第47話「消耗戦」

「【鍋と炎】、10歩後退せよ!」

「「「了解!」」」


 団長の号令がかかり、僕は相手の盾を蹴って後退する。怯まず追撃しようとする敵を、ルルが2mを超す長槍――――ウーランから奪った――――で牽制し押し留める。


「【鋼鉄の前線】、【鍋と炎】の前面に展開!カエサル、【鋼鉄の前線】を軸に戦線を下げろ!」


 後退する僕たちの横合いから【鋼鉄の前線】が飛び出し、その左隣に展開する【ゲルマニカ】【ガッリカ】と接続する。それに合わせて【ゲルマニカ】【ガッリカ】が時計の針のように後退し、戦線は【鋼鉄の前線】を短辺にしたL字型になる。敵は【鋼鉄の前線】の側面を回り込もうとするが。


「【鍋と炎】【死の救済】、突撃!」

「「「おおッ!」」」


回り込もうとして隊列を乱した敵軍に突っ込む。僕はシールドバッシュで1人を転倒させ、ルルがひっくり返った敵の無防備な股間に槍を突き込んで無力化する。彼は壮絶な悲鳴を上げるが、後続の兵に踏まれ息絶えたのかすぐに声は消えた。


 冒険者ギルドはこのようにじりじりと戦列を下げながら、機動戦を展開していた。敵は本当に精兵揃いなのだろう、こうした機動戦で隙を突かないと殆ど数を減らせない。足を止めて打ち合うと、たちまち技量差で防戦一方に追い込まれ反撃どころではなくなる。盾を持っている僕ですらこれなのだから、ルルの状況はかなり厳しかった。ギャンベゾンのあちこちが破れ、ピカピカだった兜も傷だらけになっていた。


「貰っておけッ!」


 イリスがルルを攻撃していた敵兵にファイアボールを撃ち込むが、敵はそれを盾で受けると即座に炎上する盾を投げ捨てた。だが盾を失った敵兵は、ルルの槍のリーチと魔法を警戒して突進を控えた。


「魔法対策もお手の物か……!」


 練度が違いすぎる。【死の救済】などベテランパーティーは互角以上に戦っているが、それ以外のパーティーは防戦一方だ。まだ死者が出ていないのが奇跡に思えるくらいには圧されている。そう思った時。


「ぎゃあっ!?」

「エッボ!」


 【ガッリカ】の1人が長剣を脇に突き込まれ倒れた。パーティーメンバーに動揺が走るが、すかさず空いた穴にカエサルさんが入り込んで埋める。


狼狽うろたえるな、隊列を維持せよ!今は耐えてエッボの仇を討つ時を待て!」


 カエサルさんの指揮で【ガッリカ】は何とか安定を保つ。それを確認してか、団長が後退命令を下す。


「【ゲルマニカ】と【ガッリカ】は10歩後退!ドーリス、【サイネリア】と共に突撃!」

「承りました」


 ドーリスさんは両足ともに裸足で、そこから魔力を流し込んだのか、彼女の前の石畳が砕け破片が敵兵に飛ぶ。後退する【ゲルマニカ】【ガッリカ】を追撃しようとしていた敵兵は出鼻を挫かれ、さらにドーリスさんと【サイネリア】が逆襲をかける。ドーリスさんは両手斧を振り回して暴れ、【サイネリア】の戦士達は長剣を短く構え的確に敵兵をいなす。乱戦を繰り広げる彼らの足元でエッボと呼ばれた【ガッリカ】の犠牲者の死体が踏み砕かれ、やがて冒険者ギルドが後退するにつれ敵兵に飲み込まれ見えなくなった。


「ッ……!」


 死ねばああなる。僕は鍋をぎゅっと握り直す。死にたくない。生きてこの街での生活を取り戻さなければ。機動戦で消耗した体力を気力で補う。


「賊徒がァ!鍋なんざふざけた武器で!」


 僕と打ち合う敵兵が罵倒ばとうしてくる。顔面の空いた兜に、上半身だけプレートアーマーで鎧った剣兵だ。僕も負けじと叫び返す。


「どっちが賊だ!僕達の生活を奪おうとしやがって!それに鍋を馬鹿にするな、これでも2人殺ってるんだぞ!」


 鍋を振るが盾に阻まれ、クロスカウンターめいて繰り出される剣をこちらの盾で受ける。この一瞬、お互いの両手が塞がった。鍋のリーチは短いため、かなり至近距離で睨み合う形になる。僕は敵から視線を逸らすように右に首を傾げる。その瞬間、僕の耳すれすれをイリスの杖の石突が通り抜け、敵兵の右目を穿うがった。


「あがっ!?」

「よいしょぉ!」


 怯んだ敵兵を蹴って後退させ、後続をつかえさせる。一瞬稼いだ時間で大きく息を吸い、少しでも体力を取り戻そうと努める。そこに団長の指示が飛ぶ。


「全パーティー、20歩後退、急速!」


「息つく暇もない!」

「息の根止まるよりはマシでしょ!」

「げ、限界近いですー!」


 団長の命令を受け、もはや何度目かわからない後退を行う。急速との事なので敵に背を向け駆けるが、足元でぴちゃぴちゃと音がした。水?


「クソガキがぁあああああああああああッ!」


 先程目を潰された敵兵の怒号が響き、それに続いて全ての敵が突進してくる。押し留められるのか、この勢いは?だがやるしかない。僕は覚悟を決め盾を構える。


「今ァ!」

「ひょおう!?」


 団長が叫ぶと、僕の股下を冷気が駆け抜けた。後方に下がっていた【氷の盾】の2人の魔法使いが氷魔法を放ったのだ。瞬間、敵の足が止まった。地面を濡らしていた水が凍り、敵の足を縫い止めたのだ。先程の水は彼らの仕込みか。


「気力振り絞れェ!全パーティー、突撃!」

「「「了解ヤヴォール!」」」


 団長が先頭に立ち、マクシミリアンの護衛についている【たかの目】以外の全てのパーティーが突撃を開始した。敵兵は必死に氷をがそうとするが間に合わず、もろに突撃を受けた。


 僕の正面に居たのは先程目を潰された兵。顔を真っ青にしているが、剣と盾を構えて抗戦を試みている。僕は鍋を振り上げながら盾をやや下げて駆ける。


そして衝突。敵兵はがら空きになった僕の顔面に剣を突き入れて来た。だが僕はそれを誘っていた。顔面を覆うように鍋を振り、敵の剣を下に弾く。逸らされた切っ先は革の胸鎧に突き刺さり、止まった。胸に小さな痛みを感じるので少し貫通したか。だが敵兵の腕は伸び切っている。


「捕まえた」

「待っ――――」


 盾を内側に振り、敵兵の肘を打つ。腕鎧に阻まれ肘を折る事は出来なかったが、彼の手は剣から離れた。強制的に腕を振らされた彼は両足をい留められているせいでバランスを崩し、前のめりになる。僕はすくい上げるようにして鍋を振り上げ――――


「3人目ぇ!」

「Ug」


 あごが砕ける音と悲鳴が混じった奇怪な音を上げながら敵兵は倒れた。鍋が光り、新たな魂が蓄えられた事を感じる。頭蓋骨か頚椎に衝撃が通ったか。仲間に目をやれば、ルルは槍でアウトレンジから突いて敵の盾を下げさせ、イリスが空いた顔面にファイアボールを撃ち込んで始末していた。


 さらに周囲を見渡せば、冒険者ギルドは足を縫い留められた敵兵を虐殺している。だが快晴のせいか氷が溶け始め、敵兵は自由を取り戻していった。ボーナスタイムは終わりのようだ。突撃と今の戦闘でかなり息が上がっていたが、盾を掲げながら必死に息を整える。


「敵はもう限界が近いぞ!押し込めーッ!」

「「「おおーッ!」」」


 敵は必死に攻撃を仕掛けてくる。彼らの後ろと側面にはゲッツ派軍がおり、外周の兵を次々と打ち倒している。モタモタしていると圧殺されるのは彼らなのだから必死になるのも頷ける。


「【ガッリカ】【サイネリア】は10歩前進!起点俺、戦列詰めろ!鶴翼かくよく!」


 中心に立つ団長が剣を振り上げる。戦列の両端に居た【ガッリカ】【サイネリア】が前進し、彼らと団長の間を各パーティーが埋める。団長をVの字の底点にし、敵を包み込むような陣形だ。そして衝突。僕は激しい攻撃にさらされ、再び防戦一方に追い込まれる。


「うあっ!?」


 ルルの悲鳴が上がった。ルルの槍をいなした敵兵が、彼女の肩口に剣を突き込んだのだ。剣はギャンベゾンを貫通し、引き抜かれた切っ先が赤く染まっている。


「ルル!」


 彼女は槍を取り落し、左肩を押さえながら膝をつく。敵兵はトドメを刺そうと剣を振り上げる。僕と相対している敵兵はさらに攻勢を激しくし、盾も鍋も拘束されてしまう。隣に居るのに助けに行けない!もはやイリスの援護に賭けるしかないが、彼女の詠唱はまだ途中だ。間に合わない。


「ぎゃっ!?」


 次の瞬間、剣を振り上げていた敵兵の脇に矢が突き立った。さらに【鷹の目】の戦士の1人がルルをカバーするように突っ込み、イリスと【鷹の目】の魔法使いがルルに肩を貸して彼女を後送した。先程の矢はヴィルヘルムさんか。


「陛下はいいんですか!?」

「護衛は1人で十分だろ!お前ら見てらんねえ!」

「ありがとうございます!」


 体力万全の【鷹の目】の戦士達の加勢で、僕にかかる圧力は大分減っていた。だが他のパーティーはどうだ?ちらと見れば、一歩も退かず奮戦する団長を中心に、隊列が両翼から押し込まれ始めていた。負傷し後退する人も見える。【鷹の目】のもう1人の戦士や、陛下の保護を魔法使いに任せたヴィルヘルムさんまでもが戦列に加わってギリギリ崩壊を防いでいるが。


「これは……!」


 支えきれない。直感するが、口には出さなかった。それを口にした瞬間、本当にそうなってしまう気がしたからだ。意地だ、意地で耐えるしかない。決意を固め必死に防御していると、東の方から大声が聞こえてきた。


「タオベ伯撤退!東門が開いてるぞ!」


 見れば、様子見を決め込んでいた部隊が東門に向けて撤退していく姿が見えた。この土壇場で……?だが敵も認識したようで、彼らの動きが鈍りだした。さらにクロスボウの太矢が敵に降り注ぎ始める。家々の屋根の上に登った民兵隊が射撃を開始したのだ。敵兵の間に明らかな動揺が走るが、戦意喪失には至らない。


「狼狽えるな!この一撃で決めるぞ!前列頭下げーッ!」


 そこにザルツフェルト伯が叫ぶ。見れば、彼の周囲には生き残りの魔法使いが集結していた。そして僕たちと打ち合っていた最前列の敵兵らが3歩後退し、腰を落とした。彼らの頭上を、ファイアボールの斉射が通り抜けた。


「ッ!」


 今までは盾で防御していたから何とか生き残れたが、盾を燃やされてこれを失ったら恐らく僕は死ぬ。鍋で弾くしかない。咄嗟とっさにそう判断し、僕に向かってくるファイアボールを撃ち落とすように鍋を振るが疲労で握力が弱まり、手の中で鍋の柄が回転して鍋底が正面を向く形になった。


――――結果、虫取り網で虫を捕らえるようにして、ファイアボールがすっぽりと鍋の中に収まった。鍋にかけられた魔法防御リフレクトで弾かれ続けるファイアボールがぐるぐると鍋の中で回っている。なんたる幸運まぐれ!だがいつこの均衡が崩れるかわからない、そう判断した僕は鍋を再び振った。当たってくれと願いながら。


 振られた鍋の中からファイアボールが飛び出した。それは腰を落とした敵兵の頭上を通り抜け、ザルツフェルト伯の隣に居た魔法使いに向かって飛んでいった。幸運まぐれは続かないか。そう思った時、1本の矢が僕の兜を擦りながら後ろから通り抜けた。それは魔法使いに当たる寸前のファイアボールをかすめ、鉄のやじりがその金属の作用によって僅かにファイアボールの軌道を逸し、それはザルツフェルト伯の面頬付きの兜を直撃した。


「ぐわあああああああああああっ!?」


 兜を火に包まれたザルツフェルト伯が悲鳴を上げ、地面を転げ回った。


「ザルツフェルト伯戦死!【鷹の目】がヴィルヘルムとクルトが討ち取ったり!」


 先程の矢を放ったのであろうヴィルヘルムさんがときの声を上げる。いや兜のせいで多分死んではいないが!だが敵兵に動揺が走った。そこに民兵隊のクロスボウの第2斉射が降り注ぎ、敵兵がばたばたと倒れた。


「あと少しだ、持ちこたえろ!どうせ逃げられやしねェ、ここで死ぬ気で1秒でも長く立ち続けろ!」


 団長が声を張り上げる。彼も先程のファイアボールにやられたのか、盾を失っていた。いや、前衛の戦士殆どがそうだ。それでもまだ全員が闘志をたぎらせていた。事ここに至って降伏など受け入れて貰えないだろうし、仮に逃げおおせても賊軍扱いで死ぬまで追撃されるだろう。……「死にたくない」という思いが「どうせ死ぬなら1人でも多く道連れにして死んでやる」という覚悟にすり替わった。僕らの生活を奪おうとした事を後悔させてやる。


 死兵と化した冒険者ギルドに気圧されてか、敵の攻撃の手が止まる。それどころか数的に圧倒的に不利なはずの冒険者ギルドが、誰の号令を受けるでもなく自然と前進を始めると敵の顔に恐怖が浮かび、じりじりと後退し始めた。


 そして再びクロスボウの斉射が敵を襲った。クロスボウは装填に時間がかかる。だが1斉射で何人が死に、あと何斉射で敵は全滅するのか僕は想像する。――――敵も同じ事を考えたのだろう。死兵と化した冒険者ギルドを潰し切るのと、自分に矢が突き立つのはどちらが早いか。……彼らにとって幸いな事に、逃げ道は用意されていた。タオベ伯軍が通って撤退した東門が。


 敵が、崩れ始めた。


 東側に位置していた者から武器や防具を投げ捨て、我先にと東門へと走り出した。アデーレが「何をしているのです!?マクシミリアンを、マクシミリアンを!」と叫びながら飛び出そうとするが、お付きの騎士に押し留められる。ザルツフェルト伯は矢張り生きていたが、最早戦意を失ったのか兵たちに護衛されながら退いていった。


 追撃はゲッツ派諸侯軍に任せ、冒険者ギルドはその場に残った。追撃する体力は誰にも残されていなかった。肩で息をし、ある者は膝をついたり大の字に寝転がったりしながら、自分たちが戦った戦場を見渡した。


 死体、死体、死体。それらから流れ出す血が石畳を汚し、真っ赤な池のようになっていた。……あの死体の中の1つにならなくて良かった。酸素を求める激しい息の中に、安堵のため息が1つ交じる。そして息を飲む。


「そうだ、ルルは!?」


 振り返ってみると負傷者が1箇所に集められ、教会から飛び出してきた回復魔法使い達に手当されていた。


「ひょあー!?痛い痛いかゆい痛いかゆいかゆい!」


 回復魔法をかけられ、急速に肉が生えてくる感覚に悲鳴をあげているルルの姿を見つけて安心した。守りきれなかったのは不覚だが、取り敢えず生きていてくれて良かった。


 ザルツフェルト伯軍を街から追い出し終わったのか、ゲッツ派軍が戻ってきた。息を整え終えた団長が全軍を式場に集めた。流れ矢を避けて隠れていた見物の市民達も戻ってきた。全軍の前に立つ団長の隣には、かたかたと膝を震わせるマクシミリアン陛下が長老に支えられながら立つ。団長が返り血に染まった手甲で陛下の手を取り、高く挙げさせた。


「諸君、此度の戦い誠にご苦労だった!旧教の狂信者、アデーレと姦通かんつう者ザルツフェルト伯は諸君らの武威と信仰に屈し、尻尾を巻いて逃げ出した。……我らがノルデン選定候、である!」


 兵や市民達から城壁を揺るがさんばかりの大歓声が上がり、ブラウブルク市中に響き渡った。

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