第39話「ウーラン」
「まぁ、イノシシが止められるなら」
ルルが槍の石突を右足で踏み、穂先をウーランに向ける。
「鹿だって止めてみせましょうとも」
ウーランの突進を受け止めるのはルルだ。僕はウーランの槍から彼女を守るのが役目だ。彼我の距離は残り30m……20m……ウーランの驚異的なスプリントは衝突までの時間を無慈悲に縮めてゆく。残り10m、衝突まで1秒か2秒か――――
「今ッ!」
イリスがファイアボールを放つ。ウーランは即座に頭をぐるりと回しその火球を絡め取り、速度でかき消す。無意味か。否、ウーランの槍の穂先がややぶれる。これを待っていた。僕は左足を大きく踏み出す。
『盾をただの壁にするな、積極的に武器として使え!ただし盾の下に敵を潜り込ませるなよ!』
カエサルさんの訓練がリフレインする。盾の下辺を前方に向け、上辺はケトルハットのつばに当たるようにする。ウーランにとって盾が登り坂になるように。潜り込ませないように盾を構えれば、それは必然的にこのような形になる。
衝突。ウーランの槍の穂先が盾の表面をえぐりながら上へと滑ってゆく。強烈な金属音が鳴り響き、僕の頭がシェイクされる。滑った槍の穂先が僕のケトルハットに当たり、その曲面に沿ってさらに逸れる。上手くいった、訓練の応用だ。これでルルの安全は確保したので、後は自分の安全を確保するだけだ。ヴィルヘルムさんに教わった身のこなし。左に飛び退きながら右に身体を捻り、正面衝突を回避しようとする。
「うッ……!」
しかしタイミングが1瞬遅れ、ウーランの身体と右肩が擦れ、その勢いで身体が1回転し、無様に膝をついてしまう。だが生き残った。
「AAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHHHHGGGGGGGGGGGGGGGGG!」
ウーランの悲鳴が洞窟一杯に響く。見れば、ルルは数十センチほど押し出されながらもウーランの突撃を受け止め切っていた。石突を踏んで地面に押し付けられたルルの槍はまるで地面に突き刺さった鉄の柱のように機能し、ウーランはそこに自ら突っ込んだ形だ。本来なら鹿の首があるべき場所、人間体の下腹部に穂先が深々と埋まっていた。
「……ッ!!」
「うわっ!」
ウーランが槍を引き戻しルルを突こうとするが、ルルはウーランの身体を蹴って自身の槍を引き抜きながら飛び離れる。ウーランの意識はルルに向いている。僕が仕掛けるなら今しかない。鍋を振り上げながらウーランの横っ腹に突っ込む。
「こっちだ!」
思い切り鍋を振り切り、ウーランの右後ろ脚の膝を砕く。さらに盾の表面をぶつけるように殴りつけ体勢を崩す。そして膝を砕いた反動で引き戻した鍋を再び振り、右前脚の膝を砕く。剣、盾、剣。カエサルさんの訓練。前後の右膝を破壊されたウーランの身体が沈む。
しかしウーランは身体が沈み込む勢いを利用し、槍の石突で僕の顔を突いてきた。石突は右から飛んでくる。盾は左。鍋は膝を砕いた反動で振り上げているが、この奇襲に対応するには間に合わない。
「首鎧が無ければ即死だった。……捕まえたぞ」
僕は鍋を捨て、右手でウーランの槍を掴んだ。ウーランは槍を引き戻そうとするが。
「ほい」
「……ッ!」
ウーランの右腕にルルの槍が突き刺さり筋繊維を引き裂く。僕は一気に槍を引っ張り、ウーランの右手から槍をもぎ取って捨てる。ウーランは右側の四肢全ての機能を失い、武器も奪った。それでも怒りに満ちた目で僕たちを睨み、角で
「どう料理しようか」
「あの角折れない?顔面にファイアボール撃ち込みたいんだけど、かき消されちゃうから」
「ここまで来て危険冒したくないよ……ルル、悪いんだけど槍でチクチク弱らせられない?」
「じゃあ鹿の身体の横っ腹突きまくりましょう!」
ルルがウーランの側面に回り、その横腹を突き始める。そのたびウーランは苦悶の声をあげる。僕は念の為ルルの近くで反撃に備える。
「セメ、テ」
「……喋れたのか」
ウーランの口からプリューシュ語が吐き出される。だがその言葉はすぐに意味不明な音の羅列に変わる。……いや、細部は違うが聞き覚えがある音な気がする。それは、
「魔法よッ!」
イリスが叫ぶと同時、ウーランが左手を僕に向け、その手から火球が飛び出す。
「イッシ、ムクイル! Ia, Gol-Goroht!」
「やば――――」
咄嗟に鍋を顔の前に掲げる。しかし鍋に当たり爆発的に燃え上がったファイアボールはギャンベゾンに引火し、生きながらにして僕を焼き殺す。
……そうはならなかった。鍋に当たったファイアボールはホッケーのように反射し、ウーランの顔面に飛び込んだ。
「AAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHH!」
ウーランは壮絶な悲鳴をあげながら燃え盛る頭を振り回すが火勢は全く衰えず、やがて窒息したのかばたりと倒れた。
「「「ええ……」」」
自滅して死んだウーランに3人が困惑の声をあげた。いや、自滅に向かわせたのは僕……の鍋なんだけど。その鍋が光り、魂が蓄えられたのを感じる。あれでも一応、鍋で殺害したという判定になるのか。
「……32層の
「そういえばそうだったわね……。普通の
微妙な空気になる中、ルルがウーランをつついて死亡を確認した。
「どうします?この死体。持って帰るの結構大変そうですけど」
「頑張って持って帰りましょうか、これがゾンビ化したらと思うとゾッとしないわ」
「確かに……」
今回は連携プレイでなんとか突撃を受け止められたが、ゾンビ化して筋力が増したらどうなるかわからない。3人は頷き合い、せっせとウーランの死体を担いで下山した。
◆
「ヤバかったら逃げろって言っただろうが!?」
「逃げられなかったんですよ!」
ウーランの死体をギルドの広間にどさりと置くと、丁度団長が居たのでパトロールの結果を報告したのだが怒られた。詳しく状況を説明すると避け得ない交戦だった事は理解してくれた。
「というより団長、あの巣穴横幅が広すぎるんですよ。1パーティーじゃ戦線が広すぎて対応出来ないです。あとありあわせのバリケードとか作りましたけど、ウーランみたいなのが来ると受け止めきれないです」
「…………それは、まあ、正直俺の見積もりが甘かった。岩石魔法で迎撃しやすいように改築するか……」
あの巣穴を塞ぐという考えは無いようだ。ともあれ、改築して戦いやすくなるのなら悪くはない。それに。
「…………」
イリスがニコニコしながら団長を見上げている。
「……何だよ。まだ何か残ってるのか?」
「はい、あとはボーナスだけです」
「…………」
「ウーランってベテラン向けだったと思うんですけど」
「……金貨1枚、ドーリスから受け取っておけ」
【鍋と炎】はハイタッチした。
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