第43話「転機 その2」

 5月も2週目に突入し、月曜日の定例ミーティングの日。久しぶりの雨が外を濡らす中、団長がとんでもない事を言いだした。


「冒険者ギルド、廃止になるかもしれん」

「「「は!?」」」


 全員が目をいた。突然「お前ら無職になるかもしれん」と言われたのだから当然だ。


「どういう事スか団長!」

「摂政……選定候妃陛下のお心だとよ。抗議してるが、陛下は大の平民嫌い……冒険者ギルドも漏れなく大嫌いだ、恐らくは通っちまうだろうな。ようは賤民せんみんは街から出てけッて事だ」

「ええ……じゃあ俺たちどうなるんスか」

「安心しろ、お前らを無宿の無職にはしねェよ……屋敷売り払ってでも給料は払ってやる。ただ本拠地は移さざるを得ねェからな、今知り合いの領主に土地を借りれないかかけあってる所だ」


 なんという事だ、ブラウブルク市に家を借りてからまだ1ヶ月ちょいなのにもう追い出されるかもしれないなんて。


「まあ、正式に決まるのは葬儀と即位式が終わってからだ。動揺させてすまねェが、一応心構えだけはしてもらった方が良いかと思ってな。一応そのつもりでいろ、以上だ。解散」


 そんな事言われましても……と全員が顔を見合わせたが、結局僕達にはどうする事も出来ない。引っ越しが必要ならばそのためのお金も必要だ。気持ちを切り替えたベテランパーティーから順にクエストボードの前に向かい、クエストに出かけていった。【鍋と炎】もそうするしかなかった。僕たちは雨の中、クエストに出かけた。



 ゲッツは仕事を放り捨て、暗澹あんたんたる思いで屋敷に戻った。城伯としての仕事は兄の家臣どもがどうにかするだろう。葬儀と即位式の段取りも選定候妃の仕事だ。自分がボイコットしようが何も変わらない。捨て鉢な思いを反映するかのように雨はいっそう強くなっていた。


「冒険者ギルドを廃止します。あなたの血縁に免じて葬儀と即位式への出席は認めますが、それが終わったらを率いて早急に市を去る事」と選定候妃アデーレから手紙で知らされた時は、怒りで手紙を破り捨てた。しかし君主の権限は強い。ゲッツに出来るのは抗議だけで、本気で押し通されたら抗う事は出来ない。一応ゲッツも候位継承権は持っている――――マクシミリアンよりは下だが――――ため、選定候妃にとって不穏因子である事は理解出来る。冒険者ギルドは新人を含めても40人程度の戦力でしかないが、本拠地を急襲するには十分な戦力だ。そんな戦力が継承権保持者と一緒に本拠地の内部に住んでいるのだから、気が気でないのだろう。


 わかる、それはわかる。しかし自分が育て上げた冒険者ギルドを無宿者にしろと言われてはいそうですか、と頷けるわけもない。冒険者ギルドの給料の出どころは選定候その人の財布だが、実際に運営指揮してきたのはゲッツだ。愛着もあるし、殆ど自分の郎党のように感じていた。今回の告知は自分の郎党の顔に泥を塗られたに等しい。ゲッツが冒険者ギルドの団員に強権を振るえるのは、いざという時に彼らを庇護ひごする事を期待――――ほとんど義務と言っても良い――――されているからだ。双務的契約という奴だ。ゲッツは今、その義務を履行しなければならなかった。


 だが、どうやって?


 自分は選定侯の弟ではあるが、いち騎士でしかないのも事実だ。動かせるものがあまりにも少ない。しかしそれらを使い、どうにかして冒険者ギルドの権利を守らねばならないが――――その具体的な方法が思いつかない。そういった権謀術数からは距離を置いた人生を歩んで来たからだ。……ならば、その道に詳しいアドバイザーを頼るしかない。ゲッツは屋敷の2階にあがり、カエサルの部屋を訪れた。監視任務に就いていた団員を払い、2人だけで話す。


「―――――なるほど、それは一大事だな」

「他人事じゃねェぞ、ここを出たらお前をかくまいきれるかもわからん」

「わかっているとも。…………?」


 カエサルは挑戦的な目を向けてくる。タダで知識を与える気は無いという事か。


「……冒険者ギルドの存続が叶ったら、お前を正式団員として迎え入れてやる。つまりはブラウブルク市の市民権が与えられる。もちろんお前はリッチーだ、そこは隠し続ける必要はあるがな」

「なるほどな、ではもちろん監視は無くなるのだな?」

「それは……」

「実際この1ヶ月、何も問題は起こさなかっただろう?はっきりと言おうゲッツ殿、私が魔法を使えないのは本当だ。飲み食いせずとも死なないリッチーの身体を持っているとしてもな、1人で街をどうにかする力は無い」


 確かに彼はこの1ヶ月、監視に文句を垂れつつも契約を履行した。冒険者ギルドの新人どもの訓練もつつがなく行った――――それどころか、たった1ヶ月で最低限戦えるように仕立て上げた。


 それでもリッチーなのである。その魔法で街一つ滅ぼしかねない化け物の中の化け物。彼が言うように仮に魔法が使えないとしても、不死というだけで教会から狙われる存在。ゲッツにとって彼を匿う事は教会、ひいては全市民に対して弱点を抱えているのと同義だ。兄の軍勢が帰ってきたら、兄にわけを話して討伐してしまおうとも考えていた。


 しかし兄は死に、軍勢に命令出来るのは次期選定候マクシミリアンとその摂政アデーレだけになった。彼女にこの事を知られたら、カエサルのついでに自分まで始末されかねない。


 つまりはカエサルを活用しようがしまいが、彼の存在がバレた時点でゲッツとギルドはお先真っ暗なのだ。であれば活用した方がまだ得と言えた。


「わかった、お前を信じる。監視はナシだ」

「感謝するよ、ゲッツ殿」


 悪魔との契約だなこれは。ゲッツは自分と、自分の境遇を呪った。どこで踏み間違えたらこんな地上と地獄のはざまでリッチーと契約しなければならない状況になるのだ。……一通り内心で毒づいてから、彼はカエサルに知恵を乞うた。


「で、実際この状況を打開するにはどうすれば良いと思う?」

「選定候――――とその摂政の権限が強いとはいえ、配下の諸侯どもの意見をまるきり無視するわけにもいくまい?貴卿の意見を聞いてくれる諸侯は居ないのかね」

「ブラウブルク市近隣の対モンスター治安維持は俺たちが引き受けてるからな、近隣諸侯や代官は動いてくれるかもしれん。だがノルデン選定候領は広い、ブラウブルク市周辺以外となると……」

「エサが必要か。まあこれは後々考えるとして、まずは地盤固めだ。ブラウブルク市参事会はどうだね?流石に選定候妃もお膝元で騒がれては動き辛かろう」

「俺と参事会の仲は悪いが、冒険者ギルドの必要性は理解してると思う。ただこれもエサが必要だな」

「ふむ。では神官ども……ああ、この世界では教会か。教会はどうだね」

「マルティナは知ってるな、あいつは教会から派遣されてる。パイプ兼お目付け役だな。教会も貧民を保護するって目的は同じで、俺たちの必要性も理解しているはずだ」

「パイプがあの女とは!だがイリスから教会の権威は強いと聞いた、使えるものは使うとしよう」


 あの小娘、余計な事を。必要以上に喋るなと言っただろうが。しかし彼女がカエサルにこの世界の事を教えてくれたからこそ、円滑に知恵を乞えるのだから皮肉なものだ。


「……で、貴卿の所感としてはどうだね。これまでの要素だけで選定候妃の心を変えられそうかね?」

「そうだったらお前に相談してねェ」

「で、あろうな。だが先の要素は手を打っておくのだな、脆くとも地盤は必要だ。……問題はその地盤の上で何をするかだ。何か選定候妃に弱みはないのかね?」

「あいつは南方出身の……旧教徒だ。だから新教の "平民や異種族の権利も認めるべし" ッつー教えにも否定的だし、そいつらと教会からの支持は薄いな」

「ああ、新教は "旧き神が地よりいで、外なる神が天より降りた時、人に貴賤きせんはあったのか" と考えるのだったな?」

「ああ」

「使ってやろうではないか、その教えを。新教側が戦争に勝った今、宗教的熱意は最高潮であろうよ」

「なるほどな。だがよ、逆に言えば旧教の教えは貴族の権利に優しいんだ。いくらアデーレが頑固でも "旧教にくら替えしろ" なんてバカな事は言わんだろうが、 "新教に沿った改革を一時停止する" とほのめかすだけでヤツになびく諸侯は多いと思うぞ」

「諸侯はな。だが民衆はどうなのだね」

「民衆は……憤慨するだろうな」

「であれば煽動せんどうすべきだ」

「おいおい、そりゃやりすぎだ。俺は冒険者ギルドの権利が守られりゃそれで良いんだ。民衆まで煽動したら最悪、おさまりが付かなくなった平民と貴族とで内戦に――――」


 カエサルはニヤリと笑い、口の前で手を台形に組み、熱を帯びた目でゲッツを見据えた。


?」

「なッ――――」

「率直に言おう。貴族を抱き込んだ首領の意見を曲げるにはな、民衆を巻き込んで内戦するしかないのだよ。


 ゲッツの背中に寒いものが走った。こいつは。


「楽しかったぞ?伝統を守ると言いながら貴族の利権にしがみつく共和派どもを、民衆と共に踏み潰すのは。そうして奴らを始末した後、空白になった権力の座……終身独裁官の座に私が就いたのは、まあ必然の流れと言えよう」

「お前は」

「その結果、私は共和派残党に暗殺されたがな。今思えば詰めが甘かったし、謙虚さも足りなかったのだろう。この1ヶ月間、じっくりと反省したよ」

「お前は……!」

「だから次は上手くやってみせよう、もっとも主体は私ではなく――――」

「俺に、クーデターを起こせッてのか!?」

「然り!」


 カエサルは立ち上がり、ゲッツの後ろに回り肩に手を置いた。そこからリッチーの霊気が走り、肌があわ立つ。激しい雨が窓から吹き込み、遠くで稲妻が光る。


、ゲッツ殿。冒険者ギルドの権利を……貴卿の権利を守るにはそれしかないぞ」

「俺が……」

「諸侯と参事会にはエサが必要なのだろう?手に入るぞ、貴卿が立てば。から奪えば良いのだ」


 ゲッツは唾を飲む。カエサルが紡ぐ言葉は、あまりにも甘美で。


「俺が、選定候になれば……」

「そうだ!エサを配分する権限は貴卿のものとなる!それは領主としての権限、その一部に過ぎないがね。手に入れろゲッツ殿」


 あまりにも抗い難かった。生まれた順番が遅かっただけでこの手から滑り落ち、それどころか一度も触れることすら叶わなかったものが、目の前にぶら下がっている。


「……ま、いきなり選定候になるのは諸侯や皇帝が黙っておるまいよ、まずは摂政あたりから始めよう。で、その傀儡かいらいとなる次期選定候殿は今どこに居るのだね?」

「……城だ。葬儀と即位式が終わるまでは動かんだろうよ」

「完璧だ、完璧だよゲッツ殿。さぁ詳細を詰めようではないか……」


 ゲッツは、自分が匿った者が何なのか改めて認識した。魔法が使えなくともこいつは立派なモンスターだ。雷鳴がとどろく中、2人は夜まで話し合った。

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