第55話「祝宴」

 集合時間に城に行くと、団長がドーリスさんと何事か話しながら待っていた。


「来たな。……ふむ、ちゃんと身綺麗にして来たな。上出来だ」


 そう言う団長も、風呂に入ったのか行軍の汚れを落として貴族風の服に身を包んでいた。ちなみに僕達の服装は完全武装のそれだ。祝宴との事だが、礼服なんて持っていないし「護衛兵」役との事なのでそうしたのだが、団長が文句を言わないので正解なのだろう。


「お城って武装して入っても良いんです?」

「貴族なら構わんが、平民はその城の衛兵でも無ければ武装解除だわな。だが今回は特別だ、領主にも確認を取ってある……とはいえ衛兵からは良い顔をされんだろ、揉めるなよ」

「わかりました」


 貴族と平民では色々と権利に差があるが、日常生活で最も異なるのはこの武装権だ。貴族は「貴族の誇り」として剣をぶら下げて街を歩いていても何も言われないが、平民はダメだ。それでも日用ナイフの携帯は許されているので「これはデカいナイフだ」と強弁して剣を持ち歩く者も居るらしいが……。いずれにせよ、冒険者ギルドの構成員は特権として武装が許されているが、今思うとアデーレが冒険者ギルドを毛嫌いしていたのはその辺りも関係があるのかもしれない。貴族の特権を侵してると解釈出来なくもないもんな。


 団長に続いて城に入ると、衛兵に案内されて「控室」に通された。テーブルに食事が置かれている。


「へえ、祝宴の前に食事が出るんですね。やっぱり祝宴って会話が主で食べてる暇も無いんですか?」

「いんや、この食事はお前らのもんだぞ?俺は祝宴で食う」

「えっ」

「お前らの仕事は祝宴の間、俺の近くで突っ立ってるだけだ。当然ながら祝宴の料理に手をつけるのはご法度だ。今しか食う時間ェぞ」

「ええ……」


 おこぼれに預かれると少し期待していたのに。だがそういう事なら今食べておくしかない。【鍋と炎】はもそもそと食事を摂った。祝宴に出される食材の余りでも使っているのか、食材の味自体は美味しかった。特に白パンはこの世界では初めて食べる。の入っていない白パンは雑味がなく、日本で食べるパンに近い味がして懐かしさを感じる。


 パンで乾いた口に水をがぶがぶと流し込んで潤す。甲冑を着ていると汗をかくので、武装中は脱水対策で水を飲むのが習慣化していた。


「そんなに飲むと途中でトイレ行きたくならない?」

「え?でも甲冑着てると汗かくからさぁ」

「あーなるほど、脱水は怖いですもんねぇ」


 そう言ってルルも水をがぶがぶと飲み始めた。


「今日は立ってるだけだからそんなに汗かかんだろ。まあ、トイレ程度なら祝宴中も自由に行って構わんがよォ……」


 と団長は呆れ顔をしていた。そういうものか。


「ゴッドフリート殿下、準備が整いました」


 食べ終わって雑談に興じていた頃、控室の外から声がかけられた。


「今行く。……良し、行くぞ。さっきも言ったが突っ立ってるだけで良い、お前らは俺のだ。……クルト、お前はイリスとルルより後ろめに控えておけ」

「えっ」

「お前はそのう……装備がな」


 確かに僕の装備は、鍋は袋に入っていて見えないとはいえケトルハット(これ、本来は弓兵が使うらしい)に革の胴鎧(補修痕あり)と見栄えは良くない。対して魔法装束に身を包んだイリスは容姿も相まって華やかだし、ルルは上半身を全てプレートアーマーで覆っており立派な護衛兵に見える。なるほど、団長が言いたい事がわかってしまった。僕が一番みすぼらしい!


「はい……」


 僕はしょんぼりしながら会場に向かった。



「ノルデン選定候マクシミリアン陛下が摂政、ゴッドフリート・フォン・ブラウブルク殿下、ご入場!」


 領主の家令の号令に合わせ、団長を先頭に会場に入る。会場にはいくつものテーブルが並べられ、既に参列者が全員着席している。拍手に包まれながら団長は会場の最前列のテーブル、領主の隣の席に通された。僕たちはその後ろで待機する(僕は2人より1歩引いた所に立った)。


「あれがゲッツ殿下か、戦士の顔をしておられる」「おい、護衛の兵を見てみろ。あの金髪の少女は妖精か何かか?」「隣の槍の娘も中々」


 ……と、団長とイリスとルルをめ称えるささやきが聞こえる。僕に対するものは皆無だ。なんだか悔しいぞ。


「皆様こんばんは、ここノルマルクを含むグナート伯国が領主、アーベル・フォン・リュッツオウです。本日はアデーレ前選定候妃の狂気から国を護るべく立ち上がられたゴッドフリート殿下と、志を同じくされる貴き血の皆様をお招きできた事を神に感謝します」


 祝宴を主催する領主の挨拶に始まり、団長、ノルマルク市長が挨拶と短い演説をしてから祝宴が始まった。一斉に料理が運び込まれ、参列者達が飲み食いしながら会話に興じる。事前に序列でも決まっているのか、ロートヴァルト伯を筆頭に次々と団長の元に貴族が挨拶と談話にやって来ていた。


 正直、戦時中に祝宴なんて……と思っていたが、こうして顔つなぎをしておくのは寄せ集めに過ぎないゲッツ派軍にとって重要な事なのだろう。顔も知らない奴と肩を並べて戦うのは不安だし、安心して左右や背中を任せる事は出来ない。


 ……が、それをずっと突っ立って眺めているのは苦痛だ。そもそも甲冑というのは、何もせず立っている時が一番疲れる。歩いて身体を振っていた方が楽なのだ。兜や胴鎧の重みがだんだんと肩にのしかかって来るが、身じろぎするのもみっともないだろうし、歩き回るなんて以てのほかだろう。結局はじっと立ちながら苦痛に耐えるしかないのだ。……ルルを見たら、右手に持った槍にこっそりと体重を預けていた。それ、ずるい。


 仕方ないので祝宴の会場全体を見渡して気を紛らす事にする。


 会場は中央の暖炉の火や壁のランプで照らされ、壁には至る所に旗やタペストリーが掛けられており目を楽しませてくれる。隅の方では楽団が控えめな音楽を奏でている。BGMっていう概念は中世にもあったんだなぁ。


 すうっと息を吸ってみれば、何やら良い匂いがする。ランプに香油でもたらしているのだろうか。うーん、中世とナメていたけど結構文明の匂いがするぞ。「中世は汚い。よくファンタジーで出てくる綺麗な世界は近世」なんて話をネットで見た事がある気がするが、その枠だとここは近世に近い気がする。まあ僕が快適に暮らせるなら何だって良いのだが。


 ……そんな事を考えていると、尿意を催してきた。団長の言う通り、突っ立っているだけなので殆ど汗をかかず、食事中にがぶがぶ飲んだ水が仇となったようだ。まあ団長もトイレ程度は良いと言っていたので遠慮なく行かせてもらおう。ついでに少し歩いて身体をほぐそう。


「……ねえ2人とも、ちょっとトイレ行ってくるね」

「言わんこっちゃない。さっさと行ってきなさいよ」

「……あの、あたしも行きたいんですけど」

「ええ……」


 ルルも僕と同じように尿意を催していたようだ。流石に2人同時に抜けるのはまずいだろうか。……女子のトイレは長い。僕の尿意はそこまで逼迫ひっぱくしている訳ではないが、長時間待たされてはどうなるかわからない。ルルには悪いがここは僕が先に行かせてもらおう。


「ルル、僕はすぐ終わるから先に行ってきて良いかな」

「う~~……わかりました、早くして下さいね」

「はいはい」


 そういう訳で、僕は会場を出た。さぁトイレはどこだ。

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