第57話「パイク」

 団長暗殺未遂事件は結局、犯人は捕まらずに幕を閉じた。しかし無辜むこの市民まで手にかけられた事により軍の士気は上がり、訓練に熱が入る事になった。


 僕たちはブラウブルク市民兵隊と組んで機動演習を行っていた。教官はカエサルさんだ。


「盾の壁を崩すなよ!全パーティー10歩前進!」

「前しィィィィィん10歩!左!」

「「「リンクスにィツヴォーさんドライしィフィア!」」」


 カエサルさんが指示を出し、ヴィルヘルムさんが号令をかける。それに合わせ前衛が進む。


「「「……さんドライしィフィア」」」

「止まれェ!」

「「「リンクスにィツヴォー!」」」


 10歩目でぴったりと冒険者ギルド全パーティーが止まる。この手の歩調や歩幅を合わせる動きは暇があれば各パーティーごとに訓練しているので、あとはそれを全体で合わせれば良いだけだ(今回は最右翼のヴィルヘルムさんの歩幅に合わせた)。対する民兵隊は不慣れな様子で、足並みは乱れがちだ。職業軍人ではないのだから仕方ないのだが。


 ……と思いきや、そういう訳でもないようだ。休憩中に民兵隊の人と話してみると、こういった訓練は傭兵でもあまり一般的ではないとの事だ。行進は歩調こそ合わせるが歩幅までは統一せず、列を乱す兵を下士官がハルバートや槍でどやして隊列を整えながら行うのが普通らしい。この程度の行進、日本だと小学校の体育で叩き込まれるのだから意外だった。


 そんな事を思いながらノルマルク市を見やれば、市には川を下ってきた船団が次々と食料や飼葉を運び込み、それを馬車に積み替えて西の方へと輸送していた。西にある川――――ザルツフェルト伯領へと繋がる――――の付近の村を補給基地にし、そこに食料を備蓄しているらしい。今度はその補給基地から川伝いに、軍の移動に合わせて食料を運んでゆくのだろう。補給というのはこういう計画性が必要なんだなぁ。


 そうして補給隊がせっせと食料を運んでいる間にも、ノイマルク市には援軍が続々と到着していた。団長についた直轄領の兵、貴族の郎党、それに旧教徒アデーレ許すまじと立ち上がった農民達。彼らは宿営地を建設するや、所属が告げられそれぞれが訓練にあたる。


「なんというか、訓練って実地でやるんだねぇ」

「あたしも村に居た時は訓練に参加させられましたけど、年に数回程度でしたからねぇ。それで実戦はちょっと……って思いますもん」

「そんなのザラよ、ブラウブルク市民兵隊だってそうだったもの」

「うへぇ」

「今回は本当の寄せ集めだから訓練しないと使い物にならない、って判断なんじゃないかしら。全軍の集結まで時間もあるしね」


 なんというか、この世界は命の危険が身近な割にはそのあたり適当だなぁというのが正直な感想だ。……いや、戦争の主力は騎士で、歩兵は傭兵で埋めるのか普通だったか。なら民兵の訓練なんてその程度で良いという事だろうか?皆、普段の生活もあるしな。


 ではその騎士はというと、と視線を動かしてみれば――――何やら団長と揉めていた。


「騎士の本分は騎馬突撃ですぞ、ゲッツ殿!」

「下馬騎士なんざ珍しくもェだろうが!」

「勿論必要とあらば徒歩かちでも戦いますが、態々訓練する必要があるとは思えませぬ!そのような時間があるならくつわを並べ突撃する訓練を――――」

「こっちは槍組を編成する戦力がンだ、騎士だけで突撃しても敵を崩しきれンだろ!なら下馬騎士として敵の騎兵突撃を受け止める壁になった方がマシだ!」

「お言葉ですが摂政殿下、確かに下馬騎士は優秀な壁となりましょうが、地形の有利でも無い限り騎馬突撃を受け止めきれる程ではありませぬ!何せ持つ槍の長さが違うのですぞ!」


 騎兵の槍は5mを超すが、歩兵が持つ槍はそれよりもかなり短い。鎧についたランスレストというパーツのおかげで騎兵は片手でも長槍を構えられ、あとは馬の速度で突っ込めば自動的に槍を「突き出した」事になるが、歩兵の場合はそうもいかない。仮にランスレストを使って長槍を持ったとしてもそれは単に「槍を構えている」だけで、人間の足の速度しか出せない歩兵では有効な攻撃にはならないのだ。そういう訳で歩兵はランスレストなしでも扱える、ただし両手で使う短めの槍を装備するのだが。


「その通りだ、そういう訳でクソ長い槍を用意した。パイクと言う」


 団長が手を振ると、職人や下男と思しき人達が長大な槍を担いでぞろぞろとやって来た。6mはありそうなめちゃくちゃに長い槍だ。


「これなら文句ェだろ」

「……大ありです!このようなサイズの長槍、扱えるわけが――――」

「ああ?俺の聞き間違いかね。モンだろ。……確かに職業軍人じゃない、だがお前らは騎士だろ?」

「なっ……」


 こういった長槍は騎士対策に考案されど、余りにも扱い辛いために廃れてきたのだ。しかしそれは、騎士に対峙する平民の話。騎士がこのような長槍を扱うのは前代未聞だが、平民と比べられプライドを刺激されたのか、騎士達は目に怒りを浮かべた。


「平民ならなァ~~~~、確かにこんな槍構えただけで腕をプルプルいわせて使い物にならんし、おまけに突っ込んでくる騎士にビビッって逃げ出すだろうがなァ~~~~。お前らもそうだとはなァ~~~~」

「……侮辱ぶじょくするのも大概にされよ、ゲッツ殿!この程度の槍、見事扱ってみせましょうぞ!」

「ほう」

「ただし、それとは別に騎馬突撃の訓練もやらせて頂きますぞ!」

「……まァ、良かろう」


 ……団長は何とか騎士達を丸め込んだようだ。騎士達は次々とパイクを受け取り、団長の指示に従って隊列を組み始めた。


「何あれ、あんなの扱えるの?」

「あたしの筋力じゃ無理そうですねぇ。でも騎士様なら……ほら」


 見てみれば、騎士達は難儀しながらもパイクを突き出したり振り回したりして、同僚達に腕力自慢を始めた。僕じゃ到底出来そうにないので、やはり騎士というのは凄い。団長もそうだが、積んできた訓練の量が違うのか基礎体力や筋力がとにかく高い。あの調子ならすぐに扱えるようになるのではないか。


「でもさ、ああやって両手が塞がっちゃったら射撃や魔法に弱くならない?盾が使えないんだし」

「騎士は基本的に全身プレートアーマーだし、ある程度射撃や魔法はどうにかなるんじゃない?」

「そういうもんかな」


 確かにプレートアーマーは大きな機械式のクロスボウでないと貫けないらしいし、おまけに鉄の作用で魔法にも強いが、本当に大丈夫なのだろうか。


 午後の訓練で、その疑問は晴れる事になった。



「諸君らの任務は、下馬騎士隊を射撃から防護する事である!」


 カエサルさんが冒険者ギルドとブラウブルク民兵隊にそう説明を始めた。


「幸いにして我が方のクロスボウ兵力は優勢と思われる、前哨戦として行われる射撃戦はこちらが勝利するだろう。だが問題はその後の騎士の突撃だ。騎馬クロスボウ兵を含む敵の槍組は、クロスボウ兵が退いた後の下馬騎士隊を射撃で崩し、突撃してくるだろう。そこで君たちの出番という訳だ」

「「「ええ……」」」

「つまるところ、ギリギリまで敵槍組からの射撃を引き付ける」

「敵が突撃してきたら?」

「急いで退く」

「「「ええ……」」」


 場当たり的過ぎないだろうか。そもそも、射撃戦が終わったらクロスボウ兵がとっとと引き上げてしまうのは、騎兵の突撃が速いが故に追いつかれる前に退く必要があるからだ。


「諸君らの撤退は下馬騎士隊が支援する事になっている、安心しろ」


 そうカエサルさんは言うが、本当に大丈夫だろうか。訓練期間は2週間程度らしいので、その程度の訓練で本当に使い物になるのか?



 数日後、基礎的な行進訓練を終えた冒険者ギルドとブラウブルク市民兵隊、さらには下馬騎士隊で機動演習をする事になった。


 下馬騎士隊の前面に展開した冒険者ギルドとブラウブルク市民兵隊――――シンプルに「射撃隊」と名付けられた――――は、前衛が盾の壁を作り上げるとその背後からクロスボウ兵が射撃を開始する。前衛は彼らを敵の射撃から護るのが仕事で、盾の壁を崩さないようにどっしりと構えているだけだ。そして後退命令がかかるや射撃隊は、チェス盤状にいくつも方陣を組んだ下馬騎士隊の間をすり抜けて後退し、すかさず下馬騎士隊が機動して隙間を塞ぐのだが――――


「下馬騎士隊の動きが遅すぎるな」

「まァあの長槍じゃなァ……」


 下馬騎士隊が隙間を塞ぐのが遅すぎる。パイクを構え、さらに歩調を合わせて移動する彼らの歩みはのっしのっしと悠長なものにならざるを得ない。隊列を無視してさっさと穴を塞がせようにも、乱れた隊列では騎士の突撃を受け止めきれないというのが2人の判断だ。


「マニプルス戦術……古いローマ式の機動だが、これは難しいな。訓練すればモノになるやもしれんが」

「ンな時間はェ」

「であれば、よりシンプルにするしかあるまい。まずは方陣の縦深を削って、射撃隊の後退距離を短くしてみるか」

「縦深削って突撃を受け止めきれるか?」

「騎士共の力に期待する他あるまいよ。とりあえず試してみるとしよう」


 団長とカエサルさんはそう結論し、様々な機動方法が試される事になった。


 ……本当に大丈夫なのかこれ????

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