第41話「大人たちの仕事」

 ブラウブルク市冒険者ギルド団長、ゲッツは狭義の青い城ブラウブルクに来ていた。市を囲む城壁の中に築かれたその城の主はノルデン辺境伯にして選定候、フリードリヒ・フォン・ブラウブルクである。しかし彼は今手勢を率いて戦役に参加しており、不在だ。そこで市の統治を一時委任されたのが彼の弟であるゲッツであった。血縁関係こそあれ、位階はいち騎士でしかないゲッツには「ブラウブルク城伯」という司令官職が与えられた。別にゲッツが指揮しなくとも城にはフリードリヒが抱えている家臣団や官吏かんり――――法服貴族が居るので、放っておいても勝手に統治してくれるのだが、抜け目のない者は領主不在の隙に私服を肥やそうとする。彼の実質的な仕事はそれらのお目付け役、そして有事の軍事指導だけだ。


 それでもゲッツにとっては良い迷惑である。基本的に貴族の次男坊三男坊というのは「家の道具」でしかない。騎士になって領主直轄の戦力、あるいは他の家に仕えて諸侯とのパイプを構築したり、教会に送り込まれて宗教界とのパイプを構築したりするのが彼らの人生だ。口で説教するよりは剣でわからせる方が得意だったゲッツが選んだのは騎士の道であったが、「冒険者を領主の私兵と化す」という役割を追加で与えられている。まあ、ここまでは良い。しかし領主不在時限定とはいえ領主の真似事をするのは単純にオーバーワークであるし、複雑な思いもある。何せただ生まれた順番が遅かっただけで、なりたくてもなれなかった領主の仕事をさせられるのだから。


 鬱々うつうつとしながら城を歩いていると、1人の婦人が侍女や家臣を引き連れて前方からやってきた。フリードリヒの妻、ノルデン辺境伯・選定候妃アデーレである。旅装である事から、これからを始めるのであろう。


「御機嫌よう、奥様」

「あなたの顔を見るまではご機嫌でしたわ。……下賤げせんの者に揉まれている間に貴族の身だしなみをお忘れになられたのかしら?えりが曲がっておいでで大変男らしいですわね?」

「これは失礼」


 ゲッツは笑顔を貼り付けたまま襟を直しながら、内心で「クソ女」と毒づく。アデーレは大変な貴族趣味の女で、半傭半賊とそしられる冒険者ギルドを快く思っていない。ゲッツが襟を直し終わると彼女は大きなため息をつく。


「私はこれから諸領を巡って参ります。留守の間、市の事は任せます」

「仰せのままに。殿下は?」

「近頃は誰かの怠慢のせいで魔物が跳梁ちょうりょうしてますからね、万一の事があってはなりません。息子は置いてゆきます」

「それは、それは」


 アデーレはふんと鼻を鳴らすとそのまま去って行った。殆どの大領主は、本拠地としての首都を持ちながら1年の半分もそこに留まらない。配下の諸領を巡って自らの権威を誇示し顔を繋ぎ、そのついでに徴税を行ったりもする。今は夫が不在であるので彼女1人で行うわけだが、戦時につき同じ様に夫不在の間に留守を守っている婦人がたと顔を繋ぐのが、彼女の役目だ。移動宮廷とはそういうものであった。


「……さて、狸どもの監視と行くかァ」


 ゲッツのやる気は殆ど地に落ちていたが、貴族らしからぬ品の無い仕草で脚をバンバンと叩いて自分を鼓舞し、執務室に向かった。



「村に怪物が!鍛冶屋の息子のエッボ坊が大怪我させられてなぁ、可哀想になあ、まだ6歳の……」

「はい、既に被害者が出ているのですね。場所は?」

「村のはずれの小川でよぉ、冬には良く肥えた魚が……」

「はい、小川ですね。それで怪物の特徴は?」


 ブラウブルク市冒険者ギルドの受付嬢にして唯一の事務員、ドーリスは遠方の村からはるばるモンスター退治依頼にやって来た村人の応対をしていた。市に遣わされる人物なのだから文字の読み書きは出来るのだが(大抵は教会で教えるものだ)、文字の読み書きが出来るのと、論理的に話す技術は全く別物である。曖昧で油断すれば錯綜さくそうする話から必要な情報を聞き出し、クエストとして体裁を整える。それがドーリスの仕事だ。


「ドーリスさん、俺たちこのクエスト行って来るわ!」


 彼女が村人の話を聞いているのもお構いなしに、団員がクエスト用紙を差し入れる。ドーリスは村人の話を聞きながらそれを一瞥し、前金を放ってやる。そして右手で村人の話を紙に書き留めつつ左手で先程のクエスト用紙に承認印をす。長年1人で事務仕事をこなしている内に身につけたマルチタスク術だ。


「はい、ではその依頼内容ですと料金は銀貨15枚になりますね」

「そんなにするのか!?村の皆で出し合ったがよぉ、銀貨12枚しか無いぞ!」

「では一度お引取り頂いてお金を集めて来るか、ギルドの方で足りない分をお貸しして依頼する形になりますね」

「ここに来るまでの旅費もバカにならなかったしなぁ……借金っつーのはどんなもんなんだ?」

「半年で20%、複利ありです」

「そ、そんなに……」

「相当良心的ですよ。疑うのでしたら街の高利貸をご覧になって来て下さい。年利100%なんてザラですよ」

「……わかった、あんたらから借りるよ」

「では公証人役場まで行きましょうか」


 事務員はドーリス1人であるので、彼女が出ていってしまうと公証人役場で借用書を複写している間、ギルドの受付はカラになってしまう。今応対している村人の後ろにも依頼者と思しき人物達が並んでいるため、それは頂けない事であった。


 結局、クエストボードの前で「今日のラインナップは……うわ強そうなのばっかり」と顔をしかめていた【鍋と炎】をお使いとして出し、ドーリスは依頼人達の応対を続ける。こういった事態が頻発するため事務員の募集をかけ続けているのだが、中々人が集まらない。市には文字の読み書きはもちろん書類処理が出来る知識人はそこそこ居るのだが、そういった人物はそもそも半傭半賊と誹られる冒険者ギルドの事務職になろうとは思わない。ブラウブルク市の冒険者ギルドの地位が比較的高いとはいえ、そこは変わらないようだ。


 それに、よしんば知識人が来たとしても大抵は魔法使いで、戦闘職志望だ。書類とにらめっこするよりは、クエストで稼いだ金で買った魔法書を読みたいというのが彼ら全員の願望であろう。


 そういう訳で、今日もドーリスは1人で膨大な事務作業をこなしていた。戦争や移動宮廷が無ければゲッツに押し付ける事も出来たのだが、彼は今まさに城で狸どもの相手をしている最中だ。この事務戦線はドーリス1人で支えるしかない。矢継ぎ早に認印を捺し、次の依頼者エネミーを呼ぶ。


「はい、次の方どうぞ」

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