第34話「団長の仕事」

 クルト達が尻拭き紙狩りに奔走している頃、ゲッツ――――ノルデン辺境伯の弟にて冒険者ギルド団長――――は、市参事会に出席していた。着慣れない貴族風の礼服が心地悪く、落ち着かない。


 参事会とはブラウブルク市の自治組織で、各ギルドのおさや名士、上位の牧師などが合議で市の意思決定をする場だ。基本的には住民たる平民や都市貴族が主体で、本来であれば領主の一族であるゲッツが出て良いような場所ではない。しかし冒険者を市に引き入れる際にこれを「ギルド」と称する事で参事会への出席権を勝ち取り、挙げ句そのおさにゲッツを据えたため、領主の一族が参事会に口出しする事が可能となっていた。当然、参事会からすれば不意打ちも同然であり、ゲッツに向けられる視線は友好的とは言い難い。


 しかしそのような視線に尻込みするようでは冒険者ギルドの、そして領主の顔に泥を塗る事になる。そもそもゲッツは戦場で生きてきた人間であるがゆえ、敵意を向けられようが何とも思わないが――――視線を跳ね返すようにして顔ぶれを見渡す。


 若いな、というのが第一印象であった。ブラウブルク市の戦いで戦死した民兵隊の中には、参事会に出席するような富裕層も多数いた。自前で甲冑を揃えられる彼らは、必然的に戦列の前方に置かれる上、またそうしなければ自らが率いるギルドからの尊敬を失う。近年は彼らの戦死をいとって傭兵を主力にしていたが、今回の戦いは文字通り総力戦であったため、民兵隊にも大きな被害が出た形だ。プリューシュ人たるもの、富める者ほど貧民の前に立つべし。そういった文化も富裕層の戦死率を押し上げていた。


 ともあれ、戦死した彼らに代わってギルドの長に着いた若者達は、老練な中堅・熟練層よりは御しやすいか。ゲッツはそう期待したが、開会して即座にやり玉に挙げられたのは冒険者ギルドであったので閉口する。


「最初の議題に移る前に、市の安全について確認しておきたい事があります。ゲッツ殿、先日のゴブリンマザーとの戦いは誠にご苦労でありましたが、その巣穴が塞がれず野放し状態であると聞きましたがこれはいかに?冒険者ギルドの怠慢ですかな?」


 つついてきたのは甲冑師ギルドの長。前はディーターという熟練甲冑師がその席に座っていたが、彼は戦死したため次席の者が置き換わった形だ。


「巣穴が野放しなのは全くもってその通りだが、怠慢と思われるのは心外だ。あれは意図的に開放してある」

「意図的に、ですと?それではゴブリンや魔獣どもが喜んで飛び込んでくるでしょう、あなた方はみすみすモンスターにねぐらを提供すると申すのですか!?」


 彼に同調し、参事会のメンバーは口々に冒険者ギルドを糾弾する。しかしゲッツは臆さず答える。


だ。従来であれば、巣穴の類は丁寧に岩石魔法で塞いできたが、今回の巣穴は特別デカい。モンスターどもは新しく巣穴を掘るより、あの巣穴に住み着く方を選ぶだろうよ」

「それに何のメリットが!?そもそも青い山ブラウベルクの保全は冒険者ギルドの管轄、定期的なパトロールでもってモンスターどもが巣穴を掘る前に駆除する、そういう方針だったはずです。それを近頃のあなた達は週1回パトロールもやれば良い方で、基本的には野放し!巣穴を掘られ定住してから駆除するという有様!あげく今度はモンスターに巣穴を提供するとは、これを怠慢と言わずなんと言うのですか!」

「こちとら人手不足なもんでね、そう頻繁にパトロール……それも山1つをまるまるパトロールなんてやっちゃいられねェーよ。そこで俺たちは思いついたのさ、"巣穴を提供してやればモンスターはそこに住む、他に巣穴は掘らない"んじゃねェかってな。そうすりゃ俺たちは1つだけ残した巣穴をパトロールするだけで済む」

「無責任な!そのような希望的観測――――」

「希望的観測かどうかは、やってみてからじゃねェとわからん」

「仮に市民に被害が出たらどうするおつもりか!」

「そうならんようにパトロールは継続するつもりだ。週1のパトロールは確約しよう」


 安請け合いだが、まあこの辺の雑務は【鍋と炎】あたりに任せておけば良かろうとゲッツは考えている。それに、戦乱とその後のモンスターの跳梁で難民が増え――――結果的に、ルルのように冒険者を志す者も増えるだろう。そういった新人の訓練の場になればしめたものだ、という目論見もあった。問題は訓練に割けるベテランすらも次々と舞い込むクエストで出払って居る事だが。


 その後も追求をのらりくらりとかわし、ひとまず冒険者ギルドへの糾弾は収まった。そのあとは市の運営に関する議題が始まったが、ゲッツはこれらに口出ししなかった。参事会の場に領主側の人間が居るというだけで心象は最悪なのだ、口出ししてこれ以上反感を買ってやる理由もない。


 午後2時になり、ゲッツがうとうとし始めた頃に会は終わった。全く口の達者な奴らの相手は疲れるなと思いながら屋敷に帰るが、その足取りは重かった。何せリッチーを軟禁しているのだから。安全確認も兼ねて、ゲッツは毎日カエサルの元を訪れる事に決めていた。もっとも、本気でリッチーが暴れたら市の全ての戦力を投入しても勝てるか定かではないので、安全確認というよりはご機嫌とりに近い。それでも貴族としての威厳を保つ必要があるのだから、媚びへつらうというよりは貴族同士の対等な対話を心がける。


「よう、調子はどうだ?」

「おお、ゲッツ殿。暇な事以外はすこぶる良好だ」


 2階の部屋に入れば、カエサルと名乗るリッチーは友好的な笑顔を向けてくる。……壁際で緊張した面持ちで立つ冒険者ギルドの団員とは対照的だ。彼のこの友好的な態度がブラフなのかどうか、いまいち掴みかねる。面食らっていると、カエサルが口を開いた。


「ところでゲッツ殿、契約には私の必要とするものを供給する義務が、貴公にはあったな?」

「妥当と認められる範囲でな。何が欲しい?」

「服だ。流石にこのボロ布をまとい続けるのは気が滅入る。膝丈のチュニックを要求する」

「まあそりゃ結構だが、ズボンはいらんのか?」

「申し訳ないが、ローマではズボンは蛮族の装いだ。決して貴公らを馬鹿にする訳ではないが、自分で着ようという気にはならない」

「そうかよ。まあ、手配しておく」


 この文化の違い。異世界転生してきたというのは本当なのだろうか?


「ああ、それと暇つぶしに芸人の類でも呼んでくれないかね、物語の上手いのをな。こやつら、木人かと思うほどに全く喋らんでな、暇で暇で仕方ない」


 彼は壁際に立つ監視役を指す。まともな神経を持つ人間であれば、リッチーと話したいとは思わないので当然である。……しかし退屈を理由に暴れられたら困るので、この要望は検討に値した。


木人ドライアドは喋るだろうが。……検討しておく」

「あるいは、文字を教えてくれても良い。そうすれば勝手に本でも読んで暇を潰すぞ」

「許可出来ねェーよ、文字を覚えたら魔法書まで読めるようになるだろうが」

「むう……」


 生贄いけにえをよこせと言われるよりはマシだが、それでも何をどこまで供給して良いかは判断に迷う。何をしでかすかわからない、想像の慮外にあるモンスターの軟禁とは気を使う事この上ない。


「ところで、ゲッツ殿。貴公は貴族と言っていたが、位階はどこに位置するのだね」

「騎士だよ、ノルデン辺境伯様のな。ああ今は、留守番って事でブラウブルク城伯なんて役職も貰ってるがな」

「ノルデン辺境伯の……というと、貴族は皆皇帝に仕えてるわけでは無いのだな?」

直臣じきしん陪臣ばいしんってヤツだな。選定侯領の貴族は自分より下の位階ならば自由に家臣を貴族に列せられる。ある程度位階の高い貴族なら、家臣を貴族に仕立て上げて領地経営に充てるのが普通だ。……んで皇帝陛下から見れば、例えばノルデン辺境伯様は自分が直々に任命した直臣、俺は辺境伯様が任命した陪臣って事になる」

「ふむ……直臣と陪臣では格の違いがあるのか?」

「名目上は同格だが、まァ陪臣はナメられる事が多いわな。直臣の方が格式高いっつー認識だ」

「なるほど、ありがとう。私の世界にも君主制国家はあったが、こちらはより複雑な制度を敷いているようだな」


 ……この知性だよ。魔法だけじゃなく、知性だけでも何をしでかすかわからないのだからタチが悪い。だがクルトの言うように、この知性を利用出来れば強力な武器になるやもしれないとも思い始めていた。


 カエサルはまだ話したそうにしていたが、冒険者ギルドの仕事もあるので足早に退出した。今度はドーリスの相手をしなければならない。あれはあれでギルド1のベテランで口も達者なので気が滅入る。それを終えたら次は城に行って、出征中の兄に代わって領地運営の仕事だ。ゲッツは足取り重く、ギルドに向かった。

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