第49話「軍議」
市がお祭り騒ぎになっている間、ゲッツは城で祝宴の只中に居た。参加者は貴族に絞られ、今回の戦いでのお互いの武勇を自慢し合ったり顔を繋いだりしている。純軍事的には敗走したザルツフェルト伯を追撃するべきなのだろうが、それは出来なかった。ゲッツ派として集まってくれた彼らだが、準備期間が短すぎたために部隊の編成すら出来ていないからだ。
それでも作戦の第一段階は完全に成功したと言って良いだろう。マクシミリアンの身柄を押さえ、最大の親アデーレ派と目されたザルツフェルト伯軍の精鋭に打撃を与え、民衆を抱き込む大義名分も手に入れた。だがこれはクーデターの序章、最低限の土台を作り上げたに過ぎない。本番はこれからなのだ。
「ゲッツ殿、此度のご戦勝祝福申し上げます。……この後はどうするおつもりで?」
挨拶に来た騎士が尋ねてくる。領土欲しさにこちらについた諸侯や騎士達も、未だ予断を許さない状況である事は理解しているようだ。彼らを安心させ、結束させるのが今のゲッツの仕事だ。
「卿らの奮戦あっての勝利だ。近日中に市を発って追撃を行い、アデーレ派が体勢を整える前に潰す」
「……勝てますかな?」
「既に
この答えに満足したのか、騎士は笑顔で去っていった。……全く骨が折れる事だ。勝てるかどうかは五分五分といった所だが、勝てると信じ込ませねばならない。そうしなければ寄せ集めに過ぎないこちらはあっという間に瓦解する。ゲッツは次々に挨拶に来た貴族にも同じような事を話し、この夜は更けていった。
◆
消灯時間もすっかり過ぎ、ゲッツはすっかり
「で、彼我の損害は?」
「死体が混ざりきっちまって正確な事はわからんが、敵は400人は削れただろう。対してこちらの損害は50かそこら、殆どが兵卒だ。こちらに騎士が多かったのが幸いしたな。いくら敵が精兵でも平民と騎士じゃ根本的に戦闘力が違う」
「重畳。それで、集まった諸侯らの動員力はどうなのだ?」
今日ここに集まったのは諸侯らの精兵と騎士達だけで、彼らは自らの領土にまだ兵を残している。それらの見積もりは――――
「騎士本人を数に入れても1千500程度かねえ。そこにウチの直轄領の兵を入れて5千に届くかどうか」
「少ないな」
「こちらについた大貴族はロートヴァルト伯だけだからなぁ。あとは騎士の寄せ集めだ、仕方
ノルデン選定侯領は全くもって一枚岩ではない。選定候領の土地全てを10とすると、選定候の直轄領は3にしか過ぎない。残りは教会領が1、貴族の領土が6だ。
この貴族領のうち最大勢力を誇るのがザルツフェルト伯領で、およそ3の領土を持つ。次点がタオベ伯領で2。最後に、ゲッツ派についたロートヴァルト伯が1。つまるところ、ゲッツ派の領土の合計は4にしか過ぎないのだ。悪い事に、そこから非協力的な領地を差っ引くと優位は失せる。加えてザルツフェルト伯領は
「最大の問題は、こちらの騎兵戦力かねぇ」
「騎士の多くこちらについたのではないのか?」
「そうなんだが、殆どが貧乏騎士なせいで槍組が編成出来ん。まあ純粋な騎士隊でも、無いよりはマシだが……」
槍組とは、1人の正騎士に対し複数名の騎馬兵士や軽歩兵をつけた編制だ。騎馬クロスボウ兵や騎馬魔法兵に支援された騎士の戦闘力は強力だ。従者を養えない貧乏騎士が多いゲッツ派軍には殆ど存在しない。
「この世界では騎兵が最大の戦力なのであったな……痛い所だが歩兵で誤魔化すしかないか。そちらはどうなのだね?」
「盗賊ギルドに依頼して、各地で平民に
今回、盗賊ギルドの活躍は大きい。式の最中に冒険者ギルドの移動を手引したり、市民に紛れてアデーレを罵倒したり、タオベ伯軍を撤退させる手引をしたり、商人に扮して各地でゲッツ派の大義を広めたり……とその活動は多岐にわたる。
本来彼らは貴族の圧政から民衆を守るために結成された組織であるので、貴族であるゲッツの依頼に応じてくれるかは賭けであった。だがアデーレの支配よりゲッツの支配の方がマシだと判断したようで、力を貸してくれた。その分多額のカネを要求されたが屋敷を売払い、さらに借金までして何とか支払えた。借金は城に納められていた選定候領の国庫を奪取した事で何とかなりそうだが、これは今後の軍資金でもある。早期決着せねばあっという間に破産してしまうだろう。
「ま、仕方あるまい。使える手駒で何とかする他ないが……タオベ伯軍はどうだ?あの場で撤退こそしたがどちらかにつく可能性は?」
「無きにしもあらずだが、可能性は低いだろうよ。何せあの
タオベ伯をゲッツ派に引き入れる事こそ失敗したが、不介入に同意させる事には成功していた。あの土壇場での撤退は事前の取り決め通りであった。
貴族領においては第二位の勢力を誇る彼はアデーレ派についても領土が増えず、さりとてゲッツ派についてもロートヴァルト伯や大量の騎士達と領土を分け合うと戦費が回収出来るか微妙なラインだ。なので、ゲッツ派とザルツフェルト伯が互いに潰し合い疲弊するのを眺めていた方が、1枚の銅貨も支払わず相対的に自身の勢力が上がって得だという算段だろう。
狸め。
そう毒づきたくなるが、最初からアデーレ派につかれるよりは遥かにマシなので我慢するしかない。
「ままならんなァ」
「戦争とはそういうものだ。というか大分マシな部類だぞ、私なんぞ軍資金が尽きた所を倍する敵に囲まれた事がある」
「マジかよ」
「本当だとも。まあ勝ったがね!そういえばあの戦いも騎兵戦力で負けていたな」
「どうやって勝ったんだ、それで!?」
「騎兵が無いなら歩兵で対抗するしか無かろう?歩兵の槍で顔面を突かせて敗走させたのだよ。敵は新兵だったからそれで崩れた。あとは歩兵で側面攻撃すればお終いだ」
「全ッ然参考になんねェー」
「で、あろうな。この世界の騎兵は固く、槍も歩兵のものより長い。アウトレンジから殺すしかないのではないかね?」
歩兵の槍が2mかそこらでしか無いのに対し、騎兵が持つランスは5mを超す。騎兵の鎧にはランスレストと呼ばれるパーツが付いており、ここに槍を載せるだけで簡単に、しかも片手で長大な槍を保持出来る。対する歩兵は両手で槍を扱わざるを得ず、槍が長くなれば長くなる程扱いが難しくなるため長大な槍は好まれない。これが、根本的に騎兵が歩兵に対し優位な理由であった。
「まァ、ブラウブルク市はクロスボウの産地だ。あれなら貫けなくもないが……如何せん装填速度がな。斉射で第一列を刈り取れても、装填中に後続に突撃されてオシマイだ」
「上手くいかぬものだな。……であれば槍組と同じように、兵科を組み合わせるなり何なりするしかないのではないか?そういえば古い時代、ローマではそうしていたらしいぞ。射撃兵、軽装歩兵、重装歩兵、さらに熟練の槍兵を組み合わせて有機的に隊列を組み替えながら戦ったそうだ」
「……ふむ?詳しく聞かせてくれ」
「良いとも」
カエサルによる知識の伝授と軍議は深夜まで及んだ。
そして翌日、新型の槍の注文書を携えた伝令が各地へ派遣された。
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