第42話「転機 その1」

 クエスト、訓練、カエサルさんの監視(と言う名の雑談)、クエスト、パトロール、クエスト、休日……【鍋と炎】の1週間のスケジュールはだいたいこのような感じだ。忙しくも充実した日々はあっという間に過ぎ、暦は6月に突入していた。僕がこの世界に来てから2ヶ月が経過した事になる。クエストの嵐も大分落ち着いてきた上に実入りの良いクエストは殆ど無かったが、それでも順調にお金は貯まったので僕は脚鎧を注文していた。腕鎧と迷ったが、脚をやられたら逃げる事も適わないという事で脚鎧を選んだ。今日はそれの受け取りの日だ。ルルの兜も出来たという事で、彼女と一緒にヴィムの工房にやって来ていた。


「はい、まずは脚鎧」


 ヴィムが鉄の脚鎧を渡してくる。太ももから膝下までを覆うもので、膝の上下はダンゴムシの背中のように鉄板を重ねて伸縮するようになっている。膝裏と太ももの裏に装甲は無いが、そこは妥協した。重量増加は少人数で走り回る冒険者にとって不都合だし、何より値段が倍以上になるからだ。


「おおー……これで下半身はばっちりだ」

「サバトン……鉄靴てっかは良いの?」

「あんまり重くなっても困るからね」

「そっか。じゃあ後は腕鎧と脇当だね」

「頑張って稼がないとな……」

「革の胴鎧と脛当ても鉄に替える?」

「腕と脇が揃ってからかなぁ……全身プレートアーマーへの道は本当に先は長いなぁ」


 最もポピュラーな魔法は火炎魔法で、それに強いのはプレートアーマーとの事なので、僕は全身プレートアーマーを目指す事にしていた。何より、物理的に一番頑丈な点が大きい。最高級のプレートアーマーは重騎兵のランスかウォーピックでもないと貫けないとの事で、負傷率を下げたい僕にとっては最も適した防具だ。相応に値段は高いが。


「で、こっちが兜ね。プリューシュ様式、バーゴネットってやつ」


 続いてヴィムが差し出したのは、ベースボールキャップのようなひさしがついた兜。脱着可能な面頬も装着してあり、顔面の防御もばっちりだ。さらに某光の巨人のような鶏冠とさかが後頭部に向かって伸びている。


「おおー!」


 興奮した様子でルルが早速被ってみる。ぴかぴかに磨かれたそれはルルの頭にすっぽりはまり、中々さまになっている。


「ところでこの鶏冠は何か意味があるの?格好いいけど」

「見栄えもあるけど、カウンターウェイトとしての意味が大きいかな。これが無いと庇と面頬の重量で兜がどんどん前に傾く」

「なるほど」


 格好いいだけじゃなく、ちゃんと実用性も考えられているんだなぁ。


「あ、コイフはおまけね」

「ありがとうございます!」


 コイフとは詰め物をした被り物だ。ようは頭用のギャンベゾンで、これだけでもある程度の防御力がある上、衝撃から頭を守ってくれる。僕のケトルハットもそうだが兜は基本的に3重構造だ。鉄の外皮の中に革のバスケットがついており、これは外皮からは浮いた構造になっているので、仮に頭をぶん殴られても衝撃が逃げるようになっている。そこにコイフをつけた頭が納まるわけだから、衝撃には滅法強い。ハイデ村の戦いで戦った騎兵の頭を、いくら鍋で殴っても昏倒こんとうさせられなかった理由がこれだ。


「出来が甘いけど許して。でも良い練習になった」

「いやいや、素人目じゃわからないですよ!めちゃくちゃ立派です!」


 ヴィムが謙遜けんそんする……いや心の底から悔しがっているように見えるが、ルルの言う通り素人目にはどこに問題があるのか全くわからない。こういった目利きも出来るようになったほうが良いのだろうか?今度からはベテラン戦士達の装備を良く観察してみるとしよう。


 ともあれ、ルルの防御力が上がったのは良い事だ。長槍使いの彼女は盾を装備出来ないので、上半身こそギャンベゾンの守りがあるが、頭がむき出しの彼女を積極的に前衛に立たせるのははばかられていた。だがこれである程度安心して前衛に立って貰える。


 新装備を手に入れた僕たちは、ホクホク顔でギルドに戻った。



 ギルドに戻ると、クエストボードの前に団員達が詰めかけていた。何か珍しいモンスターでも出たのだろうか。そう思って僕もクエストボードの前に行こうとした時、団長がやって来た。相変わらずやつれているが、どこか焦っているように見える。


「おい、お前達。その告知の内容は俺が口頭で説明してやるから、後で今ここに居ない奴らに伝えておけ」


 その場に居た全員が団長に向き直る。


「書いてある通り良い知らせと悪い知らせがある。良い知らせから伝えるぞ、戦争が終わった。皇帝陛下が僭称せんしょう皇帝軍を打ち破り僭称皇帝は戦死、残った貴族どもも降伏に同意した」

「「「Fooooooooo!」」」


 全員が歓声を上げた。皇帝陛下万歳と叫ぶ者も居る。


「これで戦争は終わりかぁ。もう戦場はりだったから嬉しいね」

「ですねー。あたしの故郷みたいな農村の人達にとっても嬉しいですよ、臨時徴税も徴発も焼き討ちも無くなるんですから」


 ハイデ村やボン村は戦争の被害で苦しんでいた。ブラウブルク市だって敵軍に包囲されかかった上に交戦して市民に被害が出たわけで、民衆にとって戦争とは迷惑以外の何者でもない。全員が喜ぶのも頷ける。しかし団長の表情は暗い。悪い知らせとは一体何だろう?


「……で、悪い知らせだ。戦いには勝ったが俺の兄貴……ノルデン辺境伯にして選定候、フリードリヒ・フォン・ブラウブルク陛下が戦死された」


 どよめきが走った。辺境伯様……ハイデ村の戦いでちらと見ただけだが、あの人が亡くなったのか。と言っても、接点が無かったためその重大性が理解出来ない。周囲を見渡しても皆同じような表情だ。正直、戦争が終わったのなら領主が代わっても然程関係が無いのではないのか?「日本は戦争に勝ちましたが都知事が戦死しました!」と言われたようなものだ。そもそも僕は日本では参政権すら与えられていない年齢なので良くわからないが、地方の首長が変わったくらいで何か変わるのだろうか?知事の権限なんてたかが知れているはずだ。


「後継者は兄貴の息子であるマクシミリアン殿下だが、まだ8歳だからな。選帝侯妃殿下が摂政に就くだろうよ。葬儀と即位式が近々行われるだろうからそのつもりでな。以上」


 そう言うと団長は出ていってしまった。葬儀や即位式の準備で忙しくなるのだろう、それに肉親が亡くなったのだからあの表情はそういう事だろうか。


 再び周囲を見渡してみると、団員達は不安げな表情でざわついていた。……うん?僕が思っている以上に重大事案なのだろうか。人混みの中にイリスを見つけたので聞いてみる。


「ねえ、不謹慎かもしれないけど……選定候様の代替わりってそんなに重要なの?」

「そりゃ重要よ!……あー、あんたは……簡単に言うとね、神聖レムニア帝国って言うのは国のようで国じゃないのよ」

「どういう事?」

「帝国はね、選定候以下たくさんの諸侯が治める独立国家の連合体に過ぎないの。つまり選帝侯様が代わるって事は、のトップが代わるって事。昨日まで合法だったものが非合法になったり、税率が急に変わったりする可能性があるの」

「おおう……」


 僕が想像していた神聖レムニア帝国に相当するものは日本国だったが、そうではないらしい。国連の方が近いか。そうなると選帝侯国が日本国に相当する。つまり都知事が代わるのではなく総理が代わるようなものとなり、確かにそれは一大事な気がする。


 結局この日は目ぼしいクエストが無かったため、カエサルさんの訓練に参加する事にした。とはいえ、全員が選定候戦死の報に浮足立っていたため、カエサルさんは完全装備での行軍を命じた。市の城壁の周りを完全装備で延々と歩き続けるのは中々に辛かったが、その間に雑談も出来たので、終わる頃には浮足立った空気も無くなっていた(喋る体力が無くなったのも大きいが)。カエサルさんはこれを狙っていたのだろうか。


 訓練が終わってから風呂屋で汗を流し、泥のように眠った。それからの数日も特に何事もなく過ぎた。

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