第35話「新人ラッシュ」
尻拭き紙獲得から数日後、【鍋と炎】はゴブリン退治に出かけていた。人が2人並ぶのがギリギリといった幅のその洞窟の中で、僕とルルが前線を張る。
「来た!」
「うぇ、あの数で押し寄せて来るのは気持ち悪いですね……」
ルルが顔をしかめる。彼女が持っていた
槍を盾で受ける。ルルは槍を持ったゴブリンをリーチ差を利用し危うげなく突き殺し、その間にルルに駆け寄ろうとしたゴブリンを、僕が鍋で殴り殺す。さらに僕の盾に槍を突き立てていたゴブリンが後続に押され、自動的に鍋の間合いに入ってきたのを容赦なく叩き殺す。こうして戦線が拮抗し、後続のゴブリンが詰まった所にイリスがファイアボールを撃ち込み、数体まとめて焼き殺す。あとは掃討戦だ。
逃げようとする最後のゴブリンの背中にルルが槍を投げつけ、見事に仕留めた。
「投槍も出来たんだね、ルル」
「弓が使えなかったですからね、せめて投槍くらいはと練習させられたんですよ」
ルルは誇らしげに胸を張る。ギャンベゾンを内側から押し上げる彼女のバストは豊満であった。
「これで全部かな」
「みたいね」
先程倒したゴブリンの群れだけがこの巣穴の住人だったらしい。……いや、まだ居た。洞窟の最奥で、脚の腱を切られた鹿が震えていた。その腹は膨らんでいる。ゴブリンの苗床にされたのだろう。
「……ごめん」
悲しげな瞳で見つめてくるその鹿の頭を、僕は鍋で砕いた。
僕が自分を納得させている間に、ルルはせっせと鹿の首にナイフを突き立て、逆さに吊っていた。傷口からだらだらと血が流れ出す。
「……何してるの?」
「血抜きですよー、こうしないとお肉が腐っちゃいます」
「た、食べるんだ」
「そりゃ、せっかく仕留めた鹿ですし」
ルルはきょとんとしている。ゴブリンに孕まされていた鹿を食べるという行為に嫌悪感を覚えないでもないが、彼女の反応を見るにこちらの世界の倫理的には問題ないのだろうか。……いや、イリスも顔をしかめていたのでそういう訳ではなさそうだ。森で狩りをして生きてきたルルと都市民の違いだろう。奪った命は無駄にすべきではない、という事だろうか。
血抜きが終わるとルルは慣れた様子で鹿を担ぎ、洞窟を出る事になった。依頼人の居る村に向かいサインを貰ってクエスト完了。ついでにルルが解体した鹿の肉を野菜や小麦粉と交換してもらい、僕たちは帰路についた。
◆
「いやはや、ルルが居てよかったよ。前線維持が楽になったし、鹿肉も食べられるし」
ブラウブルク市に戻る途中、僕たちは林の近くで昼食を摂っていた。メニューはパンと、交換に出さなかった鹿肉を
「お役に立てて良かったです!いやー、でもゴブリンってあんなに数が多いんですね。
「僕たちは30体以上に襲われたけどね……」
「あれは地獄だったわね……」
「よく生き残れましたねぇ」
「本当にね。あの時はイリスも前衛に参加してやっとって感じだったから、本当にルルの存在はありがたいよ」
「えへへ」
「後は弓使いか、投げナイフでも出来る盗賊がいれば完璧なんだけどねー」
そう漏らしたのはイリスだ。確かに【鍋と炎】には遠隔攻撃が可能な
「まあそれにはギルドに新入りが来てくれないとね」
「ブラウブルクの戦いの後でもルルしか来なかったんだから、そう簡単には集まらなそうだけどね」
「やっぱり危険だから?」
「それもあるけど、ブラウブルク市以外だと
「なるほどなぁ。……ルルはその辺は良かったの?」
「え?だって森番……まああたしの家は殆ど狩人と同義でしたけど、狩人って血に触れて命を奪う賤業ですもん」
「そ、そっか」
日本にだって職業差別はあるのだろうが、この世界はまだそういうのが根強いようだ。そんな話をしながら食事を終え、僕たちはブラウブルク市へと帰った。
◆
新入りいっぱい来たわ。
冒険者ギルドの広間には、若者達が10人ほど詰めかけていた。皆粗末な身なりなので、食い詰めた難民だろうか。ドーリスさんが鬼神もかくやという勢いで登録作業をしているが、文字の読み書きも出来ない者も居るため中々スムーズにとは行っていない様子だ。
「急にどうしたんだろう、この数」
「大方、口減らしじゃないかしらね。あとは食い詰めた難民か」
「口減らし?」
「戦費支払って、さらに湧いてきたモンスター退治にお金払ったら食べていけなくなる村だってあるわよ」
「……それで村追い出されて、冒険者ギルドに来るのは何というか……」
「良くある事よ、傭兵に村焼かれた子供が傭兵になったり。何にせよ生きてかなきゃいけないんだし」
「世知辛い……ともあれ、これは弓使いか盗賊も期待出来るかな?」
「かもね」
「戦力化するにゃ訓練が必要だがな……」
割り込んできたのは団長だ。ひどくげっそりした様子だ。彼はギルドの仕事の他、留守の辺境伯様に代わって領地経営もしているらしい。全体の総括は辺境伯様の奥さんが担当で、団長の担当はブラウブルク市だけのようだがオーバーワーク気味なのだろう。
「ルルみたいに即実戦投入はダメなんですか」
「ルルは例外だ。最初から槍が使えたからギリギリ許可したが、ズブの素人をいきなりクエストに混ぜたらまず死ぬ。あいつらの装備を見てみろよ」
団長が指差す新入り達の装備を見てみるが、槍を持っているのが1人、弓を持っているのが1人、残り全員は腰に差した日用ナイフだけで何も持っていない。加えて、防具を持っている者は誰一人として居ない。
「……死にますね」
「だろ?」
鍋ひとつでブラウブルクの戦いに出た時の事を思い出す。僕が生き残れたのは、団長の庇護があったのと単純に運が良かったからだ。もし鍋蓋が矢を受け止めていなかったら(いや貫通していたが)、団長が敵兵を次々と殺していなかったら、あるいは伏兵のナイフに鍋がまぐれ当たりしていなかったら、僕はあそこで死んでいただろう。素人が防具なしで戦場に出るとはそういう事だ。
「ンなわけで訓練が必要なワケだが、ギルドにゃ今とにかく人手が
団長は眉間を揉む。人手不足に陥る原因の1つを作ったのは僕なので、微妙に居心地が悪い。かといって何か出来る事があるわけでもないので、僕たちは報酬を受取るために、ドーリスさんが新人を捌き終わるのを居心地悪く待つしかなかった。
報酬を受け取ってルルと別れ、僕とイリスは家で昼寝をした。今夜はカエサルさんの監視任務があるのだ。
◆
訓練出来る人材、いたわ。
カエサルさんに冒険者ギルドの現状を話すと、「訓練?出来るぞ」と言い出したのだ。
「ローマ式だが構わんな?」
「どういった感じなんです?」
「君が持っていたような大盾と、短めの剣を使う。集団戦向きだが、君たちのゴブリン退治の話を聞くに前衛としては十分通用すると思う」
「おお……あとは団長が認めるかどうかですね」
「そこが問題だな」
明日は日曜日で礼拝がある。おそらく団長も来るだろうから、そこで話してみるか。
◆
翌朝、監視任務が終わって眠いのを我慢して礼拝に行った。マルティナさんはリッチーを匿ったのがよほど気に入らなかったのか、説教の内容は邪教を
「――――であるからして、我々は主たるナイアーラトテップ様だけを信仰する必要があるのです!」
眠気にやられて船を漕いでいた僕は、この地域で信仰されている神はナイアーラトテップという名前なのだという事しか覚えていなかったが、ともあれ礼拝が終わると同時に団長に話しかけた。
「――――ってカエサルさんが言ってました」
「リッチーに新人訓練させるとか冗談じゃねェぞ……」
そういう団長の顔は、昨日よりだいぶげっそりしていた。オーバーワークなのだろう。
「でもこのままだと新入り達、訓練もせずにただ週給食いつぶすだけなんじゃ……?」
「……週給銀貨1枚、それが10人……月銀貨40枚が……ぐぬぬぬぬ……」
団長は唸りだし、ひとしきり悩んだ後。
「1日だけ試しにやらせて見るか……。ただし場所は俺の屋敷の庭でだ。門の外に出すわけにゃいかん」
そういう事になった。早速明日やってみようという事になり、【鍋と炎】はその監視役として参加する事になった。明らかに団長は過労で判断力を欠いていたとしか思えないのでちょっと罪悪感があるが、カエサルさんの有用性を示すには仕方のない事だ。僕とイリスは家に帰ると、徹夜で監視任務に当たっていた事もあり真っ昼間から爆睡した。
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