第40話「魔法学院と宴会」

 パトロールが思わぬ収入になり、【鍋と炎】はホクホク顔で報酬を分け合った。パトロールの報酬が銀貨1枚、ウーラン討伐のボーナスが金貨1枚、さらにウーランの死体を医者が買い取ってくれて銀貨20枚が追加された。「ウーランは人間の身体と鹿の身体が融合したモンスターなわけだが、その内臓がどうなっているのかは非常に興味深い疑問だ。大学で解剖させて貰うよ」との事だ。この世界にも大学はあるんだなぁ。ともあれ、今回の儲けは合計で金貨1枚と銀貨21枚にもなり、1人あたま銀貨23枚が分前だ。


「じゃああたし、とりあえず銀貨20枚借金返済しますね!」


 とルル。


「良いの?月末までまだ期間あるし、別に急いでないからゆっくり返してくれて大丈夫だけど」

「いやぁ、お金ってあればあるだけ使っちゃいそうで。ほらあたし農村出身じゃないですか、農村ってお金使う場所なんてたまに来る行商くらいしか無いんですけど、街って誘惑が多くて……」


 まあ財布にお金があると使いたくなるのはわかる。というか農村ってそんな感じなんだな。どんな辺鄙へんぴなところでも大抵はコンビニなりスーパーなりがある現代日本とは大違いだ。


 ともあれルルの借金は槍が銀貨9枚と銅貨16枚、兜が銀貨20枚のしめて銀貨29枚と銅貨16枚。今銀貨20枚を返済したので残りは銀貨9枚と銅貨16枚になった。意外と返済ペースが早い……そして貸し手は僕とイリスなので、つまりは僕とイリスの儲けは今回銀貨33枚になったわけだ。さぁて何に使おうかな。本当にお金というのはあると使いたくなる。


「イリスは何に使うの?」

「かなり貯まってきたし、そろそろ新しい魔法書でも買おうかしら。ファイアボールが効かない相手が居る事もわかったしね」

「魔法書……そういうのってどこで売ってるの?」

「魔法学院よ。これから行くけど、着いてくる?」

「お、じゃあそうしようかな」


 そういう事になり、僕たちは魔法学院に行く事になった。ルルも魔法に興味があるとの事なので彼女も一緒だ。



 魔法学院は西門の近く、中川のすぐ北側にあった。学院というからには大きな大学のようなものを想像していたが、実際は広めの塾といった様相だった。教室では様々な身なりの人が授業を受けている。


「今は初等魔法の授業かしらね。生活に役立つ魔法とか、そういう類」

「へぇ……例えばどんなの?」

「着火とか、地勢を探ったりする程度ね」

「あー、村では岩石魔法使える人は重宝されてましたねぇ。開墾かいこんする時に便利なんですよ、耕す前に地面が硬すぎないかどうかわかると」

「なるほどねぇ。あとは着火かぁ、それは覚えても損しないかもな。ちなみに授業料はどれくらい?」

「全10回の授業で銀貨15枚くらいだったと思うわ」

「うーん、意外と高いね」

「まあ農村に岩石魔法使いが欲しい時に、村でお金を出し合って1人だけ学生送り込んだりする程度だからね。着火魔法のために態々学院に来る人は居ないわ。でも基礎内容はその後……戦闘に使える中級魔法とかを覚えるのに必須だから、冒険者志望とか宮廷魔術師志望者も受けに来るわ」

「中級魔法の授業料は?それに宮廷魔術師なんて職業もあるんだね」

「中級魔法の授業は金貨2枚だったと思うわ。宮廷魔術師は領主に仕えて政務を助けるアドバイザーみたいなものね。大抵は大学も出てて、魔法だけじゃなくて自由7科……算術、幾何、天文、楽理、文法、論理、修辞を学んで、さらに専門科目を修めた超高度人材よ。ここまで来ると魔法使いじゃなくて、敬意を込めて魔術師って呼ばれるわ」

「おおう……」


 中世とナメてたけど、この世界も意外と学問が発達してるんだな。


 やがて売店に着いた。魔法書や杖、鉱石を織り込んだ生地、それに得体の知れないものが入った箱などが陳列されている。僕とルルがそれらを物珍しそうに眺めている間、イリスは目的の魔法書を見つけたらしく買い上げていた。金貨2枚……日本円でおよそ100万円だ。お高い専門書だって数万円で買える日本とは大違いの値段にびっくりする。なんでも全部手書きで写本し、さらに豪華な装丁を施しているのでこんな値段になるらしい。


「……この装丁って意味あるの?」


 イリスが買った魔法書は彫金が施された豪奢ごうしゃな装丁が施されている。


「うーん、まあ確かに内容は変わりはないんだけど。そもそも本を買うのは魔法使いか貴族、それに資産家くらいのもんだから。"私はこんな知識を買える財力があるぞ!" って見栄えも重視されるのよ。実際私みたいな冒険者とか傭兵でも、高価な魔法書を持ってると一目置かれて給料が良くなったりするわ。それだけ魔法で稼げる実力と知識があるっていう証になるから」

「な、なるほど……。ちなみに今買ったのはどんなものなの?」

「戦闘用火炎魔法の応用、高名な宮廷魔術師の注釈入りね。読んで理解するのに時間はかかるでしょうけど、火炎魔法のレパートリーが増えるはずよ」


 イリスは目をキラキラさせながらそう言う。彼女が使える魔法はファイアボールと炎の薙刀なぎなただけなので、使える魔法が増えるのは大変ありがたい。早く帰って読みたそうにしているので、ここで僕たちは別れる事にした。ルルも特に用事はないのでイリスと一緒に帰るようだ。


 1人になった僕は、注文しておいた服と靴を受け取りに行くついでに街をぶらつく事にした。街には色々な商店や工房がある。からくり工房(時計を売ってる!金貨10枚以上の値段だったけど)や香水屋に紙屋、ビール工房に錬金術工房(錬金術とは何ぞやと興味を持って覗いてみたら蒸留酒を作っていた)……雑多なそれらは見ているだけでも楽しい。一通り見て回った後には、僕は紙束と筆記具とビール、蒸留酒にベーコンを買っていた。これだけで銀貨5枚ほど消費してしまった。


「これは生活の質の向上のためには必要な投資……」


 そう自分に言い聞かせる。どうしてもこの世界は娯楽が少ないので、必然的に楽しみは飲み食いに限定されてしまう。紙束は勉強用だ。カエサルさん騒動で流れていたが、イリスから魔法書を借りて魔法の勉強をしようと思っていたのだ。受け取った服と靴も抱え、僕は家に帰った。


 イリスは広間のテーブルで新しい魔法書を読んでいた。僕もイリスから魔法書を借り、ビールを飲みながらそれを読んだ。自堕落なのか勤勉なのか良くわからない勉強スタイルだが、僕は元々スマートフォンで友達とメッセージのやり取りをしながらだらだらと勉強するスタイルだったのであまり違和感は感じない。それどころか奇妙な心地よさすら感じる。


 やがてイリスもビールをねだり、勉強をほったらかして雑談に興じた。そのうちすっかり気持ちよくなってしまい、夕方になったのでルルも誘って近所の酒場で小さな宴会をした。ウーラン討伐祝勝会と銘打ったがそれは建前で、実際は単純に騒ぎたかっただけだ。娯楽の少ない世界だが、これはこれで悪くない。気心知れた、しかも一緒に死線を潜った仲間と話すのは楽しい。それにイリスはバストこそ平坦だが色素の薄い金髪に整った顔立ち、ルルは豊満なバストに人懐っこい笑顔の女の子なのだ。これだけで贅沢と言う他ない。


 やがて酒場に吟遊詩人を名乗る人物がやってきて、下手なリュートを爪弾きながら歌を披露し始めた。


「――――おお、新教徒の血で濡れたその穂先を見よ!新たな血を求め突き出されるその穂先を!しかし立ちはだかるはブラウブルク市が冒険者ギルド!率いるは辺境伯が弟、ゲッツ。彼の剣がきらめき邪悪な旧教徒を打ち倒す!」


「……これ、ブラウブルク市の戦いの歌じゃん!しかも歌われているの団長だ」

「団長は参事会とは仲が悪いけど、一般市民には大人気よ。あの性格だしねえ」


 吟遊詩人の歌はリュートに勝って酷い腕前だったが、それでも客達には大受けだった。皆、小銅貨をおひねりとして投げて「いいぞ!」「やっちまえゲッツ!」と歓声を上げている。


「――――しかしその時、悪漢が一騎打ちに水を差す!ゲッツの横腹に迫る短剣!おお、彼の冒険はここで終わってしまうのか?否、短剣を弾いたのは鍋!」


「ん”ん”っ」


 僕は咳き込んでしまう。これ、僕の事じゃん。


「まあ、鍋で人救ったら詩にもなるわよ。良かったじゃない」

「こ、こそばゆい……」


「――――今こそ見よ、ゲッツと鍋の勇者の猛き戦いを!ゲッツの剣は旧教徒の血で濡れ、勇者の鍋はその血で満たされり!」


「いやいやいやいやいやいや、そんな僕活躍してないから」

「だいぶ盛られてるわね!……ちょっと吟遊詩人、私の事も歌いなさいよ!ケーニッツ民兵隊の隊長を燃やしたのはこの私よ!」


 イリスがそう言いながらおひねりを投げつけると、酒場の客達は「なんだお前ら冒険者かよ!」「お前が鍋の勇者か!」と僕たちの周りに寄ってきて、戦いの話を聞きに来た。もはや誰も吟遊詩人の歌を聴かなくなったので、怒った彼はやけくそにイリスを称える即興詩を歌い始めたが、「平坦」を連発したのでイリスが怒り出して酷い罵倒合戦が始まった。


 僕とルル、それに客達はそれをゲラゲラ笑いながら観戦した。最初はいんを踏んでラップバトルめいていた罵倒合戦もだんだんエスカレートし、どちらが先にナイフを抜くか客達が賭け始めたところで衛兵が飛び込んできて「騒音の苦情が入っているぞ!」と言うと、酒場の店主が吟遊詩人をつまみ出して騒ぎは収まった(決闘沙汰になった時に非力な少女でしかないイリスに分が悪いのと、吟遊詩人は市民権を持たない放浪者というのが彼がつまみ出された理由らしい)。


 その後も【鍋と炎】は客たちに話を聞かせながら飲み続け、宴会は消灯時間である夜8時まで続いた。今夜もがっつりと食べて飲んで潰れたルルをギルドに送り届けてから、僕とイリスは家に帰った。色々と世知辛い世界だが、こういうのは楽しいな。僕は満足感を抱きながらベッドに飛び込み、眠りに落ちた。

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