第44話「演習」

 冒険者ギルド解散するかも、と言われてから数日。そう言われてもいつもと変わらぬルーティーンをこなすしかない【鍋と炎】は、今日は目ぼしいクエストがないためカエサルさんの訓練に参加しようとしたのだが。


「ああ、君たちはもう参加しなくて良いぞ」

「えっ、どういう事ですか?」

「今日から集団戦の訓練をする事になってな、既にパーティーとして完成している君たちに参加されると逆に困るのだ。まあ、近々模擬戦をやる予定だ、その時には参加して貰いたいが……当分は良い」

「そうですか……わかりました」


 そう言われては仕方ないと団長の屋敷を後にしたのだが、すれ違いに手押し車に甲冑を満載した業者が屋敷に入っていくのを見かけた。


「何だろうあれ」

「貸し甲冑屋じゃない?」

「ええっ、訓練に貸し甲冑使うの!?新人冒険者じゃ儲けが吹っ飛ぶ値段するって聞いたけど……」

「新人達には払えないでしょうし、ギルドが出してるのかしらねぇ」

「妙なお金のかけかたするなぁ……」

「……不穏よね、ちょっと」


 イリスの言葉に頷く。ギルドの動向もそうだが、ブラウブルク市全体に不穏……というか落ち着かない雰囲気が漂っていた。丁度3人の市民達が世間話に興じていたので耳を傾けてみれば。


「聞いたか?選定候妃様が市民の権利を制限するかもって」

「マジかよ、あの……」

「あばずれ?」

「何だよ知らないのか、お抱えの騎士と姦通かんつうしてたらしいぜあの御方。それで衛兵隊も見目麗しい若い騎士に入れ替えるとか何とか、衛兵の奴らがぼやいてたぜ」

「俺はさる伯爵様が相手だって聞いたぜ」

「いずれにせよとんでもねぇ御方だな!そういえば北教会の牧師様がよ、選定候妃様に使者を出したって話知ってるか?」

「ああ知ってるぜ、なんでも領民に旧教への改宗を命じるかもとか。そりゃ抗議するよなぁ」


 ……このように、市は選定候妃の悪い噂でもちきりだ。


「本当に領主が代わるって一大事なんだねぇ」

「それにしたって噂が飛びすぎてると思うけどね。どれが本当でどれが嘘なのやら」


 確かに突拍子もない噂も多く、真面目に考察するのがバカらしくなるものもある。しかし市民生活に関わるような話が多いため、それで市民の会話はもちきりだ。


「……まあ、いずれにせよ僕たちに出来る事は何も無いんだけどね。今日はどうしようか」

「それもそうね。うーん、せっかくだし今日は休日にしましょうか。私は食料でも買ってくるわ」

「あ、じゃあ僕も」

「あたしもー」


 そういう事になり、3人で市場に来たのだが。


「ええ……また値上がりしてる……」


 一時は平常に戻りつつあったパンの値段が、再び倍近く値上がりしていた。僕の落胆の声を聞いて、パン屋に並んでいた市民が話しかけてくる。


「近々選定候様の軍隊がやって来るからなぁ、また投機屋どもが小麦粉を買い占めてるんだろうよ」

「えっ、また軍隊来るんですか」

「そりゃ葬儀はともかく即位式やるからなぁ、はく付けのために兵隊並べるのさ。陛下が戦死されなかったら凱旋式だったわけだが、それでも兵隊並べるから結局パンの値段は上がったんだろうが……」


 そういう事か。戦争が終わった後も、こうして市民が被害を受けるのだから戦争というのはたまったものではない。ゴネてパンの値段が下がるわけもなく、結局僕たちは提示された価格で2週間ぶんのパンと小麦を買った。


 その後は解散し僕とイリスは魔法の勉強、ルルは暇そうなパーティーに槍の稽古をつけてもらう事になり、1日が過ぎた。



「で、一番大事な事だが。すまん、冒険者ギルドの解散決まったわ」

「「「ええ……」」」


 選定候の葬儀と即位式が1週間後に決まった――――と布告した団長の口から、最も聞きたくなかった言葉が吐き出された。他の団員たちも落胆と困惑の声を上げている。


「参事会と教会、それに有志の諸侯で抗議したんだがな、選定候妃様のお心は固いようだ。だが葬儀と即位式に参列する事は許された、お前達も当日は完全武装で来るようにな。だが即位式が終わったらこの街を出る事になる。そっちの準備も進めておけよ」

「団長、次の本拠地は決まったんスか」

「概ね目処がついた、そこは安心しておけ。給料の方も安心しろ、屋敷を売り払う事になったから当分はしっかり支払ってやる。ま、詳しい事は即位式当日になってから伝える。今は書面でやりとりしてるがよ、式にやって来る諸侯どもと口頭で話さん事には話がまとまらん」


 それってまだ次の本拠地は宙ぶらりんって事ではないかと思うのだが。ひどくふわふわした話だが、団長は自信ありげなので信じる他ない。


 それから数日間は何事もなく過ぎ、【鍋と炎】はクエストに出かけたりカエサルさんの集団訓練に呼び出されたりしながら過ごした。新人達は貸し甲冑で装備を固めたのもあるが、ローマ仕込みの集団戦法を仕込まれた彼らは手強い相手になっていた。……いや、正直に言えば【鍋と炎】では勝率五分五分が良い所といった感じだ。この1ヶ月半みっちりと訓練された彼らは、現場で叩き上げられた僕たちに劣らない戦闘力を身に着けていた。


 そして式まであと3日となった時、団長命令で彼らは各パーティーに割り振られクエストに出る事になった。【鍋と炎】にも1人が割り当てられゴブリン退治に出かける事になったが、彼はつづがなく前衛としての役目を果たし、怪我もなくクエストを終えた。他のパーティーでも若干の負傷者を出したものの死者はなく、その負傷者もマルティナさんと教会の回復魔法使いに手当してもらって即座に回復した。


 そして次の日、ギルド団員全員が集められたと思ったら新人たちの入団式が執り行われる事になった。「本拠地移転にあたり団結を固めるための例外」との事だが、早すぎるのではないかとベテランパーティー達が口々に言っていた。


 そうは言っても、誰一人として武器のアーチを潜らせる儀式で新人を斬り捨てる者はおらず、新人達は晴れて冒険者ギルドの正式団員になった。もちろんルルもだ。これで彼らも冒険者ギルドの掟に縛れられ、市民への献身を課されたわけだが、2日後には市から追い出されてしまうのだからやるせない。とはいえ給料は上がるので、皆喜んでいた。


「やりました!正式団員になりましたよ!」

「おめでとう、ルル!」

「ありがとうございます!……ところで、あたしってこのまま【鍋と炎】に居て良いんですよね?他の新人さん達はそれぞれパーティーを組むみたいなんですけど」

「どうなんだろう、僕らとしてはこのまま残ってくれるとありがたい……というかすっかりそのつもりだったんだけど」

「ああ、ルルはそのまま【鍋と炎】で面倒見てくれ」


 声をかけてきたのは団長だ。


「他の新人どもは訓練で団結しちまッてるからな、そこにルルを放り込むのも酷だろうしな。それに……」

「それに?」

「いんや、何でもない」

「ところで団長、新人達の中に1人弓使いいましたよね?貰えませんか」


 イリスが後衛をねだるが。


駄目だ。もうあいつらはカエサルの訓練で1つの戦闘ユニットとして完成しちまってるからな、諸々終わったら考えんでもないが……まあそれは置いておいてだ、お前らァ!式の予行演習すんぞ!このまま山に集合な!」


 団長は話を打ち切り、演習を告知した。ああそういえば、学校でも何かの式の時は入場の予行演習とかやったなぁと思っていると、実際に行われたのは殆ど機動演習だったので面食らった。



「【鍋と炎】は【ゲルマニカ】の後方に展開!……モタモタするな!」

「「「はい!」」」


 新人達のパーティーは5人ずつで2つ編成され、それぞれ【ゲルマニカ】と【ガッリカ】と命名された。正式編制ではなく、あくまで式用の臨時編制との事だ。その変な名称に皆首をかしげていたが、どうやらカエサルさんが命名したらしい。


「【死の救済】は【鋼鉄の前線】の右翼を通って後退!【ガッリカ】は穴を塞げ!」


 ベテランパーティーの動きは流石に洗練されており素早いが、新人パーティーの動きもそれに負けていない。……正直、1番動きが悪いのは【鍋と炎】だ。何度も叱られながら機動、展開、機動、展開……と繰り返していくうちに大分マシになったが、そうしている内にふつふつと疑問が湧き上がって来る。


「団長、これ式に必要なんですか!?」

「必要だ!……いいかお前達、これは最後の賭けだ。選定侯妃様は冒険者は必要ないと仰る、だが純粋な兵士としてはどうだ?式に参列する諸侯にお前達の練度を見せつけて、最後の直訴を行う。常備兵として存続する可能性は捨てたくない」

「な、なるほど……?」


 何となく丸め込まれてしまったが、それならもっと早くこの機動演習をするべきだったのではないか?疑念と不満は残ったが、文句を言う気力は激しい演習で奪われてしまった。



 演習が終わって街に戻ると、軍隊が次々と街に入っていく姿が見えた。


「あ、ついに到着したのね」

「あいつらのせいで食料価格が……うん?なんか数が少なくない?」


 見れば、その隊列はせいぜい千か2千かといった程度だ。


「式に参加するのは各諸侯の精鋭兵達だけなんでしょ。選定候軍全てを集めたら1万くらいにはなるでしょうからね、それが詰めかけたら街がパンクして式どころじゃなくなっちゃうわよ」

「ええっ、でもブラウブルクの戦いの時は3千くらいしか居なかったんじゃ……?」

「あれはほんの一部よ。……全ての諸侯が "戦争やるから集まれ" って言われてホイホイ集結する訳じゃないわ。何かと理由をつけて様子見する諸侯も多いのよ」

「ええ……」


 自衛隊でそんな事やったら指揮官の首が飛ぶどころじゃ済まないと思うのだけど。


「諸侯の権力は強いし、何より彼らが率いる兵は自分の領民でしょ?負け戦に領民の命とお金を投じようとは思わないのよ。だから戦争の趨勢すうせいがわかるまで様子見するってわけ。神聖レムニア帝国軍だって全力で動員すれば10万は集まるはずよ。でもブラウブルク市に来た軍隊は敵味方合わせても3万ちょいだったでしょ?もちろん他の戦線に居た軍隊もあるにせよ、最初から真面目に戦うのはそれくらいなのよ」

「ちゅ、中世だなぁ」


 制度の差に愕然がくぜんとしながら家に戻り、軽く食事を摂って寝た。


 翌日、式を明日に控えた日は休日を命じられた。……諸侯に冒険者ギルドの練度を見せつけるのではなかったのか?

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