第50話「甲冑と魔法」

 クーデター勃発の翌日、団長から指揮権を委任されたドーリスさんから今後の話を聞く事になった。ヴィルヘルムさんとマルティナさんが彼女の補佐についている(因みにカエサルさんは団長の参謀になっているらしく姿が見えない)。


「まず最初に、昨日の戦いの損害をお知らせします。冒険者ギルドからは死者4名、負傷者18名の損害が出ました。負傷者のうち4名は重傷のため軍役離脱です」


 10倍以上の敵を受け止めてこの損害は多いのか少ないのかわからないが、4名の死者が出たというのは衝撃的だった。ブラウブルクの戦いでも、ハイデ村の戦いでも1人の戦死者を出さなかった冒険者ギルドから死者が出た。僕にとっては、始めての同僚の死だ。見渡せば確かに顔ぶれは減っている。だがそれが誰なのかわからない。学校で、クラスから欠席者が出た時はこんな感じだっただろうか?すぐに居ない奴を割り出せていただろうか?


 出席を取って「そういえばあいつ居なかったなぁ」と気づく事はあった。それは今日欠席しているだけで、明日か明後日にはまた顔を見れるだろうという安心感があるから申し訳無さも感じず、「影薄いなアイツ!」と笑い飛ばす事も出来たが。冒険者ギルドの4人は死んだのだ。もう戻ってこない。僕は彼らの顔と名前を割り出せない事が申し訳なく、同時にその中の1人が自分だったら……と考えて怖くなった。死んでも誰にも覚えていて貰えないのは、怖い。


 ……上の空になっていたのだろう、イリスがちょいちょいと袖を引いた。心配そうな顔で僕を見上げている。彼女なら覚えていてくれるだろうか。いや覚えていてくれるだろう、同じ家に住んでるんだし。そう思うと恐怖が和らいだ。イリスに会釈し、僕はドーリスさんの話に意識を戻した。


「――――明日、先遣隊が市を発ちます。我々は団長――――摂政殿下の護衛隊として、本隊と共に明後日出発します。ですので、皆さん旅装を整えておいて下さい。……本格的な軍役が始めての方もいらっしゃるでしょうから説明しておきますが、食料は軍から配給されます。が、基本的に小麦粉だけですので物足りない方は副食なり何なりを調達しておいて下さい」


 ハイデ村に向かった時はパンと塩だけ持っていってひもじい思いをした事を思い出す。そしてイリスが野菜を持っていて救われた事も。今回は小麦粉は支給されるようなので、野菜やベーコンを持っていくとしようか。


「……加えて、配給が滞る事はままあるので日持ちする黒パンの持参もオススメします。まあ、どうせ商人達がひっついて来るでしょうから行軍中に彼らから買っても良いですけれども」


 配給滞るのかー。毎日ちゃんと給食が届けられる小中学校のシステムって凄かったのかもなと思った。


 その後はギルドの戦死者――――を含めた全ての戦死者の合同葬儀に参列する事になった。ここで僕は、ギルドの戦死者の名前を改めて認識した。あまり関わり合いの無い人たちではあったが、心の中で「忘れていてごめんなさい」と謝る。だが恐怖はもう感じなかった。僕が死んでもイリスやルルが覚えていてくれるだろう。いやそもそも死ななければ良いのだし、彼女たちを死なせないように頑張らなければ。僕は決意を改めた。



 葬儀の後は自由解散となった。ルルは傷が塞がりきっていないので療養、イリスは魔法書を読むために帰宅した。1人になった僕はギャンベゾンを持ってヴィムの工房を訪れる事にした。


「来ちゃった」

「…………………………………おかえり」


 熱い別れを交わした翌日に早速帰ってきたのだから、ヴィムが微妙な顔になるのも頷けた。だが僕は彼の顔をさらに渋くするためにここに来たのだ。


「約束、したよね。市に寄る事があったら腕鎧と胴鎧、それに脇当作ってくれるって」

「市を出てすらいないじゃないか…………まあいいよ、昨日は激戦だったんでしょ。生還祝いで細かい事は考えない事にする」

「ありがとう!」

「じゃあ採寸するよ」


 ヴィムは大きなため息をついてから、紐ものさしで僕の採寸を始めた。採寸はギャンベゾンの上から行われる。これの上から様々な甲冑を着用し、場合によってはギャンベゾンに直接鎧を紐で括り付けて装着する事もあるからだ。


「これでよし。……で、それぞれのパーツだけど。何か要望ある?」

「うーん。プレートアーマーで、物理攻撃に強いのが良いな。それでいて重すぎない奴」

「その要件だと当世様式かフリューテッドかな」

「どういうやつ?」

「当世様式は、胸のあたりを膨らませたやつ」

「あ、ルルの戦利品がそれだ」

「良いもの獲ったね。で、フリューテッドはそこに溝を打ち出して強度を上げたやつ。付呪付きを除いたら間違いなく現代最堅で、しかも軽い」

「へえ、じゃあそれが良いな!」

「トイレの売上と釣り合わないからダメ。追加でお金出してくれるなら良いけど」

「……いくらくらい?」

「追加で金貨10枚」


 金貨1枚がおよそ50万円なので、日本円だと……500万円!?胴鎧だけで!?


「ケタが違いすぎる!」

「まあ、皇帝とか選帝侯クラスしか買わないよ」

「そりゃ無理だ。じゃあ当世様式でお願いします……」

「わかった」


 悲しいかな、最強の鎧はまだ遠いようだ。まあ装備更新の楽しみが残されたと解釈しておこう。


 そしてついでとばかりに、昨日の戦いで傷ついた革の胴鎧も修理してもらった。騎士ゾンビから剥ぎ取った革鎧の残骸を切り出して小札にし、それを破損部位に当てて鋲で固定する。見栄えは悪いがこれで防御力は元通りだ。


 ヴィムに礼を言って工房を後にし、僕は家に戻ってイリスから魔法書を借りて勉強した。ちまちまと勉強していたので午後3時頃には読み終えてしまった。理屈は大体わかった。あとは実践だと城壁の外に練習に行こうとすると、イリスが声をかけてきた。


「練習しに行くの?なら私もついていくわ」

「そっちの勉強は良いの?」

「煮詰まった」

「……そ、そう。じゃあお願いしようかな」

「あ、なら小手持っていきなさいよ」

「うん?マトにでも使うの?」

「違うわよ。良いから良いから」


 彼女に促されるまま小手を持ち出して城壁の外に出た。


「この前練習した時は魔力塊を出す所で終わってたわね」

「うん。それで1発しか魔法撃てない事がわかった」

「ご愁傷さまとしか言いようがないけど……とりあえず、一番簡単な着火魔法から練習してみましょう。魔力塊を麦粒大に絞れば何回も練習出来るし。まずは魔力塊を指先に出してみて」

「わかった」


 僕は全身に意識を集中する。……全身に、薄く魔力が分布しているのを感じる。それを右手の人差し指に移動させるように意識すると、魔力が動いて麦粒大の魔力塊が指先からにゅるりと出てきた。それを指先1センチくらいの距離で浮かせて保持する。これだけでも結構集中力が要るな。


「よし、じゃあ次は呪文を唱えるわよ。本で読んだでしょうけど、呪文詠唱は3段階を踏むわ」

「指向性の付与、存在の固定、実行でしょ?」

「そうそう」


 魔力というのは、普段は僕たちが住んでいる世界と、別の次元との間に存在しているらしい。つまり半実体、半幽体のような状態だ。この状態だと相手にぶつけても半分しか実在していないので殆どダメージを与えられない。なので呪文でこの世界に固定――――こちらの世界に引きずり込む必要がある。……思い出しているうちに集中力が危なくなってきた。


「ちょっと疑問なんだけど、何で指向性の付与から存在の固定の流れなの?正直この状態を維持するのかなり集中力必要なんだけど。先に固定しちゃった方が楽じゃない?」

「ふふ、じゃあやってみなさいよ」


 言われるがまま、存在固定の呪文を唱えてみる。すると魔力塊に薄水色の色がつき実体化した。


「出来た!」


 歓声を上げた瞬間、ぽとりと魔力塊が落ちた。そしてドライアイスのように霧散してゆき、消えた。


「……落ちて、消えた」

「そういう事。あんたが今やったのは、すぐ消える小石を生成しただけ」

「で、でも今のに後から指向性を持たせるのはダメなの?」

「完全にこっちの世界に引きずり込んじゃってるから、もう実行の呪文以外は受け付けないわよ。形而上の世界にまたがっている間だけ "ああなれ、こうなれ" って自由に指図出来るの。何も指向性を持たせない状態で固定化した時点でこの世界の物理法則に支配されて、 "魔法" と呼べる不可思議な現象は起こせなくなるわ」

「そういう事かぁ……」


 楽は出来ないもんだなぁと落胆しながら、再び麦粒大の魔力塊を生成する。


「じゃあ着火――――魔力を燃料にして燃やすための指向性――――の命令を与えてみて」


 僕は言われた通りに指向性付与の呪文を唱える。内容は「中空に固定」「自身を炎に変換」だ。すると魔力塊の質が変わったのを感じた。


「で、固定してすかさず実行」


 存在固定の呪文を唱えて魔力塊を実体化させ、先程のように重力に支配されて落ちる前に短い実行の呪文を唱える。……すると魔力塊が中空に留まり、ろうそくの火のように燃えだした。


「やった!魔法だ魔法!」


 中二病にかかっていた頃、あれこれと胡乱うろんな本を読んで実行しては失敗した魔法が使えた、その事実に感動する。見てるか過去の僕、お前のいる世界じゃいくらやっても無駄だぞ。


「上出来。基本的な魔法の使い方はこれで大丈夫ね。ちなみに、私が持っているような杖を使うと魔力塊を中空に固定する工程は省けるわ。先端の宝石の中に魔力を溜め込んでおけるからね。ちょっとずつ霧散してはいくけど、実行のタイミングをある程度ずらす事が出来るわ」

「へぇー便利!……そういえば、魔力って金属と反発するんでしょ?イリスの杖の石突には青銅の槍がついてるけど邪魔にならないの?」

「邪魔どころか、利用してるのよ。石突が魔力を弾いてくれるから、その反対側にある宝石に素早く魔力を送り込めるでしょ?」

「なるほど、考えられてるんだなぁ」


 磁石のN極に、小さな磁石のN極をくっつけて手を離すとポンと小さい磁石が飛ぶようなものだろうか。


「で、そこで問題があるんだけど……小手着けた状態でもう一度着火魔法やってみて」

「……まさか」


 なんとなく予想がついたが、鉄の小手をつけて指先に魔力を移動させてみる。……出来ない。小手を構成している鉄が魔力を弾いてしまい、指先どころか手首から先に魔力を送り込めない。


「で、出来ない……」

「こういう事が起きるのよ」

「でも団長、ゴブリンマザー相手にファイアボール撃ってたよね?確か小手着けてたと思うんだけど」

「訓練次第で金属の反発も抑え込めるようになるのよ。相当な集中力が要るけどね。団長みたいにフル装備で魔法撃てるのは相当な上級者だけど」

「……魔法戦士への道は遠いなぁ。……うん?っていうか、別に手とか指先から魔法撃たなくても良いんじゃない?鎧着けてない所から魔法撃っちゃダメなの?足とか」

「感覚の敏感な所の近くじゃないと何故か呪文の通りが悪いのよね。それに魔力は布でも遮られるから素肌を晒してて、かつ感覚が敏感な所って言うと手くらいしかないのよ。ドワーフは足裏の感覚が敏感だから足も使えるらしいけど。あとは一応、魔法出したい部分に宝石括り付けておくって裏技はあるわ」

「ううーん……いや、もう1つあるじゃん感覚が敏感な所。股間!最悪股間に宝石を――――」


 イリスが僕の股間をり上げた。無慈悲な攻撃に僕は膝から崩れ落ち、悲鳴すら出せない激痛に地面を転げ回った。


「股間に宝石括り付けてたらこうやって真っ先に狙われるでしょ?」

「よぐわがりまじだ……」


 その後、股間の激痛が治まってからファイアボールの練習をした。魔力量の関係で1発しか撃てなかったが、無事成功した。イリス曰く「とろ火」程度の威力らしいが。これは与える指向性を工夫するか魔法書を解釈して「世界の理解度を上げる」しかないとの事だ。


 ともあれ戦場で使うには小手を脱ぐ必要があるが、攻撃手段が増えたのは良い事だ。僕は喜んでイリスに礼を言い、家に帰って夕食を摂ってベッドに横たわった。


「……いや確かに喜ばしいんだけど、あの時股間蹴る必要は無かったんじゃないか……?純情に続いて物理的にも僕を弄んでないかあの女……」

「何か言った?」

「言ってないですイリスさん。おやすみ」

「おやすみ」


 部屋に扉が無いのが恨めしい、これでは独り言も言えないじゃないか。悶々もんもんとしながらも僕は眠りに落ちた。

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