右手側に見ればこのような並びだ。ここに両軍が対峙する事になった。


「ついに始まる……のかな」

「かもね」


 全軍が緊張する中、各部隊に配置が告げられた。

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