第37話「甲冑と役割分担」

 結局、カエサルさんの訓練は土日以外毎日行われる事になった。マルティナさんが猛抗議したが、日曜礼拝の後にマルティナさんが新人に文字を教える時間を設けるという事で妥結したらしい。なんでも、テキストに聖典を使う事で信仰心を高める狙いがあるらしい。まあ新人達も文字が読めるようになるし(そうでなければ掲示されているクエスト用紙が読めないし)、彼らにデメリットは全く無いので良い試みではないかと思う。


 そういう訳で【鍋と炎】は基本的にはクエストをこなしつつ、適当なクエストが無い時はカエサルさんの訓練に顔を出すという日々を過ごした。その間にも週1、2回カエサルさんの監視任務があるのでそれなりに忙しい。今日掲示されているクエストは僕たちの手に余りそうなものばかりだったので訓練に参加しようと思っていると、団長が声をかけてきた。相変わらずやつれている。


「おう【鍋と炎】、お前たちにちょっと頼みがあるンだが」

「何です?」

「ゴブリンマザーの巣穴あっただろ?あれな、定期的にパトロールする事が参事会で決まったんだよ」

「へえー……。あれ、巣穴って基本的に塞ぐものじゃなかったんです?」

「今まではそうしてたンだがな、今回のは拡張されたせいで特別デカい。魔物が山に住み着くにしても、新しく巣穴を掘るよりはあのクソデカ巣穴に住み着くンじゃねェかって予測だ。つまり山の保全を司る冒険者ギルドとしては、山全体をパトロールするよりあの巣穴をパトロールするだけで済む方が労力が少ないってワケだ」

「なるほど……。それで、そのパトロールを僕たちが?」

「そういう事だ。わりいンだが頼まれてくれねェか?ベテランどもを動かすにはちと勿体ない程度の危険度だからよォ……」

「そこで一番戦力が低い僕たちが、と」

「そういう事だ」


 どうする?とイリスを見るが、彼女は僕と目を合わせず団長に答える。……許してくれよ、一晩限りの夢は見なかったんだからさぁ。


「報酬はいくらなんです?」

「銀貨1枚だ」

「…………」

「半日かからず終わるからそれ位で勘弁してくれよォ!」

「……せめて危険手当が欲しいですね」

「仕方ねェな、住み着いてる魔物を見つけて討伐した場合は都度ボーナスを出す、これでどうだ?」

「それなら受けましょう」

「ただし無理はすんなよ?基本的には魔物が住み着いてるかどうか確認するだけで良い、手に余るようなら躊躇ちゅうちょなく下山して報告しろ。後でベテランを派遣して討伐する」

「わかりました」


 そういう事になった。忙しさに拍車がかかるが、食費の足しにはなるので悪くはないだろう。では早速行くかと話がまとまったところで、ヴィムがギルドを尋ねてきた。手には袋を抱えている。


「ちわ。クルト、依頼されてた鎧、出来たよ」

「おお……!」


 早速見せてもらおうとテーブルに袋の中身を広げてみると、ピカピカの肩鎧と首鎧が出てきた。


「凄い!」

「こっちがプリューシュ様式、当世風、肩鎧」


 ヴィムが手袋をして肩鎧を持ち上げる。ダンゴムシの甲羅のような見た目のそれは、裏側で各パーツが鋲と革ベルトで接続されており、自在に伸縮する上に左右にも柔軟に動く。


「で、こっちも様式は同じ、首鎧」


 首鎧は首を覆う部分が肩鎧と同じような構造になっており、伸縮する上に前後左右に自在に動く。これなら首の動きは全く制限されないだろう。そして首の根本部分から前は鎖骨の下あたりまで、左右は肩口の手前あたりまで鉄板が伸びている。そして肩に近い所にはそれぞれ三角形に形成された針金がついた突起がある。


「この突起に肩鎧を接続して」


 そう言いながらヴィムは肩鎧に空いた穴をその突起に押し込むと、針金はバネ仕込みになっているのか突起の中に引っ込み、肩鎧が突起の下まで押し込まれると再び針金が飛び出して固定された。


「おおー……」

「外す時はこの針金を指で押しながら外してね。無理やり外そうとすると壊れるから」

「わかった!」


 これで僕の装備は兜、首鎧、肩鎧、革の胴鎧、そして小手とギャンベゾンになった。少なくとも体幹部分はほぼ完全に鎧われた事になる。……進歩したなぁ。


「うわぁ、良いですねー!あたしも兜くらいは欲しいなぁ」


 ルルが目を輝かせている。彼女は現在ギャンベゾンだけで前線に立っているので、防具の充実は切実な問題だ。


「最低限のなら銀貨40枚で造れるよ」

「や、槍の4倍……」


 槍の借金も返せていない(結局、月ごとに払える金額を返済するという事になった)彼女にとっては途方も無い値段である。


「……まあ、どうしても必要なら貸し甲冑屋に借りれば?」

「えっ、そんなのあるの!?」

「あるよ。でも略奪で儲ける傭兵向けだから、初心者冒険者だとクエストの儲けは吹っ飛ぶんじゃないかな」

「そっかぁ……」


 世の中、上手いこといかないものだ。戦争での略奪は甘美だが、ゴブリンの数倍は強い、訓練された人間を相手にしなければならないので危険度が高い。そういうわけで僕はもう一度戦場に出たいとは思わない。


「……でもルルに死なれちゃ困るし。借金して兜だけでも作ってもらう?」

「アリだと思うわ」

「槍と合わせて金貨1枚を超える借金……ううーん……」

「……じゃあ、こういうのはどうだろう。試作品の兜で良いなら、金貨2枚の品を材料費の銀貨20枚だけで作っても良いよ」

「マジですか!」

「うん。というのも。本来なら兜と小手、脛は親方が作るんだ。でも僕はまだ見習いだから。僕が練習で作った兜で良いならその値段で譲れるよ」


 ヴィムは材料費が浮いて練習が出来る。ルルは品質に不安が残るが格安で兜が手に入る。これは良い取引に思えるな。ルルは少し悩んだ後。


「イリスさん、クルトさんっ!お金貸して下さい!」


 そういう事になった。



 ルルの採寸を終えてから、僕たちはゴブリンマザーの元巣穴(長いので"大巣穴"と呼ぶことにした)のパトロールに向かった。首鎧と肩鎧は合わせて3kgちょいだと思うのだが、それでも山登りの体力消費量は上がっていた。今後さらに防具を固めていくとさらに重量は上がるだろうから、身体も鍛えていかなければなぁ……。


 それにしても、5月の日差しはそれなりに暑い。首鎧で熱気が逃げる道が狭くなった僕は、大巣穴についた時には汗だくになっていた。鎧の下に着るギャンベゾンはウールと麻で出来ているので、とにかく暑いのだ。ルルも暑そうにしており、ギャンベゾンの前を開けてパタパタと手で仰いでいた。豊満なバストに服が汗で張り付き大変悩ましい事になっていたが、イリスに睨まれる前に奥ゆかしく視線を逸した。


 休憩を挟んで、大巣穴に突入する事になった。巣穴は特に荒らされた様子はないように見えるが、正確にはわからない。


「やっぱり盗賊が欲しいね、僕じゃ荒らされてるかどうかわからないや」

「そうね……私達まだ戦力が低いし、事前に危険を察知出来れば早めに逃げて安全確保出来るんだけど」

「あ、あたしわかりますよー」

「えっ」

「森番の娘ですので、獣の痕跡を辿るのはお手の物ですよ。どれどれ……」


 ルルは地面を検分し始めた。


「あ、獣の足跡がありますね。鹿ですかね?数はたぶん1か2」

「おおー……」


 これは思わぬ逸材だ。ルルが前衛兼盗賊になってくれると非常に有り難い。というのも、パーティーメンバーが増えると戦力は上がるが報酬の分前も減るからだ。兼職出来るならそれに越した事はない。


「……だそうだけど、どうする?」

「慎重に突入しましょうか。ただの鹿ならそれで良し、鹿系の魔物なら状況判断ね」

「「はーい」」


 イリスが松明たいまつを取り出し、火口箱で火を着けてルルに手渡す。


「……当たり前のように私が出してたけど、あんたたち初心者セット買いなさいよね。松明も入ってるから」

「「はーい」」


 そんなものの存在、すっかり忘れていた。

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